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嫌疑
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「……本当に、困ったものですね。まあ、所詮は一過性のものだと思いますが」
「……月夜さま」
それから、数日経て。
淑景舎の一室にて、お言葉の通り困ったようにそう口になさる月夜さま。いや、困ったどころではなく酷い心痛さえ窺えるご表情で。そんな彼女を見つめながら、僕までぎゅっと胸が締めつけられる思いがして。
ところで、月夜さまの仰る困ったものとは……藤壺さまが逝去なさって以降、主に宮中にて蔓延している嫌疑――月夜さまが、自身が帝さまの正妻になるべく藤壺さまの生命を――などという、全く以て根も葉もない嫌疑に関してで。
『………………え?』
あの日――飛香舎にて、藤壺さまとお話を交わした日の翌朝のこと。
卒然、飛び込んできた信じ難い情報に茫然とした。藤壺さまが、突如急逝なさった――そんな、雷に打たれたような衝撃にただただ茫然とした。
だけど、それは事実――特定にまでは至っていないものの、卒爾それらしい前触れもなく苦痛のご表情でのたうち回りお亡くなりになったと、現場を目撃した彼女の女房さんが証言している。なので、恐らくは物の怪――あるいは、生霊の仕業ではないかと推測されていて。かの源氏物語にて、自身も知らぬ間に生霊となり夕顔や葵の上を亡き者にしてしまったヒロイン、六条御息所のような。……尤も、現実にそのような怪異的な現象が起こりうるのかどうかはまるで定かでないけれど……そういう時代だからか、今回の件に当てはまるかどうかはともかく、そういう現象が起こり得ること自体を疑っている方はほとんど見受けられなくて。
そして、この上もない悲痛や恐怖が内裏全体を支配する中、藤壺さまのお身体は火葬され、ほどなく天に召されていった。あの日の彼女との会話はお世辞にも心地の好いものとは言えなかったし、対立するような姿勢さえ見せたものの……それでも、彼女のことを嫌いだったわけでは決してない。煙となって空高く上がっていく彼女を見つめながら、ぎゅっと胸の塞がる思いがした。
だけど、そんな感傷も束の間――忽ち、僕の心を大いに揺さぶる展開となったから。即ち、今の状況――月夜さまが、あらぬ嫌疑をかけられるという決して看過できない状況に。
「……ですが、皆さんの疑念も妥当なところではあるのでしょう。客観的に見ると、私にはそれなりに動機のある立場ですし。帝さまの正妻たる藤壺さまを、黄泉の国へとお送りする動機の」
「……そんなの、お立場だけの話でしょう? 月夜さまご自身の意思とは、まるで何の関係もありません」
すると、ややあって少し目を伏せそう口になさる月夜さま。……だけど、どうかそんな悲しいことを言わないでほしい。事実無根の――それこそ、名誉毀損と言っても過言じゃない噂を立てられているこの理不尽な状況を当然のように受け入れてほしくない。……でも、きっと言葉じゃ伝わらない。少なくとも、言葉だけでは。だから――
「…………伊織」
そう、ポツリと呟く月夜さま。と言うのも――僕が、不意に彼女を抱き締めたから。そして、ゆっくりと口を開き言葉を紡ぐ。
「……僕などでは、頼りないと思います。それでも……僕が、必ず貴方を護ります、月夜さま」
「……伊織……ふふっ、ありがとうございます。存分に頼りにさせていただきますね? 伊織」
すると、少し可笑しそうに微笑み告げる月夜さま。彼女もまた、ぎゅっと僕の背中に腕を回しながら。そんな彼女をいっそう強く抱き締め、改めて誓う――何があっても、必ず僕が彼女を護ると。
「……月夜さま」
それから、数日経て。
淑景舎の一室にて、お言葉の通り困ったようにそう口になさる月夜さま。いや、困ったどころではなく酷い心痛さえ窺えるご表情で。そんな彼女を見つめながら、僕までぎゅっと胸が締めつけられる思いがして。
ところで、月夜さまの仰る困ったものとは……藤壺さまが逝去なさって以降、主に宮中にて蔓延している嫌疑――月夜さまが、自身が帝さまの正妻になるべく藤壺さまの生命を――などという、全く以て根も葉もない嫌疑に関してで。
『………………え?』
あの日――飛香舎にて、藤壺さまとお話を交わした日の翌朝のこと。
卒然、飛び込んできた信じ難い情報に茫然とした。藤壺さまが、突如急逝なさった――そんな、雷に打たれたような衝撃にただただ茫然とした。
だけど、それは事実――特定にまでは至っていないものの、卒爾それらしい前触れもなく苦痛のご表情でのたうち回りお亡くなりになったと、現場を目撃した彼女の女房さんが証言している。なので、恐らくは物の怪――あるいは、生霊の仕業ではないかと推測されていて。かの源氏物語にて、自身も知らぬ間に生霊となり夕顔や葵の上を亡き者にしてしまったヒロイン、六条御息所のような。……尤も、現実にそのような怪異的な現象が起こりうるのかどうかはまるで定かでないけれど……そういう時代だからか、今回の件に当てはまるかどうかはともかく、そういう現象が起こり得ること自体を疑っている方はほとんど見受けられなくて。
そして、この上もない悲痛や恐怖が内裏全体を支配する中、藤壺さまのお身体は火葬され、ほどなく天に召されていった。あの日の彼女との会話はお世辞にも心地の好いものとは言えなかったし、対立するような姿勢さえ見せたものの……それでも、彼女のことを嫌いだったわけでは決してない。煙となって空高く上がっていく彼女を見つめながら、ぎゅっと胸の塞がる思いがした。
だけど、そんな感傷も束の間――忽ち、僕の心を大いに揺さぶる展開となったから。即ち、今の状況――月夜さまが、あらぬ嫌疑をかけられるという決して看過できない状況に。
「……ですが、皆さんの疑念も妥当なところではあるのでしょう。客観的に見ると、私にはそれなりに動機のある立場ですし。帝さまの正妻たる藤壺さまを、黄泉の国へとお送りする動機の」
「……そんなの、お立場だけの話でしょう? 月夜さまご自身の意思とは、まるで何の関係もありません」
すると、ややあって少し目を伏せそう口になさる月夜さま。……だけど、どうかそんな悲しいことを言わないでほしい。事実無根の――それこそ、名誉毀損と言っても過言じゃない噂を立てられているこの理不尽な状況を当然のように受け入れてほしくない。……でも、きっと言葉じゃ伝わらない。少なくとも、言葉だけでは。だから――
「…………伊織」
そう、ポツリと呟く月夜さま。と言うのも――僕が、不意に彼女を抱き締めたから。そして、ゆっくりと口を開き言葉を紡ぐ。
「……僕などでは、頼りないと思います。それでも……僕が、必ず貴方を護ります、月夜さま」
「……伊織……ふふっ、ありがとうございます。存分に頼りにさせていただきますね? 伊織」
すると、少し可笑しそうに微笑み告げる月夜さま。彼女もまた、ぎゅっと僕の背中に腕を回しながら。そんな彼女をいっそう強く抱き締め、改めて誓う――何があっても、必ず僕が彼女を護ると。
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