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本編
56.俺の幸せの為に
高熱に魘され続けて一週間が経ち、ノルフェントは、漸く起き上がれるようになった。
熱のせいで、体力を消耗した事と食事がまともに摂れなかった事もあり、多少、窶れた感じがする。
秘薬の説明を受けたノルフェントは蒼白な顔で小刻みに震えていた。
その姿に思わず肩を抱く。
ノルフェントは、身体の力を抜いて俺に凭れ掛かった。
ノルフェントにしてみれば、次々と不運が襲い掛かって来て混乱しているんだろう。
ノルフェントの容態の経過を診ていた医師の話によれば、突然、身体が疼き出すものではなく、じわじわと強くなって行くだろうと話していた。一週間程は新しく出来た疑似子宮が馴染むまで、体調に影響は無い、との事だ。
余り、ノルフェントを急かすのは良くないので、もう少し気持ちが落ち着くのを待つ事にした。
ノルフェントは、落ち込んだ様子で考え込んでいた。
そりゃ、そうだよな。本来なら子を産める筈のない男なのに、子が宿ると謂うのだから…早々、受け入れられる訳が無いよな。精神的にもキツイものが有るだろう…。
俺は、なるべくノルフェントの傍にいた。
ノルフェントが一人で考えたい時は離れるけれど、常にノルフェントが見える位置に居た。
何気に、夜も一緒に寝ている。
ノルフェントは、考え込む事に没頭していて、俺が一緒にベッドに入っても何も気にしていない様子なので、しれっと一緒に寝ている。
当たり前のようにノルフェントを抱き締めても何も言ってこないし、寧ろ、擦り寄ってくる。そんな仕草が堪らなく──可愛い。
こんなに警戒心がなくて大丈夫なのか?
朝方、俺は息苦しくて目を覚ますことが増えた。
そんな時は、大体、ノルフェントが俺の上に乗り上げている。
どうもノルフェントは、俺の上に乗るのが好きみたいだ。だが──デカくなったノルフェントは、俺より細いとはいえ其れなりに重い……。地味に胸を圧迫してくる。
そして…大体…勃起している……。
──俺、ノルフェントに尻を狙われている理由じゃないよな……?
若干、冷や汗をかきながらノルフェントを抱き締めて横向きになる。
こんなに密着して寝ている事に、何の疑問も持たないのだろうか…?
再度、ノルフェントの警戒心のなさに心配になりながらも、俺にとっては都合が良いので黙っている。
そもそも、俺以外の奴と一緒に寝かせないけどな。
今日は、ノルフェントと気晴らしに王宮の庭園を散策している。
ノルフェントは、ここ最近、ずっと思い詰めた顔で俯いている事が多い。─当たり前だけれど…。
俺は、ノルフェントが子を産む決心が付くのを待っている。ノルフェントの決心が付いたなら、子作りの相手として誰よりも早く名乗り出るつもりだ。
ノルフェントと二人、抜けるような青空の下、整えられた花々を目にしながら、ゆったりと歩く。
ノルフェントの目に美しい花々が見えているのかは分からないが、俺の腕を掴んで雛鳥のように俺が歩くままに足を動かしている。
勿論、可愛いので、俺の腕を掴んでいる事なんて指摘しない。
遠目に見えるガゼボにシュザークとランドラークが見えた。
肩を落とすランドラークの肩をシュザークが抱いている。
ちょっと意外だな。
シュザークは秘薬を持っているのに、まだランドラークに渡していない。
てっきり、秘薬を渡さないと謂うことは婚姻をしたくないのだと思っていたけれど、もしかしたら違うのかも知れない。
まさか……シュザークと婚姻出来ないと落ち込むランドラークを見て、悦んでいる理由じゃないよな…? それを、もう少し堪能してから秘薬を渡すつもりじゃ…。
え…? シュザークって、ちょっと鬼畜が入っているのか……? ──まさかな……。
何とも言えない気分で、二人の居るガゼボを迂回して歩く。邪魔をしてはいけない気がするしな…。
会話もなく、ゆっくりと歩く。暫くすると、別のガゼボに辿り着いた。
「──ノルフェ、少し休もうか」
ノルフェントは、俺を見て頷いた。
ガゼボに入って、八角型の建物に沿って置かれたベンチに腰掛ける。
ノルフェントは、無意識なのか、広いベンチなのにも拘らず、俺にぴたりと寄り添って座る。俺の腕を掴んだままだし…何なら絡めている。誰がどう見たって恋人の距離間だ。
そう謂えば、黒猫の時も…いつも俺の腕に尻尾を絡めていたな。
笑いが零れそうになるが、堪えて黙っている。
収納空間から、お茶やお菓子を取り出してテーブルの上に乗せた。
ノルフェントに、ソーサーに乗ったティーカップを差し出す。礼を言って受け取り、ゆっくりとお茶に口を付ける。
二人で無言のまま、お茶を飲む。
さわさわと、風が木や花達を優しく撫でて通り過ぎて行く。
ピロロロロ…っと、小鳥が綺麗な笛の音の様な声を奏でる。
ピイィーーー…っと、遠くで大きめの鳥が小鳥とは違う綺麗な鳴き声を上げながら遠ざかって行く…。
草木がザザッと、先程よりも、やや強めの風に撫ぜられて揺れる…。
──とても…穏やかだ…。
「──ハーシャ……」
ノルフェントが囁く様に俺を呼んだ。
「─ん?」
「──ハーシャ……」
ノルフェントの唇が続きを紡ごうとして…ハクハクと空を喰む……。
「─なに?」
なるべく穏やかに、優しく問い掛ける。
ノルフェントは、何度も口を開閉させて…唇を震わせた。そして───。
「わ、…私と…子を───作って欲しい…」
朱紅の眼が頼りなく揺れて、艶のある長いまつ毛に隠れる。俺の腕を掴んだままの手に、キュッと力が入った。
「──俺でいいの?」
子作りの相手に俺を選んでくれるんだな…? 念には念を入れて確認する。
「ハ、ハーシャしか……いない……。ハーシャじゃなきゃ、嫌だ……」
ノルフェントは、戦慄く唇で言葉を紡いだ。
「こ、子供は、私が一人で育てるから……ハーシャには……迷惑を掛けないから……だから……」
ノルフェントは、長いまつ毛を伏せて俯いた。
ん…? 一人で育てる…? 何を言ってるんだ…?
「…め、迷惑は掛けないから…子が産まれたら…ちゃんとキディリガン家を出て行くから……だから…私と子を作って欲しい…」
え…? 本当に、何を言ってるんだ…?
子作りの相手として俺が必要だけれど、子が出来れば…俺は、要らないって事か…?
「──キディリガン家を出て行く? 何で?」
しまった。声が低くなってしまった…。
「──ハーシャは…女性と結婚するって言ったじゃないか…。だったら、私が居たら…邪魔でしょう…?」
──俺の腕を掴むノルフェントの手が、白くなって震えている。
あー……馬鹿は俺だ。そう言って…ノルフェントを傷付けたのは、俺だ。もしかして、ずっと思い悩んでいたのは、其の事だったのか…?
本当に、何やってるんだよっ…俺はっ…!
ノルフェントに、こんな事まで言わせてっ…!
ノルフェントが子を抱えて、一人で生きて行く覚悟を決めさせる為に待っていたんじゃないっ!
本当にっ、最低だなっ! 俺はっ!
「──すまない、ノルフェ…」
「っ!」
俺が謝ると、ノルフェントは目を見開き蒼白な顔で息を詰めた。
「すまない……」
もう一度、謝るとノルフェントの朱紅の眼が…線香花火の終わりの火種の様に…うるるるっ…と揺れる…。
そして、涙を零して長いまつ毛を伏せた。
──え…? 何で…泣くんだ…?
理由が分からなくて混乱した。居心地悪くて、そわそわするし、泣かせてしまったことに動揺する。
「──私と子を作るのは…そんなに…嫌…?」
ノルフェントは、今にも消え入りそうな声で呟く。
は…? 子作りを嫌がっていると思われている…?
其処で、話の食い違いに漸く気付いた。
あ~……くそっ…! また、やっちまったっ…!
この流れで謝ったら、子作りを断ったと思われて当然だっ…!
「ち、違うぞっ…! 子作りを断ったんじゃないっ…!」
今にも消え入りそうなノルフェントを抱き締める。
「っ…!」
「すまないって言うのは、ノルフェを傷付けて悪かったってことだよっ…! ノルフェと子を作るのが嫌な訳じゃないんだっ…!」
慌てて、弁解する。──本当に、格好悪いな…俺…。
「──女性とは結婚しない。──もう、要らない」
腕の中のノルフェントが身動いだ。腕の力を緩めるとノルフェントは身体を離して俺を見る。
其の頬に手を添えて、指で涙を拭った。
「女性は、もう要らない。俺にはノルフェがいるから、もう…必要ないんだ…」
「……?」
ノルフェントは、何処かぼんやりしたまま僅かに首を傾げた。
「──俺と結婚してくれ……ノルフェ」
「っ…!」
ノルフェントは、これ以上無い程目を見開いた。
「子を作る為に、その為だけに女性と結婚するって言ったんだ。─でも、ノルフェが産めるなら…其の必要はないだろう?」
生い茂った長いまつ毛を何度もばた付かせるから、涙が零れる。
お手製のハンカチを出して、押し当てて拭い取る。
「──だって…ハーシャは……私に何も感じていないんでしょう…?」
そう言ってノルフェントは、また目を伏せた。
そうだよな……。俺自身も、何も感じていないと思っていた。──シュザークに指摘される迄は…。
シュザークの言う通り、俺に取ってノルフェントは最初から特別だった…。
でも、初めて会った時は、まだ…少年で幼くて俺の食指は動かなかった。それでも、構い倒した。
恐らくは、凌辱系闇落ちエロ担当魔王候補のノルフェントを、誰にも穢されたくはなかった。
勿論、魔王にしたくないと云う気持ちもある。魔王になって、世界を壊されても困るからな。
だから、色々、母親の様に口煩く注意して来た。
結局は…媚薬も盛られたし、拐われて悪戯されて虐められたけれど……貞操は無事だった。
自慰も知らない、自身を触ったこともない。皮まで被っていたし(俺が剥いたけれど…)、閨事の知識も碌にない。おまけに、パイパンだし…そんな純粋培養のノルフェントを穢されたくなかった。
俺は、無意識にノルフェントに結界を張っていたし、シュザークが言う通り、隙あらば触れていた。
他の者に取られないように、穢されないようにしていた。
はは、これって…囲ってるようなものじゃないか。
「──兄上が教えてくれた。稀に、魔力を匂いで感じる者がいるって…」
「──匂い……?」
ノルフェントが首を傾げた。
「──ノルフェからは、最初から…いつもいい匂いがしていた。でも、兄上には、其の匂いが分からなかったよ…。俺だけがノルフェの匂いを嗅ぎ取っていたんだ…」
困惑するノルフェントをもう一度抱き寄せて、その首筋に鼻を埋める。
「っ…! ハ、ハーシャっ…!」
ノルフェントは、擽ったそうに首を竦めた。
「──ノルフェ……。いい匂いだ……」
「っ…!!」
首に鼻を埋めて囁やき、大きく匂いを吸い込む。
「本当に、いい匂いだ…」
ノルフェントは身体をピクリと震わせて、俺の肩に額を押し付けた。
暫くの間、二人で抱き合ったままでいた。
本当に、いい匂いだ……。
どんな匂いかと聴かれても、答えられない。何て謂うか…落ち着く匂いだ。安心する。懐かしい様な…よく知っている様な…匂い…。──美味そうな匂いだ。美味そうと言っても、食べ物の匂いじゃない。
何て謂うか──。
──喰いたい。舐めて…しゃぶりつきたい…。
そんな匂いだ──。
一頻り、ノルフェントの匂いを堪能した後、ゆっくりと身体を離した。
ノルフェントは、赤い顔をして俯いていた。
「ノルフェ。──俺の幸せの為に、ノルフェが必要だ。ノルフェが一緒に居てくれないと…俺が幸せになれない。其れだと困るんだ」
俯いているノルフェントの両頬を両手で挟んで視線を合わせる。
ずっと揺れている朱紅の眼は、涙で潤んでいる。
「──俺を幸せにしてくれ、ノルフェ。……ノルフェにしか出来ないんだ。どうか、子作りの相手に俺を選んで欲しい。俺の子を産んで欲しい。──俺と家族になって欲しい。ノルフェント・キディリガンに成って欲しい」
ノルフェントの形の良い額に、額を寄せる。
「──駄目?」
視線をうろうろと彷徨わせながら、ノルフェントが呟いた。
「──駄目……じゃない……」
「俺の幸せの為に結婚してくれるなら、俺は、この先の一生を掛けて…全力でノルフェントを幸せにする」
ノルフェントが結婚してくれなければ、俺が幸せになれない。
俺が幸せになれなければ、ハニエルが幸せになれない。
それじゃあ、駄目なんだ。
ハニエルの願いを叶えられない…。
「──好きだよ。ノルフェ」
「っ…!」
ノルフェントは、顔を歪めて泣き出した。
そんな顔でも、綺麗なんだな……。
「──返事をくれる…?」
額を押し当てたまま、そっと囁いて催促する。
「わ、私もっ……ハーシャが好き……。ハーシャと結婚したいっ……!」
泣きながら…嗚咽混じりでそう言ってくれたノルフェントの唇に、触れるだけのキスをした。
「っ…」
驚いているノルフェントを抱き締めて、耳元で囁く。
「──ありがとう、ノルフェ」
ノルフェントは、俺の肩に額を押し当てて、獅噛み付くように、ぎゅうっと抱き着いて来る。
何だか……其の仕草に、黒猫を思い出して笑みが零れた。
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