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本編
01. 黒よりも暗い漆黒で
気が付くと、真っ暗闇だった。
目を開けていないのではと思う程の黒。
いや、目を閉じていても、これ程純粋な黒ではないだろう。
何しろ、目の前に手を翳しても、その手すら視えないのだから。
音さえない暗闇に、じわじわと恐怖心が湧いて来る。
何故、こんな事になっているのか必死に記憶を辿る。
確か……残業をして、どうにか間に合った終電に乗った。
俺の勤める会社はブラック企業ではないが、繁忙期は一週間程、家に帰れるかどうかくらいの残業がある。その残業も金曜日の今日で終わり。土日は休み。
早くアパートに帰って惰眠を貪りたい……そう思いながらいつもの駅で降りた。
記録的な猛暑が続く中、今日は熱帯夜になるだろうとニュースで流れていた通り、夜中だというのに茹だるような暑さだった。ただ歩いて居るだけで汗が首筋を伝って流れ落ちる。
「……ああ~……あっつ~……ビール飲みてぇ……」
Yシャツの胸元を掴み、身体とシャツの間に気休め程度の風を送り込みながらボヤく。
進行方向にいつものコンビニが目に入り、ビールを買って帰る事にした。
明日は休みだからと、ビールを六本買って帰路を急ぐ。
ここからアパートまでは十五分程かかる。この暑さでは……冷えたビールは、あっと言う間に温くなってしまうだろう。
「まあ、行儀は悪いが、飲みながら帰るか……」
外灯がぽつぽつと続く道には他に人も居ない。偶に、車が車道を通り過ぎるだけ。
俺はビールを一本取出し、ごくごくと飲んだ。
「……くぅ~っ……うめぇ~っ!」
暑い中で飲む冷えたビールは、最高だった。
気が付けば、アパートに着く頃には3本の缶を空にしていた。
部屋のドアを開けると、むわぁとした熱気が俺を包み込み、気持ち良くほろ酔い気分だったテンションを一気に下げた。
一日中締め切っていた部屋の中は熱が籠もり、外よりも暑くて目眩がする。
中に入りたくはないが、そういう訳にもいかない。早くクーラーをつけなければ。
空き缶の入ったビニール袋と鞄を乱雑に床に置き、リビングのクーラーをつける。スラックスからベルトを抜き取り、シャツのボタンを外しながら寝室へと移動してベッドを見た途端、猛烈な眠気が襲って来た。
「……疲れた……」
一週間続いた残業の疲れと繁忙期を乗り切った達成感と安堵感で、身体の力が一気に抜けてベッドに倒れるように寝転がる。
もう眠い……汗を掻いている身体はベトついて気持ち悪いが、眠ってしまおう……
その前に……クーラーを……つ……けな……きゃ……
記憶はそこで途切れた。
「……え、もしかして俺……夢を見ているのか……?」
今、俺が居る場所は感触からいってベッドの上じゃない。
暗闇の中、現状把握をする為に床に手を滑らせる。……フローリングのように真っ平らだ。
少しずつ、撫でるように範囲を拡げていくが……何もない。
恐怖と不安が、どんどん強くなる。
「……これ、いきなり手を掴まれたり……しない……よな……?」
自分の身体すら視えない程の暗闇で考えないようにすればする程に頭を過ぎるのは……ホラー映画。
「……いやいや、俺、霊感なんてないし。はぁ……二十七歳にもなって幽霊とか信じる訳ないじゃん……なんで、こんな夢を見てるんだ、俺……」
強がって言葉にしたものの、こんなことを言っている時点で信じている証拠ではと、自分で自分に突っ込みを入れてしまう。
『――ぅうぅっ……』
「ヒッ……!?」
突然の呻き声に心臓があり得ない程に跳ね上がった。
さっき迄……誰かが居るような気配は一切なかった。
しかも、結構近くから声が聞こえた。
ばくばくと痛い程に胸を叩く心臓をどうにか落ち着かせている間にも、声の主は苦しそうに小さく呻き声を漏らしていた。
俺の心臓がどうにか落ち着いてくる頃には、その声が小さな子供のものに聞こえた。
「……おい、大丈夫か……?」
何処に居るのかは分らないが、苦しんでいるような声に心配になって思わず声を掛ける。
『……っ!』
相手が息を呑むように押し黙る。
向こうも俺に気付いていなかったようだ。その反応に人間らしさを感じて安心する。
「……何処か……痛むのか?」
もう一度、なるべく優しく声を掛ける。
『……っ!……ぅ…うぇ…ん゙っ……!』
小さな子供の声で泣き始めてしまい、慌てた。
「お、おいっ……泣くなよ……」
声を押し殺して泣き続ける相手に困り果て、暗闇の中をその声を頼りに這うようにして手探りで相手を捜す。
『……ぇえんっ……うぅっ…た…たすけ…て…っ!』
「っ!?」
助けて? 俺に言ってるんだよな……?
四つん這いになって、ゆっくりと床に沿って腕を動かしながら進んで行くと漸く手に何かが当たった。
すると、黒しかない視界に白っぽい薄ぼんやりとした、靄のようなものが浮かび上がって来た。
それは、どんどん濃さを増し色付いていく。そして、四、五歳くらいの子供がうつ伏せの状態で自分の腕に顔を埋めて泣いて居る姿がはっきりと現れた。
「お、おぉ……」
驚いて、思わず素の声が出た。
真っ黒だった視界に色の付いた人間が現れた事と、その子供の髪の色に驚いてしまった。
後ろで一つに束ねた髪は白金髪だった。
え、何で俺の夢に外人の子供が? ん? 日本語、喋ってたよな。
「何で泣いているんだ……助けてって、何を助けて欲しいんだ?」
自分の腕に顔を埋めて泣いている子供の頭をそっと撫でてやると、小さな肩が僅かに震える。
おっと、馴れ馴れし過ぎたか。
急に触れられて怯えたのだと思い、慌てて手を引く。
子供は、暫く固まったように動かなくなり、やがて、そろそろと顔を上げた。
白金の長い睫毛は処狭しと生い茂り、その下には透き通った青灰の目が涙に濡れていた。顔立ちはとても整っているが……痩せて頬も痩けていて本来の子供らしい、ふくふくしさはない。
服は、何だか靄が掛かったようにボヤけていてよく分からないが、長袖で裾を引き摺る長さの白っぽいワンピースのような服を着ている。女の子に間違えられそうだが、骨格からして恐らくは少年だ。
因みに俺の服もボヤけていて、自分でも何を着ているのか解らないが、上も下も白っぽい何かを着ているようだ。
「……おじさん……だれ……?」
子供特有の高い声で、こちらを窺うようにしながら恐る恐る聞いてきた。
おじさん……まあ、この子からしてみたら二十七歳なんて立派なおじさんだよな。仕方がない、うん。
「あー……おじさんはな、芦谷蓮斗だ」
「……アー……レント……?」
「あしやれんと」
「……アシャン……ト……?」
「……あ・し・や・れ・ん・と!」
「……アーシャ!……アシャ!」
「うん……もう、それでいいよ……」
俺は、早々に諦めた。
ちゃんと呼べたと言わんばかりにドヤ顔を浮かべられては、これ以上訂正するのは大人気ないと思った。
「……で? お前の名前は何ていうんだ?」
「ぼくは、ハニエル、ハニエル・キディリガン……だよ」
「ハニエル・キディリガン、か。よろしくな、ハニエル」
「………かあさまや、にいさまは……ハルって呼ぶ……」
話している内に少し元気が出て来たハニエルだったが、寂しそうにそう呟くと何かを期待するように俺を上目遣いで見詰めて来る。
これは……
「……俺も、……ハルって呼んでいいのか?」
そう尋ねると、ハニエルは恥ずかしそうにもじもじしながら頷いた。
そして俺は、気付いてしまった。
俺も、蓮斗かレンと呼ばせれば良かったと。
外国人の名前は、名前が先で家名が後ろだということをすっかり失念していた。
まあ、どうでもいいか。夢だし。
「それで、何で泣いていたんだ?」
改めてハニエルに問い掛ける。
ハニエルは思い出したようにカサついた唇を引き結び、赤くなってしまっている目から、ぼろぼろと涙を溢し始めた。
「お、おい……」
折角、泣き止んでいたのにまた泣かせてしまったことに慌てる。
「っえっ……うぅっ……ぇえぅっ………ァ…ア、シャ……アーシャっ……!」
ハニエルは嗚咽を零しながら俺の名を呼び、膝立ちをして居た俺の腹に飛び付いて来た。
「お、おうっ……」
突然の事で少し驚いたが、痩せ細った小さな身体はあまりにも軽く、大した衝撃にはならなかった。
あまり子供と関わることのなかった俺は、どうするべきか解らず、取り敢えず小さな白金色の頭をそっと撫でてみた。
「うっ……ㇶッㇰ……ア…アシャ……うぅ…ぼ、ぼくッ……もぅ……イタいの、ヤダぁっ……!」
「は!?」
聞き捨てならない事を叫んで、わあぁっと大きな声で泣き出したハニエルに思わず低い声が出てしまった。
痛いのって、暴力…ってこと? 病気か何か? まさか性的なことじゃないよな? ニュースで流れる物騒な事件が頭を過ぎる。
ちゃんと確認しようと、身体を少しずらして視線をハニエルに向ける。
「なあ、痛いのって――っ!……!?」
絶対にあり得ない衝撃的な光景に声も出ない程驚いた。
ハニエルの小さな身体が、俺の腹にずぶずぶと沈んでいるのだ……
別に、俺がとんでもなくふくよかな身体をしている訳じゃない。断じてそれは違う。痩せ過ぎず、太過ぎず、そこそこ引き締まった普通の身体だ! 背だって百八十ちょっとあるっ! そんな俺の普通の男の腹にどんどんと呑み込まれて行く小さな子供っ!
「何だよ……コレっ!? 夢にしてもグロ過ぎるだろっ……!?」
夢なら早く覚めろっ!
頭の中で何度も繰り返し叫びながら、既に腰迄呑み込まれたハニエルの脚を掴んで引っ張る。
だけど、ハニエルの身体を呑み込む力は有り得ない程強くて、どんどん俺の腹に持っていかれる。
おまけに、痩せ過ぎのハニエルの小さくて細い身体は、俺が全力で力を入れたらあっさりと折れてしまいそうで碌に力も入れられない。
もう、諦めの境地で自分の腹を見る。
呑み込まれて行くというよりは、互いの身体が溶け合ってマーブル状に混ざり合って行く。それは、どんどん範囲を拡げて俺の身体さえも、ぐにゃぐにゃに溶かして行く。
痛みは全くないけれど、有り得ない方向に有り得ない曲がり方をする自分の手足を見て俺は気を失った。
良かった……
これで、夢から目を覚ますことが出来る……
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