俺の幸せの為に

夢線香

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王太子編

ランドラーク・パラバーデ (三)




 憂鬱ではない朝を迎えるのは、いつ振りだろう。

 いつもよりも、早く目覚めてしまった。

 でも、今日はシュザークに会える。冒険者講習の打ち合わせをする日だ。

 打ち合わせをするのだから、同じテーブルに着いて話せる。シュザークを正面から堂々と見ていられる。浮かれない訳が無い。

 また、シュザークの夢を見た。もう、羞恥心も薄れる程に何度も見た夢。三日に一度は夢精している。自身に浄化魔法を掛けながら、思う。

 夢の中で、私はいつもシュザークを抱くのだが…単調だ。其れは、私の閨知識が余り無いせいでもある。実際にしたことが無いのだから、仕方が無い。だが、最近は特に…違和感を感じるようになっていた。

 何がおかしいのか、自分で考えても分からない。夢の中のシュザークは、美麗な姿だったりふっくらした大柄な姿だったりする。私に抱かれながら、シュザークはずっと微笑んでいる。─茶会で、弟に微笑むように。私が、シュザークの様々な表情を知らないせいなんだろう。だけど、違和感は其れだけでは無い。…と思う。

 幾ら考えても、答えなど出る筈もない。

 思案していると寝室の扉がノックされた。

 返事を返す。私付きの侍従であるクランと近衛副団長のジックバルが入って来た。

「「おはようございます。殿下」」
「ああ、おはよう」

 毎朝の慣例だ。私が目覚めると魔法で侍従に連絡が行く。其れを受けて、侍従が朝の身支度にやって来る。其の時点から就寝する迄、護衛が側から離れなくなる。

 護衛は何人か居るが、筆頭は近衛副団長のジックバルだ。近衛団長は父王の専属だ。私が即位した時点で何事も無ければ、ジックバルが近衛団長となる。

 クランの手を借りて、身支度を整える。今日は、念入りに整えて貰った。シュザークに会うのだ、少しでも良く見て貰いたい。

 朝餉あさげを済ませて学園に向かう支度を終え、ノルフェント殿と学園に向かう。

 約束の時間に近付き、学長室でシュザーク兄弟を待つ。表には出さなかったが、気もそぞろに扉ばかりを見てしまう。恰幅の良い、顔面に髭をたっぷりと蓄えた学園長のロバート・フレイソンが、何か話しているが全く頭に入って来ない。

 只、一つだけ気掛かりなのは、シュザークがノルフェント殿を見て心を奪われないかと謂うこと。

 私の目から見ても、ノルフェント殿は目を惹かれる存在だ。私と同い年だと謂うのに、愁いを帯びた表情は艶かしく、滲み出る色香は情欲を唆る。白い肌に掛かる黒髪が妙に色っぽい。私の中にある何かが起きてしまいそうな気さえしてくる。

 そんな漠然とした不安に駆られていると、扉がノックされシュザーク兄弟が部屋に入って来た。

「シュザーク・キディリガン、ハニエル・アシャレント・キディリガン。御前に参上致しました」

 相変わらずふっくらした二人が、貴族の礼を執る。

「──楽にしろ」

 嬉しさの余り、声が少し上ずってしまった。

 また、背が少し伸びただろうか。其れ以外は特に変わった様子はない。白金のボサボサの髪をブラシで丁寧に梳いてやりたい。ふくふくの頬を両手で挟んで揉んでみたい。ふっくらした身体に埋もれてみたい。

 シュザークがこんなに近くに居ることが嬉しくて仕方が無い。しかも、シュザークが沢山喋っているっ…! 低めのバリトンの声音が、心地良い。心の中で発狂しそうな程、舞い上がってしまうっ…! ずっと、こんな風に話してみたかったのだ…! シュザークの眠そうな目が、私を見ているっ…!

 其れに、シュザークのことを色々と知ることが出来た。

 冒険者講習を受けに行ったら、即、履修認定されたこと。Aランク冒険者だと聞いていたが、弟と二人、Sランク冒険者に成っていたこと。キディリガンの上級ダンジョンとワナミリアの特級ダンジョンを攻略済みであったこと。

 上級と特級ダンジョンを攻略するなんて…。シュザーク兄弟は、とんでもなく強いと謂うことだ。文官科を履修済みなのは知っていたが、他にも沢山の講義を履修しているようだ。

 驚いたのは、今、受けている講義が家具職人だと謂うこと。

「「「……何故!?」」」
 
 私と学園長、ノルフェント殿と驚きの声が揃った。

「其れは……その……」

 困ったように、言い淀んでいるシュザークが…何だか、愛らしい…。

「屋敷の家具を作る為です!」

 シュザークの弟が苦しい生活にめげる事無く、朗らかに笑って言い放った。其の健気さに、胸がチクリと傷んだ。

「──ハーシャ……」

 シュザークが困り顔で、其れでも慈愛に満ちた眼で弟を見ている。

 ──そうか…。シュザーク兄弟が、とても仲が良いのは、同じ苦労を背負っているからなのか……。弟は、私と同じ歳だ。シュザークだって、二つしか違わない。

 其れなのに…苦しい生活をおくびにも出さず、微笑んでいたのか…。

 家具すら自分達で作らねばならない程、困窮していたのか…。

 シュザークの為なら、私の私金で家具位…幾らでも贈るのに…。ああ…でも、王太子の私が一貴族に肩入れするような事は出来ないな…。

 気を取り直して冒険者講習の話を詰めて行く。シュザークが私とノルフェント殿の力量を見たいから、鑑定魔法を掛けてもいいかと尋ねてきた。

 私のことは幾らでも見てくれて構わないが…ノルフェント殿は──どうだろう…? 余り、知られたくはないスキルだろうしな…。暫し、思案する。

「──ふむ、私は構わない。……ノルフェント殿はどうだ?」
 
 ノルフェント殿の判断に任せることにした。

 ノルフェント殿は、迷いながらも承諾した。

 鑑定する為に、シュザークが私をじっと見詰めて来る。真剣な表情で…じっと…。胸がドキドキと高鳴る。ふと、何度も見る夢を思い出してしまって、羞恥と後ろめたさに頬が赤らんだ。

 私の鑑定が終わると、シュザークの視線はノルフェント殿に注がれる。鑑定をする為だと分かっているのに、胸がモヤモヤする。同時に不安が募る。シュザークがノルフェント殿に魅せられてしまうのではないかと…気が気じゃなかった。

 だが、弟の方が急に挙動不審になる。シュザークは、そんな弟の頭を宥めるようにぽんぽんと叩くと、一瞬、見詰め合って頷き合った。胸のモヤモヤが大きくなる。─また、弟に嫉妬してしまいそうだ…。

「兄上………」

 弟が不安気な声色でシュザークの腕を掴んだ。

「─分かってるよ…。大丈夫…、きっと上手くいく」

 シュザークは、腕を掴んだ弟の手をぽんぽんと叩いて、宥めている。

 ああ…、本当に…妬ましい程に仲の良い兄弟だ…。

「ハイゼンボルク第五王子殿下……」

「──ノルフェントで構いません……」

「──分かりました。ノルフェント殿下とお呼びしても構わないでしょうか……?」

 シュザークの弟へ、理不尽な嫉妬をしてジリジリと嫉妬の炎に炙られていたら、シュザークとノルフェント殿の会話に耳を疑う。

 何だと…? シュザークは、ノルフェント殿にファーストネームで呼ぶ事を許されていた。

 そんなっ…!? 私だって、シュザークに王太子殿下ではなく、ランドラークと呼ばれたいっ…! 

 何となく、ノルフェント殿に出し抜かれた感じがして、胸のモヤモヤが酷くなる。恨めし気にノルフェント殿を見る。

 ノルフェント殿は、長い睫毛を僅かに震わせて潤んだ朱紅の目を頼りなく揺らめかせながら、シュザーク兄弟を縋るように見詰めていた。そんな顔で見られたら…私迄、何だか落ち着かない気分になる。放って置けないような…思わず、手を伸ばして触れたくなるような…奇妙な気分だ。まさに、魅せられる…。

 私だけでは無い。学園長も護衛の騎士二人も部屋の隅に控えて居る侍従でさえ、彼に魅せられている。

 シュザークの弟と会話するノルフェント殿に、どんどんと意識が引き摺られて行く。ノルフェント殿が、はっとしたように周りを見渡した。

「──貴方達は…平気なのですか…?」

 今にも折れそうな儚げな様子で問いかけるノルフェント殿に、シュザーク兄弟は自分達には利かないと断言した。すると、ノルフェント殿は心底安心したように、今にも崩れて失くなりそうな…或いは、今にも泣き出してしまいそうな顔で、儚く微笑んだ…。

 咄嗟に、彼を搔き抱いてしまいたい衝動に駆られる。

 シュザークの弟がノルフェント殿に結界魔法を掛けると、見えない何かに引っ張られていた気持ちが、ふっと解き放たれた。

 私を含め、影響を受けていた者が、一斉に安堵の息を吐いた。

「……申し訳ありません……」

 其れを見たノルフェント殿が、小さくなって謝って来た。

「いや……僅かに漏れ出たものだけでも…これか…。凄まじいな……」

 ノルフェント殿のスキルは、とても厄介なものだと実感した。魅了魔法のように無理矢理、心を捻じ曲げるものでは無い。彼と謂う存在に惹き付けられるのだ。目が離せなくなる。私の中にある、いずれかの感情が彼を無視出来ない。

 ノルフェント殿にしてみれば、自分が望まない相手を惹き寄せると謂うこと。そんなスキルは、互いに迷惑なものでしかない。

「ああ…、済まない。責めている訳では無い。これでは…さぞ苦労するだろうな、と、思ってな」

「─はい…」

 所在な気に身を小さくして俯くノルフェント殿が、気の毒に思えた。

 結界魔法を張ってくれたシュザークの弟に礼を言う。畏まって、謝意を受ける弟に不満を感じた。

「……ふむ、五日も一緒にダンジョンに潜るのだ。堅苦しい言葉は、控えよ。これでは…指示伝達に触りがある。呼び名も簡潔にしようじゃないか。私の事もランドラークで良いぞ」

 そうだ。弟に嫉妬している場合ではない。同い歳同士仲良くなって、少しでもシュザークとの接点を増やさなければ。そして、丁度いい。此処で私もランドラークと呼んで貰う。折角、丁度いい口実があるのだ。何が何でも、押し通す。

 渋る兄弟を立場と言葉で丸め込み、無理矢理、承諾させた。

 そして、シュザークに名を呼ばれ、これ以上は無い程の喜びを得た。

 単純なもので、“名を呼ばれた”、たった其れだけで、どす黒い嫉妬は何処かに消えてしまい、ふわふわと舞い上がってしまった。

 シュザークと打ち合わせとは謂え、直接会話が出来ている。其のことも、舞い上がる私を更に喜ばせた。

 気が付けば、打ち合わせは終わってしまった。

 シュザーク達が出て行った扉を名残惜しく見詰めていると、隣りに居るノルフェント殿も同じように扉を見詰めていることに気が付いた。

 胸がドクンっと高鳴った。

 まるで、恋しいものを思い慕うような憂いを纏った表情に、堪らなく不安になる。

 …何故、そんな顔で扉を見詰めているのだ…。

 まさか…シュザークに恋した訳ではないだろうな…?

「──ノルフェント殿…。誰を視ているのだ…?」

 自分でも、驚く程の冷ややかな声が出た。表情が抜け落ちるのが自分でも分かった。

「─あ、あの……」

 ノルフェント殿が身を強張らせて、脅えと困惑を浮かべながら、私の表情を伺ってくる。

「──どちらを視ていたのだ…?」

 もう一度、尋ねる。

 ノルフェント殿は、動揺しながら眼を彷徨わせ、はっとしたように顔を強張らせた。

「─ランドラーク殿は…ハーシャ殿を……?」

「─ハーシャ? …すまない、私の思い違いのようだ…」

 其処で漸く、思い違いに気が付いて…素直に謝罪した。ノルフェント殿は、シュザークではなくハーシャを視ていたのか…。

 …嫉妬に狂うと、是程までに視野が狭くなるのか…。余りにも跋が悪くて、自嘲してしまう。

 そもそも、私には…嫉妬する権利すら無いと謂うのに…。シュザークは、私のものでは無いのだから…。




 待ちに待った、冒険者講習の日がやって来た。

 今日を含めて五日間もシュザークと一緒に居られる。浮かれるなと謂う方が無理だ。心做こころなしか、ノルフェント殿も浮かれているようだ。彼は彼で、ハーシャに会えることを楽しみにしているようだ。言動の端々に、其れが窺える。

 護衛に付くのは、近衛副団長のジックバルと鑑定魔法が使えるフーガルンだ。前に、茶会で魅了魔法を掛けられてから、必ず一人は鑑定魔法が使えるものを護衛に入れる事が決まった。

 待ち合わせの冒険者ギルドに着くと、相変わらず五月蝿い連中が性懲りもなくパーティーを組もうと誘いを掛けて来る。何度も断っているのに、何故、こうもしつこいのか…。理解出来ない。

 ノルフェント殿が逸早く、シュザーク達を見付けて嬉しそうに寄って行く。彼の眼には、ハーシャしか映っていないようだった。

 私は私でシュザークの元へ。

 シンプルな黒い騎士服を纏ったシュザークに、ドキドキする。胸と背中にキディリガンの家紋が刺繍してある。風と水の女精霊を表した金と銀の刺繍は、まるで、シュザーク兄弟の女性版のようだった。

 シュザーク兄弟は、私達の講習の邪魔にならないように配慮してか、少し離れて付いてくる。シュザークと一緒に行動できるのも嬉しいが、初めて入るダンジョンに興奮もしていた。

 倒した魔物がお菓子に変わるなんて、話には聞いていたが、実際に体験してみると、なかなか面白かった。

 昼食の時も、ノルフェント殿が引き寄せられるようにハーシャの隣に腰掛けたのをみて、私も勇気を出してシュザークの隣に腰掛けた。シュザークとの距離の近さにドキドキしてしまって、緊張した。

 そんな中、ノルフェント殿はいとも簡単にハーシャと会話をしている。ノルフェント殿を尊敬してしまった。私も、あのようにシュザークと会話がしたい。サンドイッチをハーシャから貰って、美味しい、美味しいと食べている姿を見て、“私も食べてみたいな”と、零したら、シュザークが自分のサンドイッチが入った籠を差し出し、勧めてくれた。

「美味いっ…!! 本当に…美味いなっ!?」

 本当に凄く美味しくて、思わず満面の笑みを浮かべてシュザークを見上げた。

「御口に合って良かったです」

 シュザークは、そんな私を見て、くすりと笑った。

 シュザークが初めて私を見て、笑い掛けてくれたのだ。嬉しくて…でも、恥ずかしくて、顔が熱くなって俯いた。

 何処か、ソワソワして落ち着かないけれど、側を離れたくはない。シュザークの側に居られる時間は、とても貴重な時間だ。大事にしないといけない。

 ぽつり、ぽつりと話し掛ければ、シュザークが答えてくれる。私を見て、答えてくれる。たった其れだけのことが、堪らなく嬉しい。天にも昇るとは、此の事だな…。

 食事の時間が終われば、講習が再開される。シュザーク達は後方に下がってしまったけれど、それで良かった。側に居られたら、舞い上がってしまって魔物を倒すどころでは無くなってしまう。

 順調に進んでいた攻略も、十五階層辺りから梃子摺てこずる事が増えてきた。疲れてきたせいだ。

 護衛とシュザーク達が話し合って、二十階層の主までシュザーク達が倒し、明日は十五階層から始める事に決まった。

 シュザークとハーシャは、いとも簡単に魔物を倒して進んで行く。Sランク冒険者の実力を目の当たりにして、只々、呆然として後ろを付いて行く。二十階層の主も瞬殺だった。

 ──凄く、格好良くて、見惚れてしまう。あんなにふっくらとしているのに、動きは俊敏で重さなど感じさせない動きだった。

 ──益々、惚れてしまった……。

 夕食時は、シュザーク達のダンジョンでの話が聞けて、とても楽しかった。たったの一日で、シュザークのことを沢山知ることが出来て嬉しい。

 そろそろ休もうかと謂う頃、ハーシャがノルフェント殿のスキルに付いて話があると切り出してきた。教官の二人を先に休ませて、護衛は残した。近衛はノルフェント殿のスキルの事は知っているので問題無い。

 驚くことに、ノルフェント殿のスキルをハーシャが封じる事が出来たと謂う。魔力の相性が良いのだろうと話していた。

 “神結糸の仲”

 脳裏に浮かんだのは、其の言葉だった。

 神によって結ばれた縁。特別な繋がり。離れることも離すことも出来ない仲。

 ノルフェント殿が、羨ましく思えた。“神結糸の仲”ならば、誰にも文句を言われることなく伴侶になれる。身も心も強く繋がった仲だ。

 スキルを封じる為に、ハーシャに大量の魔力を流されたノルフェント殿は、艷めかしく淫靡な表情を浮かべ、強烈な色香を放って……極めていた……。

 シュザークとハーシャ以外は、其の色香に当てられて顔を赤らめた。ノルフェント殿の其れは、男の欲望を煽り立てるには十分過ぎるものだった。──勿論、私も。

 皆の前で極めさせられたノルフェント殿は、淫靡さの名残を纏ったまま、羞恥に頬を染めてハーシャの胸に顔を埋めて泣き出してしまった。其の姿が…また…唆られる。

 誰もが手を伸ばしてしまいそうなノルフェント殿を、ハーシャだけが腕に抱いて手出しを許さないように囲ってしまった。

 其の内に、泣き疲れて寝入ってしまったノルフェント殿をハーシャが私達のテントまで運んだ。私の中で、何かが引っ掛かったが、疲れていたせいか、直ぐに眠りに落ちた。

 翌日も、朝からシュザークが見られて、私の気分は最高に良かった。食事は隣に座れるし、他愛もない話も出来るし、嬉しいことばかりだ。後、三日は此の幸せを味わえる。そう思うと、私の気分の高揚は留まる所を知らない。

 だが、私のそんな細やかな幸せは、その日の内に奪い取られてしまった。

 二十五階層での事件のせいで。

 眼を疑うような光景だった…。複数の男女が魔物に凌辱されていたのだ。私とて、淫獣の魔物が居ることは知っている。だが、ここ迄酷いとは思わなかった…。

 服や装備を溶かされて、赤い触手に絡め取られ犯される。媚薬で恍惚となった者達…。皆、正気の欠片もないような艶声を上げて、淫靡に淫れている…。

 衝撃的だった…。

 そして、其れを助ける訳でも無く、下卑た笑みを浮かべて眺めて居る男達。教官の一人であるジャックが言うには、魔物に囚われている者達が淫らになるのを待っているらしいのだ。…待って…媚薬で正気を失っている相手をどうするのだ…? 性欲を満たす為に、介抱の大義名分を掲げて、抱くのか…?

「っ…! 何と…下劣なっ…!! あの者達を捕らえよ! 被害者を救えっ…!!」

 そんな下劣な行為を許す理由には行かない。単純に、媚薬で苦しむ相手を介抱するのとは意味が違う。彼等は、態とそうなるように仕向けているのだから。

 ジックバルとフーガルンに命じる。人数的には厳しいかも知れない。だが──。

 ジックバルは、シュザーク兄弟に助力を乞うた。二人は快諾し、あっと言う間に場を治めてしまった。

 見物している者にシュザークが雷撃を落とし、魔物を一体残らずハーシャが灼き尽くした……。

 全員、開いた口が塞がらなかった。

 その後は、私達も被害者の介抱をした。

 一段落して、皆で集まり今後の事を話していた時、私とノルフェント殿の脚に木の根のようなものが巻き付こうとした。が、結界に弾かれた。驚いていると、シュザークに肩を抱くようにして引き寄せられた。

 なっ…!? えっ…!? ええっ…!?!?

 シュザークに抱き締められているっ…!?

 私の顔が、シュザークの鳩尾辺りに着いている。

 胸の鼓動がドックンドックンと破裂しそうな程鳴っている。まるで、全身が心臓になったようだ。ふっくらとしているから、ふかふかに違いないと思っていたシュザークの身体は、意外にガッチリとしていて…硬かった。全身の血が沸騰しそうな程熱くなって、頭が茹だってきそうだ。きっと、顔も真っ赤に違いない。

 真剣に私の身を案じてくれている事は分かっているが、何も頭に入って来ない。今直ぐ、離れて欲しい程恥ずかしいのに、離れたくない。

 ずっと、こうして居たい。

 そう…思っていたら、シュザークは慌てた様子で謝罪と一緒に身体を離された。

「─問題ない…。助かった…」

 寂しく感じながらも、何とか礼を述べる。

 顔を上げることは出来なかった。──きっと、のぼせ上がったように真っ赤だろうから…。



 被害者や見物していた男子をギルドと騎士団に預け、ギルドマスターの執務室で話をする事になった。

 最悪な事に、冒険者講習は中止になった。あんな事があったのでは仕方が無い。仕方が無いが、シュザークとの交流の時間が失われた事は、かなり残念だ…。

 私とノルフェント殿が狙われた事で、学園へ通うことまで取り上げられそうになる。シュザークと会えるかも知れない僅かな接点さえ失うのは、嫌だった。それらしい理由を並べ立て、どうにか学園に通うことを納得させた。

 シュザークが弟と話がしたいと言うので、許した。暫くすると戻って来て、私に七色の蜥蜴を模したペンダントを渡して来た。姿を変える魔道具らしい。

 そして、ふっくらとしたシュザークの姿は、偽りのものだった。本来の姿に戻った兄弟は、息を呑む程の麗しい姿だった…。

 金糸と銀糸で風と水の女精霊を表したキディリガン家の家紋のような二人。彼等は謂うなれば男精霊だ。

 シュザークの艶々の白金髪は、きらきらと煌めき、白金色のまつ毛は、鋭い切れ長の目を縁取る。碧みを帯びた氷のような眼。整った高い鼻梁に薄っすら紅い形の良い唇。キメの細かい白い肌。ガッチリと逞しいけれどスラリとして見える位には、バランスの取れた見事な体付きだ。弟の方もそうだ。

 何て…美しくて端麗な姿だろう。神の世界から抜け出して来たような二人から、目が離せない。秀麗だが、ちゃんと男性らしさもある。いや、女性らしさなど何処にも無い。

 そして私は───また、恋に堕ちる。

 シュザークを諦めることなど、絶対に出来ないのだと思い知った。──実感して、──確信した。

 私は死ぬ迄、此の…綺麗で美しいだけではない恋心に囚われて、焦がれて、灼かれる人生なのだろう…。


 ──私は……シュザークを……愛している……。


 恋心が、愛に変わった瞬間だった───。
















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