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Summer Camp

第51投

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 今日も久留実はシートノックで悪戦苦闘。

 外野ってこんなに難しいなんて思わなかった。

 特に頭を超える大きなフライを背走して捕ることが苦手だ。

 3年性から守備が下手だと言われていた雅ですら久留実から見ればなにが下手なのか分からない。

 何よりバッティング練習がどうしようもなく嫌いでマシン打撃では打ち返したボールがゲージから出ずに順番を待つ上級生方に失笑されるレベルだ。

 午前中の練習が終わると午後から予告なしの紅白戦が組まれていて玄武大学と光栄大学のごちゃまぜチームが四つに分けられていた。

 ホワイトボードに記されたチーム分けで久留美はDチームの八番レフトで起用された。

 メイングラウンドからサブグラウンドに移動する途中、敵チームになった芙蓉が話しかけてくれたが久留実はそっけなく相槌をうっただけで話の内容を覚えていない。しかしそれには理由があった。敵チームの先発ピッチャーがあのあんこだったからだ。

「くるみちゃんとの対決楽しみだなぁ」

 マウンドに上がる前にわざわざこちらのベンチに赴き言葉をかけるあんこに今回ばかりは腹が立った。久留実にとってこれほど屈辱的なことはない。

「まぁまぁそんなに緊張しないでさ楽しもうぜ久留美」

 そう言って一番センターで先発起用の詩音が颯爽と打席に入る。あんこが師匠と慕う詩音が快音を響かせてくれればこのもやもやが少しは晴れたかも知れないが、それは叶わぬ願いだった。あんこは詩音に対して臆せずに投げ込んだ。

 あんこのストレートは久留実のストレートより十キロ遅いがあんこにはそのストレートを速く見せる投球術を持っていた。それは緩急の絶妙な使い分け。久留実は自分の打席までにあんこのピッチングスタイル観察する。

 あんこの試合で多投する変化球はおおよそ三つ。芯を外すツーシーム。

 勝負球のフォークそしてストレートとの球速さが三十キロ違うカーブ。このカーブがあんこの一番の生命線だ。

 三回ワンアウトランナーなしの場面で打席が回る。あんこはいまだヒットを許していない。

 久留実はあんこを許せなかった、だからこの打席絶対に打ちたい。

「くるみちゃん。いざ尋常に勝負~」

 マウンド上のあんこを睨む。

 ――楽しそうに野球をするあんこに私は負けたくない。

 初球は無難にストレートで攻めるあんこに対してバットを振る。インコースのボールを引っ張ってファールにした。あんこはにこりと笑ってもう一度同じコースに投じた。いくらバッティングが苦手とはいえさすがに二球連続のボールはとらえることは容易い自信をもって打ちに行くと手元で変化する。

「シュート……」

 窮屈なスイングで空振りをとられ追い込まれるがそれ以上に腹が立つのはこの攻め方は久留実が出来なかったバッターへの攻め方を意識していたからだ。

 あんこは久留実が菜穂に教わっていたことを覚えていて試したのだ。おそらく無意識に。

 そうなると三球目に迷いが生じる。あんこが久留美を意識して配球するのならば一球外に外してもう一度インコースで仕留める。

 しかしそれは持ち球が少ない久留実自身の配球でありあんこには複数の変化球がある。あんこが投球フォームに入ってからも久留実は考えていた。

 あんこは笑ってる。

 カーブ。見送った。審判の腕が上がる。

 
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