上 下
53 / 98
第二部 淡水の王者と虫の王者

洋ナシのタルト ムース添え

しおりを挟む
次の日、時野と千鶴は駅前のフォンデに来ていた。
お姫様抱っこのお詫びという事で。
「私、ここ初めてなんですよね。」
「そうなんだ、大学生とかだと行ってそうだけどね?」
「高級店ですよ、ここは。」
「そういや、常連って主婦やOLさんが多かったなあ。」
そう言いながら、時野は扉を開けて、千鶴をエスコートした。

「いらっしゃいませ。」
ニッコリと笑って、美緒が出迎える。
((か、可愛いっ))
美緒と千鶴はお互いを見て、双方が、そう思った。
「お、おっさん、誘拐してきたんじゃ・・・。」
美緒が、時野の方を向いた。
「ん?知り合いのお孫さんだよ。」
「そ、そうか・・・。」
美緒は二人を席へ案内した。
メニューを渡された、千鶴は、一心不乱にメニューを眺めた。
「これも美味しそうです。これも・・・。」
まるで、全部注文しそうな勢いだった。
「注文決まったら、お呼びください。」
そう言って美緒は去っていたのだが。
「とっきのさ~ん。」
いつもの店員が近寄ってきた。
時野が常連になった頃からの店員だが、名前は名乗っていない。
時野に教えた日には、下の名前で呼ばれるのはわかってるし、
普通は、客に名前なんて教えることはない。
「今度こそ、通報ですよね?」
「ず、随分、嬉しそうだね。」
「さすがに今回は若すぎましたね(は~と)」
「知り合いのお孫さんだよ。」
「はいはい、警察呼びましょうねw」
「呼ばんでいいから・・・。」
「お嬢ちゃんおいくつ?」
店員が千鶴に聞いた。
メニューに夢中で会話は殆ど聞いてなかった。
とりあえず年を聞かれたので。
「二十歳です。」
「へ?」
「何か?」
「い、いや何でも・・・注文決まりましたら、お呼びくださいね。」
店員は、あっさり去って行った。
「もう時野さんビックリさせないでよ。」
周りの常連のおばちゃんたちが、安堵の息を吐いた。
「ど、どうかしました?」
「いやあねえ、ついに時野さんが小学生までって勘違いしちゃった。」
「知り合いのお孫さんを連れてきただけですよ・・・。」
「だって、時野さんだからねえ。」
「ねえ。」
他の常連のおばちゃん達も頷いた。
「時野さんっ!」
メニューに夢中だった千鶴が呼びかけた。
「決まった?」
「決めれません・・・。」
「・・・。じゃあ、日替わりにする?」
「そういうのもあるんですか?」
「俺はいつも日替わりだけどね。」
「じゃあ、それでお願いします。」
日替わりセット2つを頼んだ。

「時野さんは、コーヒーありありで、お連れの方は?」
いつもの店員が聞いた。
「紅茶でお願いします。」
千鶴が答えた。
「レモンティーとミルクティーも出来ますが?」
「ストレートでお願いします。」
「かしこまりました。」

「最初に案内してくれた可愛い子は、時野さんの知り合いですか?」
「ああ、友人の娘さんだよ。」
「高校生?」
「そう、女子高生だよ。」
「犯罪ですね。」
「いやいや・・・。友人の娘だから・・・。」

暫くすると美緒が、日替わりセットを運んできた。
「洋ナシのタルト ムース添えになります。」
「あ、あの。」
千鶴が美緒に声を掛けた。
「はい?」
「この人は、危ない人なんで気を付けた方がいいですよ。」
千鶴は、そう忠告した。
「お嬢ちゃんも気を付けてね。」
と、美緒は、千鶴の頭を撫でてしまった。
「・・・。」
「・・・。」
千鶴どころか、時野も何も言えなかった。
「ん?どうかした?」
美緒が首を傾げた。
「わ、私は、二十歳の女子大生ですっ!」
「えっ・・・。」
「私の方がお姉さんですからっ!」
「え、えっと・・・。」
「ま、まあそう言う事だから美緒ちゃん。」
時野は適当にその場を繕った。

洋ナシのタルト ムース添えは、タルトの上に半分だけムースが乗った
状態になっている。
クリーミーなムースらしく、柔らかいクリームのようにも見える。
「美味しそうです。」
千鶴はスプーンでタルトとムース両方をすくった。
「サッパリしたタルトに、このムースが何とも言えませんっ!」
フォンデの場合、持ち帰り用と店内で食べるケーキは、違うものになっている。
「やっぱり、フォンデは店内で食べるに限るなあ。」
「普通、男の人は居ないんじゃ?」
千鶴は、当たりを見回したが、男の客は居なかった。
「たまにはいるよ、カップルとかカップルとかカップルとか・・・。」
「カップルだけじゃないですかっ!」
「そんなに敷居が高いかね?」
「値段も高級ですし、これだけファンシーな店だと、入りづらいんじゃ?」
「そうかなあ?」
時野は、そういうことは、まったく気にしないタイプだった。
「でもさ、ここのケーキは、値段以上だと俺は思うけど?」
「お土産用を貰ったことはあるんですが、店内のは、別格ですね。」
「でしょ?」

「喜んで頂けましたか?」
店長が時野たちのテーブルにやってきた。
「今日のも、すごく美味しいです。洋子さん。」
「凄く美味しいです。」
「喜んで頂いて光栄です。」
店長はニッコリと微笑んだ。
「時野さん、頼まれてた物入りましたよ。」
そう言って、店長は、紙袋を時野に渡した。
「ありがとうございます。すみませんね。」
「いえ、うちも取引がありますから。それにしても時野さん、毎回毎回
 若い女性ばかり連れて・・・。」
「いやいや洋子さん、千鶴ちゃんは、こう見えて二十歳ですよ?」
「それでも時野さんからすれば、十分若いでしょ?」
「うっ・・・。」
しおりを挟む

処理中です...