最後の女王‐暗殺兵クロスフィルとテレシア女王による命の賭け。メアネル王家最後の血は誰に注がれる?王の時代の最終章‐【長編・完結】

草壁なつ帆

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女王の命は誰の手に?

女王とリーデッヒの関係2

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 迎賓館の食事会場に窓はなく、代わりにネザリアの礎でもあるレーベ海の景色を描いた額縁が大きく飾られていた。
 バイキング形式をとり、代表者や王族の席はひとまとまりに。その他付き添いと衛兵なんかは透明ガラスを隔てた隣ブースにて席があった。料理も取り皿も別格で用意されてある。
 セルジオ兵士とも同じ境遇内で何度もすれ違うが、特に素通りされるところを見ると、俺の情報は何も回っているものと見える。俺の父親……セルジオの王も、ガラス越しに俺が確認できただろうけど、一度も目なんて合っていない。
「あーあ。気に入らないっすよ、ガレロさん」
 話し声が耳に入ってきた。どこかのテーブルからじゃなく、一応俺の椅子も用意されたニューリアン兵士のテーブルからだった。
 アナーキーという小柄な男だ。……ガレロと比べたら全員小柄になるけどな。
 この男、どこかで見たことがあると思ったら。テレシア女王に朝食に誘われた時に、大男に担がれて退場させられた男だった。そして退場させた大男というのはガレロだったというのも今更気が付いた。
 アナーキーは頭が使えない。さっきから何を気に入らないと吠えているのかというと……。
「自分もあっちの席が良いっす。ガレロさんも見たでしょう? でっかい牛のステーキ。あれが食いてぇー」
 言いながら、同じ牛でもランク落ちした部分のステーキをムッチャクッチャと嫌そうに噛み締めている。
 ……牛肉の味の違いなんて分からないだろ。俺がひっそり皮肉を過らせるが、それを直接言える人物もいた。
「あんたなんて何を食べたって一緒でしょ?」
 ジャスミンという女兵士だ。ちなみに、会場を見回してみても、女王とジャスミン以外に女はいない。男だらけの社会で、ジャスミンのことを下心で見るでも卑下するでもなく、皆空気だと思って過ごしているらしい。
 アナーキー、ジャスミン、それからガレロ。この三人が女王の護衛中枢になっているみたいだ。アホと女と槍使い……悲惨だな。
「気に入らないっす!!」
 まだ言ってんのか。今度は海鮮か? ……見ると、アナーキーはガラス越しに女王の席を見ていた。
「なんであの男が居るっすか!」
「……」
「……」
 さすがにジャスミンと、ガレロも黙っている。
 俺らの他にも注目を集めているみたいだ。女王の席に愛人が同席していると、兵士内でも一瞬にして噂になった。ひと目見てみようと沸いたりもしていた。
 しかし、その正体はすぐに突き止められる。誰かが「ゲイン・リーデッヒじゃないか?」と発したところから秒速。これはセルジオの情報部じゃなくても調査が早い。どの国にとっても最も重要視すべき人物だからだな。
「なるほどな、あれは用心棒だったのか……」
 食べ物を女王に運んでいくリーデッヒを見て思う。エスコート上手な愛人を見せつけるために連れて来られたわけじゃないんだな。
 ガラスの向こう側はこことは違い、会話が弾んだりする楽しい食事会場だと思うが。しかし誰もメアネル・テレシア女王だけには寄り付こうとしない。
「その通りだ」
 ガレロが言った。耳打ちするまでしないにしても小声で聞かせてきた。
「テレシア様の王位即位を認めていない者が多い。政策商談と色を変えて国政へ侵食してくることもある。あの男は本来我々の宿敵にもなるが、テレシア様のことは気にかけてくださっているようだ」
「へえ。そりゃ良かったな」
 過度に警戒をしているのは俺たち。リーデッヒの方は別に周りの顔色なんて見ていない。ただの愛人リーデッヒと女王が、すこぶる良い時間を送っているだけに見える。
「ネザリア王は気付いてないのか?」
 ふと気付いてガレロに聞く。これは耳打ちをしてだ。ネザリア兵士が辺りをうろうろしているからな。
 ガレロも同じようにして返した。
「分からない」
 リーデッヒと女王の席に、ひとりだけ気を利かせない中年男が度々近付いているんだ。それがネザリアの王だということは分かっても、愛人と過ごす席にどうして近付くのか理解できなかった。
 この場でリーデッヒに何かアピールでもしたいのか。それか、そもそもリーデッヒの存在を知らないでいるのか。迎賓館入り口にて、ネザリア兵士がリーデッヒのことを「愛人」と言い切ったのがまた妙に浮上してくるな。
 深くものを考えていたら、フッと鼻で笑う音がした。横から見えるガレロが口角を上げている。
「嬉しそうだ」
 薄らニヤけ顔が呟いている。
「……誰が?」
「あの男がな」
 確かに。こんな物騒な集まりの中で、ただひとりリーデッヒは幸せそうに過ごしているな。
 俺もガレロと同意見だけど。実は若干心持ちが違う。
 午後にあの田舎食堂で話した時、俺はリーデッヒからこんな相談も聞かされていたからだ……。

 恋敵だと決めつけられ、リーデッヒとは疎遠になれるかと思っていた。そろそろ店を出ようかと、空になった皿を見て言い出そうとした。ところがリーデッヒが始める話に先を取られてしまった。
「最近は、テレシアの愛情が僕から遠のいているような気がするんだ」
 それが悩みというやつだった。
 過剰なほどに落ち込んでいるんで、また演技を披露しているんだと思った。
「別の愛人でも出来たんじゃないですか?」
「……」
「……冗談ですって」
 得意の演技力で返す力もないくらい、深刻な問題らしい。
「クロノス君。言って良いことと悪いことがあるよ?」
 怒るのにも気力がない。ここはとりあえず「すみません」と軽めに謝っとくけど。
 秘密主義を名乗る男はべらべらと語る。
「テレシアと僕には深い関係がある。だけど、どうしても踏み込めないんだ。一緒に家族になろうと何度も言いかけて止めている。僕の心の内がテレシアにも見えているんじゃないかな。いざ距離を詰めようとする度に、突き放すように冷たいんだよ」
 肩を落としてため息まで付いていた。
 俺としては疑問の湧かない話なんだけど。リーデッヒは酷く気にしてる。俺は別にテレシア女王に優しさや暖かさを感じたことがないからな。
 俯瞰的に見て、一応リーデッヒのことは気に入ってるんじゃないか? そう思うが、答えてやる義理もない。
「どうしたら良いと思う?」
「えっ。どうしたらって」
「君は恋敵だろう? 良いライバルは時には協力すべきだ」
「……」

 と。このまま誤魔化しながら時間を溶かしていったわけだが。
 場所は戻って迎賓館の食事会場。やっぱり女王は愛嬌も見せずに冷め切った態度で黙々と食事を口に運んでる。リーデッヒは自分が食べることよりも、女王のために動けるのが嬉しいみたいだ。
 だったら何も、この関係が冷めているとか、女王の愛情が向いていないってことは無いと思うんだが。そういう形のカップルもあるだろ……なんて。おいおい何で俺が洞察しなくちゃいけない?
「主人の愛人にも仕えてるのか。大変な雑務だなぁ」と、知らない兵士が言いながら通りかかった。そいつはガレロの肩をトンと叩いてから自分の席に座った。
「メアネル絶世の美女に期待して来たのにさ。男連れだと他の女と変わんねぇ」
「夫の葬儀でも泣かなかったらしいぜ。たぶんその時から愛人が何人か居たんだろうな」
「見ろよ、頭の悪そうな衛兵だ。きっと茶菓子ばっか食わされて頭ん中お花畑になってんだよ」 
 ヘラヘラとした笑い声に、わざと聞かせてくる話題も無礼なもんだ。
 こんなのに突っ掛かるバカが居るかよ……って思ったけど居た。バカのアナーキーが挑発に乗りやすい男だった。ジャスミンが腕や脚を抑えているが、ジャスミンも女だからとあいつらの笑い話の餌食になる。
 そんな中、俺が立ち上がるとすぐさま声がかけられた。
「どこに行く?」
 ガレロだ。リーデッヒを見守りながら、実は俺の行動も同じく見張っていたのは知っていた。
「用を足しに行くだけだよ。あと数分で切り上げるだろ? ついて来んなよ?」
 ガレロは俺のことを引き止めたいと思っただろうけど、ついにアナーキーがジャスミンを振り解いて隣のテーブルの兵士に飛びかかり始めてる。止めるならそっちが優先だとガレロも判断が早かった。

 男用のマークを見つけて向かおうとすると、そこから出てきたひとりの軍兵とすれ違う。腕章よりも服装を見ただけで判断がつく。
「……」
「……」
 肩も当ててこない。暗号も言わない。通り過ぎたセルジオ軍兵は俺に伝えたいことがあるようだ。
 トイレの個室に入ってしばらく待てば、誰か他の利用者が現れる。足音だけを鳴らして近付いてくると、この個室の扉をノックした。
「……はい」
「す、すみません!」
 暗号を知らせに来た兵士だと思う。新米か? まったく下手で困る。部屋番号をそっと俺に伝えられると駆け足でトイレから出て行った。
 たぶん伝えられた部屋にそいつの上司が待っているはずだ。新人教育が足りてないって俺から言うべきだな。



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