椿異聞

堂島うり子

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 外へ踏み出す覚悟を決めて一歩踏み込んだ所で自分が高価な着物を着ていることを思い出した。
この格好は何をするにも目立つ。出ていくのは一条家に返してからでも遅くはない。

 会場では未だに続いている王子様の隣争奪戦。

「ああいう下品な光景は嫌になる。天下の一条家様なのに」
「真っ先に負けたからねぇ」

 去る前にこっそり飲み物を貰おうとテーブルに近づいたら機嫌の悪くて太ましい女性たち。
赤ら顔で既に何杯か飲んだ後のようだがまだ手にはワインの注がれたグラス。

「貴方もそう思うでしょう?柊さん」
「え?わ、私には良く分かりません」
「何も知らない顔をして。内心貴方だって気が気じゃないくせに」

 面倒な人に捕まった。ここは適当にやり過ごすしかない。

「いえ、私は何も」
「嫌だわ気取っちゃって。ほんと嫌になる………あぁら失礼!手が滑ったわっ」
「わっ」

 女性は大げさに言うとグラスに注がれていたお酒を私の顔面に向かって浴びせた。

「ちょ、ちょっとやりすぎよ」
「事故だから。それにこれくらいされてもしょうがない人なんだし」

 ふらつきながらも微笑む女性。私は慌ててハンカチで着物を拭く。
せっかく作ってもらったのに。シミを作ったら。先生に見られたらどうしよう。

「手がすべった」

 聞き覚えのある冷静な男性の声がして視線を女性に向けたら冷やされていたワイン瓶を片手で
掴み、グラスではなくて彼女の頭にドクドクと注ぐ久我先生がいた。ほぼ空になった瓶をテーブル
に戻したら私の手を引いて足早にその場を移動する。

 少し間を置いてから女性の悲鳴が聞こえたけれど振り返ったりはしない。


「あの馬鹿女め」

 先生は珍しく狼狽えていた。己がやった行為にではなくてシミを作った着物を見て。
外で脱ぐわけにはいかない。屋敷には人が多い。
 仕方なく私が案内して昨日夕飯を頂いた離れに入った。着付けが不得意な私にかわって先生が
あっさりと襦袢姿にする。それからすぐ着物を持って出ていって戻ってきてもまだお怒りの様子。

「すみません私のせいで」
「不愉快だ」
「ごめんなさい」

 あんなに綺麗にしてもらった化粧は落ちて汚くて着物も同じ。先生を前に惨めさが際立つ。
初めてかもしれないくらい悲しくなって涙が出てきた。何をされても仕方ない人間だと頭では
思っていても実際されるとこんなにも辛い。

「聞いてるのか」

 ぐっと襟首を掴まれて久我先生の顔がすぐ目の前に有る。けれど私は何も言えないでいた。
涙が出てきて止まらなくて言葉に詰まってしまって。

「……」

 お姉ちゃんは一緒に死んでくれる人が居たのに。なんで私は一人なんだろう?
 できの悪い妹なりに明るい未来が見えてきたと思ったのに目前で潰されて悲しいのに。

 どうして私だけ?

  アァ、不公平という存在は。 こんなにも苦しくて痛いものだったのか。

「めそめそと鬱陶しい女だな」
「どうして私ばかり…悪者で……一人で……こんな」
「それがどうした」
「……。あの、久我先生は家督を継ぐためにご兄弟を殺したと聞いたのですが。
方法は何でも結構ですから私も……殺して頂けませんか?」
「……」

 今まで以上に厳しく睨まれて殴られそうな空気の中。先生の胸元へと手を伸ばして。

「先生になら私、……嬉しい」

 そのまま抱きついてそっと唇を合わせた。こんな女からでは嫌がるかと思ったけれど。
強い力で抱き返され先生からの深いキスを甘受する。
 温かさに涙は止まり襦袢はあっさり解けていって。人肌の温かさを身体全体で感じる間に先生の
指が私の下半身へむかい割れ目をそっとなぞる。それから更に奥へ…という所で快楽というよりは
経験が無いから不安で思わず身体が震えて先生の手を掴んだ。

「誘っておいてどうした。これ以上は一条家の御曹司様に怒られるか?」
「どうせ消えるんですから構いません。そうでしょう?ねぇ…ふふっ…先生?」

 自然と笑みがこぼれて。それから、先生に無言で引き寄せられた。

「……しっかり開け。全部見せろ」
「あっ……ぅん。……あ…ん……あ……っ……」

 時折り向けられる鋭い視線を感じながら更に深く先生に抱かれる。
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