俺の幸せの為に

夢線香

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本編

50. …………




 ヒンゼルとアクワナが居る部屋から出て、被害者の令嬢の元へ向かう。

 部屋を尋ねると治癒師の女性が快く招き入れてくれた。

「──彼女達の様子はどうですか……?」

 何となく、小声で話す。

「大分…疲弊していたみたい…。無理もないけれど……」

 治癒師は、遣り切れない表情を浮かべた。

「……日常的に…性交を強いられていたみたいね…。陰部の損傷が酷かったわ……。避妊魔法を掛けられていた事だけが、救いね……」

 彼女はそう言って、大きな溜め息を吐いた。

「彼女達の隷属を解除できるか試したいんですが……良いですか?」

 彼女は難しい顔をした。

「正直、隷属を解いてしまうと……自死しかねないわよ……?」

「其処は、自死しないように魔法を掛けます」

「─そんな事が出来るの…? だったら、早く開放して上げた方が良いに決まっているわ…。今は、疲れて眠って居るし……丁度良いかも……」

 奴隷紋が下腹部にあるのは、毛布に包んだ時に視ている。

「奴隷紋に触れたいのですが……その部分を出して貰っても良いですか?」

 流石に、俺が服を捲るのはどうかと思い、治癒師にお願いした。

 彼女は頷いて奴隷紋の所だけを晒してくれた。

 奴隷紋にそっと手を置く。

 彼女に影響が及ばない様に取り払って壊すイメージを固めて念じる。

「隷属を拒絶。解除。排除。破壊。序に、掛けた術者の性交を禁ずる」

 手を置いていた場所が赤黒い光を放ち、シュッと何処かに飛んで行った。

「もしかして……上手く行ったのか……?」

 解除と呪い(?)返しが。

 やっぱり、口に明確に出した方が上手くいくんだな。

「──貴方…………最高だわっ…!」

 治癒師の彼女は、ニヤリと悪い顔で嗤った。

 其れに、ニヤリと嗤って返す。

 まるで、悪役の様だ。

 もし、本当に術者に飛んで行ったのだとしたら……其れを追跡すれば…上手くすれば、ノルフェントの元に辿り着けるかもっ…!

 漸く、糸口が見えて気が逸る。

 早速、もう一人の被害者の側に行き、同じ様に治癒師に奴隷紋を晒してもらう。其処へ手を置いて、同じ様に言葉にして念じる。

「隷属を拒絶。解除。排除。破壊。序に、掛けた術者の性交を禁ずる。術者の元へ誘え。追跡」

 さっきと同じ様に、赤黒い光がシュッと何処かへ飛んで行った。

「探索」

 頭の中にマップが拡がって、赤い線が表示された。

「よし、成功だ」

 俺が呟くと、治癒師が小さく拍手をくれた。

「ふふふ、容赦のない貴方が、大好きになりそうよっ…!」

「─光栄です」

 二人で、ニヤリと悪い顔で嗤った。

 治癒師の彼女は、女の敵に厳しい方の様だ。

 跡は、彼女達の左手の小指に小指を絡めて念じる。

「死なない事……此れは、命令じゃない。─俺との約束だ。……死ぬな、寿命をまっとうしろ、約束だ……」

 絡めた小指を何度か振って離すと、彼女達の小指の付け根に細い赤い線が…指輪のように現れた。

 どうやら、上手く行ったみたいだ。

「本当に、貴方は素敵な人だわ……」

 治癒師の彼女は、薄っすら目に涙を浮かべて、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

 悪役になったり、聖母になったり、忙しい人だ……。

「ふふっ、光栄です」

 俺も苦笑して礼を言って、部屋を後にした。




 ヒンゼルとアクワナの居る部屋へ戻ると……其処は、氷点下だった……。

「寒っ…!」

 思わず自分に結界を張って、気温調整をする。

「──兄上……?」

 ヒンゼルとアクワナは、ガタガタ震えていた。蒼白い顔が、恐怖から来るものなのか、寒さから来るものなのか、……ちょっと、分からない……。


 あ、あれ…? 俺が遣り過ぎるから…シュザークと交代したんだったよな……?

 これじゃあ、交代した意味が無くないか……?

 視線を泳がせ、学園長とユリセスに目を止める。二人は結界を張って寒さを防いでいた。

「ハーシャ、終わったのかい?」

 ごく、普通に話し掛けて来るシュザーク。

「──ええ、此方は上手く行きました。……彼女達を隷属した術者を追えそうです……」

「そう、良かったよ。──こいつ等ときたら…碌な情報を話さないから……私も、困っていたんだよ……」

 シュザークはへにょりと眉を下げた。

「だ、だ、だからっ…! こ、こ、これ以上はっ…し、知らないんだってばっ…!!」

 恐怖で吃っているのか…寒さで吃っているのか…ヒンゼルが、ガタガタ震えながら訴える。

 二人は寄り添うように抱き合って、震えている……。

「──何処まで……訊き出せたんですか……?」

 シュザークに視線を戻すと、彼は溜め息を吐いて話してくれた。

「サドラス・オクトバリが姿を変えたノルフェント殿下に近付いて、言葉巧みに言い包めて…この部屋に連れて来たみたいだね。そして、ヒンゼルが結界破壊のスキルで結界を破り、アクワナのリップフラワーで魔力を奪い、魔力封じの腕輪を六つも嵌めたそうだよ。魔力切れで倒れたノルフェント殿下を連れて、部屋を出て行ったらしい。何処へ行ったかは、知らないって言うんだよ」 

 ヒンゼルとアクワナの周りに、鋭い氷柱が何本か突き刺さる。

「──俺の結界を破壊したんですか……」

 俺の結界を破られたのは、此れが初めてだ。

 そもそも、キディリガン家の皆は強過ぎて……結界を破られる程の危機に陥らない。

「なあ、ちょっとやって見せてよ」

 ヒンゼルの前にかがみ込んで、首を傾げる。

「今、俺の張っている結界を破壊してみてよ」

 今後の為に、より強い結界を創る為に、見せてもらわないと。

 ヒンゼルはガタガタ震えるばかりで、一向に動かない。

「なあ、俺、急いでるんだよ」

 掌にサッカーボール程の黒電を出す。

「こ、此処では出来ないんだっ…!!」

 バチバチと弾ける黒電を見て、慌てたようにヒンゼルが叫んだ。

「何で、出来ないの?」

「け、結界破壊のスキルは……魔力を使わない……。お、俺の……た、た、体液を掛けることで結界を壊せるんだっ……!」

 ヒンゼルは、歯切れ悪く口早に捲し立てた。

「──は?」

 思わず、素の声が出た。

「こ、こんな状況でっ……か、掛けられないだろ……?」

 ヒンゼルの声は、どんどん小さくなっていった。

「──体液って……唾液とか、血液とか、……か?」

 まさか……こんな処で……エロゲーの縛りみたいなものがある訳じゃないよな……?

「…………違う……精液だよ……。しかも……出し立てじゃないと効果がない……」

「…………」

 ……え? そんな、縛りなの……? 正直、ある程度…相手を拘束してからじゃないと……無理じゃないか……? こいつが、とんでもなく早漏だって謂うなら別だけど……。

 しかも……出し立てって……どんなエロゲーだよっ……!?

「──其れ、使い道があるのか……?」

「っ…! お、俺のはっ…! ノルフェントの持つ”堅固な外殻“をっ…! ゆ、唯一、無効に出来るスキルなんだっ…!」

 は? 

 ノルフェントのスキルだけを、無効にする為のスキルって事か?

 ノルフェントの持つ”堅固な外殻“があれば、凌辱する事は難しい。

 実際、これまで無事でいられたのは、其のスキルがあったからだ。

 ──でも、魔王候補である以上……何かしらの闇堕ちイベントが付き物だ。

 闇堕ちさせる為の手段として、ヒンゼルのスキルが必要だった……と、言う事か……?

「……お前、ノルフェント殿下を……凌辱する気だったのか?」

 随分と、低い声が出てしまった。

「お、俺はっ…! ノルフェントなんかに興味はないっ…! 俺はっ…! 女が好きだっ!! だけど……サドラス・オクトバリが……彼奴が……ノルフェントを狙ってて……俺に、しつこく付き纏うから……女と引き換えに、スキルを殺してやったんだっ…!!」

 ヒンゼルは、ヤケクソのように叫んだ。

「──スキルを殺す……?」

「……ああ、今は、”堅固な外殻“は失くなっている筈だ……」

 なん、だって……?

 心臓が急にドクドクと暴れ出した。

 ”堅固な外殻“があるから……まだ、其処まで……焦っては居なかった……。

 だが、俺の結界も無い、”堅固な外殻“のスキルも無い、となると……ノルフェントを護るものが……何も無い。

 早く、早く、行かないとっ…!

「兄上……。術者を追います……」

 ふらりと立ち上がって其れだけ言い、部屋を出ようとしたら、 シュザークに腕を掴まれた。

「私も行くよ。学園長、後はお願いします」

「ああ、任せてくれ」

 学園長は俺達に頷いて見せた。

「当然、俺も行くからな。で? どうやって追うんだ?」

 ユリセスが側に寄って来て、訪ねてくる。

「──彼女達の隷属を解いた時に、術者に性交が出来ない呪いを掛けて返したんだ。戻って行く其れを追跡出来る様にした。其れを追って、小刻みに転移して行く」

 頭の中に探索のマップを拡げて、シュザークとユリセスの腕を掴んで外に転移した。

 其処からは、赤い線の方向へ目に見える範囲を転移して行く。

「──王都から、出るみたいだね…」

 王都の外壁の近くに着くとシュザークが呟いた。

「まだ……遠いですね……」

 マップの赤い線は、ずっと先まで続いている。

 ノルフェントの魔力も探っているけれど……見付からない……。

「サドラス・オクトバリは、トネリコルト国の貴族でしたね……。もしかして、国に戻ったのか……?」

 方向的には、キディリガン領の方へ続いて居る。

「新しい外壁に、一気に飛んだほうが早いかも……」  

「そうだね。行き過ぎたのなら戻れば良いのだし、そうしようか」

 三人で頷き合って、キディリガン領の新しい国境の外壁に転移しようとしたら、声を掛けられた。

「──シュザーク殿、ハーシャ殿、どうして此処に?」

 声に振り向けば、ジックバル副団長が数人の騎士を連れて、此方に駆けてくる。

 急いでいるのにっ…! 思わず、舌打ちしそうになる。

 シュザークに肩を叩かれて、ぐっと堪えた。

「ノルフェント殿下が拐われた。私達は、其れを追っている。──急いでいるんだよ」

 シュザークの立場では、彼等を蔑ろにすることは出来ない。王太子殿下の婚約者候補だからな。

「ノルフェント殿下がっ…!? ──其れは、拙いですね……」

 ジックバルが顔を顰める。

「ジックバル殿は、どうして此処に?」

 王太子殿下の護衛であるジックバルが、何故、王都の外壁に居るのか疑問に思ったのだろう。

「盗まれた国宝の犯人を追っています」

「犯人が分かったのかい?」

 シュザークが驚いて聞き返した。

「直接、盗んだ者は捕まえたのですが……どうやら、操られて居たようで……。魔力を採取出来たので、其れを追っています」

「──操る? 魔力……?」

 其のワードが引っ掛かって、思わず口を挟んでしまった。

「ええ、気持ち悪い魔力でして……。魔力感知に優れた者を引き連れて、持ち主を探して居る処です」

 ジックバルの顔が、益々歪んだ。

「──気持ち悪い魔力……。まさか……これじゃないですよね?」

 収納空間からサドラス・オクトバリの魔力が入った瓶を取り出す。

「っ…!! 此れはっ…! お借りしても良いですか?」

 ジックバルに瓶を渡すと、後ろに居る騎士の一人に瓶を預けた。

「副団長っ…! 同じ魔力ですっ…!!」

 瓶を渡された騎士が意気込んで叫ぶ。

「──そう。其の魔力の持ち主は、サドラス・オクトバリ。トネリコルト国の侯爵家の次男だ。ノルフェント殿下を拐った者だ。詳しくは、学園のロバート・フレイソン学園長に聴いて欲しい。私達は其の者を追っていて、急いでいる」

 シュザークが簡単に説明して、切り上げようとした。

「そう謂う事なら、私も御一緒させて下さい」

 ジックバルは、後ろの騎士に指示を出して俺達の元に寄って来た。

「これから、キディリガンの国境の外壁に転移します」

 これ以上、時間を取られたくなくて行き先を告げると同時に転移した。




 国境の外壁に転移して、マップを確認する。

 赤い線は、トネリコルト国の方へ続いていた。

「──やはり、トネリコルト国に逃げたようですね」

 俺は舌打ちしそうになる。

「やっぱり、正式に入国しないと拙いですよね……」

「この時間だと……今日は入れないんじゃないか?」

 ユリセスが渋い顔をした。

 明日まで……待つのか……?

 そうしている間にも……ノルフェントはっ……!!

 いっそ、俺だけでも……不法入国をするべきかっ…?

「ギルドへ行ってみてはどうだ? ギルドからギルドへなら入れるんじゃないか?」

 流石、副団長! 物知りだっ!

 俺達は早速、キディリガンのギルドに向かった。



 久し振りに来たキディリガンのギルドは、時間も時間なだけに閑散としていた。

 出てきたのは、久し振りに会うギルマスのギャジェス。相変わらずの強面だ。

「おう、久し振りだな、お前達。随分とデカくなったなっ!」

 ギャジェスは、俺とシュザークの間に入って、バシバシと背中を叩いた。

「久し振り、ギルマス。──ちょっと、急いでるんだ。トネリコルト国内で、何か簡単な依頼はない?」

 本当なら、ちゃんと話したいけど……今は、時間が惜しい。

「ん? トネリコルト国か? 依頼だらけだよ。──あの国は荒れているからな……」

 ギャジェスの顔がしかめっ面になった。

「どんなやつ? なるべく簡単なのが良いんだけど。トネリコルト国に入りたいんだ」

「──何かあったんだな? いいぜ、見繕ってやるよ」

 ギャジェスは事情も聴かず、直ぐに依頼を見繕ってくれた。

 有り難い。

「簡単なやつだと、トネリコルト国のラケーティル領にある中級ダンジョンだな。六十階層の階層主が落とす“幸運の指輪”を獲って来るのが依頼だ」

「其れで良いよ。この四人で依頼を受けるよ」

 単純に階層を駆け上って行く分には、そんなに時間はかからない。

「分かった。依頼は、ラケーティルのギルドで受けてくれ。転移陣を繋いでやる」

「ありがとう、ギルマス」

 ギャジェスは、何も聴かずに転移陣からラケーティルのギルドへ送り出してくれた。




 ラケーティルのギルドで依頼を受けてから外に出る。

 夜の七時過ぎから探し始めて、二時間が経っていた。

 ノルフェントが学園から出たのが昼の二時位。拐われてから、七時間が経っている……。

 おかしな事をされていなければ良いが……。

 七時間もあれば……色々な事が出来る……。

 最悪な事に……なっていなければいい……。ノルフェ……無事でいてくれ……。

 赤い線を辿りつつ、ノルフェントの魔力も探すが……全く見付からない。

 焦りと、苛立ちが募る。

 もっと、追跡出来る様なものや……直ぐに、ノルフェントの元に転移出来るようなものを……創って置けば良かった……。

 チートが有っても使う奴が駄目駄目だと、こうも宝の持ち腐れなのかと情けなくなる……。

 
 そうやって、自己嫌悪に浸っている内に……漸く、赤い線の終点に辿り着いた。

 貴族の別荘だろうか……?

 暗くて外観も何も分からないけれど、建物自体を鑑定して見ると……オクトバリ侯爵家の別荘と出た。

 良かった、当たりだ。最悪、術者が違っていたら……と考えただけで不安だった。

 真っ暗闇の中、建物の何箇所かの部屋に灯りが見える。

 更に、鑑定してノルフェントの魔力を探る。

 探知されない……。

 リップフラワーで魔力を奪ったと言っていたな……。

 魔力枯渇になっているのか……?

 兎に角、サドラス・オクトバリは此処に居る筈だ。逃げるのが上手いやつだ、対処してから入るべきだよな。


 チートは……何処までチート何だろう?


 結界を張ってサドラス・オクトバリだけを出さない様に出来ないかな?

 転移や魔道具、物理的にも、有りとあらゆる手段を以てしても出られない結界を創りたい。

 隷属を解除する時に思ったんだけど……俺が使う魔法って言霊に近い気がする。

 言葉に力が宿るって言うのかな……。こうしたいって、意思を持って言った言葉が、具現化したり強制力を持つ気がする。

 それならば──。

「屋敷全てを結界の中へ閉じ込める。サドラス・オクトバリが俺の結界内から出る、全ての手段、行為を禁じる」

 此れなら、魔法以外のものでも適用されるよな。


 でも……あれ……? ちょっと待てよ……?


 だったら……。



「俺をノルフェの元へ転移」 



 な~んて、都合良くは───






 ………………………………………………………………………出来たね。






 くそっ…!! こんなに簡単だったのかよっ…!?!?!?

 



 眼の前で、泣き濡れているノルフェントを……力一杯抱き締めた。












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