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第二十六話~国籍の違う仲良し二人組~

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 鳥ガラを使ったチキンブイヨン。あれのあまりで作ったラーメンはおいしかった。
 鳥ガラと膝軟骨、あと追加で入れた鶏もも肉から出たうまみ成分と、玉ねぎなどの野菜のうまみが合わさった、基本をまねて作ったブイヨンスープ。

 本当はコンソメスープやポトフ、ミネストローネを作る目的で作っていたブイヨンを適当に使って作ったラーメンのスープがおいしかったんだ。
 じゃあ、ラーメンのスープをちゃんと作ったらどうなるだろうか。
 かなりおいしいものが出来るのではないだろうか。

 そう思った俺は、まず簡単に作れるラーメンの基本スープを作ることにした。
 まず、鳥と豚のひき肉を鍋に入れる。水を加えながらひき肉をほぐしていき、ペースト状にする。青い部分のネギとショウガを加え、強火にかけた。
 ひき肉が鍋の底にたまらないようにゆっくりとかき混ぜながら沸騰するのを待つ。
 ぐつぐつしてきたところで火を弱火にした。

 今回は鳥と豚の肉を使った清湯チンタンを作ってみることにした。
 清湯スープとは濁りのない澄んだスープのこと。弱火でじっくりコトコトと煮てうまみ成分を摘出するのがポイントだ。
 逆に鳥ガラなどを使って、そこそこの火力でぐつぐつ煮て作る白く濁ったスープのことを白湯パイタンと呼ぶ。

 今度、手羽先を使って鳥白湯を作り、それでラーメンのスープを作るのもいいなと妄想しながら、清湯を作っていると、サクレがやってきた。

「ダーリン、何作ってるの。おいしいもの?」

「ああ、ラーメンを作っている」

「ちゃんとした奴? カップじゃないよね」

「カップじゃないよ」

「前回も作っていなかったっけ? どうしたの、ハマったの?」

「ハマったっちゃハマったかな。前回はチキンブイヨンのあまりで作っただろう。あれ、ラーメンに使うことを目的として作っていなかったから、今度はラーメン用にしっかりとスープを作ってみようと思って」

 そう返事をしながら、別の鍋を用意して、そこに醤油、みりん、出汁用の乾燥昆布、鰹節、ついでにチャーシューも作ろうと豚バラ肉を入れて弱火で煮始めた。
 強火にすると醤油が焦げるからな。弱火でコトコト、これが最強。

「前回のも結構おいしかったと思うけど」

「あれは鳥ガラでしっかりと出汁を取ったしな。ちょっと濁っていたから白湯と呼べなくもないが」

「塩ラーメンが最高だった」

「俺もそれ思った。前回は醤油より塩だったな。でも今回は、おいしい醤油ラーメンを作ろうと思うっ!」

「わーい、醤油ラーメンだっ!」

 サクレが机といすを召喚し、ニコニコしながら席に座る。
 じっとこちらを見つめてくるが、そんなすぐには出来ないぞ。

 サクレを見て、しょうがねーなと思いながら、俺はラーメンつくりに集中する。
 そんな時だった。
 突然サクレの近くが輝きだしたかと思えば、二人の女性が現れたのだ。

「っち、大丈夫か、カオル

「う、うん、私は大丈夫よ。それよりも雪梅シュエメイの方こそ大丈夫」

「薫はよく知ってるだろう。私は丈夫にできているんだって」

「そういっていつも無茶する雪梅が心配なのよ」

「私のことを心配してくれるの。薫はかわいいな」

「もう、馬鹿……」

 現れたかと思ったら突然イチャイチャし始めた。突然のことでサクレも呆然となり行きを見守っている。
 名前から察するに、片方は中国人で片方が日本人だろうか。
 国籍が違うがとても仲良さげだ。というか一線を越えているようにすら思える。
 最近は同姓での結婚もあるらしいが、同性で国籍すら超えるのかと思った。
 愛は凄い。

「あの、お二人とも、二人の世界に入ってしまってるところ申し訳ないんだけど……」

 サクレが本当に申し訳なさそうに二人の間に割り込んだ。

「誰っ! 敵ッ」

 雪梅と呼ばれていた少女がいきなりサクレに襲い掛かった。
 体をひねり繰り出された回し蹴りがサクレの頬を掠る。

「いたっ」

「待って雪梅っ!」

「薫が言うなら待つ。だが敵なら始末する」

「そうやってすぐに手を出すのは雪梅の悪い癖よ。あなた、大丈夫」

「私、神様なのに、女神様なのに、いきなり蹴りを入れてくるなんて……」

 回し蹴りが痛かったのか、サクレが泣き出した。こういう場合、一応旦那である俺がサクレの様子を見に行かなければならないのだろうが、俺の中ではサクレよりラーメンのスープのほうが優先順位高いので成り行きを見守ることにした。

 薫と雪梅がサクレを落ち着かせる。泣き止んだサクレは、目をごしごしと擦り、真っすぐ二人を見つめた。

「私はサクレ、転生神です。あなた方を転生させる神様です」

「おう、私は雪梅。中国マフィアの娘でこいつの彼女。薫も自己紹介しておけ」

「相手が神様なのになんでそんなに堂々としているのよ。私は薫。中国に支社があるとある日本企業の元技術社員で、雪梅のその、えっと、か、彼女よっ」

 中国人の女性は凄く堂々としていた。ちょっとだけかっこいいと思う。何だろう、女性にもてそうな女性って感じだ。
 違って日本人の女性は、ちょっとおどおどしていた。相手が神様ということで、臆しているのだろうか。
 そいつ、ただの駄女神だからそこまで気にする必要ないんだけどな。

「あなたたち、一体どういう経緯で知り合ったのかしら。雪梅がマフィアの娘って言ってたけど、薫がそんな組織に関わり合うように見えないのよね」

「はは、サクレ、聞くか、聞いてくれるかっ!」

「ちょっと雪梅っ! もう」

 薫はちょっと頬を膨らませながらも、本気で嫌がっていないようだ。雪梅はサクレの型をがっちりと掴み、にこやかに笑った。
 すごく語りたそうにしているが、あまりの迫力にサクレが引きつった笑みを浮かべている。

「あれは、聞くも涙、語るも涙の話なのよ……」

 そして雪梅が語りだす。
 彼女はとある中国マフィアのボスの娘だそうだ。だけど、荒い気性と強い正義感のせいか、組織内部で疎まれた存在だったそうだ。
 そんな彼女は自分の親の組織にはめられて、無実の罪で捕まったそうだ。

「ほんとあの時は最悪だったわ。中国なんて大っ嫌いっ」

「もう、そんな思ってもいないことを言わないの。雪梅が嫌いなのは、あなたを嵌めた組織と、買収された一部の警察の人たちのことでしょう。あと買収された弁護士」

「ち、違う、本当に大っ嫌いなんだから」

「本当に大っ嫌いなら、楽しそうに自国の観光名所やおいしい料理について語ってくれないわ」

「うう、ああそうよ。自分が生まれた国ですもの、愛国心はあるわ。でもあいつらは嫌いだし絶対に許さないっ」

 さりげなく甘い雰囲気を出すのはやめてほしい。
 再び雪梅が語りだした。なぜか薫のことについて。
 俺は話を聞きながら、麺を茹で始める。

 薫という女性は、とある日本の大企業の技術社員で、中国に転勤してきたそうだ。
 そんな彼女の上司が大失態を犯し、その責任をすべて薫に押し付けた。
 大事件で大けがをした人も多く、しかも彼女が行為的にやったと報道されたせいで、無実なのにつかまってしまったそうだ。
 そんな薫と雪梅は刑務所で一緒の部屋になり意気投合。イチャイチャする関係にまで発展したそうだ。
 えっと、なんていうか、壮大な人生を歩んでいるなと思った。俺なんてただの就職浪人で少女の尻で死んでしまった男だぞ……。なんか泣ける。

「日本も最低な国よ。薫にこんな仕打ちをするなんて」

「もう、雪梅は大きく括り過ぎよ。私を嵌めたのはあの男であって、日本は悪くないわ」

「でも、あんな男がいる国だぞっ」

「そうやって大雑把に考えるのは雪梅の悪い癖よ。中国にだって日本にだって、どこだって一緒。いい人もいれば悪い人もいる。すべてはその人の心次第。私は日本人だけど、悪い人間に見える?」

「そ、そんなわけない。薫はいい人だ。私が嵌められて挫けそうになった時、薫が励ましてくれたから、私は頑張れた」

「私だって雪梅がいい人だって知っている。裏切られて捨てられた私のことをちゃんと見て、知ってくれた貴方だからこそ、私は好きになったのよ」

 互いに見つめ合い、頬を赤く染めた。
 気が付いたら俺たちが空気になっていた。サクレも、目の前でイチャイチャされちゃあたまったもんじゃないよな。そうだよな。だから「羨ましいな」なんて呟かないでほしい。
 俺はお前とあそこまで堂々とイチャイチャする気はないぞ。せいぜい飯を作るぐらいだ。
 とりあえず、ラーメンが出来たし、机に並べるか。
 俺は出来た四つのラーメンをお盆に乗せて、サクレがいるテーブルに向かった。

「ラーメンが出来たぞ。ほれ、お前らも食べたらどうだ」

 俺は薫と雪梅にもラーメンを渡した。
 二人は俺の登場に呆然として、声をそろえて言った。

「「だれ?」」

 俺が一番空気だった件。


 ラーメンを食べながら、サクレを中心に次の転生先について話し合う。
 二人は女性同士で愛し合っているようだったけど、どちらかの性別を変えるのは拒否した。ありのままの姿で愛し合いたいそうだ。
 そこでサクレが提案したのが、あの世界だった。

「同性でも子供が作れる世界があるんだけど、行く?」

「「そんな世界があるのっ!」」

「う、うん、あるけど……」

 二人の迫力にビビったサクレは、おどおどしながらラーメンを啜る。

「そりゃ興味があるに決まってるじゃない。な、薫」

「うん、同性の雪梅を好きになった時に諦めたけど、やっぱり二人の愛の結晶は欲しいわ」

「そうだよな。薫似だったら可愛くなりそうだ」

「雪梅似だったらかっこよくなりそうだわ」

 二人して見つめ合い、「「うふふ」」と笑った。気が付いたらイチャイチャしている。もうお腹いっぱいです。砂糖はいらない……。

 ラーメンを食べ終わった後、サクレは二人を転生させた。
 互いに手を握り合い、うれしそうにする二人を死んだ魚のような目で見つめていた。
 だけど、サクレは手を握っている二人を、羨ましそうに見ていたように、俺は見えた。

 二人が消えた後、俺はそっとサクレの手を握る。

「だ、ダーリン? どうしたの」

「なんか羨ましそうにしていたからな」

「べ、別に羨ましそうになんて……」

「じゃあやめるか?」

 そう言って手を放そうとしたが、サクレにぎゅっと握られてしまった。

「やめない。もう少しこのままでいたい」

「お、おう」

 サクレは自然な笑みを浮かべながら俺に視線を向けた。
 きっとあの二人の女性のラブラブイチャイチャに充てられたせいだ。
 サクレの不意に見せた自然の笑みに、ドキッとして、不覚にもかわいいと思ってしまった。
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