モフモフ異世界のモブ当主になったら側近騎士からの愛がすごい

柿家猫緒

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番外編SS

義賊のリュカ1・2

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※並行世界・スラム編のリュカのお話です

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義賊のリュカ・1


 公子として生まれ育ったリュカにとっておしゃれというのは、仕立てのいい服であったり、精緻なカットの宝石であったり、繊細に織られた生地だったりといったものだ。いかに金をかけ洗練されているかを競うもので、いわゆる上流階級のステイタスともいえる。

 だからといって庶民がおしゃれに無縁かといえばそうではない。庶民には庶民のおしゃれがある。

 むしろ伝統や既存の価値に縛られない彼らのおしゃれはセンスを頼りに進化していくものなので、より洗練されているとも言えるだろう。

 そんなわけでとある日の昼下がり。

 ハイエナの屋敷ではリュカとナウスがロイの部屋に集まり、床に座り込んで何やら賑やかに過ごしていた。

「へへっ、かっけーだろ。っぱこれからの時代は赤よ、赤!」

 ロイは髪に入れたばかりの赤いメッシュを手鏡で見ながら、得意げに笑っている。

「これ昨日知り合いにもらったスタイリング剤なんだけどよ、すげーいい感じじゃね?」

 ナウスは小さな器に入ったヘアワックスらしきもので、アシンメトリーの前髪をいじっている。

 リュカはそんなふたりを「わあ~」と羨望の眼差しで見つめていた。

「ふたりともカッコいいなあ」

 上流階級より庶民のおしゃれの方が、前世の感覚に近いなとリュカは思う。特に髪を染めたりピアスをいっぱい開けたりといったスラムのファッションは、前世のヤンキーと変わりない。

 そしてひ弱なリュカはこのようなオラついたファッションに色々な意味で弱いのであった。

「リュカも髪染めてやろーか?」

 笑いながらロイがリュカの髪をひと房掬った。しかしすぐに「ん~?」と悩ましい表情を浮かべると「あんた髪の毛ほせーな。傷んだらすぐ切れそう」と手を離した。

「ならセットしてやろっか。おチビは前髪下ろしてるからガキっぽいんだよ。ほら、ちょっと上げてみ」

 今度はナウスがそう言ってリュカの前髪を捲った。そして持っていたピンでとりあえず前髪を留めてみたが――。

「っ、……くくっ、……赤ん坊……」

「ははっ。おチビ、デコ広いな。前髪上げると余計ガキに見える」

 大人っぽくなるどころか赤ん坊っぽいと笑われてしまって、リュカは怒ってワシャワシャと前髪を両手で下ろした。

「俺もみんなみたいにおしゃれしたい~」

 むくれてしまったリュカに、ロイとナウスは眉尻を下げながらケラケラ笑う。

「おチビはヤンキーとは対極の顔してるからなあ。イキッた髪型が似合わねーんだよ」

「タトゥーやピアスは痛そうだから嫌なんだろ? まああんたにゃ似合わなそーだけど」

 自分にも何かできるおしゃれはないだろうかと、リュカは自分の顔や髪をペタペタとさわる。眉毛でも剃ってみたら少しはヤンキー寄りの顔になるだろうかと、危ういことを考えたときだった。

「あ、じゃあ尻尾ちょっといじってやるか」

 ロイがそう言ってチェストの引き出しから小さな壺を持ってきた。中身は透明なスライム……もとい、ジェルのようだ。

 ロイの尻尾もナウスの尻尾も、そしてピートの尻尾も、毛をツンツンと逆立ててジェルで固めている。これは毛を逆立てることで怒って威嚇しているように見せるスラム流のおしゃれだ。

 しかしこれはネコ科のシャープな尻尾だから映えるのだ。キツネ族のリュカの尻尾では……

「いやいやいや、毛量多いだろ! どうやって固めんだよ!」

 ナウスがもっともなツッコミをロイに入れる。

 リュカの尻尾はモッフモフだ。それこそもとの世界では、その毛量の多さと艶で大陸一美しいとまで言われていた。こんな毛の塊みたいな尻尾を、どうスタイリングするのだろうか。

 ロイはリュカのうしろにドッカリ腰を下ろすと「んー」と少し考えてから、尻尾の毛をいじりだした。

「こーやって少しずつ毛束を作ってさあ、んで固めていけばすげー強そうに見えっかも」

「この量を? ……いや、おもしれーかもしれねーな」

 ロイとナウスは黙々とリュカの尻尾をスタイリングし始めた。小さな毛束にジェルをつけ、指先で捻って尖らせていく。リュカもうしろを振り返って、同じように手伝った。

 ――そうして三十分後。壺のジェルが四分の一ほどなくなった頃。

「「「できた!」」」

 リュカの大きなモフモフの尻尾は、全面トゲトゲのこん棒のような物体になっていた。

「ぶははははっ、あはははははははは!! ば、馬鹿だ! すげー馬鹿みてー!!」

「ひーっひひひ……腹いてー。武器じゃん、もうこれ武器じゃん! よかったなおチビ、すっげ―強そーだぞ、ひゃひゃひゃひゃひゃ」

「あははははははははははは! だ……だっさ! あはははははは!!最悪なんだけど!」

 凶悪なトゲトゲこん棒になってしまった尻尾に、三人は涙が出るほど笑い転げた。こんなに強そうでカッコ悪い尻尾は見たことがない。

 あまりに笑い続けるものだから、ついには一階からイカロスたちが何事かと見にきたほどだ。

 ――そうしてリュカは丸一日ほどトゲトゲな尻尾で過ごし、あちこちで笑いをとったのだった。おしゃれからは程遠くなったが、これはこれで満足なリュカであった。


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義賊のリュカ・2


 年長組が仕事に行っている間、年少組はただ遊んで待っているだけではない。

「リュカー。これなんて読むの?」

「これはね、『契約』。破っちゃいけない大人の約束のことだよ」

「リュカ、計算の答えこれであってる?」

「うん、正解。すごいね、花丸あげちゃう」

 とある昼下がり。まだ短剣の特訓中でお留守番のリュカは、年少組の子供たちの勉強を見てあげていた。

 レイナルド領の識字率は八割を超えるが、この町に至っては六割を割っている。というのも貧民の子や孤児の教育が行われていないからだ。

 この世界では貴族や金持ちは家庭教師に、庶民は教会で勉強を教わる。しかしスラムでは教会は機能しておらず司教ですら悪徳に落ちぶれている有様だ。虐待が横行している孤児院も同じで、子供に勉強を教えてくれる者は誰もいない。

 そんな中、ハイエナの屋敷では年上が年下の仲間に読み書きと計算を教えるルールになっている。

 読み書きと簡単な計算ができるだけでも、この町ではグッと暮らしやすくなる。ありつける仕事も増えるし、買い物のときに料金を騙されることもない。知恵は己を守る盾だ。

 ハイエナたちはスラムの孤児の中でも知恵のあるほうだ。彼らの生きるためのしなやかさと力強さに、リュカは心底感心する。

 そんなわけでまだ年長組の仕事に混ぜてもらえないリュカは、お留守番の間はこうして年少組の勉強を見てあげていた。今まではイカロスが年下ふたりの教育を担っていたらしい。イカロスは賢いリュカが来てくれて大助かりだと喜んでいた。

 そんな彼は今は用事ででかけている。子供たちの勉強もきりのいいところまで終わり、そろそろ昼だなとリュカが壁掛け時計を見上げたとき、ちょうど玄関のドアが開いた。

「ただいまー」

 返ってきたイカロスの腕にはジャガイモと鞘付きの豆がたっぷり入った袋が抱えられている。出迎えたリュカは慌てて袋をひとつ受け取り、それを厨房へ運んだ。

「これ三時までに持ってかなくちゃなんだ。さっそくやっちゃおう」

 そう言ってイカロスは大きな盥をふたつ用意し、子供たちが低い椅子を四脚運んでくる。リュカと年少組の四人は椅子に座ると、一斉に黙々と芋の皮むきと豆の脱粒を始めた。

 これは子供でもできる小遣い稼ぎ兼、将来のための訓練だ。
 この町には酒屋が多い。その中で一軒だけ、材料の下拵えを賃金付きで手伝わせてくれる親切な店がある。子供でもできる貴重な仕事なので、争奪戦なんだそうな。今日は運よくイカロスがこの仕事をゲットしてきた。

 小遣い程度とはいえ賃金が稼げるのはありがたいし、野菜の下拵えが手早くできるようになれば将来飲食店の下働きにつける。職業訓練にもなるこの仕事はとてもありがたかった。

「イカロスはっや……」

 ものの十数秒で綺麗に芋の皮を剥いていくイカロスに、リュカは目を瞠る。

「慣れだよ。やってるうちにコツが掴めてくるんだ」

 手を止めることなくイカロスは答え、ツルツルになった芋を盥の上にどんどん投げ入れていく。年下のふたりも慣れた手つきで豆を鞘から外して盥に入れていった。一番遅いのは芋の皮むきに慣れていないリュカだ。

 皮を剥きすぎてしまった芋や潰れた豆などは当然引き取ってもらえない。そのぶん賃金から差し引かれる。失敗した食材はその日の屋敷のスープに入れられるとはいえ、やはり失敗は避けたい。

「じゃが芋ってどうしてこんないびつなんだろ。芽のくぼみ剥くのむつかしい……」

 ひとり苦戦しつつ、リュカはサクサク作業するイカロスたちを見て尊敬の念を抱く。彼らは生きるために知恵もつけるし手先も鍛える。子供の頃から自分を生かすために養われていく逞しさは、リュカにはないものだ。

 前世では琉夏の命は半分医師に託されたも同然だった。病弱な体で生き抜いたこと自体褒められるものではあるが、明日を生きるため自発的になんでも吸収する彼らとは性質が違う。

 公子としてもそうだ。レイナルド家の跡継ぎに生まれたから次期公爵として邁進してきたけど、学ぶことを自分で選んだわけではない。ましてや自分の足で仕事を捜したことなどない。もし子供の頃に彼らと同じ試練を与えられたら、泣きべそをかいたに違いないと思う。

(……だから俺はピートが好きなのかも)

 ハイエナたちの生きる強さをリュカは尊敬し、そして惹かれる。その最もたるピートに恋をするのも当然だと、リュカはつくづく思った。



 年少組の教育は単純な勉強だけにとどまらない。おもにリュカが失敗した野菜で作ったスープを食べたあと、午後はコミュニケーションとマッサージの練習だ。

「ふふっ、くすぐったいよリュカ。もっと力入れていいって」

「待って、手が痺れてきちゃった……」

 イカロスの腰を揉んでいたリュカは力が入らなくなってきてしまった手をブラブラと振る。他人の体を揉みほぐすなど野菜の皮むき以上に慣れていないので加減がわからない。

 年少組はチェスのルールを覚えながら対戦している。これも仕事のための大切な学びだ、遊んでいるわけではない。

 様々な仕事を請け負っているピートたち年長組だが、その中で安定して給金を得ているのが娼館の用心棒だ。腕っぷしの強さと裏社会での顔の広さがものを言う。ただしそれだけでは務まらないということを、リュカはスラムに来てから知った。

 用心棒の仕事は乱暴な客を追い出したりとっちめたりすることだが、迷惑客がそう連日押しかけるわけでもない。ならばいざというとき以外の待機時間は何をして過ごすかといえば、娼婦のお相手だ。

 心身ともに疲れている彼女たちの相手になってやること、それがこの町の娼館の用心棒に求められるもうひとつの能力である。

 まずマッサージは必須。肉体労働である娼婦はほとんどが体に疲労を抱えている。これを優しくほぐしてやる手腕が大事だ。

 そして会話。娼婦は普段は気丈だが、本当は淋しがりやで甘えん坊な性格が多い。しんどい仕事に従事する彼女たちの話を聞いて、慰めたり励ましたりしなくてはならない。コミュニケーション能力が重視される。

 他にも待機中の娼婦の退屈しのぎに、チェスやカードゲームなどの相手になってやることも多い。

 このスラムでは娼館の用心棒は人気職だが、採用される決め手は腕っぷし、顔の広さ、そして上記のコミュニケーション能力だ。もちろん容姿が良ければ娼婦たちからの人気も上がり採用率はさらに跳ねあがるのだから、外見にも気を遣わねばならない。

 そして現在スラムで一番高級な娼館の用心棒は、二年連続でピートたちが務めている。

 言わずもがな、大人気なのはピートだ。売り上げ一位の娼婦をはじめ多くの娼婦が彼に惚れ込んでいるらしい。

(そりゃモテるよね、うん……わかってた)

 それを聞いたとき、リュカはとても納得してしまった。彼の優しさは辛い商売に身を捧げている女性にとって、たまらなく沁みるものだろう。それでいて最強に頼り甲斐もあるのだから、惚れて当然だ。

 イカロス曰く、娼館の女たちに人気が出ると他にも仕事を紹介してもらえたり、人脈が広がったり、様々な情報を得られたりするのだそうな。このスラムで生きるには欠かせない仕事といえるだろう。

 ……ただし。イカロスは触れなかったが、娼婦たちを惚れさせておくには当然踏み込んだケアがあるだろうことは想像に易い。

 リュカはそれについては考えないことにする。この町での生きるすべのひとつに過ぎない。悪いことではないし、嫌忌も軽蔑もしない。だからといってピートが他の女性と寝ていて平気なわけがないので、リュカは考えないようにするしかないのだ。

「本当はね、僕、リュカには用心棒はやってほしくないんだ」

「ん?」

 マッサージの練習を再開したリュカが再び腰を揉んでいると、イカロスがぽつりとそんなことを呟いた。

「なんで? 俺がもやしみたいで弱そうだから?」

「それもあるけど――……」

 リュカの質問に、イカロスは枕に顔を伏せてゴニョゴニョと答える。当然聞き取れなかった。

「でも俺も、用心棒あんま向いてないかもってちょっと思う。見た目でお客さんに舐められそうだし、娼婦のお姉さんたちとうまく喋れるかわかんないし……。俺じつは、あんま女の人と喋ったことないんだよね」

 イカロスの腰をモニョモニョと揉みながらリュカは自虐気味に笑う。もとの世界でも女性と公的な会話はするが、明け透けな私的会話をしたことはない。ましてや娼婦のお姉さんと接するのは未体験だ。まるっきり自信がなかった。

 うつ伏せていたイカロスはククッっと笑い声を立てると、枕から顔を上げた。

「リュカらしいや。なんかちょっと安心した。でもリュカなら上手にお喋りできなくても、みんなその尻尾の虜になりそう。きっとずーっとモフられるよ」

「え、そういうのもアリなんだ?」

「うん。なんだっていいんだよ、娼婦の癒しとか慰めとか暇つぶしになれば。ナウスなんか昔は手品仕込んでたって言ってたよ。他にもよそじゃ娼婦の髪結いしてあげる用心棒もいるんだって」

「芸頼りかぁ。色々あるんだなあ」

 へーと感心したリュカは、ふとあることを思い出した。

「歌とか楽器とかもそうなの?」

 けれどそれは「うーん? 歌とかは違うかな」とイカロスに返されてしまう。

「そういうのが好きなのはね、子供を買うようなろくでなし貴族だよ。あいつら気取ってるからさ、買った子供に歌や楽器をやらせるんだって」

 迂闊に聞いたリュカは自分の中に生ぬるい後悔が湧き上がるのを感じた。ぼんやりとしていたピートの過去に、凄惨な色がついていく。

「ウチは子供は絶対にウリはしないってルールだから、僕もこの子らも楽器は必要ないって教わってないよ」

 ――そのルールはいつ誰が作ったの? そんな愚問はしない。リュカは止まってしまいそうになるマッサージの手を、必死に動かした。

 鼻の奥がツンと痛くなる。泣いてはいけない。同情も哀れみも、絶対にしない。

 リュカはピートが生きてきた軌跡をすべて尊敬する。決して折れなかった心を誰よりも愛する。

 リュカが涙をこらえギュッと唇を噛みしめたときだった。

「帰ったぞー」という声が玄関のほうから聞こえ、イカロスと年下のふたりがパッと立ち上がる。

「おかえりなさーい」

 年少組がパタパタと出迎えると、ピートとロイとナウスは「おーただいま。いい子にしてたか?」と頭を撫でる。今日は夜明け前の早朝から仕事に行ってたので、帰りが早かったようだ。

 リュカも「おかえりなさい! おつかれさま」と出迎えると、ピートが嬉しそうに目を細めた。

「ただいま。いい子にしてたか、ちっちぇえお兄ちゃん」

 頭を撫でつむじにキスを落としたピートに、リュカは少しだけ泣きそうな顔で微笑む。

「今ね、イカロスにマッサージの訓練受けてたとこなんだ。来て!成果を見せてあげる!」

 そう言ってリュカはピートの手を引いて部屋へ戻る。「おチビ~俺たちも疲れてるから揉んでくれよ~」とロイとナウスもあとをついてきて、さらに年少組も「ロイは僕が揉んであげるよ」とキャッキャとついてくる。

 和やかな雰囲気に笑うピートの手をキュッと握りしめて、リュカは彼を見上げて告げた。

「俺をそばにいさせてくれてありがとうね。俺、ピートが、ハイエナのみんなが、すごく好きだよ」

 突然礼を言われたピートは少し驚いた顔をしていたがすぐに表情を和らげると、「俺も、あんたに会えてよかったと思ってるよ」と握ったリュカの手にキスをした。



 猥雑な町の片隅で、リュカは人が生きることの尊さを知る。それはきっと、いつの日にか王の玉座へ戻ったリュカの糧になるに違いなかった。
 
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