四季折々の喫茶店

暦海

文字の大きさ
18 / 18

四季折々の喫茶店

しおりを挟む
 ――それから、三ヶ月ほどが経過して。


「――おはようございます、斎月いつきさん! 今日も一日よろしくお願します!」
「うん、おはよ~琴水ことみちゃん。うん、今日もよろし……はぁ、眠い」
「……あの、斎月さん。あと一時間でお客さまを迎えるというのに、その締まりのないご様子はいかがなものかと。しゃきっとしてください、しゃきっと!」
「ちぃ~っす、しゃきっ」
「うん、駄目だこの人」


 小鳥の声が心地好く鼓膜を揺らす、澄み切ったある朝のこと。
 そう、今日も元気に挨拶をする私。なのに、肝心のお相手のこの締まりのなさはいかがなものでしょう。しゃきっとしてください、しゃきっと!


 
「……あの、斎月さん。もうお店をひらいているというのに、何を堂々と欠伸あくびをなさっているのですか。こうしている今にも、お客さまがお越しになるかもしれないというのに」
「……ん? ああ、心配には及ばないよ琴水ちゃん。お客さんが来たら、ちゃんと一瞬でキリッとするから」
「……いや、見たことないのですが、そんな光景」


 それから、一時間ほど経て。
 扉の近くでお客さまを待ちつつそう告げると、何とも飄々とそんなことを言う斎月さん。いや何ですか、一瞬でキリッとするって。今まで見たことないですよ、そんな衝撃の光景。

 ……まあ、かと言ってこれ以上責めることも憚られますが。どうせ、昨夜も遅くまで試行錯誤なさっていたのでしょう? 新しいメニューについて。こんなだらしのない感じではありますが、本当はお客さまのことを誰よりも想い、心から喜んでほしいと日々研鑽に励んでいる人ですから。
 

 そっと、窓の方へと視線を移す。夏は紫陽花、秋は紅葉、冬は雪といった具合に四季折々の個性豊かで魅力的な姿を見せてくれます。そして今は、満開の桜がこの豊かな世界を優しく彩っていて。この山も、木も花も、鳥も虫も、この景色も、このお店もとにかく全てが大好きです。……ですが、私がここにいる一番の理由は――


「……ん? どうかしたかい? 琴水ちゃん」
「……いえ、何でも」

 すると、首を傾げそう問い掛ける斎月さん。扉の前から、カウンターの向こうにいる彼をじっと見ていたからでしょう。まあ、気づいているとは思いませんが。……いや、それとも実は――

 ……まあ、どちらでも構いませんけど。いつか、自分で告げればいいことですから。そして、あの人のことを思い出す余地なんてなくなるくらい、私のことでその頭をいっぱいに満たしてあげますから。……そして、これからも――


 ――カランコロン。


「――いらっしゃいませ、お客さま! ご来店ありがとうございます!」


 ――これからも、ずっとそばにいてくださいね?







しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

下宿屋 東風荘 7

浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆ 四つの巻物と本の解読で段々と力を身につけだした雪翔。 狐の国で保護されながら、五つ目の巻物を持つ九堂の居所をつかみ、自身を鍵とする場所に辿り着けるのか! 四社の狐に天狐が大集結。 第七弾始動! ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆ 表紙の無断使用は固くお断りさせて頂いております。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌

双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。 最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

黄泉津役所

浅井 ことは
キャラ文芸
高校入学を機にアルバイトを始めようと面接に行った井筒丈史。 だが行った先は普通の役所のようで普通ではない役所。 一度はアルバイトを断るものの、結局働くことに。 ただの役所でそうではなさそうなお役所バイト。 一体何をさせられるのか……

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~ その後

菱沼あゆ
キャラ文芸
咲子と行正、その後のお話です(⌒▽⌒)

処理中です...