ファクティス・ライフ

音無 ゆの

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第1章 新羅 皓月

第7話

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「遅刻だぞ」
 
「ごめん」
 
出海町いずみまちの隣にある桜浜町さくらのはまちょう
ここには出海町と同じくらいに多くの人が訪れ、最新のトレンドのものがひしめき合っている。
駅前につい最近パンケーキ屋ができた。
西高スイーツ同盟(仮)を結んでいると昱到と日曜日の今日スイーツ巡りをすることにした。
僕と昱到はテスト前にスイーツ巡りをして気合いを注入するようにしている。
それによってテストの結果に良い影響が出たことはないが。
昱到の彼女である夏海はクラスメイトの歩風と2人で欲しいコスメを探しに行くようでその後予定が合えば合流する流れ。
 
隣町とはいえ歩いても20分以上かかる。
自転車で行くことも考えたが、最近町長が変わり、ゴミのポイ捨てや喫煙、飲酒に対して急激に規制がかかるようになった。
そのため、路上駐輪に対しての罰則も厳しくなり、監視用ロボが巡回している。
メインの交通手段が自転車である僕にとって久しぶりに乗る電車は戸惑いの連続だった。
ICカードのチャージ方法がわからず手こずり逆方向に乗ってしまい、それに気づいたときにはすでに待ち合わせの時間を過ぎてしまった。
ドリンクを1杯おごる|ことで許してもらえることになり目的の場所に向かう。
11時のオープンにも関わらず、開店10分前には長蛇の列ができていた。
1時間ほど待ってようやく店内に入れた。
ホテルの一室のようなリッチな空間に漂う甘いメープルシロップの香りが空腹の身体に拍車をかける。
隣の席に置かれた色とりどりの三階層を見ているだけでよだれが落ちそうになった。
周囲のオシャレ女子たちが奏でるシャッターという名の奏音カノンが至福の旅にいざなう。
お目当てのものが卓上に並べられると、周囲の女子たちを圧倒するかの勢いで目を煌めかせている。
 
「昱到、これはずるいと思わないか?」
 
「こんなに美味そうなのは見たことがない」
 
高校生にとっての2000円は安くない。
しかしこれは払う価値がある。
三階層の丸い甘味は夜まで何も食べなくて良いくらいにボリュームがある。
上からシロップをかけると、大地という名の皿に向かってゆっくりとしたたり落ちていく。
ナイフとフォークでカットし口に頬張ると、感動のあまり思わず目を閉じた。
風に乗って大海原の上を飛ぶ鳥たちのように優雅で清らかな気持ちになった。
これが幸福感か。
あっという間に平らげ店を後にした。
女子2人と合流するため移動している時間、昱到に質問する。
 
「なぁ、昱到」
 
「ん?」
 
「夏海とうまくいってるコツってなんだ?」
 
間髪かんぱつ入れずにレスしてきた。
「干渉しない。嘘をつかない。過度な期待はしない。相手の意見を尊重し、とにかく話し合う」
 
予想していなかった回答に驚いた。
学生のときは見た目やフィーリングで付き合うことが多いため、付き合ってからマイナス要素が目立ってきて長続きしないカップルが多い。
学校の屋上でイチャイチャしていたカップルも数週間したら違う相手といるなんてこともよくある。
でも2人はきっとお互いの大切にしていることが一緒なのだろう。
昱到の意見は心強くハードルの高い恋も叶えられるのではないかと淡い想いにせる。
 
「頭ではわかっていてもその通りいかないこともあるけどな」

強面の昱到は勘違いされやすい。
授業中いつもふざけているし、髪の色も明るくてやんちゃしている連中とも仲が良いから、問題が起きると真っ先に疑われる。
でも実際は友達想いの優しいやつで夏海の前では子犬のような存在だ。
夏海はそういうギャップがかわいいと言っていた。
 
しばらく歩いて2人とファストフード店で合流した。
卓上に置かれたハンバーガーのセットを見て驚いた様子の夏海。
 
「ねぇ昱到、さっきパンケーキ食べてなかった?」
 
どうして知っているのか疑問に思ったがすぐに解決した。
昱到の前にパンケーキが置かれたとき、写真を夏海に送っていたのだ。
 
「炭水化物は別腹なんでね」
 
「ん~ちょっと聞いたことないけど」
 
「食べきれなくなったら私が食べてあげる」
 
冗談なのだろうが歩風なら本当に全部食べそうだ。
僕らが食べている間、2人はMellowDearz.の話をしていた。
センターの藍沢 凛陽が有名企業とコラボした新作のコスメが爆発的にヒットし、若い世代で争奪戦が起きていて2人も買い求めたが結局どこも入荷待ちの状態で手に入らなかったらしい。
転売目的で大量に買い占める人やそっくりに作られた偽コスメも出回っているようで、それだけ彼女が与える影響力は大きい。
彼女の『リヒメイク』というおしゃれメイクをみんなが真似するほど話題になっているが、正直男子の僕にはさっぱりわからない。
 
一方の椎名もこの前撮影した雑誌の表紙を飾り、付録のミニバッグがかわいいと話題になり、メーカーに問い合わせが殺到しているらしい。
表紙を飾っただけでこんなにも影響がある人と知り合いだなんて自慢したいが、それを言えばそれこそ彼女の仕事に影響が出そうだからやめておこう。
もちろん2人はそれを求めたがどこも売り切れていた。
 
椎名の話題になっているとき、この前のことを思い出して頬が緩んでいた。
もしあのまま2人きりでいたらどうなっていたのだろう。
 
「新羅くん、どうしたのニヤニヤして?」
 
「ちょっとキモいよ」
 
「どうせそこにいる他校のJK見て興奮してたんだろ?」
 
こぞってひどいやつらだ。
僕のことをなんだと思っている。
すぐ近くに座る他校の女子生徒たちはみなセーラー服を着ながらだべっている。
西高はブレザーだからきっと隣町の女子校だろう。
 
「ちょっと、目の前に私がいるのにそこのJKのこと見てたんだ」
 
矛先は突然、彼氏の昱到に向けられた。
僕をいじろうとして墓穴を掘ったな。
 
「えっ?いや、たまたま目に入ってな」
 
「ふーん、その割にははなの下めっちゃ伸びてるけど」
 
「の、伸びてねーし」
 
「あの子かわいいね。おっぱい大きいし」
 
「宇佐美まで乗っからないでくれ」

女子2人にいじられてバツが悪そうな昱到。
 
「尾美くん良い表情だね。記念に1枚撮っておこうかな」
 
「たのむからやめてくれ」
 
**
 
もうすぐ中間テストがはじまる。
 
「禮央、助けてくれ」
 
「どこがわかんないんだ?」
 
これだけの文面でもう意図を理解している禮央の察しの良さに感動した。
 
「全部」
 
「だろうと思った。放課後図書館集合でいいか?」
 
「ありがとう」
 
禮央とのやりとりはいつもこんな感じだ。
まるで意思疎通ができているかのように会話が弾む。もちろん口数は少ないが互いの求めているものがわかる。
こんな人がパートナーだったらきっと落ち着くだろうと思いながらもこのときばかりは男で生まれてきたことを後悔している。
中間テストで赤点を取ればハロウィンの日に補講を受けなければいけない。
テスト範囲をみっちり教えてもらいテストにのぞんだ。

―「どうだった?」
 
禮央からの問いに、口角を上げて答案用紙を見せた。
 
「赤点回避できたじゃん。良かったな」
 
「いつもありがとう」とお礼を言ったら優しく微笑みかけてきた禮央。
僕はこの笑顔が見たくて話しかけているかもしれない。
 
「ニラコ、残念だったな」
 
背後から悪魔のような高笑いをしながらやって来た昱到。
まだ結果も見てないのに勝った前提でくるなよ。
 
「昱到、残念だったな。今回は僕の勝ちだ」
 
30点台の答案用紙を自身満々に見せた。
国語に関しては26点だったけれど、なんとか赤点は免れた。
 
「めっちゃギリギリじゃねぇか」
 
「そういう昱到はどうなんだよ?」
 
自信満々に見せてきた答案用紙を見る。
35点台だと⁉︎
 
「くそ、負けた!」
 
その場でうずくまる僕を見て、夏海は深いため息をついて、
「あんたら恥ずかしくないわけ?」
この仕様もないやりとりを横目で見ていた禮央は少し笑っていた。

**

ある日、下駄箱で上履きに履き替えていると背中に軽くタックルされた。
振り向くとそこには歩風がいた。
ニコニコというよりニヤニヤしながら肘でツンツンしてくる。
何かをたくらんでいるようなそんな表情で。
 
「新羅くん、いつからそんな関係になったの?」
 
「なんのことだよ?」
 
とぼけても無駄だからね。この宇佐美 歩風の目はごまかせないよ」
 
腰に手を当てて自慢気にそう言う歩風だがマジでピンとこなかった。
 
「ハロウィン、デートするんでしょ?」
 
はい?どこの情報だ?
カースト最下層の僕に夢のような展開があると思っているのか?
 
「訊いたよー。デートするって」
 
 
この前の放課後、突如隣のクラスの金髪美人に校舎裏に呼び出された。
 
「あなた、凪くん、いや、纐纈くんの親友の、たしか……」
 
「新羅 皓月」
 
呼び出しておいて名前を覚えていないなんて失礼な人だ。
 
「そうそう、新羅くん。珍しい名前だから覚えられなくて」
 
珍しいのでなく興味がないだけだろう。
纐纈 凪だって充分珍しい名前だ。
 
「私はA組の中原 エレン。歩風とは小さいころからの幼馴染」
 
日本とオランダのハーフでダンス部に所属している凪と同じクラスの子。
背も高くスレンダーで頭も良い。
部活のときは長い髪をハーフアップにしていてその姿が美しいと噂になっている。
以前、歩風のカメラを見せてもらったとき、フィルムには彼女の写真が大量にあったが、横顔や真剣にダンスを踊っている姿など美しいものばかりだった。
そんな子が僕に一体何の用だろう。
 
「凪くん、いや、纐纈くんのこと気になってるんだけど、いろいろ協力してほしいなって思って」
 
協力って言われても内容による。
 
「中原さんって凪と同じクラスだよね?」
 
「そうなんだけど、いつも仲の良い男子と一緒にいるから全然近づけなくて」
 
「その仲の良いクラスメイトに協力してもらったほうが早いんじゃ?」
 
「私、やかましくてチャラい人嫌いなの」
 
そう言われて真っ先に昱到の顔が浮かんでしまった。
全然チャラくないし、この子とは全く関係ないのになんだかごめん。
 
「それに、あのグループには昔私に告ってきた人もいて少し気まずいし、生理的に無理な人もいるし」
 
なんとわがままな。
気になっているなら手段を選んでいる場合ではないのでは?
 
「凪く、いや、纐纈くんってライバルも多いし、好きな人とか彼女がいるのかいろいろ教えてほしくて」
 
この子は外堀を埋めてから攻めるタイプか。
普通の美人ならそんなことしなくてもいいのだが相手は凪だ。
以前僕のバイト先に食べにきてくれたときも職場の先輩たちや周囲に座っていた女子大生たちが凪を見て目を輝かせていた。
どこかのアイドルグループにいそうな爽やかな顔なのに他人に興味を示さないあたりがまた魅力的なのだろう。
それでもいまの凪には野球しかない。
いつかメジャーで活躍できるキャッチャーになるために自分を追い込んでいる。
 
中原さんから質問攻めを受けた。
休みの日は何をしていて趣味は何なのか?
どんな人がタイプで好きな食べ物はなにか?
彼女はいるのか?好きな人はいるのか?
 
すべて答えられるが、残念ながらこの子の求める回答にはならないだろうから当たりさわりのない回答をした。
 
「ちなみにハロウィンはすでに予定あるのかな?」
 
ハロウィンって、まだ9月だぞ?早くないか?
 
「やっぱりもう予定入ってるよね?」
 
マネージャーじゃないからスケジュールはわからないが、きっと凪のことだからハロウィンのことを伝えても「それいつだっけ?」とか「そんなイベントあったな」くらいで終わりそう。
それにその時期は秋季大会に向けて練習しているだろう。
 
「聞くだけ聞いてみる」
 
「さすが凪く、いや、纐纈くんの親友ね」
 
この子わざと言ってないか?
影では下の名前で呼んでいるのに、本人にバレたら恥ずかしいから苗字で呼び直しているようにしか思えない。
きっとこの子の頭の中ではすでに彼女気取りなのだろう。
 
ん?ちょっと待てよ。
 
「歩風、その場にいたよな?」
 
「そんな話してたっけ?」
 
していた。むしろその話しかしていない。
その日、写真部の活動のため途中から合流していたが、話の概要は把握できる時間帯だったはずだ。
 
「エレンが新羅くんにハロウィン予定あるか訊いてなかった?」
 
どう変換したらそうなる。
 
「あれは凪に訊いてたんだ」
 
「ニラが歯に挟まっててよく覚えてないや」
 
へへっと笑いながらそういう彼女。
合流前、売店で買ったニラとたまごのトーストを頬張っていて、そのニラが歯と歯の間に挟まってそれが気になっていたそうだ。
だからずっと口元がモゾモゾしていたのか。
 
「じゃあデートはなし?」
 
あるわけがない。
中原さんちょっと苦手なタイプだし。
 
「なんだ、つまんないのー」
 
そう言って教室に向かっていった。
 
この時間は一体何だったんだ。
 
教室に向かうと昱到がいつになく上機嫌でいる。
この前のテストで赤点を免れたことで無事ハロウィンデートができるから夏海とどこに行くか話し合っている。
これが終われば部活も本腰が入るため束の間の一日デートらしい。
僕はどうしようか。
椎名を誘ってみようかと思ったがその日は生放送で仕事があるって言っていたことを思い出した。
ハロウィン当日はたくさんの人が来るからバイトに入ってほしいとまつりさんから連絡がきていた。
バイトでもしよう。
 
教室に入り席に座ろうとするとあることに気づいた。
誰よりも早く通学している禮央がいない。
いままで休んでいるところも遅刻しているところも見たことがない。
しばらくして授業開始のチャイムが鳴ると同時に教室にやってきた。
 
「珍しいじゃん」
 
「ちょっとな」
 
様子がおかしい。
どこかそわそわしているというか表情が硬かった。
何かあったのだろうか。
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