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受け継がれし料理道

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とある酒場で、ロビンたちは、任務終了後の祝杯をあげていた。
「こりゃあ俺たちもB級冒険者になる日も近いな。」
斧闘士が言った。
「まあ、油断は禁物だがな。」
ロビンが言う。
冒険者は、中級冒険者と呼ばれるようになると級が付きだす。ロビンたちはC級冒険者だ。
中級に満たない冒険者たちには、級は付いておらず、冒険者全体の数を見ても級なし冒険者の数が圧倒的に多かった。
「あの嬢ちゃん、今頃、何してるだろうな?」
「師匠の所へ帰ってるんじゃないか?」
「本当に弟子だったの?」
未だに信じられないという風に、女僧侶が言った。
「ブラッディフッド直々に頼まれたんだ、本当だよ。」
「じゃあ、あの力は?」
魔術師が聞いた。
「どうかな。」
それに関してはロビンは首を傾げた。
「ふっ、力を増幅させる能力だろ?ありえねえよ、そんなの。」
斧闘士が大きい声で言った。酒もそこそこ回っている状態だ。
「しかし、かつて伝説の歌姫は、そのような能力を持っていたと言われるがね。」
魔術師が言う。
「じゃあ、そんな力を嬢ちゃんから感じたか?」
「いや、感じられなかったけどね。しかしブラッディフッドの弟子なら・・・。」
「何か面白い話をしておられますね。」
ロビンたちのテーブルに男が話しかけてきた。
「あなたは、魔術師協会の?」
魔術師が言った。
「一杯奢らせてください。面白い話を聞かせて貰えばと。」
「構わねえよ。いいだろロビン。」
斧闘士が言った。
「ああ。」
ロビンが答えた。
「歌姫アムールの力を持つものが?」
全員の酒を新たに頼んだ後に、魔術師協会の男が聞いた。
「いえ、本人が言ってただけで。」
魔術師が答えた。
「でもよ?あのブラッディフッドの弟子なんだぜ。」
酔っぱらった斧闘士が言った。
「なんと、ブラッディフッドに弟子が?それこそ疑わしいのでは?」
「いえ、ブラッディフッド本人から頼まれましたので。」
ロビンが答えた。
「ブラッディフッドとお知り合いで?」
「ええ、まあ。」
「さすが、現在C級で最も名が売れているロビンさんですなあ。御見それしました。」
「そんな大層な知り合いではないのです。昔、ブラッディフッドには助けて貰ったことがあるので、その縁で。」
「ふむ、しかしブラッディフッドに会える人間は、ごく限られた者だけと聞いたことがあります。それこそ、物語になるような人物とか。」
「私たちもいずれ物語になるのかしら?」
女僧侶が嬉しそうに言った。
「気が早いだろ?俺たちは、まだC級なんだから。」
ロビンが言う。
「いえ、ロビンさんのパーティーなら、いずれそうなりますよ。」
魔術師協会の男は、ロビンに対して、終始持ち上げる言動を繰り返した。
露骨な太鼓持ちは気分を害することがあるが、魔術師だけあって口は旨く、ロビンは悪い気はしなかった。
酒も進んだ事もあり、ロビンたちが知っているアナスタシアの事は、全て喋ってしまった。
まあロビンたちにとっては、アナスタシアの事で隠すような事は一切ないから、口も軽かった。


アナスタシアが手伝っていたお店の主人が復帰し、ようやく手伝いから解放されると思っていたが。
「アナスタシアさんが居なくなったら、大打撃だよ。この町にいる間は、何とか手伝ってくれないかね?」
女将さんから懇願され、結局、そのままなし崩し的に手伝うことになった。
店内だけでは、手狭なため、屋外にもテーブルや椅子を置いた。
その結果。
「なんだってんだ、ちくしょー。」
いつもの4人で酒場へ夕食を食べに行くと、酒場の親父がヤケ酒をしていた。
「店主が店の酒飲んでどうすんのよ?」
「うっせえ、アナスタシア。お前のせいでな・・・ううう・・・。」
「酒場なんだから、夜頑張りなさいよ。」
「ほっといてくれ。」
酔っ払いが作る料理で、どうなることかと心配していたが、いつもの安定した味で4人は、ホッとした。
「何だが、おじさん可哀想じゃない?」
レダが言った。
「私はずっとこの町に居る訳じゃないし、大丈夫でしょ。」
「それはそうだけど。」
「アナさんは、いつまでこの町に?」
レオースが聞いた。
それに聞き耳を立てる酒場の親父。
「魔王が出たとか、何か大物の情報があればねえ。今ってさ細かい事件はあっても、大きな事件はないでしょ?」
「そうだね。平和ってわけじゃないけど。」
イアンが言った。
「そう言えば、冒険者たちも停滞が続いていて、困ってるなんて聞いたことがあるね。」
レオースが言った。
「ここ数年、ランキングも変わってないしね。」
レダが言った。
冒険者にはランキングがあり、トップ10はS級冒険者と呼ばれる。
A級冒険者たちは、トップ10に入るべく精進しているのだが、大きな事件、つまり難易度の高い依頼が無いため、ランキングが変動しないのが現状だった。
「じゃあ、当分はここに居るんだね。」
イアンが言った。
「そうなったら、完全にネズミ駆除業者だわ・・・。」
アナスタシアが嫌そうに言った。
「馬鹿野郎!そうなったら俺の店はおしまいなんだよ!」
切実に、酒場の親父が訴えた。
「何で、夕食はこんなに人少ないの?」
アナスタシアが疑問に思って聞いた。
「夜は皆、自分の家でご飯食べるからじゃない?」
「そうだね、明日が休みとかなら、また違うけど。」
「なるほど、酒場にとっては、平日のランチが命綱だったのね。」
「冒険者や旅人が多い町なら違うんだろうけど。」
「仕方ないわね。私が何か考えてあげるわ。」
アナスタシアが言った。
「いいこと言ってくれた、アナスタシア。お前がランチで手を抜けば万事解決だ!」
「ありえないわっ!この私が手抜きなんてするわけないでしょ。」
「・・・。」
酒場の親父は再びしょんぼりした。
「うちも席を増やしたと言っても、満席で帰っていく人多いもんね。」
「何でそいつらは、うちに来ねえんだよ!」
酒場の親父が魂の叫びを口にした。
「何でかしら?」
レダが首をかしげる。
「やっぱり、昼は味付けを変えたらどうですか?」
レオースが提案した。
「味付け?」
「夜だといいんですが、ランチでニンニクといった匂いが強い物は、商売をしている人たちには敬遠されるんじゃないかと。」
レオースが冷静に分析する。
「馬鹿野郎、酒場の味はガツンとがな・・・。」
「それはそうかもね。」
レダが言った。
「一理あるわ。確かにここの料理をランチで食べるには、抵抗があるわね。」
アナスタシアが言った。
「さ、酒と合わねえだろが・・・。」
「昼から酒を飲む人間は、この町にはいないでしょ?」
「ぐっ・・・。」
「そうねえ。」
ふと思案するアナスタシア。
「おじさん、キラーボアの肉は余ってる。」
「あたりめえだろ・・・お前らしかいないんだから。」
半泣きでボソッと答える酒場の親父。
「厨房借りていい?」
「好きにしな。」
アナスタシアは厨房に入るとキラーボアの肉を調理した。下処理はされており、筋切りも問題なく終わっていた。
フールに憧れているだけはあるわね。アナスタシアはそう思った。
キラーボアには、血抜きをしても独特の臭みがある。それ故に、ニンニクとか、濃い系のガツンとしたもので、調理するのだが。
アナスタシアは、塩、コショウ、そして香草と薬草系のものを使い、さっぱりと仕上げた。
「どうかしら?」
テーブルに料理を置いた。
覗き込むように酒場の親父が見て、言った。
「馬鹿野郎、キラーボアの肉はな、臭みがあるんだよ。」
「食べてから言ってちょうだい。」
渋々口に運ぶ酒場の親父。
あまりの旨さに衝撃が走った。
「おいしい、何これ?」
レダも絶賛した。
「本当にキラーボアの肉?」
イアンが言った。
「がつん系もいいけど、こういうのも挟んでもらいたいよね。」
レオースが冷静に言う。
「香草と・・・、薬草系かっ!それで臭みを消しやがったな。」
酒場の親父が言った。
「厨房にある材料でやれば、こんなもんでしょ。」
「こんな方法・・・聞いたことがないぞ。料理ってのはレシピ通りに作ってこそ、美味しい物だろう?」
「おじさん、フールのこと、憧れてるんでしょ?」
「当たり前だ。」
「フールの言葉にあったでしょうに。料理道とは先人たちが残したレシピを忠実に再現し、更にそこから、試行錯誤を繰り返し、己の味を追求していく終わりのない道であるって。」
フールに料理を教え込まれている間、耳元でずっと煩く言われていたので、覚えてしまったアナスタシア。さっさと忘れたい言葉だが、一向に消える気配は無い。
「な、なんてことだ・・・。俺としたことが・・・。」
愕然として項垂れる酒場の親父。
アナスタシアを真っすぐに見つめる。
「アナスタシア先生・・・。」
ついには、先生と呼んでしまった。
「ランチで儲けたいです・・・。」
そう言って、床に両膝をついて、泣くように項垂れた。
「ねえ、ちょっと欲望に忠実過ぎない?」
レダが小さい声でボソッと言った。
「ふっ、このアナスタシアに任せておきなさい。」
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