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本編
47. 失言
ペテロパ・サーギシラ子爵の件があってから、一ヶ月が過ぎた。
オクシトロン領は、領民達が蓄えていた食糧はとっくに無く、本来なら来年のために取っておく筈の種までも食べてしまい、畑に植えるものがなくて、荒れ果てていた。
寧ろ、今迄よく生きていたなと思う程だ。
草を食べ、獣を狩ってどうにか食い繋いでいたようだ。
其のせいで、草すらもどんどん減って獣も少なくなり、この頃では獣を探すのも困難だったとか。
思っていた以上にオクシトロン領は、酷い有り様だった。
取り敢えず、食べさせないことには話にならない。
選り好みさえしなければ、其れは簡単に解決出来た。
オオシャールのダンジョンの海にひしめき合っている魚の魔物を、ごっそり獲って来ればいいだけだったから。
俺達が持て余した肉も、ソルマルトに渡して食糧にしてもらった。
野菜なんかは…ダンジョンの種をいくらか分けて、其れを食糧に充ててもらった。
普通の種や苗を買い与え、其れを畑に植えるようにも手配した。
其の辺は、ソルマルト、アスローク、ホワトムでペテロパから巻き上げたお金を元手に、上手く回してくれるようにお願いした。
彼等なら、安心して任せられる。
キディリガン家の皆は、ダンジョンとオクシトロン領を行ったり来たりしながら、俺達に出来る事をやった。
媚薬を盛られて以来、ノルフェントの様子がおかしい。
俺と余り、目を合わせなくなったし、何処か挙動不審だ。
恥ずかしがっているのだろうか?
夜は二時間程ノルフェントの勉強を視ている。
そうなると益々俺の顔を見ないし、何処かビクついたりして何となく気不味い。
流石に、一ヶ月以上経っているのだから慣れて欲しい。
「なあ、ノルフェ。俺と居るのが気不味いなら、暫く、この時間の勉強は止めておくか?」
相変わらずのノルフェントに小さく溜め息を吐く。
「あっ…、ち、違うっ…!」
ノルフェントは、慌てたように顔を上げたが俺と眼が合うと直ぐに反らした。
「─ほら、無理しなくても大丈夫だぞ?」
「……本当に、違う…。その、こ、困っている事があって…」
「困っている事?」
「──あ、あの、前に、ハーシャが……自分で擦れって……。其れが、上手く出来なくて……困ってる……」
「…………」
要するに、自慰が出来なくて困っているって事か…?
本気で言っているのか…?
「──なあ、閨教育って教わった事ある?」
「その、医者に、定期的に抜くようにって言われた」
「──其れだけ…?」
「? 他にもあるの…?」
俺は、頭を抱えたくなった。
純粋培養過ぎるっ……!
こんなに、男に狙われているのに……何も知らなかったって言うのかっ……!?
流石に……知識を与えておかないと…不味いよな…?
媚薬を盛られたら、どんな目に遭うか理解していないと危機感が持てないんじゃないのか?
誰もが俺みたいに、耐えられるわけじゃないんだぞ?
俺がした事位しかされないと思っている訳じゃないよな…?
駄目だ…。媚薬を盛られたり拐われたりしたらどんな目に遭うのか、よくよく教えておかないと大変な事になる様な気がする…。
「──ノルフェ…。今から、閨の事を勉強するぞ」
「?」
きょとん、としているノルフェに…頭痛を覚える…。
「──子供がどうやって産まれるか、知っているか?」
コウノトリとか言いませんようにっ……!
「男性の子種を女性の胎内に……入れるんでしょう?」
良かった~……。そこは、知ってたんだな……。
「いいか? ノルフェ。子作りって謂うのはな──」
其れからは、滾々と男女の営みについて語り、ノルフェントが一番気を付けなくてはならない、男同士のやり方についても話した。
ノルフェントは、頬を染めたり蒼くなったりしながら真剣に聴いていた。
序に、其れが目的でノルフェントに近付いて来る者達が居ることも、自分がそういう意味で狙われているのだと、しつこく言い聞かせた。
ノルフェントは、蒼くなりながら頷いた。
良い機会なので、常々、疑問に思っていた事を聴いてみた。
「ノルフェは…女性と男性、どっちが好きなんだ?」
正直、ノルフェントが女性を口説いたり、抱いている姿が想像出来ない。男性を抱いている姿も。
男性に抱かれる姿しか想像出来ないんだよな。
俺の勝手なイメージだけれど……。
「──私は…分からないよ…。これまで、私の周りには歳の近い者は居なかったし、私が関わった人は凄く少ないんだ」
ノルフェントは、俯いてしまった。
──其れもそうか……。自慰のやり方すら知らないのに、行き成りこんな事を聴かれても……分からないよな…。
「──ハーシャは…? 女性と男性…どっちが好きなの?」
俺?
俺は、そうだな……。どっちもいけるけど……男に、傾きつつあるよな……。
女性も嫌いじゃないけれど、やっぱり身体が大きくて頑丈な奴が好きかな……。
「俺は、どっちでもいけるから」
取り敢えず、無難に答えておこう。
「どっちでも……? その、そういう事を…したことがあるの……?」
「あるよ」
嘘を言っても仕方が無いので、正直に答える。
「…………」
ノルフェントは、黙り込んでしまった。
十六歳なんだから、経験は無い方が普通だと思うぞ?
俺とシュザークが特殊なだけで……。
「──ハーシャは、どんな人が好きなの…?」
少し、元気のないノルフェントが聴いてきた。
「俺の好みって事? ──俺は、健康で、逞しくて、頑丈な奴が好き。強いと尚いいな」
素直に答えた。
「──シュザーク殿や……ユリセスみたいな……?」
「はは、まあ…見た目だけならそうかも。兄上もユリセスも、家族にしか思えないけれどね」
あの二人を抱きたいとは、全然思えない。
「──私の見た目は…どう…?」
「…………」
ノルフェントの見た目か……。
見た目だけで言うなら、顔は……大人になれば好みのど真ん中だ。
ただ──。
護ってやりたくなる様な、庇護欲を唆る頼りなさ…。
触れれば壊れてしまいそうな、脆さ…。
眼を離した一瞬に消えてしまいそうな、儚さ…。
其のどれもが、俺に不安と焦燥感を与える。
ノルフェントのそんな所が……堪らなく───。
「───苦手だよ……」
「っ…!」
思わず口に出してしまって、はっとする。
ノルフェントは、息を呑んで眼を見開いたまま固まってしまった。
其の、今にも崩れてしまうんじゃないかと思う姿に慌てる。
「あっ…! そのっ……見た目の話だからなっ……? ほ、ほらっ…! さっき、言ったろっ…? 俺の好みは…逞しくて、頑丈な奴だってっ…!」
必死にフォローを入れるが、ノルフェントは固まったままだ。
「ノ、ノルフェ自身が苦手とかっ……そう謂うんじゃないからっ……!」
一体、どうすればいいんだっ……!?
「───ハーシャは……私の魔力に、何も……感じないの……?」
顔の表情が……ごっそりと抜け落ちた様なノルフェントが、小さな声で呟いた。
その姿に、何故か、罪悪感を覚えて…不安が押し寄せてくる。
堪らずに、ノルフェントを抱き締めた。
──苦手と言いながら、抱き締める…。
何て、チグハグなことをしているんだよ…俺は…。
「──魔力……?」
ノルフェントの魔力…?
感じたことはないと思うけど…今、其れを言って良いものか…。
「──ハーシャは、何も……感じていないんだね……」
ノルフェントの消え入りそうな声に、焦燥感が募る。
知らず知らず、抱き締める腕に力が籠もった。
「──離して」
はっきりとした拒絶の言葉と一緒に、胸を押されて離された。
「今日は、もう休みます。お休みなさい」
ノルフェントは顔を下に向けたまま、敬語で言い放ち寝室へと消えてしまった…。
「…………」
失敗した……。
ノルフェントを傷付けた……。
でも、俺が言った言葉は……嘘じゃない……。
だったら、何れは…こうなっていた……。
それなのに、何で。
こんなに、罪悪感と焦燥感が湧いてくるんだ……。
──距離を置くべきなのかも……。
もし、ノルフェントが其れを望むのなら……従おう…。
其の後、シュザークの部屋を訪ねた。
「どうしたんだい? 一緒に寝るのかい?」
一緒に寝ることに、すっかり慣れているシュザークが部屋に招き入れながら聴いてきた。
俺は、首を横に振った。
ノルフェントが一人なのに、俺だけシュザークを頼るのは……駄目だと思った。
「──兄上に、お願いがあって」
ソファに並んで座りながら切り出す。
「何だい?」
シュザークが首を傾げた。
「その…ノルフェの事なんですけど…。ノルフェは…自慰が上手く出来ないらしくて、──後で、兄上から教えてあげて欲しいんです」
俺が心配する事ではないかも知れないけれど、ちゃんと出来ないと辛いだろうから…シュザークに頼みに来たんだ。
「ハーシャが教えたら良いじゃないか」
シュザークが益々、首を傾げる。
「その……ちょっと、気不味いことになってしまって…」
言い淀む俺に、シュザークは溜め息を吐いた。
「一体、何をやらかしたんだい?」
「えっと……話しの流れで…ノルフェは好みじゃない、みたいなことを言ってしまって…」
う…、何か情けない話しだな……。
言葉にすると子供の喧嘩みたいだ……。
「え? ノルフェント殿下は、ハーシャの好みじゃないの?」
何で、そんなに驚くんだろう? 頷いて、首を傾げる。
「─あれ程、構い倒しておいて?」
「え? お世話を任されたので、気にしていただけですが…?」
「しょっちゅう、頭を撫でたり、抱き寄せたり、──ノルフェント殿下が猫になった時なんて、片時も離さず抱いていたじゃないか」
「え? つい、子供に接するようにしてしまっていたのは…確かですね。猫の時も…猫、可愛いじゃないですか」
「…………」
シュザークは、困惑顔だ。
「─そう、分かったよ。…流石に、実践する訳にはいかないから、適当な教材を渡しておくよ」
「ありがとうございます、兄上」
其の次の日から、ノルフェントは俺との間に一線を引くようになった。
無視されている訳じゃない。
ただ、必要無いことは話さなくなっただけだ。
余り、俺の傍に寄って来なくなっただけ……。
何処か…靄々するけれど…自業自得なので、ノルフェントの気が済むようにしてもらったら良いと思う。
今迄、近過ぎた距離が…一気に遠くなった気がした。
だけど……ノルフェントの危うさを間近で見ることが減って、俺の不安感や焦燥感を煽られることが減った。
そこは……ちょっとだけ……ほっとしている。
───これで、良かった……。
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