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Summer Camp

第55投

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 翔子の構えたミットは外角だ。りかこはしっかりそこに投げ込んでワンストライクを奪った。それから厳しいコースで攻め込むと、勝負球に選択したのは内角高めのチェンジアップだった。見送ればボールくさかったが、バッターのバットは面白いように回った。

 次のバッターも同様の組立で追い込んで最後にバッターの得意なコースからややボール気味の変化球で三振を奪っていく。

 明らかにいままでのりかこの投球術ではなかった。相手の苦手なコースをついて打たせてとるピッチャーから、三振を奪えるピッチャーになっている。更に以前より球数が少ないのも特徴的だ。

「あ、もしかして!」

 三番バッターの詩音も三振に倒れ、りかこは四回パーフェクトのピッチングを披露し、周囲を驚かしていた。ベンチに戻った久留実はすぐにりかこの元へ向かった。

「りかこさん、もしかしてバッターの得意なコースで打ち気を誘って抑えてるんですか?」

「やっとわかったの、でもまだ半分不正解ね」

 りかこはそう言って久留実の帽子のつばをグラブで叩いた。

「打たせるときは得意なコースのボール半個分外してんのよ、三振とるときは一個分外しているだけ」

「でも、それってボールの威力とコントロールが伴ってないとできない芸当ですよね。この短期間でどうやって……」

「それが知りたかったら試合終ってから第二練習場のブルペンに来なさい」

 りかこはそう言ってベンチ裏に消え、二番手のピッチャーをブルペンから呼びに行った。

「りかこね、なんだかんだ言ってくるみちゃんが心配なのよ」

 キャッチャー防具を外しながら翔子が久留実の帽子のつばを上げる。

「真咲さんもきっとくるみちゃんにはマウンドに戻ってもらいたいはずよ」

 そう言ってネクストバッターズサークルに入った翔子は代わったばかりの相手ピッチャーの球筋を見極めていた。

 試合が終わってすぐにりかこに連れられて、第二グラウンドの室内ブルペンに招かれた。

 雨風をしのぐようにできたこのブルペンは、野ざらしにされて四人同時に投げることが出来る第一グラウンドのブルペンとは違い二人分ほどしか投げるスペースがなく、ホームプレートの上にはバッターのストライクゾーンを表している赤い糸のようなものが天井から吊るさっていた。真ん中から高めのコースにはドクロのマークが記された板が同じく天井にぶら下がっており首を傾げる。

「りかこさん、これは一体なんですか?」

「先生が作ったコントロールの練習方法よ、あの赤い糸の低めいっぱい目掛けていいから一球投げて見なさい」

 久留実は言われるがままに振り被る。久々のマウンドは踏み出した足の距離感がつかめずベース手前でワンバウン
した。

「きゃっ」

 そう声をあげたのはその僅か数秒ほどたってからだった。突如真上から冷水が降ってきて思いっきり頭からかぶった。

 不信がって見上げるとそこには小さなバケツが吊るさっている。

「今みたいにボールを投げると上から水が降ってくる」

 りかこは手にした赤い紐を引っ張ってもとに戻す。すると真上にあるバケツが連動した。

「聞いてないですよ、じゃああのドクロにあてた時はなにが降ってくるんですか?」

「その時は私が水風船あんたに投げつける」

 淡々とりかこは説明していたが、久留実の困り顔を見て笑みをこぼしているのが丸わかりだ。

「じゃあストライクだったら?」

「投げて見れば」

 懲罰的な態度にさすがの私も腹が立って、入念にマウンドのプレートから踏み出した足の歩幅を数えると今度は低めのコースに投げることが出来た。

「はいこれ」

 りかこが平然と久留実にきな粉棒を差し出した。

「これは?」

「ご褒美よ」

「はい?」

「これからあなたは、合宿が終わるまでの残り一週間で何本手に入れることが出来るかしらね」

 そう言いながらりかこは不敵な笑顔を作っていた。

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