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女王の命は誰の手に?
暗殺未遂
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廃れた国とはいえ、パーティーには貴族が集まる。王族への支持率とか誕生祝いとかは関係なくって、単純に愛の女神に導かれて踊り狂ってる……そんな感じか。
音楽を遮れるパーティションの向こうはどんな話をしているんだろうな。新事業、縁談話、もしくは何者かを陥れる秘密の作戦会議かもしれない。
今夜は月の女神も見逃してくれる。そう思い込んでいるのか、この国の貴族たちは心置きなく楽しんでいるみたいだ。
「気になるお人でもいらっしゃるのですか?」
「ん?」
つい、動く景色を目で追っていた。それは周りの景色が勝手に動くのではなくて、俺が誰かとダンスを踊るからだった。その相手が不満を募らせて頬を膨らませている。青色の瞳をした令嬢。名前は……何だったか。
行動が周りに目立つことになってはいけない。音楽は明るいムードだ。俺は周りの楽しいダンスに合わせて軽々この令嬢を持ち上げた。彼女はワッと驚いた拍子で頬も元通りになった。簡単だ。
「あなたがヤキモチを妬く必要はありません。俺たちに嫉妬している人が居ないか見ていただけですよ」
言いながら、側にこの令嬢を気にかけている紳士が居るのに気付いている。俺が勝ち取ったとばかりに身を寄せると、そいつは度胸を見せずに唇を噛んで去っていった。その一部始終を令嬢にも見せていたから信頼を得られた。
「ありがとうございます。黒髪の紳士様……」
令嬢がそう俺のことを呼んでいる。恋色に潤ませた瞳で見上げながらな。個人情報を明かさないだけで勝手にロマンを夢見ることができる。金持ち貴族の特徴だろうな。
「この夜のことを忘れませんわ」
「ええ。俺も忘れませんよ」
曲は終盤。令嬢は俺の胸に引っ付いて「また会えると嬉しい」と溢した。俺も、期待されているのに応えるため両腕で包み込んだ。
大きな拍手に次のカップルが囃し立てられる。楽器団も忙しそうに次の曲の楽譜を準備している。
そろそろだろう……。そろそろ動いてくれ。と、俺は祈りつつ王座の方を盗み見た。ダンスも世間話ももう飽きたし。それにこれ以上の時間潰しは、そのうち女たちから恨みを買うことになりかねない。
すると王座の辺りで人が動いている。
「……」
よし。と、心の中だけで。
ずいぶん待った。ようやく重要人物が動き出すみたいだ。王国女王。メアネル・テレシアが王の椅子から立とうとしている。近くの補佐との会話も少しはあるっぽいな。とりわけ、ひとりにして欲しいなんて言っているんだろう。
「では……また」
胸元の令嬢を離し、最後の選別に笑顔でも向けておくことにした。俺の時間稼ぎに協力してくれた報酬だ。甘い夢でも勝手に見て楽しんでいればいい。
王座が空いて、奥のカーテンが揺れている。令嬢はさっそく同類たちと合流して夢話に花を咲かせるんだろう。
女王の補佐は自分の仕事がなくなったことに動揺しているみたいだ。
じゃあ。手が空いた俺と、ひとりになった女王ということで。ようやく任務に取り掛かるとする。
絢爛な場は借り物の屋敷。この国の女王が持つ敷地には、大勢の人間を集められる部屋なんて無かった。
また音楽が始まったダンスホール。そこから外に出れば小さなエントランスはかなり静か。それに人はひとりしか立っていない。開催時間から遅れてまで駆けつけてくる真面目な貴族もいないということで。
俺が立ち寄ったらすぐに声をかけてきた。
「お帰りですか?」
「いや。休憩室を借りたくて」
このボーイも日雇いなのか、それとも城の使用人を出張させたのかは知らない。無防備に後ろを向いたところでトンと手を掛ければ簡単に倒れた。すると俺はより自由に動けるようになる。案の定、楽勝だった。
出入り口を背に別の扉を行けば、青白い光だけが窓から入る廊下になった。こんな祭事さえなければ使われていないボロ屋敷だ。人気が無くて物騒だが、埃がちらちら舞っている。女王がひとりで通った後だからだろう。
時々曲がり角がある一本道で、俺が角を越えると、バタンと音が鳴った。ちょうど突き当たりの部屋の扉が閉まるところも見えた。
扉守りの姿が無い。見回りの護衛兵も配置していないらしい。妙な静かさを怪しんで引き返すか。……いいや。俺はそこまで命を大事にしてない。
目当ての扉に丁寧なノックをし、しかし名乗らずに開けた。中は暗い。
「誕生祭なのに、晩酌もしないでもう就寝ですか?」
灯りも付けていないからそう思った。ほんのり明るいのは外の光が青色で、四角く部屋に入っているだけ。
その窓際に立っている人物がメアネル・テレシア女王。黒い影を俺の方へと伸ばしている。膨らませずにストンと真下に降りるドレスの影が大人びていた。
微動だにしないが、女王の腰まで伸びた髪だけがゆらりと揺れていた。突然出現した俺のことを振り返った名残りだと思う。
「暗殺機関の者ですか」
女王は静かな声を発した。俺の粋な問いかけには答えなく。その上、まるで俺の素性を元から知っていたかのように言った。
俺は少し驚かされたが、態度を変えずに応答するのを心掛けている。
「さすが国の女王様にもなると心に余裕がおありのようですね。俺としても叫ばれたりしなくて仕事がやりやすいです」
護身用の銃を仕舞い、短剣を取り出した。窓の方にじりじりと寄ると、その刃物に光が当たったか。
「銃はお使いにならないのですね」
「音が出ると後処理が大変なんでね。ああ、大丈夫ですよ。しっかりと訓練を積んでいますから。痛みはほんの少しだけです。すぐに死ねますから」
灯りの中に踏み入れると、女王が持つ特殊な髪色まで見えるようになった。メアネル家の特徴でもある黄金色。隙間風でもあるのか表面のひと筋が静かに揺れている。
「夜の女神が見ていません。これでは死んでも天界の夫に会うことは叶いそうにないですわね……」
女王の独り言だろうか。窓の外に顔を向けてポツリと呟いた。月の出ていない夜に言うセリフで、さすが王族は死に際まで女神崇拝が身に付いている……と、俺は少し笑ってしまう。
「それが最後の言葉ですね」
短剣の刃先はすでに女王の首に向いて位置を定めている。グッと右手に力を込め、振りかざすというよりも、ポイントに刃先を入れ込むイメージで取り掛かる。……しかし。
「わたくしの命があなたの何になるのです」
最適なタイミングを逃した時、この任務は失敗だと分かる。それでも無理に押し切ろうとするのは愚行だともよぎった。
女王は冷静を一度も欠かさずに告げた。
「わたくしのこの命はあなたに差し上げますわ。今のあなたがわたくしを殺すことで得られるものがあるのならどうぞ。もし躊躇うのでしたら、今はほんの少しだけ時間を下さい。その後で殺されるのは構いません」
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音楽を遮れるパーティションの向こうはどんな話をしているんだろうな。新事業、縁談話、もしくは何者かを陥れる秘密の作戦会議かもしれない。
今夜は月の女神も見逃してくれる。そう思い込んでいるのか、この国の貴族たちは心置きなく楽しんでいるみたいだ。
「気になるお人でもいらっしゃるのですか?」
「ん?」
つい、動く景色を目で追っていた。それは周りの景色が勝手に動くのではなくて、俺が誰かとダンスを踊るからだった。その相手が不満を募らせて頬を膨らませている。青色の瞳をした令嬢。名前は……何だったか。
行動が周りに目立つことになってはいけない。音楽は明るいムードだ。俺は周りの楽しいダンスに合わせて軽々この令嬢を持ち上げた。彼女はワッと驚いた拍子で頬も元通りになった。簡単だ。
「あなたがヤキモチを妬く必要はありません。俺たちに嫉妬している人が居ないか見ていただけですよ」
言いながら、側にこの令嬢を気にかけている紳士が居るのに気付いている。俺が勝ち取ったとばかりに身を寄せると、そいつは度胸を見せずに唇を噛んで去っていった。その一部始終を令嬢にも見せていたから信頼を得られた。
「ありがとうございます。黒髪の紳士様……」
令嬢がそう俺のことを呼んでいる。恋色に潤ませた瞳で見上げながらな。個人情報を明かさないだけで勝手にロマンを夢見ることができる。金持ち貴族の特徴だろうな。
「この夜のことを忘れませんわ」
「ええ。俺も忘れませんよ」
曲は終盤。令嬢は俺の胸に引っ付いて「また会えると嬉しい」と溢した。俺も、期待されているのに応えるため両腕で包み込んだ。
大きな拍手に次のカップルが囃し立てられる。楽器団も忙しそうに次の曲の楽譜を準備している。
そろそろだろう……。そろそろ動いてくれ。と、俺は祈りつつ王座の方を盗み見た。ダンスも世間話ももう飽きたし。それにこれ以上の時間潰しは、そのうち女たちから恨みを買うことになりかねない。
すると王座の辺りで人が動いている。
「……」
よし。と、心の中だけで。
ずいぶん待った。ようやく重要人物が動き出すみたいだ。王国女王。メアネル・テレシアが王の椅子から立とうとしている。近くの補佐との会話も少しはあるっぽいな。とりわけ、ひとりにして欲しいなんて言っているんだろう。
「では……また」
胸元の令嬢を離し、最後の選別に笑顔でも向けておくことにした。俺の時間稼ぎに協力してくれた報酬だ。甘い夢でも勝手に見て楽しんでいればいい。
王座が空いて、奥のカーテンが揺れている。令嬢はさっそく同類たちと合流して夢話に花を咲かせるんだろう。
女王の補佐は自分の仕事がなくなったことに動揺しているみたいだ。
じゃあ。手が空いた俺と、ひとりになった女王ということで。ようやく任務に取り掛かるとする。
絢爛な場は借り物の屋敷。この国の女王が持つ敷地には、大勢の人間を集められる部屋なんて無かった。
また音楽が始まったダンスホール。そこから外に出れば小さなエントランスはかなり静か。それに人はひとりしか立っていない。開催時間から遅れてまで駆けつけてくる真面目な貴族もいないということで。
俺が立ち寄ったらすぐに声をかけてきた。
「お帰りですか?」
「いや。休憩室を借りたくて」
このボーイも日雇いなのか、それとも城の使用人を出張させたのかは知らない。無防備に後ろを向いたところでトンと手を掛ければ簡単に倒れた。すると俺はより自由に動けるようになる。案の定、楽勝だった。
出入り口を背に別の扉を行けば、青白い光だけが窓から入る廊下になった。こんな祭事さえなければ使われていないボロ屋敷だ。人気が無くて物騒だが、埃がちらちら舞っている。女王がひとりで通った後だからだろう。
時々曲がり角がある一本道で、俺が角を越えると、バタンと音が鳴った。ちょうど突き当たりの部屋の扉が閉まるところも見えた。
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目当ての扉に丁寧なノックをし、しかし名乗らずに開けた。中は暗い。
「誕生祭なのに、晩酌もしないでもう就寝ですか?」
灯りも付けていないからそう思った。ほんのり明るいのは外の光が青色で、四角く部屋に入っているだけ。
その窓際に立っている人物がメアネル・テレシア女王。黒い影を俺の方へと伸ばしている。膨らませずにストンと真下に降りるドレスの影が大人びていた。
微動だにしないが、女王の腰まで伸びた髪だけがゆらりと揺れていた。突然出現した俺のことを振り返った名残りだと思う。
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俺は少し驚かされたが、態度を変えずに応答するのを心掛けている。
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護身用の銃を仕舞い、短剣を取り出した。窓の方にじりじりと寄ると、その刃物に光が当たったか。
「銃はお使いにならないのですね」
「音が出ると後処理が大変なんでね。ああ、大丈夫ですよ。しっかりと訓練を積んでいますから。痛みはほんの少しだけです。すぐに死ねますから」
灯りの中に踏み入れると、女王が持つ特殊な髪色まで見えるようになった。メアネル家の特徴でもある黄金色。隙間風でもあるのか表面のひと筋が静かに揺れている。
「夜の女神が見ていません。これでは死んでも天界の夫に会うことは叶いそうにないですわね……」
女王の独り言だろうか。窓の外に顔を向けてポツリと呟いた。月の出ていない夜に言うセリフで、さすが王族は死に際まで女神崇拝が身に付いている……と、俺は少し笑ってしまう。
「それが最後の言葉ですね」
短剣の刃先はすでに女王の首に向いて位置を定めている。グッと右手に力を込め、振りかざすというよりも、ポイントに刃先を入れ込むイメージで取り掛かる。……しかし。
「わたくしの命があなたの何になるのです」
最適なタイミングを逃した時、この任務は失敗だと分かる。それでも無理に押し切ろうとするのは愚行だともよぎった。
女王は冷静を一度も欠かさずに告げた。
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