雪解けまでの猶予 〜拗らせた初恋の行方〜

雪那 六花

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7.午後の約束

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「受かって居たのか……! 本当に優秀なんだな。昨日、話題にしないから、てっきり駄目だったとばかり――」

 昨日の追加料金を払いに来てくれたお客様に通知結果を伝えれば、やはりと言うか何と言うか、俺は試験に落ちたものだと思われていた様だ。

「そう、思われてる気はしてました……」

 俺だって、あえて話題に上げてこないなら、そう察する。それは、完全に俺の落ち度だろう。

「それにしても宰相府か――」

 お客様が、言葉を発している途中で、入口が開き、ベルが鳴った。

「いらっしゃいませ。すみません、まだ宿泊の受付時間まで時間がありまして……」

「はい。存じ上げております。私は先触れに参った次第ですので」

「もしかして――団体でご予約のお客様ですか?」

 他の方の目もあるから、はっきりと王都からの視察団の方ですか? と聞く訳にも行かず、そう問いかけた。今日宿泊予定の方でわざわざ先触れが来る様なお客様はその方々しか居ないし、十中八九正解なんだろうけど。

「はい、そうです。一度に大勢で押しかけるのもどうかと思い、二組に分けて到着する予定でおります。先に厩の場所だけでもお聞かせ頂ければと思いまして」

 思った以上に、丁寧な言葉遣いで受け答えをして貰えてびっくりだ。

「お気遣いありがとうございます。我が宿屋の厩は七頭程しか繋ぐ場がなく、お客様方の馬を全てお預かりする程の大きさは無いのです。なので、隣の貸しうまやに話をつけておりますので、ご不便をお掛けしますが、そちらをお使い下さい。この札を見せれば、すぐに案内して貰えますので」

 到着した時に渡すつもりだった貸し厩の予約札を一度掲げる様にしてから手渡した。
 流石に有事の際に困るだろうと、上官二、三名程の馬はここの厩で預かるつもりだが、流石に全員が騎乗してくる予定だと言われて仕舞えば、そうする他なかった。

「わかりました。それではまた後ほど改めて来させていただきます」

 念の為に受付開始時間を改めて伝えて、先触れにするにしては、いささか高位な気がする騎士様を入り口で見送った。去り際、騎士様がお客様の顔をちらりと見た気がするのは俺の気のせいだろうか?



「お待たせしてしまってすみません」

 話の途中だと言うのに、騎士様の対応をしてしまったから、気を悪くして居なければ良いのだが。

「いや、こちらこそ毎日仕事の邪魔をして申し訳なかった」

「いえ、お客様との会話は楽しかったので、邪魔なんてとんでもないです。むしろ今日で終わりかと思うと少し寂しいくらいですよ」

「そう言って貰えるとこちらとしても嬉しいが……そうだな。俺としてもこのままは寂しい。後で、少し時間を貰えないだろうか?」

「――いつまでこの街におられますか?」

 時間を作りたいのは山々だが、この後は芸術祭の準備に駆り出されてしまうから、すぐにと言うのはどうしても難しい。それが終われば、少しくらいは時間を作れるとは思うのだが。

「先立った予定もないから、別に時間は気にしなくて構わないが……」

「そうですか? よかった。でしたら、三の刻過ぎでしたら時間が取れます」

 まだ、両親に了承を取っていないが、レイヴンが来るまでの間に極力仕事を終わらせていれば、拒否もされないだろう――とそう答えた。

「なら、その時間にナルファルで待っている」

 偶然なのか、何なのか――お客様が指定した場所は、この宿から程近い場所にある喫茶店で、俺が彼に勉強を見てもらっている時に使っていた場所だった。



「――流石に忙しそうだな? 抜けられそうか?」

 いつもと同じ時間に顔を出したレイヴンは昨日までとは違い、まだ作業をしている俺にそう、声を掛けてきた。

「ああ。もう直ぐ終わるから、そこに掛けて待っていてくれ」

 レイヴンを宿泊客用に用意してあるソファに座る様促して、キリのいい所まで帳簿を書き終えた。

「理由が理由だから、別に今日は無理して出なくてもいいんだぞ……?」

「いや、大丈夫だ。行こう」

 確かに王都からの団体客で、いつもより忙しいのは確かだが、事前に両親とも相談しながら段取りを組んでいたし、今日も芸術祭の準備に参加するつもりで、料理の仕込みも昨日の夜から手伝った。一足先にチェックアウトを済ませたお客様方の部屋の掃除もある程度は手伝ってから、レイヴンが来るまでの時間を帳簿付けに当てていた。予定では、俺が一息つく予定だった時間を。
 そんな段取りを狂わせている理由は、俺のわがままで、そんな理由で準備をサボる訳には行かない。

「何かあったか?」

「え?」

 立ち上がり、レイヴンの隣に立てば、そう言われてしまった。

「最近のお前はやっぱり楽しそうだと思ってな。それとも合格通知のおかげか?」

 続けられた言葉は、予想外な方向の事だった。

「――合否を伝えた覚えはないが」

 レイヴンに処か、まだ両親にも伝えていない。それこそ、結果なんてあのお客様にしか話していない。

「一昨日にも言っただろ。お前の顔色見ればわかる。昨日も昨日でソワソワしてたが、今日のリンクスは、嬉しそうにソワソワしてるからな。だから、そう思っただけだ。違ったか?」

 ソワソワか。確かにしてるかもしれないな。だが、それは合格通知が来たからと言うよりもーー

「――いや。違わない。でも、まだ誰にも言ってないんだから、広めるなよ」
  
 自分自身にもそうだと思い込ませる様に俺は、そう言った。
 確かに合格はしてたけど、正直な所まだ、王都に行くかは決めかねているんだが。



「やっぱり終わってるな。持って来て正解だったな」

 レイヴンが手に持ったバケツを肩近くまで持ち上げて言う。昨日までは小型のスコップが主だった道具だったが、水が入ったバケツやナイフ、コテなんかが今日からの作業には欠かせない道具だ。それらを使って細かな造形を行なって行く事になる。

「そうだな。夜組の作業はここからは進みが遅くなるぞ。俺達で出来るだけ進めて行ってやらないと」

 細かな作業をするにはいくら明かりがあっても、夜は見難い。それもあって、俺達が最大限造形に時間を使える様、夜組や早朝組が粗方の形作りを終えておいてくれていた。

「気合い入れて始めるか。俺は水貰ってくるから。先に始めといてくれ」

「わかった」

 俺はそう言ってコテを手に、まだ王宮とは言えない――大きな雪の塊に対峙した。
 ここからは本格的に神経の使う作業で、毎年、この作業に入ると自然にお互い言葉を交わす回数も減って行く。集中してないとすぐに失敗してしまうから。何度も、何度も王宮の絵を見ながら、雪を削り、その形に近付けて行く。
 この作業になってくると、差し入れの数も減ってくる。声を掛けられると手を止めるしかなくなってしまうと言うのもあって、持って来てくれても、そっと足場の邪魔にならないあたりに置いて、声も掛けずに帰って行く事の方が多い。作業をしてる人間の集中力を切らさない為に。
 最初のうちは、作業工程を見せるのも客寄せになるんではないかと言う意見を採用して、一般公開もしてたらしいのだが、悪戯や、事故で彫刻が壊れる事も多くて、今では一般客は近付けない事になってる。確かに客は増えたのだが、損害の方が大きかったらしい。
 だが、俺は子供の頃、この作業を遠目に見るのが好きだった。芸術祭で完成したものを見るよりも、青年たちの手によってどんどん形作られていく工程が。むしろ芸術祭が始まってしまったら、もう興味がなくなってしまうくらいだった。
 もう、遠目に見る光景ではなく、自分がやる作業に変わってしまったが、一番楽しい瞬間である事には変わりない。
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