俺の幸せの為に

夢線香

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本編

04. つるりを目指す




 肝心の回復魔法がなかった……


 俺の名前がカタカナ表記で、しかもちょっと間違えていることなんてどうでもいい。

 どう見たってハニエルは、瀕死の重症だ。

 それなのに、回復魔法が使えないなんて……どうする?

『……アシャ……』

「……大丈夫だ。他に手があるはずだ……」

 不安そうなハニエルに、何てことない風を装って答えたけど、心の声が筒抜けの相手には意味がないと気付く。

 取り敢えず、俺の護り? で状態維持はされているらしいから、良くもならないけど悪くもならないってことだよな。

 自力じゃどうにもならない……誰かの助けが必要だ。

 この屋敷の人ではなく、外部の……出来れば権力のある人、あるいは警察のような公的な組織があれば……

 ハニエルの母親であれば、知っているかも知れない。

「よし、ハルのかあさまを探そう!」

『っうん!!』

 索敵魔法を試そう。

 ステータスの魔法欄にある『無』って、無属性のことだよな。索敵魔法は、それに入るよな……?

 レーダーみたいに屋敷全体に範囲を拡げて、魔力のあるもの、出来れば人間に絞りたい。ねずみや虫にまで魔力があったら、訳が解らなくなるからな。屋敷の間取りとかも3Dみたいに解れば、尚いい。

 頭にイメージを浮かべて、魔法を使えるように念じる。

 念じる。念じる。念じる。

 ………出来ない。

『――サーチ!』

 そして、またもや響くハニエルの一声。

 頭の中に、ぶわりと拡がる屋敷の立体図。

「……流石さすがだ、ハル!」

『エヘヘ!』

 ……もしかして、ステータスオープンとかサーチとか……言わなきゃ駄目なのか……?

 水は、何も言わなくても出せたのに……

 この屋敷は、五階建ての横長の建物だ。思った以上にデカい屋敷だ。部屋なんて、幾つあるか数えるのも面倒だ。

 視たい階に意識を集中すれば、ちゃんと3Dで視ることが出来た。そこに、ぽつぽつと光の点がある。動いているものもあれば、じっと動かないものもある。

 光点は三十個くらいあって、その中のふたつは、他の光点に比べて光が弱々しい。ふたつの光点は一階と二階にあった。

「ハル、この光の弱いふたつ……何処の部屋か分かるか?」

『――えっと……二階は、にいさまの部屋だとおもう……』

 ハニエルへの虐待が始まったのは、四歳の時から。この部屋に閉じ込められて、一歩も外に出しては貰えない。その間、母親にも兄にも会わせては貰えなかった。屋敷の中を歩けたのが三年前で、まだ幼かったから記憶が曖昧だ。

 ステータスを視て驚いた。ハニエルを最初に見たとき……四、五歳くらいだと思ったのに七歳だったから……七歳にしては小さい。満足に飯も食えていないのだ。大きくなれる訳がない。

『……ごはん、いっぱいたべたら、ぼくも大きくなれる?』

 ……ああ、ご飯いっぱい食べられるようにしような。

『うんっ!』

「じゃあ、一階の方の弱い光は、どこの部屋か分かるか?」

『えっと……たぶん……かあさまが、おしごとする、おへや……だとおもう……』

 そうか。行くとしたらこの部屋だな。

 因みに、俺が居る部屋は五階の一番端の部屋だ。恐らくは、物置として使われていた部屋だと思う。十畳くらいあるこの部屋を広いと思ったけれど……他の部屋は、ここの倍以上の広さがあるからだ。

 窓は塞がれているけれど、明り取りとして天井に近い場所に、二十センチ幅の細長い嵌め殺しの窓がある。

 どうやっても届くことのないその窓からは、空しか視えない。だけど、朝か昼か夜かくらいは分かる。天気によっては分からない時もあるけどな。ハニエルの記憶で一番多いのは、この窓から視える空だ。ハニエルがどんな思いで見上げて居たのかが手に取るように分かる俺は……堪らなく切なくなる。

 その窓を今は、俺が見上げる。

 日が沈んで間もなく、夜になる頃だろうか。

 この部屋には時計がないから、時間の感覚が曖昧になる。

『……かあさまのとこに、どうやっていくの?』

「そうだな……転移魔法が使えると思う」

 ステータスに空間魔法があったからな。

 試しに、直ぐそこに視える床に移動するイメージをして念じる。念じ……

「――転移……」
 
 今度は、ハニエルを真似て口にしてみる。

 身体が光ったと思ったら、床にいた。

 成功した。『テレポート』と『転移』で迷ったけれど、『転移』で成功して良かった。

 テレポートと口にするのは、俺的に、ちょっと恥ずかしい。少年の心をなくした証拠だろう。

『……アシャ、だいじょうぶ?』

 ハニエルが気遣ってくれる。俺の頭を心配した訳じゃない。

 実は、心の中でハニエルと話して身体に戻ってから、俺はうつ伏せのまま、身動ぎ一つしていない。だから今も、床にうつ伏せで寝ている。

 だって瀕死だからね。動けないんだよ。

「……転移……」

 もう一度、転移魔法を発動してベッドへ戻る。床より、ちょっとマシってぐらいのベッドだけど、ないよりはいい。

 あと問題なのは、知らない場所に転移出来るかってこと。ゲームとかでよくあるだろ? 一度行った場所じゃないと転移出来ないって縛り。それと、転移先に障害物があった場合や、タイミング悪く剣が振り下ろされる場所に転移した時とかさ。そういう時の為に、対策しておきたいんだよ。

 移動先での問題は、結界張ってから結界ごと転移すれば問題ない。要は結界が張れるかどうかだ。

 結界か……物理も魔法も通さないものだよな。でもこれだと、ただの障害物だったら結界で破壊してしまうんじゃないか? もし、それが高級な物だったら……? 弁償問題だよな。物じゃなく人だったら……? 想像しただけで血の気が下がる。

 …………恐ろしい。

 だったら、障害物があったり、何かがぶつかって来たら、こちらが弾かれてちょっと反れるくらいがいい。

 うん。そうしよう。防ぐより、つるりと反れる感じで。

 そんな感じの妖怪がいたな。あれは、ぬらりって感じだけど。うなぎもそうだな。なんか、それはそれで気持ち悪いから……俺は、つるりと滑る感じで行く。

 イメージが固まったところで、念じる。

「……結界……」

 身体がほんのりと光って、身体の表面に透明な膜みたいなものが出来た。何か、シャボン玉みたいだ。

「……成功した……で、良いんだよな……?」

 試しようがないので、良しとする。

 後は、もう一つの問題。

「ハル、かあさまが仕事する部屋に行ったことがあるか? 覚えてる?」

『えっと……なんとなく……?』

 んー……心許ないけど、これもぶっつけ本番だな……

 転移で移動しないと歩けねぇし。

「今、出来るのは……こんなもんかな……」

 あっ! 魔力の消費量、確認するの忘れてたわ……

「――ステータス……」

 開いた……! どうやら“オープン”までは、付けなくても良いらしい。やったぜ!

 魔力は、千五百程減っていた。これなら大丈夫だ。

『やった!………かあさまのところにいつ行くの…!? すぐに行く!?』

 ハニエルが、そわそわしているのが伝わって来る。

 ……会いたいよな……でも……

「もっと暗くなってからな」

『……そっか……』

 ハニエルの落胆がすごい……

「もうそろそろ、食事が運ばれて来るだろ? その時に、俺達が居なかったら騒ぎになる。それは拙い」

『……うん……』

「父親は、しばらくは来ないだろうし、屋敷の中を動き周る使用人達が……動かなくなるまで、待った方がいい」

『……うん……わかった……』

 ハニエルのテンションは、ダダ下がりだ。
 
 あの父親は、ハニエルを鞭打つと暫くの間は現れない。鞭打たれた傷が治り切る頃を見計らってやって来る。ごくごくまれに、鬱憤晴らしの為だけに来ることもあるが、そういう時は、ハニエルが泣きじゃくるまで暴言を吐きまくる。その暴言も酷いもので……

「お前なんか、なんの役にも立たないくせに」

「嫡男は既に居るのだから、お前など要らなかった」

「こうやって生かして貰うだけ有り難いと思え」

「母親もお前のことなんか、もうどうでもいいらしいぞ」

「お前の兄なんて、お前が居ることすら忘れたらしい」

 等など、ハニエルの存在を否定するようなことばかり言って来る。

 ハニエルが、違う! そんなことない! と泣きじゃくるのを嘲るようにわらって、何も悪くないのに……ごめんなさい、ごめんなさいと謝るまで続ける。
 
 全く、器がミジンコ並に小さい男だ。

 因みに、身体も小さい男だ。顔立ちは……若い頃は、さぞ、可愛いらしかったんだろうと分かる程度には整っている。今でも可愛いらしいといえる顔だが、自分よりも確実に弱い者をなぶって醜く嗤い、幼子おさなご相手にマウントを取って喜んでいる姿はどこ迄も滑稽で、性根の悪さが顔に滲み出ている。

 年齢的には、俺と対して変わらない年だろうけれど……何か、劣等感でもあるのか? だからといって他人に、ましてや抵抗出来ない子供に当たって良い訳がない。

 本当に腹の立つ男だ。ハニエルと同じ目に遭わせてやりたい。

『……アシャ……なんかこわいよ……?』

 ……悪い。ちょっと脱線してしまった。

 こんな目に遭っているのに歪んでいないハニエルは、精神が強いんだな。だからステータスに精神耐性が付いたのかな。

『……ぼく、つよい?』

「ああ、ハルは、もの凄く強いよ」

『……泣きむしなのに?』

「泣いたからって、弱い訳じゃない」

『そうなの……?』

「そうさ。泣きながらでも前に進む奴が、本当に強い奴だよ」

『ぼくは、アシャのほうが、ずっと強いとおもう』

 ――――そうか……

「じゃあ、俺達は二人とも強いから大丈夫だな」

 今からやろうとしていることも、絶対上手く行くよ。

 ハニエルが、コクリと頷くのが感じ取れた。



 ガチャ、ガチャリ。

 突然、部屋の扉の鍵が開けられた。

 ノックなんてされない。これは、いつものこと。夕食の時間だ。

 ワゴンを押して入って来たのは、いつものメイドさん。

 四十半ばくらいのキリっとしたキツめの女性で、いつも無表情で一言も喋らない。ただ、淡々と仕事を熟し速やかに退室して行く。

 いつも通り、食事と水差しを一つしかない机の上に置いていく。俺はうつ伏せのまま、黙ってそれを視ていた。

 でも今日は、チラッとこっちを視て俺と目線が合うと、スッと直ぐに逸らされた。そのまま、扉に歩いて行く。

「……ありがとう」

 扉が閉まる前に、ハニエルがいつもするように礼を言う。

 彼女は無言のまま、扉を閉めてガチャリと鍵を掛けた。

 実は彼女こそ、ハニエルに「秀麗騎士団物語」の本を与えた張本人。

 何故、それをチョイスしたのかは謎だが、それでも本を与えてくれたのは彼女なので、ハニエルは彼女が好きだったりする。だから、食事を持って来た時は、必ずお礼を言うようにしているのだ。

 食事が来たのはいいのだけれど……動けない。

 食欲は、はっきり言ってない……けれど、ハニエルの為にも無理してでも食べるべきか……?

『アシャ、むりしないで……』

 これから大仕事がある。食事に体力を使ってしまったら本末転倒。ここは、素直に甘えよう。


 すまん、ハル。……少し寝るよ……








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