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忘れ草
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「――お待たせしました、優星さん。ブレンドコーヒーとチョコシフォンでございます」
「……ありがとうございます、琴水さん」
それから、ほどなくして。
カウンター席の端の方にて、満面の笑顔でご注文の品をご提供する私。すると、柔らかな微笑で感謝を告げてくださる優星さん。優星さん、とはもちろん、先ほどまでお話ししていた丸眼鏡の男性のお名前で。
さて、当喫茶――と言うより、私は基本的にお客さまのことをお名前でお呼びしていて。そして、私のことも名前で呼んでいただけるようお願いしています。その方が、お客さまとの心の距離がより近くに感じられると思うから。もちろん、これはあくまで私の希望であり無理強いするつもりは皆目ありませんが……それでも、幸いのこと今まで希望を断られたことはなく……ええ、本当にありがたい限りです。
「……あの、どうかなさいましたか?」
「あっ、いえ何でも……」
ややあって、キョトンと首を傾げお尋ねになる優星さん。まあ、理由は明白――もうご注文の品は届け終えたというのに、私がこの場に留まったままじっと彼を見つめていたからでしょう。……まあ、言えるはずありませんよね。効果が出ているかを確認するために、なんて。
『――それじゃあ、よろしくね琴水ちゃん』
『……はい、斎月さん』
数分ほど前のこと。
カウンターで仕切られたキッチンの中にて、ブレンドコーヒーとチョコシフォン――優星さんのご注文の品を斎月さんから受け取る私。もちろん、何らおかしなところのない至って自然なやり取りです。……ですが、
『……あの、斎月さん。やはり、この中には……』
『うん、もちろん。なにせ、お客さまたってのご希望だからね』
躊躇いつつそう尋ねると、果たして事も無げに答える斎月さん。……まあ、そう言われてしまえば返す言葉もないのですが。
さて、この中――ブレンドコーヒーの中に含まれているのは萱草のエキス。尤も、味や香りなどコーヒーの持つ全ての要素を全く妨げない程度に、だとは思いますが――ともあれ、萱草とは夏に鮮やかな橙色の花を咲かせるユリ科の多年生植物です。
そして、その別名を忘れ草――その名の通り、例えば憂いなどの人の思いを忘れさせる植物で。なので、萱草のエキスを含んだこのコーヒーを飲めば、優星さんはお亡くなりになった恋人の方に関する悲痛の念を忘れることができるわけでして。……ですが、本当にそれで……いや、よそう。斎月さんの言うように、お客さまである優星さん自身がご希望なさっているのですから。
――そういうわけで、申し訳ないとは思いつつ効果が出ているかを確認すべく優星さんの傍に。そして――
「……それにしても、本当に美味しいですね、このチョコシフォン。それに、このコーヒーも。どちらも今までで一番美味しいです」
「……最大級のお褒めのお言葉、本当にありがとうございます優星さん。斎月も大変喜びます」
頬を緩める優星さんのお言葉に、ぶわっと胸が熱くなる。このようなお褒めの言葉をくださるのは彼が初めてではありませんが……それでも、いつどなたから何度いただいても本当に嬉しいもので。なにせ、このシフォンもコーヒーも斎月さんが――あんなだらしのない感じではありますが、本当にお客さまのことを想い一つ一つ丹精に拵えているのですから。ええ、あんなだらしのない感じではありますが、本当にすごくて素敵な――
「……あの、琴水さん。先ほども言ったように、シフォンもコーヒーもとても美味しかったのですが――」
「…………へっ?」
「……ありがとうございます、琴水さん」
それから、ほどなくして。
カウンター席の端の方にて、満面の笑顔でご注文の品をご提供する私。すると、柔らかな微笑で感謝を告げてくださる優星さん。優星さん、とはもちろん、先ほどまでお話ししていた丸眼鏡の男性のお名前で。
さて、当喫茶――と言うより、私は基本的にお客さまのことをお名前でお呼びしていて。そして、私のことも名前で呼んでいただけるようお願いしています。その方が、お客さまとの心の距離がより近くに感じられると思うから。もちろん、これはあくまで私の希望であり無理強いするつもりは皆目ありませんが……それでも、幸いのこと今まで希望を断られたことはなく……ええ、本当にありがたい限りです。
「……あの、どうかなさいましたか?」
「あっ、いえ何でも……」
ややあって、キョトンと首を傾げお尋ねになる優星さん。まあ、理由は明白――もうご注文の品は届け終えたというのに、私がこの場に留まったままじっと彼を見つめていたからでしょう。……まあ、言えるはずありませんよね。効果が出ているかを確認するために、なんて。
『――それじゃあ、よろしくね琴水ちゃん』
『……はい、斎月さん』
数分ほど前のこと。
カウンターで仕切られたキッチンの中にて、ブレンドコーヒーとチョコシフォン――優星さんのご注文の品を斎月さんから受け取る私。もちろん、何らおかしなところのない至って自然なやり取りです。……ですが、
『……あの、斎月さん。やはり、この中には……』
『うん、もちろん。なにせ、お客さまたってのご希望だからね』
躊躇いつつそう尋ねると、果たして事も無げに答える斎月さん。……まあ、そう言われてしまえば返す言葉もないのですが。
さて、この中――ブレンドコーヒーの中に含まれているのは萱草のエキス。尤も、味や香りなどコーヒーの持つ全ての要素を全く妨げない程度に、だとは思いますが――ともあれ、萱草とは夏に鮮やかな橙色の花を咲かせるユリ科の多年生植物です。
そして、その別名を忘れ草――その名の通り、例えば憂いなどの人の思いを忘れさせる植物で。なので、萱草のエキスを含んだこのコーヒーを飲めば、優星さんはお亡くなりになった恋人の方に関する悲痛の念を忘れることができるわけでして。……ですが、本当にそれで……いや、よそう。斎月さんの言うように、お客さまである優星さん自身がご希望なさっているのですから。
――そういうわけで、申し訳ないとは思いつつ効果が出ているかを確認すべく優星さんの傍に。そして――
「……それにしても、本当に美味しいですね、このチョコシフォン。それに、このコーヒーも。どちらも今までで一番美味しいです」
「……最大級のお褒めのお言葉、本当にありがとうございます優星さん。斎月も大変喜びます」
頬を緩める優星さんのお言葉に、ぶわっと胸が熱くなる。このようなお褒めの言葉をくださるのは彼が初めてではありませんが……それでも、いつどなたから何度いただいても本当に嬉しいもので。なにせ、このシフォンもコーヒーも斎月さんが――あんなだらしのない感じではありますが、本当にお客さまのことを想い一つ一つ丹精に拵えているのですから。ええ、あんなだらしのない感じではありますが、本当にすごくて素敵な――
「……あの、琴水さん。先ほども言ったように、シフォンもコーヒーもとても美味しかったのですが――」
「…………へっ?」
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