俺の幸せの為に

夢線香

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王太子編

ランドラーク・パラバーデ (二)




 身を焦がされるような恋心を抱えたまま、焦燥と妄想と絶望に囚われる日々。シュザークの髪を結い上げた麗しい姿が頭から離れない。時々、メイドに同じような髪に結い上げてもらう。シュザークの冒険者パーティの皆が、此の髪型だと言っていた。ならば、此れで私もシュザークの仲間に成れただろうか…?

 ふっ…そんな訳は無いな…。そんな事は分かっている。

 父王は、時間と共に此の苦しい恋心も薄れるだろう、と仰った。

 本当にそうだろうか…? 日に日に募る此の想いが、雪のように溶けて無くなる事などあるのだろうか…? 締め付けられるような胸の痛みばかりが募って行くと謂うのに…。

 側近候補と婚約者候補に選んだ子息令嬢達と茶会を開く。皆、立ち居振る舞いも貴族然としていてマナーも申し分ない。話してみても教養が有り、其れなりに多岐に渡って話が弾むので有意義な時間を過ごせる。

 ──だが……此処に、シュザークは居ない。

 たった…其れだけで…心が沈む。



 そして、待ちに待った十一歳の茶会が開かれた。

 側近候補と婚約者候補を決めたから、本来は開く必要の無い茶会だったが、父王にお願いして開いて頂いた。

「優秀な者ならば、何人いても困らないでしょう?」

 如何にもな理由を付けて懇願すると、父王は困ったように眉を下げ、私を見て溜め息を吐いてから承諾して下さった。私が前回、年に一度だけ…と言った想いを汲んで下さったのだろう。

 茶会に現れたキディリガン兄弟は、また一段と背が高くなっていた。同じ年頃には見えない。青年に成りつつあるシュザークの秀麗な顔に心臓がバクバクして、挨拶の折には声を発する事も出来なかった。

 一年で…こんなにも変わるものなのか…?

 金と銀で対のような美麗な兄弟は、今迄で一番注目を集めていた。茶会に集まった子息令嬢達の視線がシュザーク達に注がれる。二人に注がれる視線に苛立ちを覚える。

 止めろ、見るな。シュザークを見るな。

 腹から湧き上がるような、どす黒い感情が身を焦がす。頭に血が上ったように思考が狭まる。今にも喚き出しそうな気分だった。

 シュザークは、相変わらず弟とにこやかに会話を楽しんでいる様子だった。暫くすると、周囲の視線が煩わしくなったのか、二人は席を立ち開放してある庭園に歩いて行った。姿が見えない事が寂しくはあるが、他の者の視線に晒されない事にほっとする。

 そんな時だった。身体に、じっとりとした魔力が纏わり付いて来た。身体を撫で回すように這い回る悍ましい魔力。

 何だ…!? 此の悍ましい魔力はっ…!?

 周囲に居る者の声が、どんどん遠ざかる。黒い靄のようなものに視界が、どんどん狭まる。自分の鼓動の音だけがドクドクと煩いほどに脈打つ。

 何だ…!? おかしいっ…! 護衛はっ…何をしているっ!

 狭まる視界で、付いている筈の護衛を探す。側に、二人居る筈の護衛をどうにか見付けたが、ぼんやりと突っ立ったまま一つの方角を向いていた。自然とその先に目を向ける。派手なピンク色のフリフリのドレスに、ピンク色の髪をした見覚えの無い少女が居た。

 不思議な事に…視界が黒い靄で狭まっていると謂うのに、其の少女だけは…光り輝くように鮮明に見えた。

 ──可愛い子だ……。そう思った事にハッとする。可愛いだと? 可愛いのは髪を結い上げたシュザークだっ! シュザークより可愛い者など、此の世に存在する筈がないっ…!

 ──でも、あの子も好きかも…。

 っ!? 馬鹿なっ…! 私が好きなのはシュザークだっ! あの子じゃないっ…!

 そう思えば思う程に、視界に映る其の少女が色鮮やかになり、周囲が更に暗くなる。頭がズキズキと痛みだし、冷や汗が滲んで来る。

 駄目だ…あの少女を見てはっ…駄目だっ…!!

 あの子になど興味は無いっ…! 私が好きなのはっ…! 私が好きなのはっ…! 私が焦がれて止まないのはっ! ………シュザーク…だけだ………。

 抵抗する程に頭の痛みが酷くなる。嫌なのに、何度も何度も視線が少女に向かってしまう。必死に視線を剥がしても、戻される。

 嫌だっ…あんな者など見たくないっ…! 私が見たいのは…見詰めて居たいのは…シュザークだけ…だ…。

 頭の痛みが、どんどん酷くなる。ズクンズクンと脈打つように痛む。自分の想いを捻じ曲げようとする何か。冷や汗が止まらない。此の儘では、あの少女の元に惹き寄せられる…。嫌だっ…嫌だっ…!!

「ランドラーク殿下、失礼します」

 狭まった視界では、顔を見分ける事は出来なかったが、近衛の騎士服を着た者が私を抱き上げて連れ去ってくれた。

 助かった……。

 私は心底安堵して、其の儘…気を失った。



 目覚めると、自室のベッドの上だった。

 身体が酷く怠い。まだ、頭がズキズキする。

 側に付いて居た宮廷侍医が目覚めた私に気が付いて、薬湯を勧めてくる。苦味の強い其れを一気に飲み干して、あれからどうなったのか尋ねた。すると、側に居た近衛副団長のジックバルが答えてくれた。

 どうやら私は、あのピンク色の髪の少女に魅了魔法を掛けられていたらしい。あの少女は、男爵令嬢で魅了魔法を使って王宮に侵入し、本来なら参加出来ない筈の茶会に潜り込んだ。そして、王太子である私に魅了魔法を掛けて操ろうとしたのだと聴かされた。

 私が魅了魔法を掛けられていた事に、キディリガンの兄弟が気付きジックバルに忠告して来たのだと言う。

 シュザークが…? 私の異変に、気が付いてくれたのか…? 私を…見て居てくれた…?

 其の事に、舞い上がりそうな程の喜びが湧いて来る。シュザークが、初めて私に関心を示してくれた。胸がきゅっとなって、胸元の夜着を握り締める。其の手に見慣れない指輪が嵌っていた。

「──此れは?」

「はっ、魅了魔法を防ぐ指輪で御座います。殿下の身を案じたキディリガン辺境伯子息より、譲り受けた指輪です」

 ジックバルが畏まって答える。

 シュザークが私に…? 私の身を案じて…?

 白金と白銀が絡み合う指輪で、中央に透明な石が嵌まった物だ。まるで、あの兄弟の様な指輪。シュザークからの初めての贈り物…。実際には贈り物ではないが、シュザークが持っていた物だと思うと…胸がじんわりと暖かくなる。そう思うと、其の指輪が堪らなく愛おしい物に思えた。

 あの後、茶会は母上が閉会して下さったのだとか。捉えた男爵令嬢は、申告していない魅了魔法を使用し王宮に入り込んだ事。王太子である私に魅了魔法を掛けて操ろうとした罪により、処刑は確定。今は、男爵家の身内を調査中なのだとジックバルから報告を受ける。

「殿下、魅了魔法は解呪致しましたが、精神的にも体力的にも激しく消耗しております。─もう暫くは、安静にしてお休みになって下さい」

 側にいた侍医が労し気に静かに進言して来るので、素直に横になり目を閉じた。

 また、一年待たなければ…シュザークに会うことは出来ない。でも、今回は此の指輪がある。此の指輪を眺めては撫でる癖が付いてしまった。

 事あるごとに無意識に指輪を撫でる私を見て、父王がそっと溜め息を吐いている事にも気付かなかった。



 身を焦がされる想いを抱えたまま、焦燥と妄想と絶望に囚われて抜け出せない。此の一年は溜め息を吐く事が増えた。一年経っても、まだ…此の想いは薄れない。薄れる何処ろか、益々、澱が沈んで溜まるばかりだ。
 
 そうして、待ちに待った十二歳の茶会。

 挨拶に現れた二人を見て、これ以上は無いほど目を見開き、開いた口が塞がらなかった。

 一体…此れは、どうした事だ……。

 キディリガン辺境伯兄弟との背丈の差は、最早…大人と子供程違う。背丈だけではない、横幅も……。流れる様に真っ直ぐだった白金髪は、ボサボサの癖っ毛になっていた。何処か冷たさも感じる切れ長の涼やかだった眼は、どんよりと生気の無い眠そうな垂れ目に変わっていた。白い肌には、そばかすまで散っている。そして、顔も体も大分ふくよかになっていた。しかも、弟まで……。

「キディリガンの……随分……変わったな……」

 本当に、一年でどうすれば此れ程変わるんだ?

「はっ、ここ数年で成長期が来たようで、身体ばかりが大きくなってしまいました」

 声は間違いなくシュザークのものだから、本人に間違いない。

「……そ、そうか…………楽しんで行くが良い…」

 衝撃が強すぎて、其れだけ言うのが精一杯だった。

 だが…。此れは、シュザークを諦める良い機会なのかも知れない。きっと私は、シュザークの麗しい姿に惑わされて居ただけなのだ。そうに違いない。

 そう思うのに…何故か視線はシュザークに向いてしまう。長年そうして来たから、癖になっているだけだ。──絶対そうだ。

 身体の大きなふくよかな二人は、周りの奇異の視線などお構い無しに、静かに笑いながら楽しそうにお茶を口にしている。

 其の笑顔から、何故か視線が外せない。私の倍程も有りそうな背丈に…ふくよかな体は、抱き着いたらマシュマロの様にふかふかと柔らかいのだろうか…? 其の大きな体に、逞しさを感じなくもない。何故か…そばかすまで可愛らしく見えて来た…。ふっくらとした頬も…触ったら、もちもちとして気持ちが良さそう…。眠そうな目に釣られて、何だかうとうとと眠りに誘われる…。あの身体に抱き着いて眠ったら、とても気持ちが良さそうだ…。

 …あれはアレで、──いいんじゃないか…?

 どうやら、私の恋心は重症だった。

 茶会が終わった後、夕餉の席で父王に其のことを話した。どうやら、父王も遠見の魔法でシュザーク達を見ていたらしい。

 父王は、愕然とした顔で私を喰入るように凝視して来た。

「──もう、手遅れだな……」

 父王はボソリと呟いて、深く、深く、重い溜め息を吐いた。

 其れからの一年は、焦燥と妄想と絶望に葛藤が加わった。麗しいシュザークとふくよかなシュザーク。私は、どちらのシュザークが好きなんだ…? 茶会の日から、ふかふかのクッションを集める様になった。ふっくらシュザークを想像しながら、触ったこともないのに…想像する柔らかさや肌触りに拘って、選びに選びぬく日々。時折、正気に戻ると…自分の愚かさに虚しくなる。

 一体、こんな事をして何になると謂うのだ…。

 そう謂えば、シュザークは十四歳だ。今年から学園に通っている筈。私が学園に通える様になれば、せめてもう少しは会えるようになるだろうか…?



 私は十三歳になった。私の中からシュザークへの想いが消える事は無かった。

 そして、私は精通を迎えた。

 普段の勉学に閨教育が加わった。男女の閨の事を教わった。─そして、男同士での営みも…。驚きの内容だった。…まさか、あんな処を使って…? 本当に…? 痛くないのだろうか…? 衝撃の事実に恐怖さえ覚える。

 だが、シュザークが相手なら……私は……。

 また…悩みが増えた…。夢にシュザークが現れることが多くなった。如何わしい夢に出て来るシュザークは、麗しい少女めいた姿だったり、身体の大きなふっくらとした姿だったりした。其のせいで、夢精する事が増えた。侍従やメイドに見付からないように、こっそりと浄化魔法を掛ける。──酷く、虚しかった。

 そんな中で迎えた十三歳のお茶会…。

 挨拶に来た兄弟は、また、背が高くなったようだ。相変わらず、ふくよかな身体をしている。

 せめて声を掛けて言葉を交わしたいのに、如何わしい夢が頭をチラ付いて…後ろめたさに目を合わせる事も出来なかった。

 結局…シュザークに一言も声を掛ける事が出来ずに、此の年の茶会も終わってしまった…。

 焦燥と妄想と絶望に葛藤。其処に、煩悩と最悪感が加わった。

 夢の中で、何度もシュザークを汚す醜い私。夢の中で私に抱かれるシュザークの顔は、余り思い出せない…と謂うか分からない。きっと、見たことがないから…夢でも再現出来ないのだろう…。

 溜め息ばかりが溢れる。

 もし、溜め息が目に見えるものだったのならば、私の部屋は、とっくに溜め息で居場所も無い程だろうな…。其れ何処ろか、王宮の至る処に転がっているに違いない…。



 十四歳になった。

 茶会の時期が近付くと父王が仰った。

「──ラルク、茶会は今年で最後だ。お前も、もう十四だ。正式な婚約者を決める迄、後四年だ。シュザークとは、伴侶には成れないのだ。お前と一生を過ごす相手を、そろそろ真剣に選ばなければな」

「──はい。承知致しました」

 俯くと、ポタリと涙が零れた。

 父王は黙って私の肩を撫でてから、部屋を出て行かれた。

 ──婚約者……。女性の婚約者を選ぶのか……。

 シュザークではない相手を…選ばなければならないのか…。私が求めるのは、シュザークだと謂うのに。

 何故、シュザークは男性なんだ? 何故、私は女性に産まれなかったのだろう? 男女であったなら、これ程…悩まずに済んだというのに…。

 ちゃんと、分かっている。私が王太子である以上、悩んだ処でどうにもならない事を。悩むだけ無駄だと謂う事は、──分かっているのだ。

 其れなのに…どうして諦められないのだ…。


 そうして…最後の茶会が開かれた。

 挨拶に来たシュザークは、相変わらずふくよかだ。最後位は、何か言葉を交わしたい。そう思い、口を開こうとするのだが…唇が戦慄いて涙が零れそうになった。其れをぐっと顎を引いて堪えている内に、シュザーク達は目の前から居なくなっていた。顎を引いた仕草が頷いた様に見えたのだろう。

 今回ばかりは、どうしてもシュザークと言葉を交わしたい。

 其れなのに、今回は煩い男が私の周りを彷徨く。こんな品の無い子息、今迄、居ただろうか?

 無視を決め込みシュザーク達を盗み見る。二人は相変わらず微笑み合いながら優雅にお茶を飲んでいる。仲睦まじい姿に心が苛立つ。あの弟の存在が忌々しく思える。シュザークの関心は、いつもあの弟に向けられている。あの弟にだけ微笑み掛ける。筋違いな嫉妬でどうにかなってしまいそうだ。筋違いだと分かっているのに、ジリジリと灼け付くような嫉妬が腹の底から湧き上がり、頭の中まで灼いていく。

 ──いや、嫉妬などして居る場合では無い。最後なのだから、どうにかシュザークと言葉を交わしたい。

 その時だった。急に私の周囲が騒がしくなる。見れば、例の品のない子息が何やら喚き散らしている。何処の家の者だ? 茶会に呼んでいる子息令嬢の顔と名前は覚えている筈だが…見覚えが無い。

「あの者は、何処の貴族家の子息だったか…?」

 思い当たる名前が出て来ず、護衛の一人にそっと尋ねる。

「はっ、あの方は、ヌーケハマー侯爵家の子息だと思われます」

「ヌーケハマー侯爵家の子息は、カイヒルではなかったか? 今迄、此の茶会に…あの者が参加したことはなかったと思うが…」

「元ヌーケハマー侯爵のアスローク殿が夫人と離縁いたしまして、長男のカイヒル殿を連れて平民に下ったと聞き及んでおります。あの方は、次男かと…」

 アスローク・ヌーケハマー元侯爵が、ブーベルナ・ヌーケハマー侯爵夫人と離縁した事は聞き及んでいる。─だが、嫡男であるカイヒルも連れて行った事迄は把握していなかった。カイヒルが平民に下った事で、次男のこの者が嫡男となったのか…。侯爵家の子息である以上、招待状は届いていた筈だが…今迄、茶会に参加しては居なかった筈だ。

 私が首を傾げていると、側近候補に選んでいる公爵子息がそっと口を挟んで来た。

「恐れながら、ランドラーク王太子殿下、発言の許可を頂けますか?」

 私が頷くと、公爵子息が教えてくれた。

「あの者は、アスローク・ヌーケハマー元侯爵殿の実子では無いと聞き及んでおります。カイヒル元侯爵子息がいらした時は、あの者は私生児の扱いで正式にヌーケハマー侯爵家の子息として認知されていなかったと思います」

 ああ、成る程。あの者に招待状は出されていなかったのだな。

「そうであったか…。助かった」

 公爵子息は、礼を執って一歩下がった。

 さて、どうしたものかと騒ぎを注視して居ると、シュザークと其の弟が席を立って騒ぎを伺い見ているのが視界の端に映った。

 途端に、腹の底が煮え繰り返った。

 何故…、何故、私ではなく…あんな品の無い子息がシュザークの関心を引いているのだっ…!?

 見当違いなことは分かってはいるが、嫉妬で煮え滾った頭は抑えが利かない。シュザーク達が更に近付く姿を見て、咄嗟に仲裁に入って居た。

「──何の騒ぎだ」

 本当に、貴族の子息なのか? と疑問に思いながら、自分の言いたい事だけを主張するヌーケハマー侯爵子息。周りの話も、私の話も聞く耳を持たない。まるで、癇癪を起こした幼い童の様だ。

 私がヘリオレン侯爵子息から話を聴いていると謂うのに、ヌーケハマー侯爵子息は、ずっと喚き散らしている。黙れ、と三度も注意をしたにも拘わらず、“煩いっ”と声を荒げ、自身の耳を両手で押さえて、その場で地団駄を踏んだ。余りに幼稚な行動に、呆気に取られる。

 王太子の私に対して “煩い” だと?

 ああ、こいつは駄目だ。世の中の事を全く理解していない。一体、是迄、何を教わって来たのか…。少なくとも、私の側には必要の無い者だ。

「──ヌーケハマー侯爵子息。お前の王宮への出入りを禁ずる。今日は、もう下がれ」

 こう謂った輩には、優しさなど不要だ。優しくすれば付け上がる。そして、其処から腐敗が始まる。正すのは、私のやる事では無い。言い放ち、立ち去ろうと踵を返す。後ろで騒ぐヌーケハマー侯爵子息は、私に掴み掛かろうとして護衛に押さえ付けられて居た。其れでも喚き散らし、別の護衛に引き渡されて連れて行かれた。

 私に取って、とても重要な最後の茶会だったと謂うのに、あの品の無い子息のせいで台無しだ。

 せめて…最後位は、シュザークと話したかったのに…其の機会を失ってしまった。

 失意の内に茶会は終わり、私は酷く落ち込んだ。

 夕餉の席で父王に、件の子息の話をする。どうやら、ヌーケハマー侯爵家の一人娘であった侯爵夫人は、若い頃から件の子息と変わらない常識の無い娘で有名だったらしい。其の息子ならもありなん。と父王は、納得顔で頷いていた。

「ですが、カイヒル元侯爵子息はそんな事はなかったと思うのですが…」

「あれは、アスロークの性分が強かったからな。アスロークは優秀な男だった…。出来れば王宮の文官として欲しいが、何処へ行ってしまったのやら…」

 父王が残念そうに溜め息を吐いた。

 結局、シュザークとは話せなかったが、私は今年から学園に通う事が出来る。今迄の様に、一年待たなくても会える。シュザークの弟は、私と同い年だ。先ずは、弟と親しくなればシュザークと関わる機会も増えるだろう。普通に挨拶を交わす位には、なれるだろうか…。

 私が浮かれていると、父王に釘を刺された。

「ラルク、良い婚約者を選べよ」

「───はい」

 浮かれた心が、ずしりと沈んだ。

 シュザークと結ばれないのならば、優秀でさえ有れば…もう誰でも良い気がする。


 心待ちにしていた学園入学は、初日から散々なものになった。

 矢鱈と私に接触して来ようとする者が多かった。しかも、何がしたいのか全く理解が出来ない。目の前で行き成り転んでみたり、突進して来ようとしてみたり、ハンカチやらカバンの中身やらを態とらしく落として行く。魅了の指輪が何度も反応した。護衛の騎士も同じ指輪を嵌めていて良かった…。

 しかも、肝心のシュザークの弟が見当たらない。文官科の教諭に尋ねると、シュザークと弟はとっくに履修した後だった…。詳しく尋ねると、二年前に弟とキディリガン家の者達と一緒に三ヶ月で履修してしまったのだと聴いた。

 余りの衝撃に、其の場で倒れるかと思った…。

 神は…どうあっても、私にシュザークを会わせたくないらしい…。学園に入りさえすれば、会えるのだと思い込んでいた…。

 もう…会えないのだろうか…。いや、シュザークがキディリガン辺境伯を継いで、舞踏会に参加するようになれば…。どれだけ先の話なんだ…? 後、何年待てばいい…?

 絶望に打ちひしがれて王宮に戻る。酷い脱力感にベッドに倒れ込んだ。ふかふかのクッションを抱き締める。目に涙が滲んで来る。シュザークに全く意識されていない何処ろか、関心を持たれていないと謂うのに…。私の一方通行だと謂うのに…。どうして、諦める事が出来ないのだろう。どうして、私は、是程までにシュザークを欲するのだろう。

 どうして…私ばかりが、彼に惹かれるのだ…。伴侶になれる訳でもないのに…。


 今日、学園で魅了を防ぐ指輪が何度も反応した事を父王に報告した。父王は直ぐ様、側近であるイグディス・ダリダラント公爵に調査を依頼した。

 ダリダラント公爵は、あっと言う間に魅了魔法を持つ生徒のリストを持って来た。父王の対応は素早く、且つ、迅速だった。其れは、世間を騒がせる魅了事件となった。

 そして、ハイゼンボルク国の第五王子を我が国で預かる事を伝えられた。私と同い年らしい。彼は、厄介なスキルを所有していて、魔力封じの腕輪を幾つも着けて学園に通う事になった。

 ノルフェント・ハイゼンボルク第五王子殿下。緩くうねった黒髪。影がある朱紅の眼。幼さを残した顔は整っていて、濡れたような、ほんのり薄く色付いた唇が、白い肌に際立っている。少年であるにも拘わらず、艶めかしい色香を纏った絶世の美少年だった。

 話してみても奢ったところはなく、とても話しやすい方だった。入学式には間に合わなかったが、逆に魅了事件に巻き込まれなくて良かったのかも知れない。学園を卒業すれば、平民になるのだと話していた。其の為に冒険者の講義を取るのだと言っていた。

 其れを聞いて、道が開けたように感じた。

 ──そうか。冒険者の講義か。私も其の講義を取れば、シュザークに会えるかも知れない。

 父王には反対されたが、押し切った。

 ノルフェント殿とパーティーを組み、私の護衛二人で一緒にダンジョンに潜ろうと約束した。

 そして、神は私を見捨ててはいなかった。

 冒険者の講義で五日間、ダンジョンに潜る講習がある。其れに参加する。教官二人と護衛騎士二人、私とノルフェント殿でパーティーを組む事になった。

 其れでは、心許無いから高ランク冒険者を雇う事になった。だが、外からランクの高い冒険者を雇っても、学園の特殊なダンジョンに入ることは出来ない。学園内のランクの高い生徒を調べて貰うと、キディリガン兄弟の名前が直ぐに上がってきた。彼らは、Aランク冒険者だった。

 私は迷うこと無く、彼らに指名依頼を出した。

 五日間、シュザークと一緒に居られるっ…!此の機会を逃す訳には行かないっ…!

 浮かれて暴れ回る心をどうにか宥めながら、冒険者講習に想いを馳せた。














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