暁を願う

わかりなほ

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走り梅雨

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目を覚ます。相変わらずあまり眠れなかった。重い身体を動かし、洗面所の鏡に映った自分を見つめる。
「はは…。ひどい顔」
紫色の瞳は曇り、目の下にはずっと前からとれそうにないクマ。軽くクマを隠すような化粧をし、長い黒髪に触れた。昔から自慢の髪だけは未だに艶やかなままだ。

ぐしゃりと髪に触れる「あの人」の不器用な手つきを。私の髪を結ぶ「彼」のぎこちない指先を、思い出してしまいそうになる。

それを振り切ろうとしてやや雑に長髪をまとめ紫のリボンで結わえた。
「今日の依頼は…」
あやかしが溢れるこの町で、私は妖怪退治屋を営んでいる。お気に入りの紅色の花が描かれた着物に黒い馬乗り袴を履く。弓矢を背負い、私は外へ歩き出した。
さあ、今日も仕事だ。

「おう!嬢ちゃん!」
威勢の良い声に振り向くと、隣の建物から白衣姿の男性が姿を現した。この町の唯一の医者である剛田 源二ごうだ げんじさんだ。今年で65歳になる。
「おはようございます。源さん」
「今日も依頼かい?…やっぱり顔色が悪いなぁ。ちゃんと眠れてるか?」
「もちろんですよ。昨日はちょっと夜更かししちゃいましたけど」
嘘をついた。ここ最近はほとんど眠れていない。
「なんだい。朝から騒がしいね」
「あっ!文さん。おはようございます」
不意に低めの女性の声がした。源さんと同じ建物から、着物姿の女性が現われる。彼女は、剛田 文乃ごうだ ふみのという。源さんの2歳下の奥さんだ。
「あんたは何してんだい。源二」
「いや、さっき嬢ちゃんと会ってさぁ。顔色悪いから寝てるのかって聞いてたんだよ」
「なるほどねぇ。確かにそんな感じだね。あんた大丈夫かい?」
「あ…大丈夫ですよ」
「これから依頼だろ?これ以上は引き留めないけど無理するんじゃないよ」
「はい。ありがとうございます。文さん」
そして私は依頼主の元へ向かった。

 「これで、終わり」
バシュッと音を立てて放った矢が、鋭い嘴を持つ巨大な鳥の心臓を射貫いた。
妖が断末魔の悲鳴を上げる。身体が砂と化していく中で、妖は忌々しげに口を開いた。
『…お、のれ。おのれっ、小娘。憑鬼ひょうき様の手にかかればお前などっ…』
「憑鬼?」
『…教える義理は…無い!…憎らしい小娘。せいぜい寝られぬ一夜を過ごせ…!』
そう言い残すと妖は砂となり果てた。何て嫌な捨て台詞なのだ。ざわざわと心臓が疼く。
「雪さん…?ご無事ですか!」
建物から声が聞こえる。ハッと我に返る
「もう、大丈夫ですよ」
すると、家の中から依頼主である老夫婦が顔を出した。
「ああ。ありがとうございます。雪さん。これで私らも不眠から解放されます」
「良いんですよ。お役に立てたなら何よりです。それでは私はこれで失礼します」
不意に彼らが声をかけてきた。
「雪さん。お2人はまだ戻られませんか?」
ひゅっと息を呑む。「ソレ」を言われるとは思わなかった。
「雪さんたちには随分お世話になりました。私らは、お2人が戻ってくると信じております。だから、どうか。どうか雪さんにも諦めないでいて欲しい」
まっすぐ見つめられる。私はそっと頷いた。
「ありがとうございます。私も信じてます」
すると彼らも優しく笑った。
 帰り道。首元で揺れる、私の瞳と同じ紫色の飾りがついたペンダントに目が行った。ドクドクと心臓が激しく脈打つ。
『お前はいつも危なっかしいな』
『雪!俺から離れんなよ』
脳裏にそんな声が蘇って一歩も歩けなくなる。
「なんで…思い出しちゃったの」
ポタリ。ポタリ。地面に水玉が生まれる。いつの間にか、雨がしとしとと降り出していた。
「あっ…ううっ…うわぁぁあっ…!」
堰を切ったように涙が溢れ出し、雨と混ざる。視界の端で揺れる青く滲んだ紫陽花がそんな自分と重なった。
「あ…れ?」
ぐらりと目の前が暗くなり、思わずその場に座り込む。辺りは蒸し暑いはずなのに身体の芯がゾクゾクする。

不意に懐かしい赤色が視界に入った。誰かの声が聞こえる。私の意識はそこでブラックアウトした。

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