上 下
63 / 69

女神様

しおりを挟む
 しっかり休息を取った一同は身支度を整えて、城へ向かう。

「リュキア様と奥様、お世話になりました。そして、こんな大切な剣まで……、ありがとうございました」ヒロは深々と頭を下げる。

「いいえ、いいんですよ。しかし、オリオンがあなたを本当に愛している事が良くわかる。あんなに優しい目をした彼を僕は見た事がない」リュキアはまじまじとヒロの顔を見た。ヒロは恥ずかしそうに顔を赤らめながら少し下を向く。

「どうしたヒロ、行くぞ!」会話が聞こえていないオリオンはその名を呼ぶ。

「わ、解ったよ!す、すぐに行く……行くから……」ヒロはリュキア夫妻にニコリと微笑んでからオリオン達の後を追う。

 ヒロはオリオンの横顔を見つめてまた少し赤くなった。

「どうした、まだ具合でも悪いのか?」オリオンが心配するように確認する。

「い、いや!大丈夫だ……」ヒロは返答する。

「ちょっと!緊張感が無さすぎよ!仲が良いのはいいけれど、見せつけられるこっちが恥ずかしいわ!」カルディアがそっぽを向く。二人は彼女のその言葉を聞き、目を合わせてから恥ずかしそうに視線をそらした。

「あれだ!」オリオンが示した先には、鬱蒼うっそうとした繁しげみがあった。彼は剣を抜きその大きく伸びた雑草を切る。目の前にひと一人が入れそうな入口があった。

「ルイはここまでね。呼ぶまで待機して、この入口を見張っていてね」カルディアが命令するとルイは理解して草むらに姿を隠した。

「入るぞ!」先頭はオリオン、その後にカルディア、アウラ達、そして最後はヒロが入っていく。ヒロは後方からの攻撃に備えて身構えていた。
 暗くジメジメとした闇が続く。

「ここだ」オリオンは頭上にある石をゆっくりとずらしていく。そこから外に飛び出すと、城の中の通路であった。

「オリオン兄様!?」オリオンは警戒する。その主はカシオペアであった。カシオペアはオリオンを見つけるとその胸に飛び込んだ。

「カシオペア、無事だったか?」オリオンは安堵する。

「ええ、お兄様がお父様を殺したなんて信じられなくて……」カシオペアは涙目でオリオンの顔を見上げる。

「もちろん、僕ではない。おそらくハデスの仕業だ!城の外でロギンに襲われた。奴はハデスの最も信頼する家臣だったのだから」オリオンは怒りで声が震えている。

「ハデス叔父様、そういえば先程グラウクス兄様の部屋へ……」カシオペアが通路の向こうを見る。その先にはグラウクスの部屋があった。

「なんだって?急ごう!」オリオンの後に続き、ヒロ達も走っていく。

「グラウクス!!」オリオンは勢いよくドアをあける。そこには、グラウクスとハデスの姿があった。グラウクスは両手で喉を押さえ口から泡を吹いて悶絶している。何かを飲み物に盛られたのか器が下に転がっている。

「オリオン!?どうしてここに!」ハデスは仰天する。

「貴様、グラウクスまでも!!」オリオンの顔は鬼のような形相になっていた。剣を抜きオリオンに斬りかかる。

「イオ!治癒できるか!」ヒロが叫ぶ。

「イオはケガだけダニ!」イオは申し訳無さそうに目をつぶる。

「ヒロ!これが効くかどうかは解らないけれど解毒薬!」カルディアはヒロに包みを渡す。ヒロはグラウクスの体を抱き抱えると彼の口に薬を与える。しかし、彼の苦しみは消えない。

「畜生!効かないのか!一か八か!」ヒロはグラウクスの胸の辺りに手を添えて、イオが自分にしてくれたように念じた。少しするとヒロの掌が黄金に輝きだす。次第にグラウクスの顔が穏やかになっていく。

「す、すごい!あれは高度な治癒術式ダニ!イオの術よりもずっと凄いダニ!!」イオら舌を巻いているようであった。

「ハデス!!」オリオンとハデスの戦いは続く。

「オリオン!王とお前達が居なくなれば、この国はワシの物!屍になるといいわ!衛兵よ!!乱心したオリオン王子の襲来じゃ!!」ハデスは大声で叫ぶ。その声を聞いた男達が駆けつける。

「カルディア!!」オリオンはカルディアの名を呼ぶ。

「解ってます!殺さないようにします!!」カルディアはそう言うと、剣を逆に構えて峰を前にした。そして目を閉じると念ずるかのように「ルイ!来て!!」と呟いた。

 草むらに隠れていた、カルディアの使い魔、銀狼のルイが城壁はかけ上っていく。単純に城の中に侵入するなら、彼の背中に乗って行けば楽勝であったであろう。ルイはカルディアの元に駆けつけると大きな咆哮を上げた。

 アウラ達も構える。「殺さない程度にやるちゃよ!」「はいですの!」「やるダニ!!」彼女達の気合いも十分であった。

「あ、ああ……」グラウクスの体から毒が抜けたようで目を覚ました。

「大丈夫ですか?」ヒロはグラウクスの意識を確認する。

「あ、あなたは女神様なのか……」金色こんじきに輝くヒロの髪を見てグラウクスは呟く。ヒロは返事をせずに微笑んでから彼の体をゆっくりと床に寝かせた。

「オリオン!加勢します!」ヒロがオリオンのハデスの戦闘に割り込む。ハデスという男、口だけではなく剣術も達者であるようである。オリオンはかなりの苦戦をしいられている。

「オリハルコンの女!生意気な!」ハデスの剣がヒロを襲う。その剣の威力にヒロは驚く。「お、重い!これが人間の振るう剣の重さなのか!?」彼女は転がりながら刃の下から逃げる。

「ハデス!貴方は人為らざる者にその身を……!!」オリオンが叫ぶ。

「ふはははは!そうだ、ワシは冥界の王に望んだ!この世界をワシの手にくれと!!そして、冥界の王はワシの望みに答えてこの体をくれた!!」ハデスの体が黒ずみながら膨張していく。それはすでに人のものではなかった。城が倒壊しそうになり、ヒロはグラウクスをオリオンにカシオペアを抱き抱えて窓から外に飛び出した。

「くっ!!フマ!!」オリオンがその名を呼ぶと空から不死鳥が表れる。フマは体中から激しい炎を吹き出しながらハデスに攻撃を仕掛ける。しかしハデスにその炎は効かず首と胴体を両手で掴み、地面に投げつける。フマは悲痛な声をあげる。

「いくダニ!!」ルイの背中にイオが乗って、今度は氷攻めする。少しの動きは止められるようではあるが、すぐに破壊して動きだす。ハデスは素手でルイを叩き落とそうと!るが、ルイは器用にそれをかわしていく。

「どうすればいいのだ!?」オリオンは思案に困っている。カルディアと戦ってい衛兵達はハデスの変わり果てた姿を見て腰を抜かしている。

「オリハルコン!!」ヒロが大きな声で叫ぶ。彼女が手にしていた剣が黄金の光を放つ。さらに力を込めると、ヒロの髪が金色に輝き辺りを照らした。

「ほう、それがオリハルコンが!まことに美しい!!」ハデスは感心したように笑う。

「たあー!!」ヒロは飛び上がると、ハデスの頭上から斬りかかる。

「しかし、当たらなければ意味はないわな!」ハデスは身に合わぬ素早い動きでヒロの剣をかわす。
 
「アウラ!足場を作って!」ヒロがアウラの名を呼ぶ。アウラはそれに答えるようにバリアをヒロの移動に合わせて宙に作る。それを足場にしながらヒロはハデスへの攻撃を繰り出す。

「う、美しい……」グラウクスは闘いを繰り広げるヒロの姿を見て目を見開いている。

「神話の女神様みたい……」カシオペアも感嘆の声をあげている。

 残像を残しながら宙を自在に駆け回る、ヒロの姿にハデスの恐怖を忘れて皆、釘付けになっていた。

「当たらなければ!」ヒロは剣をハデスの顔面めがけて投げつける。

「とうとうヤケに、なったか!!」ハデスは余裕の顔をして、それを避けて体制を戻したその刹那、ヒロの拳がハデスの顔面を襲う。

「オリハルコン!!!!」彼女の拳はオリハルコンの輝きと同じく金色こんじきに輝きながら、ハデスの横っ面を捕らえた。その一撃でハデスの体は地面に叩きつけられる。
 そのまま、壁に突き刺さった剣を手に取ると、ヒロは宙返りして着地と共にハデスの首をはねた。ハデスの顔がオリオンの目の前に転がる。

「ふ、不覚をとったわ。しかし、まだまだこの国はいずれワシが……」ハデスの言葉が終わらぬうちに、オリオンの剣がハデスの顔面を突き刺した。

 その最後の一撃でハデスは絶命をした。

 闘いを終えたヒロは、術式を解除していつもの姿に戻り、力を使い果たしたのかその場に倒れる。

「ヒロ!!」オリオンはヒロの体を抱き締める。そこには、あの恐ろしいハデスを倒したとは思えない華奢な少女の体であった。
しおりを挟む

処理中です...