反律神禍の模倣者(アンチノミア・コピーキャスター)

異世界叙事詩専門店【Geist】AP支部

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第五話:魔道の歩み

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 焔のような空に風が流れていた。
 界越え──フレインとの遭遇と撤退から一晩。
 リィナと真也は、森の仮設野営地で静かに朝を迎えていた。

 前夜の戦いの傷跡は地面に残っている。
 焦げた草、抉れた土、魔素が舞った痕跡。
 その中央に腰を下ろし、真也は昨日使った小さな巻物を見つめていた。

「……これが、魔封紙片スペルリーフか。」

 羊皮紙に似た手触り。
 だが、触れる指先から魔素の脈動が伝わってくる。

 リィナが焚き火を調整しながら言った。

「うん。魔封紙片は即発動型の魔法巻物。刻まれた魔印に魔素を流し込めば、誰でも魔法を行使出来るわ。」

「誰でも、って……俺みたいな素人でも?」

「勿論。ただし、等級が上がれば上がる程回路が難しくなるから、暴発したり逆流して怪我することもあって注意が必要。特にCランク以上は扱いに慣れてないと危険よ。」

 リィナが取り出したのは、小さな金属ケース。
 中には色分けされた巻物が整然と並んでいる。

「これが訓練用の基本セット。F等級のものが一通り揃ってる。」

 真也は目を見張る。
 一本ずつ、巻物には属性を示す色があしらわれていた。
 赤、青、緑、茶、白、黒の六つの色がある。
 これはそれぞれ火、水、風、土、光、闇になっているようだ。

「属性って、そういう感じで分かれてるんだな。」

「基本属性は六つ。火と水は攻撃と補助に分かれる、光から派生したもの。風と土は闇から。攻撃属性は火と風、補助属性は水と土、そして光と闇はその両方に対応してるの。」

 真也は巻物のうち、青い帯のついたものを手に取る。

「これは?」

「《癒潮環リントローフ》っていう、昨日使った《癒しの鼓動ハーツヒーリヒ》の下位互換の回復魔法ね。」

「効果が弱いのか。他の……これは?」

 次に真也は火属性の巻物を見つめた。

「火ってことは、こっちは攻撃系?」

「そう。《焔迅弾フレアシュトス》、Fランク。小さな火球を連射する呪文。流し方によって個数と威力が変えられるから、魔力の流し方を覚える練習に最適ね。」

「……使ってみても?」

 自分も魔法を使ってみたくてソワソワしているのを察してか、微笑みながら頷くリィナ。

「ふふ、いいよ。魔素を指先に集中させて、巻物の中心にある印に触れて。」

 言われた通り、真也は深呼吸しながら集中する。
 右手の指先がわずかに震え、巻物の魔印に触れた瞬間──

「……《焔迅弾フレアシュトス》!」

 ジュッと音を立て、手のひらから小さな火球がいくつか放たれ、焚き火の脇に着弾する。
 ぱち、と乾いた爆ぜる音。

「おお……!」

 真也は驚きと同時に興奮していた。

「初めてにしては上出来よ。魔封紙片は便利だけど、数に限りがある。いざという時の切り札だと思って」

「じゃあ、日常的には魔法を自力で使えるようにならなきゃだめか。」

「その通り。魔法を行使するには、まず属性との親和、次に魔印の構成、最後に魔素の制御。今の真也にはまだ時間がかかるけど、素質はあるよ。」

 先はまだまだ長いなと思いつつも、いつかは自在に魔法を使えるようになるのに少し興奮を覚えた。

「なあ、次の街ではそのあたりも学べるのか?」

「ええ。《バルツェ街道》を抜けた先にある《レーヴェル町》には小規模な魔導ギルド支部がある。君の魔素適正を測って、スキルとは別に魔法の訓練が受けられるはず。」

「魔導ギルド……なんか面白そうだな。」

「そんな事言ってられなくなるよ。魔法が使えないと、生き残れない世界だから。」

 真也は頷いた。
 フレインとの戦いで痛感した。
 スキルだけでは戦い抜けない。
 魔素の扱いと、確実な術式が必要なのだ。

 そして決意を込めて拳を握った。

「レーヴェル町、行こう。俺、もっと強くなる。」

 リィナは短く笑い、荷物をまとめ始めた。

「じゃあ早速出発の準備をしようか。君の“模倣者コピーキャスター”としての歩みは、まだ始まったばかりなんだからさ。」

 焔色の空の下。
 新たな一歩が、静かに刻まれた。



/////



 支度を整えた二人は、森を抜ける小道へと足を踏み出した。複雑に絡み合った根や、歪な形状の木々が続く中、リィナはふと立ち止まり、真也の背に声をかけた。

「ねえ、ついでだから教えておくよ。薬草の見分け方。」

「え、今?」

「道中で役に立つから。ほら、これとか。」

 リィナが示したのは、地面に控えめに生えている小さな草だった。葉は三枚に分かれており、縁が少しだけ青く光っている。

「これは《蒼縁草ルナリシア》。初級治癒薬の材料。葉の縁に魔素を蓄える性質があって、魔封紙片の素材にも使われるの。」

「……雑草と何が違うんだ?」

「何だと思う?」

「うーん……色で見分けるのか?」

「半分正解。似た雑草も多いけど、触ってみて。軽く魔素を流すと分かるよ。」

 言われるまま、真也は指先に意識を集中させる。以前よりも魔素の流れを感じることができるようになっていた。

 蒼縁草に触れた瞬間、葉の縁が微かに発光する。逆に、すぐ隣にあった似た形の雑草は、全く反応しない。

「成程。流せば反応するんだな。」

「そう。これは《反応型薬草》。内部にある魔素核が外部からの刺激に応じて活性化するの。これが発光すれば本物、反応がなければただの紛い物。」

「へえ……。結構細かいんだな、薬草って。」

「でも、見た目だけで判断しちゃだめ。中には《擬態草ギアスグラス》っていう、毒を持った類似種もあるから注意して。光る色が黄緑だったり、反応が遅いものは要警戒ね。」

「了解。……そういや、摘むときはどうするんだ?」

「根を断ち切ると次に生えなくなる。だから、採るときは土を少し掘って、根元を刃で斜めに切るといい」

 リィナは短剣を器用に抜き、土を軽く掘り返してから茎の根元を斜めに切断する。
 根を残したまま葉を丁寧に摘み取る所作には、無駄がなかった。

「こうすればまた数日で再生するの。無闇に採ると枯れて、森の循環が壊れるから。」

「なるほど……ただの草でも、扱い方がちゃんとあるんだな。」

「薬草採りも戦いの一部。準備が甘いと、生き残れないからね。」

 真也は深く頷き、慎重に自分の短剣を構える。少し手間取ったが、どうにか一株を丁寧に採取することに成功した。

「上出来。じゃあ、この周囲で数株集めてから、また進もうか。」

 こうして、実践的な知識を一つずつ積み重ねながら、二人は《レーヴェル町》への旅路を進んでいった。
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