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本編
08. クズの方がまし
ハニエルが目覚めたので、俺は身体の主動権をハニエルに返した。
――――正直、助かった。
ハニエルの記憶があるとはいえ、元の俺と同じ年頃の女性を母様とよんだり、二周り近い年下の子供を兄様と呼ぶのは違和感しかなかったから。
ハニエルは、母様と兄様に会えて目茶苦茶喜んでいる。
母様に纏わり付き、兄様の手や服の裾を握って離さない。
俺は、その様子をハニエルの中から視ている。
今は、公爵家から母様に充がわれた部屋に居る。
三人掛けのソファに、ハニエルは母様の隣にぴったりとくっついて座り、反対側の隣に座る兄様の腕に腕をしっかり絡めている。
今日も甘えっ子モード全開だ。
ハニエルと交代した時、周りの人達は少し戸惑った。
俺が出ていた時は子供らしくなかったせいで、突然、年相応に甘え出したハニエルに戸惑ったのだと思う。
テーブルを挟んだ向かいには、伯父様とバースル医師が座り、伯父様の斜め後ろには赤金髪の人が立って居る。反対側のバースル医師の斜め後ろには、執事さんが控えている。
今は、皆でお茶をしているところだ。
「お兄様、ハニエルも元気になったし……そろそろ伯爵家に戻ろうと思うのです。いつ迄も、ダリダラント公爵家のお世話になる訳には行きません」
母様がそう話しを切り出した。
確かに、最もな話だ。
「そんなに慌てて帰ることはないだろう? 子供達もそうだが……ミーメナ、お前だってかなり衰弱していたんだ。もう少し、身体を休めていった方が良いんじゃないか? そうでしょう? バースル」
伯父様は、母様を引き止めたいみたいだ。
「そうじゃな。三人とも、もう少し身体に肉を着けた方が良いじゃろ」
爺さんが同意した。
「でも……いつ迄も伯爵家を留守にする訳にはいかないでしょう?」
「仕事のことなら、大丈夫だよ。伯爵家のことは、今は私が代行しているから心配は要らない。それに、今戻っても使用人は殆ど居ないよ? 使用人の殆どがあの子鼠が雇った者達だったから、子鼠の実家に送り返したよ」
「――それは構いませんが……」
「――ミーメナ。私は、お前に申し訳ないと思っているんだよ。借金だらけの伯爵家を、女のお前に押し付ける形になってしまったことを……」
え、借金だらけと言ったか……?
「お兄様、それは仕方がないことですわ。お兄様は何も悪くないのだから」
「全く……子供達の前で、お主達は何を言っておるんじゃ」
爺さんが呆れたように嗜める。
まあ、家の逼迫した状況を幼い子供に聞かせるのは、俺もどうかとは思うが。
「バースル、そうは言っても……伯爵家に戻れば、子供達も嫌というほど思い知らされると思いますよ?」
伯父様が困り顔で反論すると、母様も頷いて苦く笑う。
「それなのよ。公爵家でお世話になっていると贅沢を覚えてしまいそうで、元の生活に戻れなくなってしまうわ」
「――ミーメナ……」
伯父様の顔が情けなく崩れる。
「……ごめんなさい……シーク……ハニエル。また、辛いことを強いてしまうわね……」
母様は、兄様とハニエルを横から腕を伸ばして、二人纏めて抱き締めた。
「母様、ぼく、痛いことじゃなかったら、がまん出来るよ? 母様と兄様とは、一緒にいられるんでしょう?」
「私も伯爵家の嫡男として、覚悟は出来てます」
「――あなた達……本当にごめんなさい……」
ハニエルと兄様の言葉に母様は涙ぐむ。
大人達は、皆、沈痛な顔で黙り込んだ。
赤金髪の人も歯を喰い縛って、何かを堪えているみたいにハニエル達を見る。
俺、この赤金髪の人がずっと気になってるんだよなあ。
なんか、ハニエルと兄様を慈愛の籠もった眼で見て来るというかなんというか……ただの子供好きって訳でもないような……
こんな時、鑑定とか出来ればなあ。いや、もしかして出来るかも?
『――鑑定』
思わず、試しに呟いてみたら――出来ちゃったよ。
「わっ……!」
ハニエルが突然、驚いた声を上げた。
『あ、すまん。ハル……』
赤金髪の人のステータスが突然頭の中に現れて、驚いたんだろう。
「ハル? 急に驚いた声を出してどうしたの?」
「え?……あ、えっと……」
母様に顔を覗き込まれて、戸惑うハニエル。
『ハル、なんとか誤魔化してくれ』
「な、なんでもないよ……」
ハニエルは、にへっと笑ってどうにか誤魔化してくれた。
それで、赤金髪の人の鑑定結果なんだが――
カドリス・フォーカレイト (29歳)
フォーカレイト子爵家 三男
ダリダラント公爵家私設騎士団 団長
シュザークとハニエルの実の父親
状 態 異常無し
レベル 68
体 力 9860/9887
魔 力 4750/4842
魔 法 火 風 土 無
スキル 物理耐性 魔法耐性 精神耐性
剣豪 農耕技能 木工技能
――ハニエル兄弟の、実の父親じゃん……
ああ、成る程。納得したわあ。
え、ぼくと兄様の父様?……じゃあ、ぼくをいじめていた父様は……父様じゃないの?
心の中で、ハニエルが混乱している。
『あー……うん。ハニエル達の本当の父様は、この赤金髪の人だな』
本当の父様……どうして、一緒にいてくれなかったの……?
『きっと、大人の事情があったんだよ……でも、良かったじゃないか。アイツが本当の父親じゃなくて!』
おとなのじじょー……
ハニエルは、赤金髪の人をじっと見詰めながら、何やら考えている。考えていることが俺の頭の中にも入って来るけれど、支離滅裂過ぎてよく解らない。
「…………」
「…………」
ハニエルに、じっと見詰められて赤金髪の人も困惑している。
暫く、無言で見詰め合う二人。
それに気が付いた伯父様が、声を掛けて来る。
「ハニエル? そんなにカドリスを見詰めて、彼がどうかしたのかい?」
「…………」
ハニエルには、伯父様の声が聞こえていなかった。
ハニエルは赤金髪の人……カドリスをじっと見ていたけれど、そろりとソファから降りてカドリスの前に立つ。何故か、兄様を連れて。
「――どうした?」
カドリスは、片膝を突いてハニエルと目線を合わせる。
「……ぼくと兄様の、父様なの?」
「っ……!?」
直球で聞いてきたハニエルに、カドリスは言葉を詰まらせ、目を見開いてハニエルを凝視する。
母様と伯父様も息を呑んだ。
「……ハル、どういうこと?」
理由が解らない兄様が困惑してハニエルを覗き込んだ。ハニエルは、バッと兄様に振り向き勢い良く喋り出した。
「兄様! 今まで父様だと思っていた人は、父様じゃなかったんです!」
「う、うん……?」
「こっちの人が、本当の父様なんです!」
「本当の、父様……?」
「たとえ、母様を二度もはらませてすてたクズだとしてもっ! あのニセモノより、ずっとずっとマシです!」
「……はらま……せ……? 捨てた……? クズ……?」
『ハルっ……!? 何言ってんだっ!?』
大混乱の兄様。目を泳がせて呆然とするカドリス。
俺の頭の中に拡がった情報は、セドリック・バタフライというクズ男。
いやいや、それ「秀麗騎士団物語」の何作目かの主人公だからっ!
「きっと、セドリックとおなじクズ男なんですっ!」
「セドリックって……だれ?」
兄様が難しい顔で聞いて来る。
「セドリック・バタフライですっ! チョウチョのように女性から女性へと渡り歩く遊び人ですっ!」
ハニエルは興奮していて、俺の制止の声も届かない。
「……母上が、この護衛の人に酷いことをされて捨てられたってこと?」
「はいっ! きっと、そうにちがいありません!」
「違うっ! 私は女誑しでもないしっ、クズ男でもないぞっ……!」
ハニエルの妄言に、被弾しまくっていたカドリスが両手を床に突いたまま大声で叫んだ。
「――私達の父親だってことは、否定しないんですね?」
「そ、それはっ……!」
兄様の静かな問に、カドリスは唇を引き結んで押し黙る。
「はぁ……シーク、ハル。二人ともそこまでよ」
母様が、深く溜息を付いて割って入って来た。
「――ハニエル、どうして彼が自分の父親だと思ったの?」
「……魔法でみえたから……です」
「――魔法で?」
「カドリス・フォーカレイト。フォーカレイト子爵家の三男、二十九歳。シュザークとハニエルの実の父親って……」
「――鑑定魔法か……そんな魔法も使えるのかい?」
伯父様が驚いた顔をする。
「……なんか……できたんだもん……」
ハニエルは怒られたと思っているのか、しょんぼりとしている。
「――いいわ。本当は、あなた達がもっと大きくなったら話そうと思っていたのだけれど……今、ちゃんと話して置いた方が良さそうね。確かに彼は、あなた達の実の父親です」
「ミーメナ……」
カドリスが困り顔で母様を見た。
「二人とも、こっちに戻ってらっしゃい」
母様に呼ばれて、兄様とハニエルはさっきまで座って居たソファに座り直す。
「あなた達には、まだ難しくて理解出来ないかも知れないけれど、話すわね」
母様は、気持ちを落ち着けるようにゆっくりとお茶を口にした。
「――カドリス様はね、元々、母様の婚約者だったの。だけど、母様のお父様とお母様が騙されて多額の負債を抱えたまま、事故で亡くなってしまった……だから、我が家はとても苦しい状態なのよ……」
ミーメナの話を纏めるとこうだ。
婚約者の関係だった二人は、カドリスの三つ年下だったミーメナが、十八歳に成るのを待って結婚する予定だった。二人の仲は良好で、何の問題もなかった。
だが、ミーメナの両親が隣国にある金山を買ったことから人生が狂い出した。
隣国ということもあり、金額が金額なだけに、ミーメナの両親は金山の購入に慎重だったが、話を持って来た隣国の貴族の手口が巧妙だった。何度も視察に赴き確認したが、そのたびに向こうは人を集め金が採れて作業場も活気付いているように装った。
これなら、直ぐに元が取れるだろうと金山を買うことにした。伯爵家の貯えと、足りない分は借金をして大金を用意した。
だが、金の売上金が入る日にお金は入金されなかった。
慌てて隣国の貴族に連絡を取るが、のらりくらりと躱されて埒があかない。痺れを切らして金山へ向かい作業している者に話を聞くと、金など麦数粒程しか採れておらず、採れる金はほぼ取り尽くされた後だという。
隣国の貴族に会いに行ってもなかなか会って貰えず、漸く会えて抗議すると「僅かとはいえ金は採れたのでしょう? こちらは何も嘘を吐いておりません」と言われ素気無く追い返された。
両親は真っ青な顔で戻って来て、ミーメナに騙されたことを話し、貯えもなく、大きな負債だけが残ったと話したそうだ。
だが、さらなる不運が降り掛かる。金も採れず金山で働く者達の給金も払えないのだから、作業を中止させようと思った矢先、落盤事故が起こった。
金を掘り尽くされた山は穴だらけで、脆くなっていたところを更に掘り続けたせいで崩れてしまったのだ。
何人もの死傷者を出し、その治療費や遺族への莫大な賠償金を支払わなければならなくなり、借金の上に更なる借金を重ねた。
愚かな自分達のせいで、領民の税を上げる理由にはいかない。
そう言って、伯爵家が所有していた土地を売り、屋敷の金目の物は全て売り払い、多くの使用人を解雇して食事や日々使う消耗品も限界まで切り詰めた。
そんな状況だったので、当然フォーカレイト子爵家からは婚約解消を言い渡され、それを受け入れるしかなかった。
だが、カドリスは実家と縁を切ってでもミーメナと結婚したいと望んだ。
ミーメナは、カドリスを慕っていたので嬉しかったが、カドリスに負担を掛けたくなかったし、苦労しかない未来を思うと、カドリスを巻き込む理由にはいかないと思い、その申し出を断った。
ダリダラント公爵家の娘に見初められて、婿に行ってしまった兄のイグディスも、公爵家に頼み込み金銭の援助をしてくれたが、それでも足りなかった。
そして、疲弊した両親が金山の最期の後始末をして隣国から帰る途中、崖から馬車ごと落ちて還らぬ人となった。
失意にくれるミーメナに、断られても尚、カドリスは結婚を申し込んだ。辺境伯という爵位さえも売らなければならないかも知れないのに、それでも完済出来ないのに、尚更、受けるわけにはいかなかった。
そんな時、声を掛けて来たのがモーギュトス侯爵家。
ハニエル達を虐待していた男の生家だ。
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