俺の幸せの為に

夢線香

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本編

51. ノルフェ (上)




 私が媚薬を盛られて……とんでもない醜態をハーシャに晒してから、一ヶ月近くが経った。

 恥ずかし過ぎて、ハーシャの眼を見ることが出来ない……。

 其れなのに……ハーシャは普通に接して来る……。

 嬉しいけれど……何だか、複雑……。

 私だけが──意識しているみたいで……。


 其れと──困った事が一つ。

 朝……股間のものが……固くなっている事が増えた……。

 ハーシャに言われてから、魔法は使わないで自分で触ってみるのだけれど……上手く出来ない……。

 何とか、ハーシャがやってくれた事を思い出しながら、触ってみるのだけれど……上手くいかない……。

 あの時は……媚薬で頭がおかしくて、ハーシャの手の動きよりも…与えられる刺激で…一杯一杯だったから…よく、覚えていないんだよね…。

 あの時の事を思い出している内に、何とか子種を出す事が出来る…。

 そうすると……益々、ハーシャを見れなくなってしまって……。



 ハーシャは私のそんな態度に呆れたのか、夜の勉強する時間を暫く止めようか? と聴いてきた。

 其れは……嫌……。

 結局、自身のものを上手く擦れない話しをしてしまった…。

 そうしたら、閨教育が始まってしまった…。

 ハーシャが話す内容は、驚く事ばかりだったし、女性だけでは無く、男性同士でも出来るのだと……初めて知った……。

 自分に付いているものと同じものが、そんな処に入るの……!? む、無理だよね……!?

 ハーシャは、私が男に狙われているから気を付けろと言う。──其れは……私が入れられるって事らしい……。

 嘘でしょう……? あの、おぞましい眼は…そう謂う事だったの……?

 私は、血の気が引いた。

 其れにしても…─ハーシャは、随分と詳しい様だけれど…そう謂う事をした事があるの……?

 思わず尋ねると、あると答えた……。

 何故か、心臓がドクリと脈打った。

 あれ? 私はショックを受けているの……? 何故…?

 ハーシャは、どんな人が好きなのか聴いたら……。

「俺は、健康で、逞しくて、頑丈な奴が好き。強いと尚いいな」

 私とは、正反対の人が好きみたい……。

 其の事にも、何故か酷く狼狽えた。

 そして……聴かなければ良い事を聴いてしまった……。

「……私の見た目はどう……?」

 こんな事を聴いたことに……どれ程、後悔する事になるか、知らなかったんだ……。

 ハーシャはたっぷりと考え込んだ後で、呟いた。


「───苦手だよ……」


 ──心臓が…止まるかと思った……。

 頭を殴られた様な、衝撃だった……。

 ハーシャと居ると、心地良いと思っていたのは……私だけ……?

 苦手な相手に、今迄……優しくしていたの……?

 耳が塞がる様な感覚がして……ハーシャが何かを言っているけど……聴こえない……。

 ドクドクと音を立てる自分の心臓の音だけが、耳の中で鳴り響く……。

「───ハーシャは……私の魔力に、何も……感じないの……?」

 私の口から、勝手に言葉が零れた。


 心が──凍り付いてしまいそうだった……。


 自分の表情が、どんどん死んでいくのが分かった……。

 突然、ハーシャに抱き締められた。


 ──何故、抱き締めるの……?


 私には、こんなに心地良いものが……ハーシャに取っては……そうじゃなかった……。


「──ハーシャは、何も……感じていないんだね……」


 私を抱き締める力が強くなる。

 ──止めて。何も感じていないなら…こんな事しないで。

「──離して」

 自分でも、驚く程冷めた声が出た。

 ハーシャの身体を押し退けて、離れる。

 休むと告げて寝室に逃げた。




 ベッドに倒れ込む。

 ハーシャに取って私は特別じゃなかった。

 魔力の相性が良い。只、其れだけ。

 私の厄介なスキルを封じてくれた人。只、其れだけ。

 “神結糸の仲”……なんかじゃなかった。


 ──只、其れだけのこと。


 なのに……何故、私は泣いているの……?


 きっと、一人で浮かれていた自分の滑稽さに……情け無くて、泣けるだけ……。

 ハーシャは最初から、ずっと変わらない態度で私に接してきた。

 ハーシャは最初から、私に何も感じていなかったじゃないか……。


 浮かれていたのは私だけ。滑稽で…馬鹿な私だけだ…。




 一体、いつの間に眠ってしまったのか……。

 目が覚めると朝食の時間は、とっくに過ぎていた。

 何だか、身体が重い……。何も…したくない……。

 いいや…。今日くらい、休んでもいいよね…。

 ベッドの上でゴロゴロしていると、部屋の扉がノックされた。

 慌てて、身繕いをして出るとシュザーク殿が居た。

「お早うございます、ノルフェント殿下。少し、お話しをしても良いですか?」

 ぽっちゃりとしたシュザーク殿が、にこりと笑った。

 シュザーク殿が一人で私の元に来るなんて珍しいけれど、断る理由も無いので部屋に招き入れた。

 ソファに二人で腰掛ける。

「朝食が未だですよね」

 シュザーク殿は、テーブルの上に収納空間から取り出した朝食を並べ始める。

「あ、ありがとうございます。──この為に、わざわざ…?」

 シュザーク殿に朝食を運ばせるだなんて……。申し訳なさ過ぎる……。

「ふふっ、違いますよ。朝食はついでです」

「序で、ですか……?」

「昨夜、ハーシャに頼まれまして。閨の教材をお持ちしました」

「──閨の教材……?」

 昨日、ハーシャから閨の講義は受けたけれど……。

 首を傾げているとシュザーク殿が声を潜めて言った。

「その…自慰についてお困りの様だと、伺いました」

 自慰──。私の顔が…火が点いた様に赤くなった。 

 そう謂えば、そんな話しをしていた…。

「ふふっ、そんなに恥ずかしがらずとも…。ここに、置いて行きますので、目を通して置くと良いですよ」

 シュザーク殿は苦笑しながら、テーブルの端に十冊程の本を重ねて置いた。

「秀麗騎士団物語…?」

 置かれた本の題名を口にする。小説でしょうか…?

「──実は、私もこの本で閨教育を学んだのですよ。熟読しておいて良かったです。──かなり、役に立ちますよ?」

「そうなのですか? ──其れならば、有り難くお借りします」

 閨の本など読んだことがないので、助かります。

 シュザーク殿は、頷くと、軽く挨拶をして部屋を出て行った。

 並べられた朝食を頂いて、本と一緒に食器を収納空間に片付ける。

 ベッドへ戻ってから、暇潰しに丁度良いので渡された本を一冊取り出して読んでみる事にした。




 其れからは、なるべくハーシャの側に寄らないように気を付けた。

 ハーシャの方からも、近付いて来る事は……なかった。

 その様子に、本当に私に対して…何も感じていなかったのだと、改めて思い知らされた……。


 ──其れなのに……私の方は、違う……。


 傍に行きたいし、会いたいし、触れたいし、話したい……。どうして…私だけが…。

 シュザーク殿が貸して下さった閨の本は、驚く事ばかりだった。本当に、こんな事を皆しているの…? 全て読み終わってから気が付いた。

 私は、ハーシャに恋をしているのだと……。

 でも……相手にその気がない時は、どうすれば良いの?

 ハーシャは…逞しくて、頑丈な人が好みだと言った…。身体を鍛えて逞しくなれば…私を見てくれるんだろうか…。

 ──嫌いだと言われたんじゃない。苦手だと言われたんだから……まだ……大丈夫……だよね……?


 其れからは、キディリガンの誰かに声を掛けてダンジョンに潜る日々。

 剣の稽古も付けてもらった。

 大きくなる為に、食事も沢山摂った。

 キディリガンの皆との仲が深まっていくのに、ハーシャとだけは深まらない……。

 もう……どうやって、声を掛けて良いのかも分からなくなった……。

 ハーシャを見る度に……胸が潰れそうになるのに……。



 どうすることも出来ずに、身体を鍛える日々を送っていたある日。

 シュザーク殿が、ランドラーク殿の婚約者候補に選ばれた……。

 吃驚びっくりした。シュザーク殿は男性なのに……王太子殿下の婚約者候補に選ばれるなんて。世継ぎは、どうするつもりなのだろう…? 父王の様に、側妃や妾を取るのかな…?

 シュザーク殿もミーメナ辺境伯も、茫然自失だった。

 そうしたら、ハーシャが……。

「──兄上。兄上が嫌なら……俺と二人で、ダンジョンで暮らしましょう」

 其れを聴いた瞬間、身体がビクリと震えた。手にしていたティーカップとソーサーを打つけてしまい、ガチャ…と音を立ててしまった……。

 シュザーク殿と…ダンジョンで二人で暮らす……。

 本当に……私の事など、眼中に無いんだね……。

 胸が引き絞られるように痛んだ……。

「キディリガン家は、シェティーナに継いでもらえば大丈夫です。─ちゃんと、こっそり転移で戻ってサポートもするし」

 ハーシャの言葉に、シュザーク殿もミーメナ辺境伯も賛同してしまった……。

 涙が出ないように必死で堪えている内に、いつの間にか…お茶の時間は、お開きになっていた……。

 立ち上がる気力が無くて…茫然と座っていると、ユリセスが私の前に沢山の薬の瓶を置いた。

 紫と緑の毒々しい液体が入った薬瓶。猫になる薬だ。

「─直接話せないなら、これ飲んで逢いに行けば?」

 とても、素晴らしい考えだと思った……。ユリセスの言葉に頷く。

「──お幾らですか……?」

「遣るよ。まだあるし、あんまり使い道もないしな」

「……ありがとうございます」

 お礼を言うと、ユリセスは頷いて行ってしまった。 




 早速、猫の姿になってハーシャの部屋の前に行った。

 追い出されないかな……?

 無視されたらどうしよう……?

 暫く、悩んで……悩んで……漸く、爪でカリカリと扉を引っ掻いた……。

 扉が開くと同時に、追い返せないようにスルリと部屋の中へ。ソファに登り、ハーシャに背を向けて座り込んでじっとしていると、後ろにハーシャが座ったのが分かった…。

 何も言ってこないけれど、こんなに近くにハーシャが居るのは久し振りで……嬉しい……。

 やっぱり、ハーシャの側は……心地良い……。

 ベッドに連れて行かれて、全身を……散々、撫で回された……。

 余りの気持ち良さに…くったりと伸びて居ると、布団の中に入れられた……。

 背中を撫でられながら、独り言の様に話し出したハーシャの言葉を聴く。

「俺が辺境伯を継がなきゃいけないって事は……女性と結婚して……世継ぎを作らなきゃならないって事だ……」

 ──その言葉に……全身が凍り付く……。

「──なあ、ノルフェ。お前は、俺の魔力に惹かれているんだろう……?」

 ──其れも、あるけど……。でも……。

「──魔力に惹かれているだけで……俺自身に、惹かれている訳じゃない……そうだろう?」

 違うっ……!! そんな事無いっ…!! 確かに……最初は魔力に惹かれたけれどっ……! 今は違うっ……!!

 布団から飛び出して、肉球でハーシャの美麗な顔を踏み締めて叫ぶ。

「わぁぷぅ……! こら、踏むな……」

 ハーシャに身体を持ち上げられて、其れでも暴れた。

 何でっ…! 私がハーシャに惹かれていると分かっていながらっ……! 何でっ……気付かない振りをするのっ……!? そんなにっ……私が苦手なのっ……!?

 脚が届かないから、尻尾でハーシャの顔面を叩く。

「ぅうっ……! ほら、落ち着けってっ……!」

 腕の中に抱き込まれて動きを封じられた。

 頭や背中を撫でられて、聞き分けの無い子供をあやす様に宥められる……。

 いつも、いつも、子供扱い……。同い年のくせに……。

「──俺だってノルフェのことは……嫌いじゃない。何だかんだで構ってしまうし、反応が可愛くて…からかったりもした。色々、気になって…世話も焼くし…ノルフェが危険な目に遭わないように、煩く小言も言った……」

 ───嫌いじゃ……ない……?

 単純なもので、その一言に機嫌が治りそうになる。

 ───だけど………。

「──でもな、俺は、女性と結婚するよ……」

 え……?

「──女性と結婚して、家庭を作る──」

 ……うそ……嘘……駄目……そんなのっ……嫌だっ……!

 お願いっ! 考え直してっ…! お願いっ……!

 撫でてくるハーシャの手に、ニャアニャア鳴きながら必死に擦り寄って懇願する。

 猫の言葉なら、幾らでも本音を話せる……。

 でも、猫の言葉じゃ、ハーシャには伝わらない……。

 人の姿に戻っても…………。



 ───きっと、ハーシャには……伝わらない…………。




 其れからは、魂が抜けた様だった……。

 もう……どうすればハーシャに見てもらえるのか、分からない……。

 美味しい筈の食事も……美味しくない……。

 でも、食べないと……身体が痩せてしまうから……ハーシャの苦手な見た目に戻ってしまうから……無理矢理食べた……。

 どうやっても……気分が沈む……。

 夜……一人で居ると……堪らなく不安になる……。

 もう、考えたくないのに……気が付けば……ハーシャの事ばかり考えている……。

 ハーシャの事を考えていると……胸が……潰れそうな程苦しくなるし……絞り込まれるように締め付けられるし……ドクドクと鼓動が速くなって、居ても立っても居られなくなる……。

 不安と焦燥に胸がじりじりと焼かれて…苦しい……。

 其れが、どうしようも無くなると、猫になってハーシャに逢いに行く……。

 其れの、繰り返し……。

 何一つ、変えることも出来ず、進展も無く、好転もしない日々……。

 私は……一体、どうすれば良いの……?

 誰か……教えて下さい……。




 どうにも出来ないまま、十七歳になった。

 成人に成る迄、あと一年。

 一年経てば、私は平民になる。

 もう、ハイゼンボルク国の第五王子と謂う肩書は使えない。

 第五王子と謂う肩書は、確かに……私を護ってくれた。

 今なら、よく分かる。

 もし、平民としてこの学園に放り込まれていたら、力ある貴族達から逃げる事は出来なかった……。

 サドラス・オクトバリみたいな者に、良いように弄もてあそばれて居たと思う……。

 媚薬の件以来、話し掛けて来る事はなくなったけれど……今でも遠くから……悍ましい視線を送って来る……。

 引き連れて居る三人も、何だかやつれているようにも見えた。

 文官科を履修した事で、サドラスに会う機会も殆どなくなり、ほっとしている。

 其れに、文官科を履修した後からは、姿変えのペンダントを使っている。茶髪茶目の平凡な男に姿を変えて学園に通っているので、声を掛けてくる者もいなくなった。

 本当に、助かっている。

 其れなのに……何故、サドラスの悍ましい視線を感じるのか……。彼には、姿変えが通用していないのだろうか……?

 いずれにしても、不気味な男だ……。

 今は、薬学の講義を取っている。手に職を付けて置かないと、平民になった後に困るだろうから……。


 成人を迎えたら……キディリガン家から出て行こう…。

 私では……ハーシャの心を変えることも、動かす事も出来ないと……分かったから……。

 離れるのは辛いけれど……傍に居るよりは……ずっと、楽な気がするから……。

 ハーシャが女性と結婚する所も、子供を作って抱いている所も、──見たくない……。

 私は此の国を出て、自国以外の国に移り住もうと思う。

 其の為にも、今の内にダンジョンでお金を貯めて、何処か静かな場所で、小さな店でも持って、生きて行こう。

 ソーンから、少しずつ簡単な料理の作り方も教わり始めた。

 一人で生きて行くのなら、食べるものを作れないと困るから。

 もう……それでいい……。苦しくて、辛いのは……疲れたから……。

 私を見てくれないと分かっているのなら、尚更だ。




 手に入らないのなら……。




 ハーシャは、もう…………。








 ─────────要らない…。












 
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