椿異聞

堂島うり子

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 先生はとても怒っている顔をしているけれど私は何も知らされていない。
連絡を取り合うのは一条家の人だったから。
 智早からも何の話もないからてっきり順調に進んでいるのだと思っていたけれど。

「あの野郎……」
「先生?」

 未だに不機嫌そうにして私に工房の二階へ上がるように指示をする。言われた通りに進むと左側の
襖を開くように言われて見れば休憩室のような広い和室。そこで何の前置きもなく脱げと言われて
ピリピリした彼に見られながら服を脱いだ。
 下着はどうしたらいいのか聞くのもちょっと怖いので色気も何も無いパンツ一枚の状態。

 異性にここまで見せるのは生まれてはじめて。彼氏にすらなかった。

「……」

 私の体に興味があるというよりは品定めみたいな視線を向けられる。

「あの。ここで何かしたほうがいいですか?」
「何が出来る」
「踊」
「結構」

 あっさりと却下されてスっと目の前まで近づく久我先生。先ほどまでは鬼みたいな顔で
怒っていたけれど。今はもう表情は冷めていて何を考えているのか全然分からない。
 かといって突然襲いかかってきて組み敷かれる想像もつかない。

 こうして近くでちゃんと見ると先生は背が高くてお顔が綺麗。智早を見た時もお上品で綺麗な
人だとは思ったけれど。それとはまた違う種類。
 視線は相変わらず厳しく鋭くてそのまま貫かれてしまいそうだけど。

「お前たちの話は良くは知らないしどうでもいい」
「……」
「あの優男に可愛がられてると思ったが違うんだな」
「智早様にはとても良くしてもらってます。十分すぎるほど」
「貧弱な身体にシケた面で嘘を吐くな」

 若干小馬鹿にしたような口調で言うと先生の手が私に伸びて首を掴む。乱暴にではなく
緩やかにだけどしっかりと息は苦しい。
 絶妙な加減だからか抵抗する気持ちにもならずただ久我先生を見つめていた。

「……」
「お前の目には諦めしかない。深い闇を覗いてる気分になる」
「私には帰る場所も頼る人もパンもないんです」
「知るか」

 あまりにあっさり言われてしまうから特にそれでショックもなく。ただ、先生の顔を見ていると
私の中に薄っすらとあった焦燥感のようなものが静まる気がした。
 今まで上辺だけの付き合いばかりですっぱりと切り捨てられることがなかったからかも。

 姉や恋人そして智早とは違う。何か、があるような。上手く言葉にはできないなにか。

「……でも、五百円稼ぎました」
「そうだった。今から着付ける。あんたはそのままでいい」

 思い出したように首から手が離れるとアレコレと準備をして着物を着付ける。
一条家の依頼で作成された贅沢な着物。パーティで私を紹介するとか言っていたけれど。
 どうせろくなことにはならない。と、私は思っている。多分一条家の人たちも。

「素敵ですね」
「悪くない。微調整だけして明日には納品する」
「先生がデザインして作っているんですよね。凄いです」
「当たり前のことを言うな。……金をやるから好きなものを食え」
「ありがとうございます!」

 着替えも終えて最後にペラっと一枚お札を貰った。それも万札。心が跳ね上がるがここは抑えて。
彼の車で再び街へ戻された。車をおりてまっすぐにずっと食べたかった蕎麦屋に入店する。



「心臓が止まりかけた。今後はGPS機能を解除しないでくれるかな」
「それはごめんなさい」

 注文して食べるぞという所でお店に駆け込んでくる男。何処に居る?とメールが来て
いてずっと返さずに居てさきほど返した智早だ。

「律佳ちゃん。真面目に聞いてほしい」
「私はもう子どもではないですから。そんな真面目に考えることですか?」
「大問題だよ。家で君を探した時に誰に聞いても君の居場所を知らないと言った。
唯一庭師だけが外へ出ていく君に挨拶したと言ったくらいで」
「皆さん忙しいしお家は広いですから」
「君が僕にとって大事な人だと皆に伝えてあるのに行動を把握していないなんて。
何かあったらどうするつもりだったのか。あの態度は不愉快で腹立たしいよ」
「智早様」

 初めて見る智早の怒っている顔に思わず蕎麦を食べようとした手が止まる。

「人からどう思われようと言われようと喉元を過ぎていけば記憶は薄れるものだ。
今は余計な事を言う輩が居ても何れは消えてくれる」

 怒った顔をしていたとおもったら今度は優しい笑みを見せる智早。
 どれも大変美しいのだけど。今は、何かちょっと作り物のようでもある。

「私がどう言われようと忘れられようと構いません。でも、その間智早様に迷惑がかかる」
「美鶴を喪って僕は心の病気だと思われて君を連れてきて狂人扱いでも隠す気はない。
これからも律佳ちゃんと共に生きる。君を愛して愛されるためなら狂人でもいい」
「……」

 今の言葉は聞き間違い、だろうか。本気じゃない……でしょう?

「所で律佳ちゃん。この次々来る蕎麦は注文間違いだよね?店員に言ったほうが」
「いえ。頂きます」
「あっ……た、…食べるんだ……へ、へえ…」

 テーブルには一面の蕎麦。でもそれが一定のリズムで胃袋に消えたとおもったらまさかの
第二段である丼ものが到着してそれもスルっと綺麗に一粒も残さずにいただく。

「あ。そうだ。着物明日には完成するそうです」
「久我先生に会ってたんだね」
「いけませんか」

 やはり先生はそんなに悪い人には思えない。体を見たけどそれだけで万札をくれた。
 でも智早の声のトーンが微妙にだけど明確に変わった。

「そんなの分かってるはずだ。それとも分かってて聞くのかな。美鶴よりずっと意地悪な子だね」
「……」

 返事をできないでいるとまた笑顔で「帰ろう」と言われて智早の車に乗って屋敷へ戻る。
 結局こうなってしまうらしい。

「まあ、今は。……良いと、しておこうか」

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