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窓際のクレマチス
婚約者
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『――ごめんなさい、藍良さん。貴方の気持ちには応えられないわ。だって、私が好きなのは――』
人里離れた、ある広大な屋敷――その一室にて。
窓際のクレマチスが、優しく差し込む夕日に映えるある日のこと。
そう、あどけない笑顔で告げる可憐な少女。……まあ、返答なんて大方分かってはいたけれど。
――時代は、20世紀の末の頃。
「――ねえ、藍良さん。ここからどのように考えれば良いのかしら?」
「――ああ、そこからは『m』が有理数であると仮定すれば良いのです。それで矛盾が生じてしまえば、有理数と仮定したことが間違っていたことになるので、その結果『m』が無理数であることが証明されるのです」
「……ああ、なるほど。ごめんなさいね、手間がかかってしまって。いつまで経っても数学は苦手なのよ」
「いえ、お気になさらないで下さいお嬢様。それが僕の役目なので」
穏やかな陽光差し込むある日の昼下がり――檜の香りが心地好い和のリビングにて。
謝意を伝えながらも、どこか楽しそうにそう話す可憐な少女。そして、僕はそんな彼女の家庭教師を務めている。彼女と出会ってもう数年になり、当然ながら当時よりも成長しているけど――そのあどけない笑顔は、さながらあの頃のままで。
ところで、彼女はいわゆる深窓の令嬢であり、本来であれば僕みたいな平凡な家庭の人間がお近づきになれるような人ではないのだけど――
「――調子はどうかな、二人とも」
「あっ、兄さん。うん、順調だと思うよ」
「あら、藍良さん。私に遠慮なさらず言いつけてくれていいのよ? 出来の悪い教え子でほとほと手を焼いていると」
「いえ、滅相もございませんお嬢様! 僕の教え方が未熟だったもので――」
「あら、勉強の進捗が芳しくないこと自体は否定なさらないのね?」
「あっ、いえその……」
「こらこら、紗霧さん。あまり弟を苛めないでほしいかな」
「あら、ちょっとした冗談よ柑慈さん。藍良さんったら、いつも真に受けてしまうので可愛らしくてつい」
たじたじになっている僕を見かねたのだろう、やんわりとお嬢様を窘めてくれる柑慈兄さん。すると彼女――紗霧お嬢様は、悪戯っぽく無邪気に微笑んでみせる。
そう、僕が彼女の家庭教師を務めることになったのは、兄さんがいるから。――紗霧お嬢様の婚約者である、柑慈兄さんがいるから。
人里離れた、ある広大な屋敷――その一室にて。
窓際のクレマチスが、優しく差し込む夕日に映えるある日のこと。
そう、あどけない笑顔で告げる可憐な少女。……まあ、返答なんて大方分かってはいたけれど。
――時代は、20世紀の末の頃。
「――ねえ、藍良さん。ここからどのように考えれば良いのかしら?」
「――ああ、そこからは『m』が有理数であると仮定すれば良いのです。それで矛盾が生じてしまえば、有理数と仮定したことが間違っていたことになるので、その結果『m』が無理数であることが証明されるのです」
「……ああ、なるほど。ごめんなさいね、手間がかかってしまって。いつまで経っても数学は苦手なのよ」
「いえ、お気になさらないで下さいお嬢様。それが僕の役目なので」
穏やかな陽光差し込むある日の昼下がり――檜の香りが心地好い和のリビングにて。
謝意を伝えながらも、どこか楽しそうにそう話す可憐な少女。そして、僕はそんな彼女の家庭教師を務めている。彼女と出会ってもう数年になり、当然ながら当時よりも成長しているけど――そのあどけない笑顔は、さながらあの頃のままで。
ところで、彼女はいわゆる深窓の令嬢であり、本来であれば僕みたいな平凡な家庭の人間がお近づきになれるような人ではないのだけど――
「――調子はどうかな、二人とも」
「あっ、兄さん。うん、順調だと思うよ」
「あら、藍良さん。私に遠慮なさらず言いつけてくれていいのよ? 出来の悪い教え子でほとほと手を焼いていると」
「いえ、滅相もございませんお嬢様! 僕の教え方が未熟だったもので――」
「あら、勉強の進捗が芳しくないこと自体は否定なさらないのね?」
「あっ、いえその……」
「こらこら、紗霧さん。あまり弟を苛めないでほしいかな」
「あら、ちょっとした冗談よ柑慈さん。藍良さんったら、いつも真に受けてしまうので可愛らしくてつい」
たじたじになっている僕を見かねたのだろう、やんわりとお嬢様を窘めてくれる柑慈兄さん。すると彼女――紗霧お嬢様は、悪戯っぽく無邪気に微笑んでみせる。
そう、僕が彼女の家庭教師を務めることになったのは、兄さんがいるから。――紗霧お嬢様の婚約者である、柑慈兄さんがいるから。
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