幸運は意想外にハマる

夢線香

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トルコード・イーリスカラー(王太子)

25. 不気味な弟

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 私がアフェクト・グリーンヒル公爵子息を初めて見たのは、彼が十三歳の時。グリーンヒル公爵と一緒に謁見に来た時の帰りだった。

 女の子かと思った。シャンパンゴールドの髪を後ろで一つに束ね白いリボンを着けていた。首も腕もしっかりと隠したお硬い純白のドレスかと思ったら、よく見ると上着の裾が足首まで長く、内側に白いレースのフリルを何重にも重ねていてふわりと広がっているのが女性のドレスのように見えていただけだった。ちゃんと細身の白いズボンを履いていた。

 側に居た侍従に彼の名を尋ねる。

「はい、トルコード王太子殿下。あの方はアフェクト・グリーンヒル公爵子息でございます。男性でありながら子宮を持つまれな方です」


 女の子よりも可愛いアフェクトに一目惚れした。


 私と同い年で家格も申し分ない。グリーンヒル公爵家であれば、王太子である私の後ろ盾にもなるし、男性の子宮持ちは優秀な子を産むと云われている。私の婚約者に相応しい。

 早速、父王に婚約者にして貰えるようにお願いする。

 父王も乗り気で、公爵家の跡取りではあったが私との間に生まれた子の一人を公爵家の跡取りにする条件で渋々ながらも婚約が成立した。

 私が十四歳の時だった。とても嬉しかったことを覚えている。

 それからは、月に何度かアフェクトが王宮に会いに来るようになったのだが、困ったことになった。

 私の二つ下の弟、第二王子のオーセシオンがアフェクトに興味を持ち出した。

 血の繋がった弟ではあるが私の弟はおかしい。


 あれは弟が八歳の時だ。


 一緒に庭園で遊んでいると、弟が小鳥の死骸を見付けた。子供の両手に乗るくらいの小さな黄色い小鳥。

 オーセシオンは小鳥を手にして、じっと見詰めている。

 どんな理由で死んだのか判らないのだから、触るなと言っても聞かない。

 そのままにしておくのも忍びなかったので、庭園の片隅に埋めることにした。側に居た護衛騎士にナイフを借りて土を掘ろうとしていたら、同じようにナイフを手にした弟が地面に置いた小鳥の腹にナイフを突き刺した。

 私はあまりの光景に言葉を失い、目を見開いたまま弟を凝視する。私だけではなく、その場に居た護衛騎士やメイド達も唖然として固まっている。

「――何を……しているんだ……」

 漸く、絞り出した声は震えていた。

「え、こいつのお腹の中がどうなっているのかと思って。兄上は気にならないの?」

「…………気にならない…………」

「ふ~ん。僕は気になるけどな」

 弟は興味津々で小鳥をナイフで切っていく……

 私は、その場で気を失った。



 あの光景は、今でもハッキリと思い出せるほどに強烈だった。

 弟が同じ人間だと思えなくなった。


 アレは、何か別の生き物だ。


 当然、父王にも報告が行った。父王は弟に死んだものを冒涜するような真似をしてはいけないと、滾々こんこんと説き伏せたらしい。

「もう死んでいるのに、何故ですか?」

 弟は本当に不思議そうに、真顔でそう言ってきたらしい。

 悪意なく向けられる残酷な質問に、大人達は返答に窮しながらも、だと教え込んだ。

 最終的に弟も渋々ながら納得した。


 それから暫く経ったある日、王宮の通路を歩いて弟の部屋の前を通った時、弟の部屋から女性の悲鳴が聞こえた。

 私に付いていた護衛騎士が私を背に庇いながら、部屋の扉をノックする。

「なんだ? 今、忙しいんだけど」

 部屋の扉を開けた弟が片手に教鞭を持ちながら、不機嫌そうに現れた。

「申し訳ございません。殿下の部屋から悲鳴が聞こえたものですから、何かあったのかと思いまして」

 護衛騎士が畏まって尋ねた。

「ああ。今、ティーカップを割ったメイドを叱っていたところなんだ」

 特に激怒した様子もなく、あっさりと答えた弟は部屋の中を振り返る。護衛騎士の後ろからそっと中を覗き見ると、床に蹲って震えているメイドが見えた。

 弟はメイドの側まで歩いて行くと、蹲ったメイドの背中を鞭で叩いた。メイドは悲鳴を上げて、必死に許しを乞う。彼女の白いブラウスには無数に血が滲んでいる。

「オーセシオンっ……や、やめろっ!」

 私は咄嗟に弟を止めた。

「何故ですか、兄上?」

 きょとんとして首を傾げられて、思わず怯んでしまう。

 弟の顔には怒りや虐げることを愉しむ様子はなく、本当に分からないという顔で不思議そうに私を見てくる。

「――ティーカップくらいで、そこまでするのはやり過ぎだ……口で注意すればいいだろう」

 どうにか言葉を絞り出して、弟を諌める。

「お言葉ですが、兄上。彼女は今回で三度目の失態です。口で言っても直らないのなら、身体に覚えて貰うしかありません」

 弟は真顔でまた鞭を振るった。

をしたんだから、当然ですよね?」

「っ!?」

 私は言葉を失う。

 この弟に、どんな言葉を掛ければ話が通じるのか分からなくなる。

「と、兎に角っ……もう、充分だろう! そこのお前っ、彼女を侍医の元へ連れて行け!」

 弟に付いている侍従に命令する。蒼白な顔で立っていた侍従は、一拍おいて慌ててメイドの元へ行き彼女の身体を支えながら部屋を出て行く。

 弟は怒るでもなく黙って見送っていた。


 その件も直ぐに父王が知ることになる。

 父王は、必要以上に暴力を振るってはいけないと滾々と説明した。

「では、父上。をしたものは、どうすれば良いのですか。口で言っても直らない時は、どのように対処すれば良いのですか?」

 本当に分からないといった顔で、弟は父王に尋ねたらしい。

「ならばお前は、間違いを犯す度に鞭打たれたいのか。お前は鞭の痛みを知っているのか。お前が鞭打ったメイドは、前にも鞭打たれていたそうだな。その時の傷が痛んでティーカップを落としてしまったそうだ。それならば、カップを割る原因を作ったのはお前だな。だったら、お前も鞭打たねばな」

 父王は、苦渋に満ちた顔で弟を一度だけ鞭打った。弟はあまりの痛さに泣いて謝ったのだとか。

 その荒療治が効いたのか、弟が使用人に鞭を振るうことはなくなった。


 弟の行動は、王宮全体の悩みの種になっていた。

 厄介なのは、弟自身に悪意がないことだ。弟は本当に分からないのだ。話して聞かせれば納得もするし、行動を直しもする。

 父王に注意されれば二度とやらない。良くも悪くも素直だった。


 弟が九歳になって暫く経った頃、夕餉が終わった後に父王が弟に話し掛けた。

「オーセシオン、使用人達に暴言を吐いているそうだが本当か?」

 父王が厳しい顔で弟を見据える。

「はい、本当です」

 弟は、あっさりと頷いた。

「何故、暴言を吐く?」

「暴言というか、失敗を注意していただけです。父上が暴力は駄目だと仰ったので、言葉で諌めていただけです。何度も何度も同じことを言わされるので、僕の言葉がキツくなるのは当たり前ではありませんか」

「…………」

 父王も母上も、そして私も言葉を失った。

 弟は確かに父王の言い付けを守っている。注意された事は二度とやらない。とても素直だ。


 とても素直で、純心過ぎて怖い……


 そこに居た誰もが私と同じ事を考えていたと思う。

 その後、父王は暴言を吐かれるとどんな気持ちになるか、相手がどう思うのか、滾々と説明をしていた。

 それからは、弟も暴言を吐くことをしなくなった。暫くは平穏な日々が続いた。



 弟が十二歳になり、私が十四歳になって婚約者となったアフェクトが王宮に通うようになるまでは、静かだったと思っていた。

 弟付きの使用人が暗い表情のものや何処か心此処に非ずなものばかりでも、頻繁に人が変わっても、表面上は何事もなく平穏に見えていた。

 使用人達の暗い表情に何かあるのかと使用人達に尋ねても、皆、何もありませんの一点張りだ。

 表面的には何も起こっていないのに、王宮内の雰囲気は陰鬱としている。

 そして弟は、よりにもよってアフェクトに執着を見せ始めた。

 私との逢瀬の為に会いに来るアフェクトを弟は遠くからじっと見詰めている。

「兄上は、本当にアフェクト・グリーンヒル公爵子息がお好きなのですか?」

 ある日、唐突にそんなことを訊かれた。

「アフェクトは私の婚約者だ。ちょっかいを掛けるのはやめろ」

 アフェクトからも弟に声を掛けられると報告されている。

「何故ですか? 兄上の伴侶となるのなら、僕にとっても義兄になるではありませんか。未来の義兄と親しくしては駄目なのですか?」

「…………」

 弟が純粋にアフェクトを義兄だと思っているのなら、何も問題はない。

 問題はないのだが……この胸に覆い被さるような不安は一体なんだ?


 弟の言い分は、間違っていない。


 それなのに、何故こんなに不安が押し寄せてくるのか分からなかった。


 何故、自分の弟を危険だと感じてしまうのか……わからない……



 その不安は、月日が流れるごとに大きくなっていった。

 その不安が更に大きくなったのは、王宮の書庫に行った時だ。

 調べ物があって書庫に向かうと、弟が先に居て本を読んでいた。

「ここで会うのは珍しいな。何を読んでいるんだ?」

 弟が座って向かい合っている机の上には、何冊かの本が積み重なっていた。随分と熱心に本を読んでいたらしい。

 尋ねながら積み重ねられた本を一冊手に取り、パラパラと捲る。

「――お前……」


 それは、閨の本だった……


 弟はまだ十二歳だ。精通は来たかもしれないが、閨の勉強などまだ早過ぎる。

 しかも、上級者向けの内容だ。

「兄上も、もう習ったのですか?」

「――習ってはいるが……ここまでの事は習っていない」

「そうなのですか。色々、参考になりますよ」


 ……なんの、参考になると言うんだ。


 弟が気味悪くて言葉が出て来ない。

 私が言葉に窮していると、ピチャリと濡れた音がした。

 なんの音かと耳を澄ませると、ピチャ、クチャと小さな水音がする。その音は弟が座っている机の下から聞こえて来る。視線をやると机の下にメイドらしい者が居た。

 メイドが着ている制服だったから、メイドだと思った。

「――何を……している……?」

 思わず呟いた私に、弟が平然とした顔を向けてきて私の視線を辿る。そしてなんでもない事のように、ああ、と頷いた。

「メイドが粗相をしたので、仕置きをしているんです」

「――仕置き……」

「だって暴力や暴言は、なんでしょう? だからこうして、正しいやり方で仕置しているのです」

 にこりと微笑む弟を茫然として見詰めてしまう。


 弟は一体、何を言っているんだ……


 ふと、弟が手にしていた本に目が行った。開かれている頁には、男性の股間に顔を埋めている女性の絵が載っている。

 私はそれ以上確認することが恐ろしくて、そのまま部屋に逃げ帰ってしまった。



 ずっと不安に思っていた正体の掴めなかったものが、形を得たような気がした……












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