俺の幸せの為に

夢線香

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本編

09. だめだよ……!?




 今迄、付き合いのなかったモーギュトス侯爵家から訪問の打診を受けて戸惑う。

 ミーメナは、兄イグディスに立ち会って貰い会うことにした。

 来訪したモーギュトス侯爵の話は、ミーメナの縁談話だった。

 お相手は、モーギュトス侯爵の末っ子、カーリンベル・モーギュトス。ミーメナより二歳年上だ。

「お互い見栄を張っても仕方がない。この縁談は家同士の取り引きだ」

 侯爵はそう言って話を切り出した。

 カーリンベルは幼い頃から愛らしく、随分と甘やかして育ててしまったのだという。成長しても背があまり伸びず、ミーメナより低い。勉強も今いちで、可愛さが損なわれると言って剣どころか鍛えることさえ嫌がる。

 周りは人形のように可愛がり、人脈は広いが飽くまでも人形遊びの域を出ないので、仕事や政略等には使えない。

 実際、年頃になり片っ端から交流のある令嬢達に縁談を申し込んだが、全て断られたそうだ。

 あの甘ったれは、貴族としてしか生きていけない。だが、貴族としての責務も果たせない。

 それに、カーリンベルには子種がない。

「形ばかりの婚姻でいいのだ。勿論跡継ぎは必要だろうから、そちらで良い方を選んで子を成してくれれば良い。愛人として囲っても良い。こちらはそのことに対し、一切口を出さない。伯爵家の仕事も出来ないだろうから、それも口出しはさせない。要は貴族という肩書きさえ在ればよいのだ」

 溺愛していたらしい親が、こう迄言うほどに出来が悪いのだろう。

 この話を請けるのなら、多額の援助金を出してくれるという話だった。

 ミーメナはイグディスと相談し、その話を請けることにした。

 そして、子を成す為にカドリスを相手に選んだ。

 カドリスを秘密の愛人として日陰に追い遣るのがどうしても嫌だったミーメナは、男児が二人出来るまでと条件を付けた。

 最初は渋っていたカドリスを、どうにか説き伏せて――

「――そして、シュザークとハニエル、あなた達が産まれたの。だから、カドリス様が実の父親だとは教えられなかったの……カドリス様は、何も悪くないのよ」

 ミーメナは、そう締め括った。


 要するに政略結婚だな。好きな相手と一緒になれないなんて、貴族って可哀想だな……

「理解出来たかしら?」

「はい、分かりました。そういう事情があったのですね……」

 シュザークは、理解できたようだ。

「……じゃあこれからは、カドリス様が父様になるの?」

 ハニエルの質問にミーメナは、静かに首を横に振った。

「いいえ。我が家には負債があって、これ以上カドリス様に迷惑は掛けられないわ」

「そう……ですか……」

 ハニエルは、何だかがっかりしている。

「ミーメナ」

 突然、カドリスがミーメナの足元に跪いた。

「迷惑等ではない。負債があると知っていても私は何度も君に求婚した。いい加減に受け入れてくれ」

 カドリスは、苦しそうに顔を歪めミーメナを見詰める。

「私に、何時までも独り身でいろというのか? 君を愛しているんだ……負債を抱えて苦しい生活を送るよりも、君と添い遂げられない方がずっと苦しいっ……!」

 カドリスは、膝に置かれたミーメナの手を両手で握り締めた。

「――私を不幸にしないでくれっ……!」

 握った手を額に押し当てて懇願するカドリス。

「カドリス様っ……!」

 ミーメナも苦しそうに顔を歪めた。

「――本当に……私で宜しいのですか……?」

「勿論だっ……!」

「ずっと、お慕いしておりましたっ……!」

「ミーメナっ……! いいんだなっ……!」

 涙を零すミーメナを、カドリスは離すまいとするように、ぎゅうっと抱き締めた。



「……結局、カドリス様がお父様ってこと?」

 ハニエルがシュザークに尋ねる。

「ああ、そうみたいだね」

「ふふっ! こっちが本物の父様なら、ぼくも背が大きくなるよねっ?」

「ふふっ! そうだね、それが一番嬉しいかもね!」

 二人は身を寄せ合って、くふふっと笑い合う。

「漸く、あるべき所に収まったね。良かったよ」

 イグディスが全員を見渡して微笑んだ。

 そこへ扉がノックされ、執事が扉を開ける。入って来たのは、伯母様だ。赤毛の長い髪を結い上げ、若草のような柔らかな緑色の眼をした美人だ。

「あら……? もしかして良いところを見逃してしまったかしら?」

 バースル医師が席を開け、一人掛けソファに移動すると伯母様は礼を言ってイグディスの隣に腰を降ろす。

「やあ、リーリン。一足遅かったね。恋が成就した瞬間を見逃したよ」

 イグディスがからかうように微笑む。

 リーリン・ダリダラント。それが伯母様の名前。

 残念ね、と零しながらひしりと抱き締め合う二人を微笑ましげに見詰める。

「それはそうと……ひとつ、ハニエルに聞きたいことがあるんだ。セドリック・バタフライって誰だい?」

「……セドリック・バタフライですって?」

 イグディスの問に、リーリンが反応する。

 あ、これは知っているな。ハニエルの愛読書を。

「セドリック・バタフライは騎士ですっ! クズ男なんですっ!」

 ハニエルが喜々として答える。

「え、ハニエルは知っているの……?」

 リーリンが戸惑った声で、まじまじとハニエルを見て来る。

「リーリンも知っているのかい?」

「え? あ、……い、いえっ……! その……」

 言える理由ないよな……ぶっちゃけエロ本だし。

 でもセドリック・バタフライの話はなかなか面白い。どうしようもないクズ男だけれど、最後はセドリックが好きになる。クズじゃなくなるし。

 だよねっ! ぼくもセドリックが好き!

 ハニエルよ。でも、お前にはまだ早い。何しろエロいシーンがてんこ盛りだからなぁ。

『ハル、伯母様が困っているから、伯父様には本の題名だけ教えて自分で読んで貰いなさい』

 わかった!

「秀麗騎士団物語っていうシリーズ本ですっ! そのうちの主人公の一人です。クズ男だけど最後はとてもセドリックが好きになりますっ! 読んでみてくださいっ!」

「へぇ、本の登場人物なのか。クズ男なのに好きになるのかい? それは、面白そうだね。後で読んでみるよ」

 イグディスは、にこにこと笑っている。リーリンは、そんなイグディスを何とも言えない顔で視ていた。

「そんなに面白いなら、私も読みたいな。ハル、後で貸してくれる?」

 シュザークが喰い付いてしまったっ……!

 リーリンが凄い勢いでシュザークを見るけれど、口をはくはくと小さく開閉させるだけで何も言えないでいる。無理もない、言ったら読んでいるのがバレるもんな。

「はいっ! うちにもどったらお貸ししますねっ!」

 だめだよっ……!? ハニエルっ……!



 二人の世界に行ってしまっている、カドリスとミーメナを放置して雑談を続けていると、漸く二人が戻って来た。

 二人は跋が悪そうな顔をして離れる。

「……申し訳ありません。……嬉しくて……」

 カドリスが、イグディスとリーリンに謝罪するとミーメナも頭を下げる。

「気にするな」

 イグディスとリーリンは、微笑みながら許した。

 カドリスが今度はハニエルとシュザークの前に跪く。

「ずっと、父親として名乗ることが出来なかったが……漸く言える。突然のことで戸惑っているとは思うが、これからは君達三人を私に護らせて欲しい。……二人の父親として、認めてくれるかい……?」

 不安そうに尋ねる、カドリス。

 ハニエルとシュザークは顔を見合わせてから頷いた。

「あんな奴と、血が繋がっていなくて嬉しいです。私達をよろしくお願いします――父上」

「また抱っこしてくださいね、……父様」

「っ……抱き締めても……良いだろうか……?」

 二人が頷くと、カドリスは眼を潤ませて二人纏めて抱き締める。

「――――ありがとう……」

 カドリスは、噛み締めるように小さく囁いた。

「――ごめんなさい、カドリス様……私は貴方から、子供まで取り上げていたのね……」

 その様子を視ていたミーメナが、ポツリと零した。



 それから一週間ほど公爵家のお世話になり、ミーメナ、シュザーク、ハニエルの三人は伯爵家に帰ることにした。

 カドリスも一緒に帰るとごねたが、団長を務める彼を伯爵家に連れ帰っても、満足に食事も出せない。それでは、身体が資本の騎士の仕事に差し支えてしまう。だから今迄通り、公爵家の寄宿舎に居て欲しいとミーメナが懇願した。

 イグディスは、子供達だけでも公爵家で預かろうか? と言ってくれたが、これにはハニエルがごねまくった。
 
 そんな理由で三人は伯爵家に帰り、カドリスは通い夫となることが決まった。


 伯爵家に戻ると、一人の執事服を着た三十代くらいの男性が出迎えてくれた。

「タキート……何故、貴方が?」

「――我がアスロン家は、キディリガン家に忠誠を誓っております。父は、カーリンベル様に疎まれて追い出されてしまいましたが、あの方がいなくなったので戻って参りました。これを期に、父の後を私が引き継ぐこととなりました。どうぞ、宜しくお願い致します」

 タキートは、丁寧にお辞儀をした。

 タキート・アスロン、三十一歳。何代も前のキディリガン家の当主が彼の一族のご先祖を助けた事により、恩を感じてそれ以来キディリガン家に仕えている。

 魔人の血が流れているらしいが、今は大分薄くなっているとか。

 言われてみれば、肌は白く、男性なのに美しい容貌をしている。黒に近い茶色の髪を一つに束ね、眼は赤茶色だ。何処となく浮世離れしたような雰囲気を纏わせている。背も二メートル近いのではないだろうか。

「そう……給金もあまり出せないのだけれど……本当に良いのかしら?」

「問題ありません」

「分ったわ。とても助かるわ、これからも宜しくね、タキート」

「精一杯、お仕えさせて頂きます」

「……屋敷には、どれだけの人が残って居るのかしら?」

「料理人見習いが一人、メイド見習いが二人、庭師見習いが一人でございます」

「そう……一人も居ないかと思っていたわ」

「どの者も見習いですし、行く宛がないから残ったような者達です。満足のいく奉仕は、難しいと思われます」

「ええ、そうね。リビングに皆を集めてくれるかしら」

「畏まりました」

 タキートは、一礼して人を集める為に立ち去った。

 伯爵家の現状は、思った以上に悪いみたいだ。

 屋敷の中は薄暗く、建物自体が古いこともありお化け屋敷のようだ。物もなく殺風景。そして無駄に広い。リビングが遠い……

 病み上がりのハニエルは、息が上がって肩が大きく上下している。

「ハル、大丈夫かい?……少し休もう」

 隣でシュザークが背中を摩ってくれる。

「そうね、そうしましょう」

 ミーメナも足を止め、ハニエルを気遣ってくれる。

「――私が、お連れ致しましょう」

 いつの間にか戻ってきたタキートが、ハニエルを軽々と抱き上げ片腕に座らせてくれた。

「ありがとう、タキート」

「このくらい、お安い御用です」

 ハニエルが、お礼を言うとタキートは薄っすらと笑う。

「タキートは、すごく背が高いね。ぼくもこのくらい大きくなれる?」

「ご飯をたくさん食べれば、大きくなれますよ」

「がんばる」

 タキートは真剣な顔で頷くハニエルに微笑む。

「――ねえ、タキート。兄様も抱っこ出来る?」

 息を弾ませ、少し遅れ始めたシュザークを視てハニエルが言った。

「ああ、これはいけませんね。――シュザーク様、失礼致します」

 タキートは、反対の腕に軽々とシュザークを乗せて歩き出す。

「ハァ……すまない……」

 シュザークは、ほっとしたように礼を言う。息が上がって呼吸が乱れている。余程きつかったのだろう。

「ごめんなさいね。私達は、少し体力が落ちているの……」

「事情は存じておりますので、お気になさらず」

「……ぼく、五階まで登れるのかな?」

『確かにな。一階を移動するだけで、これだしな。でも安心しろ。ハルには転移魔法があるじゃないか』

「あ、そっか。転移すればいいのかあ」

 ハニエルは、ほっとして頷いた。

「ハル? どうして五階に上がる必要があるの?」

「え? だってぼくのお部屋は、五階の一番端だよ?」

「――なんですってっ……!? そこは、物置部屋じゃないのっ!」

 ミーメナが、わなわなと震えている。

 ハニエルがそんな所に押し込められて居たなんて、知らなかったんだろうな。

「――ハルの部屋は別の場所に変えるから、もうそこには行かなくてもいいわ」

 ミーメナは、怒りを抑えるように深く息を吐き、ゆっくりとハニエルに言い聞かせた。

「わかりました。でも、兄様に貸す約束の本があるから、一度部屋に行かないと」

『いや、それは取りに行かなくても良いんじゃないか? それに、兄様に貸しちゃ駄目だぞ?』

 どうして?

 分かっていないハニエルに、シュザークにはまだ早いと言おうとしたらタキートが口を開いた。

「でしたら、その本は私が取って参ります。他にお持ちする物はございますか?」

「ううん、それしかないよ」

「畏まりました」

 ミーメナとシュザークが苦虫を噛み潰したような顔をしてじっとハニエルを視ていた。









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