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魔 王

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 何事もなかったように俺たちは午後の授業を受けていた。

 神戸も午前中の授業と変わらぬ姿で俺の教科書の端を摘んでいる。俺は神戸の顔をそっと見た。 その視線に気づいたようで神戸は軽く微笑んだ。悔しいがその微笑は天使のように可愛いものであった。

 モンゴリーの話によると、神戸ことエリザの本当の年齢は一千歳以上ということであった。俺には想像することのできない時間であった。

「お前はどうして学生のふりをして、わざわざ転校してきたんだ?」俺は小さな声で聞いた。

「さっきも言ったけれど、私は彼女・・・・・・、モンゴリーを探しにやってきたの。この学校の学生の中に魔力を秘めた者がいると情報があったので、モンゴリーが学生としてこの学校に紛れ込んでいると思ったのだけど・・・・・・・まさか、猫になっているなんて思わなかったわ」彼女も小さな声で返答した。

「敵って一体なにものなんだ?」

「そうね・・・・・・・、今は詳しい事は言えないわ。ただ、昔から私達は様々な敵と戦い続けてきた。 モンゴリーは私達の英雄的な存在だった、彼女が消えてから私達は劣勢になったの。私達にはモンゴリーの力が必要だった。でも、彼女の力は消えていた。 ・・・・・・・まあ、代わりは見つけたんだけどね、バン!」指で銃の形を作り俺の顔を撃ちぬくような仕草をした。

「そこ!私語はやめろ、デートの相談は休み時間にしろ」平山が授業を中断して注意を促した。俺は真っ赤に顔を染めた。
 午前中と同様、前方から直美の強烈な視線が飛んできた。そんなに授業を中断されたのが気に障ったのか ・・・・・・・彼女がなにを怒っているのかよく理解できなかった。

 放課後の教室に俺達は再び集合した。
 詩織さんがテレパシーで愛美ちゃんを呼んだ。愛美ちゃんは変身した姿で教室の中にテレポートしてきた。人に見られることなど気にしていないようであった。

「愛美! 無用心よ、人に見られないようにしなさいって言っているでしょ!」詩織さんが愛美ちゃんの頭を軽くげんこつで叩いた。

「いたーい」愛美ちゃんが頭をこすりながら、口を尖らせた。

「俺達を集めて何をするつもりなんだ?」俺の横にはモンゴリーの姿もあった。

「魔王様に、幸太郎達を会わせる気なの?」モンゴリーが口を開いた。

「魔王・・・・・・・だって?」俺はその言葉を聞いて驚いた。そんなものがこの世に存在するとは考えたことがなかった。

「そうよ、私はあなたを魔王様の前に連れて行くことが使命だったの。でも、今のあなたの姿では・・・・・・・代わりにこの子達を引き合わせさせようと思うのよ」神戸は人差し指で自分の唇を撫でた。

「なぜ、私達がそんな人に会わないといけないの?!」直美が拒否するように言った。
「私があなた達の存在に気づいたように、敵にもいずれ存在を感づかれるかもしれないわ。その前にあなた達は魔王様に会っておくのよ」

「いずれは、そのような時が来るのではと思っていたが・・・・・・」モンゴリーの口調は不本意であることを表現していた。

「そんな悠長な事を言っている場合では無いのよ。モンゴリー、貴方が突然いなくなって敵との力の均等が崩れたの、それに気づかれる前にこの子達の存在を奴らに見せつける必要があるのよ」神戸が壁に手をかざすと豪華な扉が姿を現した。

「本当に時間が無いようね・・・・・・・、という訳であなた達には、魔界に一緒に行ってもらう事になるわ」モンゴリーが俺達の顔を見て少し残念そうな顔をした。

「という訳って、意味が・・・・・・・」そこまで俺が言ったところで詩織さんが言葉を発した。

「面白そうね。でも、そこに行った後はきちんと帰ってこれて?」

「もちろんよ。 貴方達は人間界を守ってもらうの。 敵の使者に貴方達の存在を知らしめる事が今回の目的よ」神戸は再び変身して、エリザの姿に変わった。そこに可愛い少女の姿ではなく、セクシーモデルのような大人の女の姿があった。

「詩織さん、大丈夫なのか?」俺は不安を口にした。

「そうね、大丈夫とは言えないけれど、避けては通れない障害のようだし、もしものことがあったら・・・・・・・幸太郎君が私達を守ってね」詩織さんが俺の腕に自分の腕を絡みつけた。詩織さんの大きな胸が腕に当たる。その感触に俺は体が硬直した。

「ああ、わ、解かっ、痛っ!」今度は尻に激痛が走る。直美の下段回し蹴りが見事にヒットしていた。「な、直美なにを?!」痛みを堪えて俺は聞いた。

「知らない!」直美がプイッと顔を赤くして向こうに顔を背けた。

「普通の人間では、魔界には行けないわ。遊んでいないで皆、変身するのよ」モンゴリーが合図すると、皆指輪に触れて変身した。

「はぁ・・・・・・」ため息がこぼれる。俺は合い変わらず金髪の少女の姿。

「なんだか、ワクワクするね!」イツミちゃんは能天気に喜んでいる。彼女もよく状況を理解出来ていないようであった。

「行くわよ、私の後を着いてきて」エリザの声に合わせて皆が歩き出した。
 扉の中に足を踏み入れると、暗闇が広がっていた。 シオリさんは涼しい顔をしている。 イツミちゃんはなにかのテーマパークのアトラクションにでも入ったようであった。 直美は力強く俺の腕の辺りを握りしめた。

「ナオミ、大丈夫か?」

「えっ、な、なに、私は平気よ」声が震えている。 彼女はお化け屋敷とかが苦手であった事を思い出した。
モンゴリーが俺の体を駆け上がり肩の上に座った。

「一つ忠告しておくが、決してコウは自分が男であることを言ってはいけない。本来、魔界は男子禁制が決まりなの。男と知られればどうなるか・・・・・・私にも解らない」モンゴリーは小さな声で呟いた。
 俺は無言で頷いた。

「もうすぐ到着よ」エリザが口を開く。
 目線の先にかすかな光が見えた。 光に近づいていくと、それが青い炎を灯したランプであることに気がついた。
 青く灯された壁にエリザが杖をあて、呪文を唱えた。 その場所に豪華な扉が姿を現した。
 唐突に強烈な光が目の中に入ってくる。

「ま、眩しい!」少しずつ慣れてくる光で部屋の中の様子が確認出来た。 大きなシャンデリア、高級そうな赤い絨毯。 大きな部屋の突き当りには、小さな階段が見える。 その上には数人の人影が見えた。

「あ、あれは・・・・・・」そこまで言ったところでモンゴリーの尻尾が俺の口を塞ぐ。

「余計な事は喋らないで、後で説明してあげるから」彼女はと小さな声で囁いた。俺は納得していなかったが、とりあえず頷いた。

「私の真似をして」エリザはそう言うと、階段の目の前まで歩いて行き。片ひざを地に着けてしゃがみ込んだ。その仕草を真似して俺達も膝をついた。
 真中の豪華な椅子に腰掛けた美しい中性的な雰囲気の男の姿。その傍らには美しい女達が付き添っていた。

「エリザご苦労であった。 最高魔女モンゴリーを見つける事は出来たのか?」一人の女が口を開いた。

「残念ながら、モンゴリー様を見つけることは出来ませんでした。 しかし、代わりに彼女が自分の力を継承させた少女達を見つけました」エリザはそう言うと、俺達の方向に手のひらをかざした。
 俺の傍らには、猫の姿をしたモンゴリーが座っていた。

「なに、あのモンゴリーが自分の力を他人に、譲るなど考えられない」先ほどと同じ女が驚いたような声を上げた。

「ほう!」中央の豪華な椅子に腰掛けた端整な顔をした男がなにやら感嘆の声を上げる。
「そこの金髪の女、顔を上げろ」男が指示する。

「金髪の女?」俺は周りを見回すが、金髪の女などいなかった。

「あなたの事のようよ」シオリさんが俺の顔を見ながら口を開く。
肩の辺りを見ると、金色の髪がそこにあった。俺は少し顔を引きつらせながら上に向けた。

「おお。これは美しい!素晴らしい金色の髪じゃ! 女、そなたの名は何と申す?」男は体を前に乗り出して、俺に名前を聞いた。

「え、ええと、コウですけど・・・・・・・」鼻の頭を少し掻きながら俺は返答をした。さすがに太郎をつけると男と思われてしまいそうだったんで省略した。

「そうか、コウと申すか! 良い名だ、そなた私の側室となれ!」男は少し興奮気味に声を上げた。

「ちっ!」なにやら、モンゴリーが舌打ちをしたような気がした。

「側室って・・・・・・何?」俺はナオミの顔を見た。 ナオミは顔を真っ赤にしてプルプルと体を震わせていた。

「妾、愛人のことよ」シオリさんは冷静な口調で回答をくれた。

「そうか、愛人のことか ・・・・・・えっ愛人?!」驚きのあまり俺は尻餅をついてしまった。

「ん? 側室では不足か、正妻でもかまわぬぞ!」男は優雅に構えながら訳の解らぬ事を言っている。

「ちょっと待って、俺はおと・・・・・・・」そこまで言ったところでエリザが俺の口を塞いだ。

「恐れ多くも魔王様、この娘はいわばモンゴリー様の弟子、教え子です。仮にこの娘を魔王様が手篭てごめにされますとモンゴリー様のお怒りが・・・・・・私には想像もつきません」エリザが目を瞑りながら頭を左右に振った。
ゴクリ! 男が唾を飲み込んだ。 どうやら、この男が魔王のようである。

「そ、そうだな、モンゴリーの弟子か。解った、今は我慢しておこう」まるで、食べたい夕食のデザートを我慢するかのように、残念そうな顔をした。 ただ、楽しみを後に取っておこうという雰囲気であった。

「どうだ、これで力のバランスは取れそうか?」魔王の横に立つ女が口を開く。女の顔も少し呆れたような表情であった。

「この者達の力でモンゴリー様不在分を補う働きはある程度までは出来るかと思われます。人間界において私と共に行動して、彼らの動きを監視させます」エリザが落ち着いた口調で報告をした。

「そうか、期待しておるぞ」魔王は堂々とした口調で言った。 先ほどまでと少し雰囲気が違っていた。

「いかがです客人。彼らを見た感想は」魔王の傍らに立つ女が言った。 その声をかけた先に美しい女性が立っていた。

「そうですね、この方達からは確かに強い力を感じます」彼女の背中には白鳥のような見事な白い翼が生えている。その姿は天使を連想させるものであった。

「それでは、これで人間界への干渉は控えていただけますね」

「・・・・・・」天使は無言のまま、軽く会釈をするとその場から姿を消した。
 俺達は訳が解らないまま、無言で話しに聞き入っていた。

「これからも人間界では人知れず人智を超えた様々な出来事が起こるであろう。それをお前達の力で封じるのだ。モンゴリーがそうしてきたように、それが出来なければ人間界は崩壊するであろう」魔王が口を開いた。

「崩壊・・・・・・!」俺は目を見開いてモンゴリーを見た。この猫は後ろ足で頭を掻いている。
 イツミちゃんは退屈なのか、欠伸を必死に堪えているようであった。
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