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第一章 聖王都追放
聖女継承の儀
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聖王国聖王都エリングラード、エリン大聖堂。
聖女候補エレノアは、新たな救国の聖女となるべく、聖女継承の儀に臨んでいた。
(──聖女神様。アリア様。聖王様。……どうか、この聖女継承の儀が無事終わるよう見守っていて下さい)
エレノアは両手を組み、信仰する女神と、逝去した先代聖女、そして大恩ある王に短い祈りを捧げ、壇上の祭壇に置かれた聖王国の至宝である『極光の書』を前に、凛とした表情を見せた。
『聖女とは、極光の書と契約を果たし、聖なる結界を張り巡らせる事で、聖王国を邪な怪物から生涯護り続ける役目を負う、救国の守護者たる女性の称号である』
聖王国における聖女の定義は以上の通り。
従って聖女の称号を授かる事は終着点ではない。生涯続くであろう救国の日々の始まりだった。
その覚悟は聖女を志す事になった幼少の頃から出来ている。エレノアは意を決し、ゆっくりと極光の書に向けて手を伸ばした。
◇
(……どうして、極光の書が反応しないの)
祭壇に置かれた極光の書が、エレノアの手を翳した手に反応を示す事はなかった。
聖女継承の儀が始まり、エレノアが登壇してから既に三〇分が経過している。
儀式を執り行う聖女神教の聖職者たち、そして普段顔を見せる事のないエレノアの聖女誕生の瞬間を一目見る為に、大聖堂に訪れた大勢の民衆から、にわかに、ざわめきが漏れ出始めていた。
「……継承の儀は、すぐ終わるのではなかったのか。……まさか、エレノア様は」
「いや、そんな……これは、極光の書に何か異変があったのでは?」
「と……とにかく、これは、ゆゆしき事ですぞ」
エレノアは観衆のざわめく様子に若干の気まずさを覚えつつ、一向に反応を示さない極光の書を凝視した。
何かがおかしいと感じ始めている。だが、その渦巻く違和感の正体が掴めない。
「……大聖女アリアは亡くなられたのだぞ! もしエレノアの聖女の継承が失敗したら、我が国の聖結界はどうなるのだ!」
聖女継承の儀の前列に参列していた、守銭奴で知られる大商人ノートンのがなり声が大聖堂に響き渡ると、観衆はさらに、ざわめきを強め始めた。
「そうだ……聖結界が壊れたら……ど、どうなるんだ。混沌の森の怪物が押し寄せてきたら、エリングラードはどうなるんだよ!?」
「馬鹿な事を言うな! 千年続いたこの国が、簡単に滅びる訳ないだろ!」
──聖王国は広大な平野部に位置する実りある大国である。その豊かさは安寧と千年の歴史を齎し、大陸で最も古き伝統のある国となった。
一方、聖王都エリングラードの西方には、混沌の森と呼ばれる薄暗い森林地帯が存在する。そこは『混沌』と呼ばれる不死生物によって汚染された、おぞましき魔物が跋扈する魔境だった。
混沌の森に隣接する聖王国が平和を謳歌できる理由。それは『聖結界』と呼ばれる、混沌の森の境界を完全に覆う退魔障壁の力によるものである。
だが、ノートンの危惧する通り、聖王国に張り巡らされた邪な怪物を退ける聖結界は、あと三日もすれば障壁に穴が空き、一週間もすれば完全に消滅する見込みである。
極光の書と契約を果たした聖女のみが行使できる光魔法、聖域化によって、早急に聖結界の修復を果たさなくてはならない。
(そう……アリア様はもういない。だから、極光の書は契約可能な状態のはず……)
半世紀近くに渡り、聖王国の聖女を務めた大聖女アリアは、三日前、聖女神の迎えを受け、天に召された。
享年六四。晩年は体調を崩しながらも、今際まで聖結界修復の務めを果たし上げた、心から尊敬できる偉大な女性だった。
聖王国は大聖女アリアの後釜を必要としている。聖女候補エレノアは聖女継承の儀で、アリアとの契約が終わった極光の書と新たな契約を結び、聖王国の聖女となる。
──はずだった。
(この極光の書は、間違いなく本物。──どうして私を認めようとしない)
エレノアは焦燥感に苛まれながら必死に思考を巡らせていた。極光の書に拒絶される理由。
自分が聖王国生まれではない、異国の低い身分の出自だからだろうか。一瞬、そんな考えがエレノアの頭によぎったが、即座にそれを否定した。
極光の書には生命が宿っているが、身分によって契約者を拒否するといった前例は無かったはずである。
聖女としての適性のある者が、聖王国内に生まれ出るとは限らない。歴代聖女には、聖王国外出身の平民も、僅かながら名を連ねていたのをエレノアは思い出していた。
そして、何十代にも渡る聖女継承により判明している、極光の書との契約条件を一つ一つ思い出す。
『高い魔力』『光魔法のレベル』『女性である事』『契約者が存在しない事』の四点。いずれの条件も満たしている。
『高い魔力』──エレノアの潜在魔力値は999以上である。
これは国宝の一つである、潜在魔力を測定出来る魔法具、魔力解析の眼の測定限界値だった。彼女には最高魔力という別名がある。
実際はもう少しだけ高く、エレノアの魔力値は四桁に乗ると予測されていた。この値は歴代最高の魔力値945を記録した、先代聖女アリアをも上回る程の素質の持ち主だった。
『光魔法のレベル』──エレノアの光魔法はレベル6認定済である。
人間における事実上の光魔法の最高位を修めていた。光魔法レベル5認定で聖女に認められた前例もあるので、この条件は問題なくクリアしていた。
『女性である事』──エレノアは女性である。
極光の書は、男性と契約を結んだ前例が一度も無い。よって契約者は例外なく聖女と呼ばれていた。理由は不明だが、極光の書に対する研究の機会が皆無な為、それについての解析は全く進んでいない。
『契約者が存在しない』──先代聖女アリアは亡くなった。
よって、極光の書は空位となり、新たな契約が結べる状態である。
この時代の聖王国には、膨大な魔力を持ち、大聖女とまで呼ばれたアリアの後継となりうる女子が何十年も国内に生まれなかった。
アリアが肉体の衰えを見せ始めた頃、聖王国当主である聖王アレクシスは、聖王国外から聖女候補を探し出す為、魔力解析の眼を三名の従者に預け、諸国を巡らせた。
その者らに会い、幼少のエレノアは高い魔力を見い出され、卑しい身分の出自ながら聖女候補として聖王国に迎えられたのである。
聖王国入りしたエレノアは、徹底的に救国の聖女となる為の、厳しい英才教育を施されて育った。
聖女でなければ価値なし。ともすれば虐待的ともいえる価値観を叩き込まれ、光魔法の修練、教典の理解と祈りといった聖女の為の修練を受けた。教養においても貴族や聖職者と遜色のない質の高い教育を施されている。
平民であり聖王国外の生まれである、エレノアを快く思わぬ者も多く存在したが、聖王の庇護を受け、なにより聖王国一の魔力量を持つ将来の聖女候補を、陰口ならともかく、表立って堂々と批判出来る者は殆どいなかった。
──だが、堂々と批判出来る者が、全く存在しなかったわけではない。
「──みんな、遅れてすまない!」
大聖堂のざわめきは、入り口から聞こえて来た高らかな声によって静まった。
集まった全ての者が一斉に視線を送ると、そこには聖王国の第一王子リチャードの姿があった。
聖女候補エレノアは、新たな救国の聖女となるべく、聖女継承の儀に臨んでいた。
(──聖女神様。アリア様。聖王様。……どうか、この聖女継承の儀が無事終わるよう見守っていて下さい)
エレノアは両手を組み、信仰する女神と、逝去した先代聖女、そして大恩ある王に短い祈りを捧げ、壇上の祭壇に置かれた聖王国の至宝である『極光の書』を前に、凛とした表情を見せた。
『聖女とは、極光の書と契約を果たし、聖なる結界を張り巡らせる事で、聖王国を邪な怪物から生涯護り続ける役目を負う、救国の守護者たる女性の称号である』
聖王国における聖女の定義は以上の通り。
従って聖女の称号を授かる事は終着点ではない。生涯続くであろう救国の日々の始まりだった。
その覚悟は聖女を志す事になった幼少の頃から出来ている。エレノアは意を決し、ゆっくりと極光の書に向けて手を伸ばした。
◇
(……どうして、極光の書が反応しないの)
祭壇に置かれた極光の書が、エレノアの手を翳した手に反応を示す事はなかった。
聖女継承の儀が始まり、エレノアが登壇してから既に三〇分が経過している。
儀式を執り行う聖女神教の聖職者たち、そして普段顔を見せる事のないエレノアの聖女誕生の瞬間を一目見る為に、大聖堂に訪れた大勢の民衆から、にわかに、ざわめきが漏れ出始めていた。
「……継承の儀は、すぐ終わるのではなかったのか。……まさか、エレノア様は」
「いや、そんな……これは、極光の書に何か異変があったのでは?」
「と……とにかく、これは、ゆゆしき事ですぞ」
エレノアは観衆のざわめく様子に若干の気まずさを覚えつつ、一向に反応を示さない極光の書を凝視した。
何かがおかしいと感じ始めている。だが、その渦巻く違和感の正体が掴めない。
「……大聖女アリアは亡くなられたのだぞ! もしエレノアの聖女の継承が失敗したら、我が国の聖結界はどうなるのだ!」
聖女継承の儀の前列に参列していた、守銭奴で知られる大商人ノートンのがなり声が大聖堂に響き渡ると、観衆はさらに、ざわめきを強め始めた。
「そうだ……聖結界が壊れたら……ど、どうなるんだ。混沌の森の怪物が押し寄せてきたら、エリングラードはどうなるんだよ!?」
「馬鹿な事を言うな! 千年続いたこの国が、簡単に滅びる訳ないだろ!」
──聖王国は広大な平野部に位置する実りある大国である。その豊かさは安寧と千年の歴史を齎し、大陸で最も古き伝統のある国となった。
一方、聖王都エリングラードの西方には、混沌の森と呼ばれる薄暗い森林地帯が存在する。そこは『混沌』と呼ばれる不死生物によって汚染された、おぞましき魔物が跋扈する魔境だった。
混沌の森に隣接する聖王国が平和を謳歌できる理由。それは『聖結界』と呼ばれる、混沌の森の境界を完全に覆う退魔障壁の力によるものである。
だが、ノートンの危惧する通り、聖王国に張り巡らされた邪な怪物を退ける聖結界は、あと三日もすれば障壁に穴が空き、一週間もすれば完全に消滅する見込みである。
極光の書と契約を果たした聖女のみが行使できる光魔法、聖域化によって、早急に聖結界の修復を果たさなくてはならない。
(そう……アリア様はもういない。だから、極光の書は契約可能な状態のはず……)
半世紀近くに渡り、聖王国の聖女を務めた大聖女アリアは、三日前、聖女神の迎えを受け、天に召された。
享年六四。晩年は体調を崩しながらも、今際まで聖結界修復の務めを果たし上げた、心から尊敬できる偉大な女性だった。
聖王国は大聖女アリアの後釜を必要としている。聖女候補エレノアは聖女継承の儀で、アリアとの契約が終わった極光の書と新たな契約を結び、聖王国の聖女となる。
──はずだった。
(この極光の書は、間違いなく本物。──どうして私を認めようとしない)
エレノアは焦燥感に苛まれながら必死に思考を巡らせていた。極光の書に拒絶される理由。
自分が聖王国生まれではない、異国の低い身分の出自だからだろうか。一瞬、そんな考えがエレノアの頭によぎったが、即座にそれを否定した。
極光の書には生命が宿っているが、身分によって契約者を拒否するといった前例は無かったはずである。
聖女としての適性のある者が、聖王国内に生まれ出るとは限らない。歴代聖女には、聖王国外出身の平民も、僅かながら名を連ねていたのをエレノアは思い出していた。
そして、何十代にも渡る聖女継承により判明している、極光の書との契約条件を一つ一つ思い出す。
『高い魔力』『光魔法のレベル』『女性である事』『契約者が存在しない事』の四点。いずれの条件も満たしている。
『高い魔力』──エレノアの潜在魔力値は999以上である。
これは国宝の一つである、潜在魔力を測定出来る魔法具、魔力解析の眼の測定限界値だった。彼女には最高魔力という別名がある。
実際はもう少しだけ高く、エレノアの魔力値は四桁に乗ると予測されていた。この値は歴代最高の魔力値945を記録した、先代聖女アリアをも上回る程の素質の持ち主だった。
『光魔法のレベル』──エレノアの光魔法はレベル6認定済である。
人間における事実上の光魔法の最高位を修めていた。光魔法レベル5認定で聖女に認められた前例もあるので、この条件は問題なくクリアしていた。
『女性である事』──エレノアは女性である。
極光の書は、男性と契約を結んだ前例が一度も無い。よって契約者は例外なく聖女と呼ばれていた。理由は不明だが、極光の書に対する研究の機会が皆無な為、それについての解析は全く進んでいない。
『契約者が存在しない』──先代聖女アリアは亡くなった。
よって、極光の書は空位となり、新たな契約が結べる状態である。
この時代の聖王国には、膨大な魔力を持ち、大聖女とまで呼ばれたアリアの後継となりうる女子が何十年も国内に生まれなかった。
アリアが肉体の衰えを見せ始めた頃、聖王国当主である聖王アレクシスは、聖王国外から聖女候補を探し出す為、魔力解析の眼を三名の従者に預け、諸国を巡らせた。
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聖王国入りしたエレノアは、徹底的に救国の聖女となる為の、厳しい英才教育を施されて育った。
聖女でなければ価値なし。ともすれば虐待的ともいえる価値観を叩き込まれ、光魔法の修練、教典の理解と祈りといった聖女の為の修練を受けた。教養においても貴族や聖職者と遜色のない質の高い教育を施されている。
平民であり聖王国外の生まれである、エレノアを快く思わぬ者も多く存在したが、聖王の庇護を受け、なにより聖王国一の魔力量を持つ将来の聖女候補を、陰口ならともかく、表立って堂々と批判出来る者は殆どいなかった。
──だが、堂々と批判出来る者が、全く存在しなかったわけではない。
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