クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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Ⅰ.ネザリア・エセルの使命

港‐船舶襲来‐

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 エセルが言った通り翌朝はよく晴れた。積み荷を済ませた車に馬を繋ぐのを待っており、俺はその晴天の下でうんと腕を伸ばしている。気温も暖かだ。長旅の出発には幸先が良い。
 城の玄関口からは中庭が見えていた。エセルと城を抜け出した時に、丁度視界をかいくぐった兵士の位置に俺はいる。それが何だかずっと前のことのように思い出していた。
 さて、 これから少しの間はエセルと会えなくなるが、彼女やこの国のためにもメルチの王族ときっちり話をしなければならない。俺は正装のボタンを一番上まできちんと閉めることにした。
 そうしているところにカイセイが現れた。何故か色々段取りが狂っており、かなり時間が押しているというのにとぼとぼ歩いてやって来た。
「まだ準備が整わんのか。出発時刻はとうに過ぎているぞ」
「すみません。なんだか馬の機嫌が悪いそうで、御者が手を焼いているそうです……」
 よりによってこんな時に馬の方から面倒を起こされるとは。
「人参でも食わせれば大人しくなるだろう」
「はあ。それより先ほどエセル様と出会い、バル様にこれをと預かって参りました」
 言いながらカイセイは、その片手に持っていた便箋を俺に渡してきた。俺は特段何の変哲もない至ってシンプルな便箋を受け取り眺めている。わざわざ手紙など書かなくても伝えたい事があるなら直接言いに来れば良いのに。大事な話だろうか。
「ありがとう。あとで読んでおく」
 便箋は懐に仕舞った。仕舞いながら何気なしに顔を上げていると、ふと中庭をうろうろするリトゥの姿が見えた。わざわざ一人でこんなところにいるなんて珍しい。
「何か探しものでしょうか?」
 カイセイにも見えているようだ。横から口を出してきた。もしかしたら俺だけが、リトゥの亡霊を見ているのかと少し思っていたところだった。
「ちょっと話しかけてくる!」
「ああ、ちょっと!」
 外廊下を出たり入ったりしているリトゥに近付き声を掛ける。
「よう。こんなところまで水汲みか?」
 柱の影から急に顔を出して見せると、リトゥは「ひゃう!」と飛び上がって驚いていた。だが、目を真ん丸くしているそのリトゥの顔は、細かな切り傷と土汚れでおかしな事になっていた。
「その顔どうした?」
 いつもなら、猫でも探していたのか。と皮肉も言ってやるが、今回はそれどころでは無さそうであった。俺に見つかったリトゥは一瞬ふっと肩の力が抜けて口を開きかけた。しかしそこで留まり、やがてぐっと唇を噛んで一文字に結んだ。
 泣き出しそうな顔を背けられる。
「何でもありませんわ」
「何でも無くないだろう」
 そんな状態で言われても全く説得力が無い。
「バル様! カイセイ様!」
 そこへ衛兵が走ってきた。やっと馬の用意が出来たのかと思うと違うようである。走りながら切羽詰まった声で告げる。
「今しがた関所から連絡が! 港が襲撃されています!」
「何っ!? メルチか!?」
「そこまではわかりません!」
 事態が突如動き出した。なんだってこんな日に。俺はあとから来たカイセイと目を合わせている。急な時こそ冷静になりどうするかを考えていた。だがその端でリトゥの様子がおかしい。指も肩もガタガタ震わせていて過呼吸になっている。
「み、港で……」
 震えながらそのように口にしていた。
 港の件とリトゥに何か繋がりが見える。
 リトゥが膝から崩れ落ちるとカイセイがそれを受け止めた。俺は足元にヒラッと落ちた何か白いものを拾い上げる。くしゃくしゃになった上等な紙だ。おそらく便箋を切り取ったものだろう。水に濡れて文字が歪んでいるが紙は無事で「私は生きます」と一言書いてある。
「……カイセイ」
「はい」
 昏倒したリトゥが俺に何を言いたかったのかが頭に浮かんでくる。きっとエセルは港にいるはずだ。連れ去られたのか自分から向かったのかは、本人に会って直接聞けば良い。
「リトゥを医務室へ。俺は先に港に行く」
「は!」
 御者が車に繋いでいた馬を外し俺は港へ向かった。船で連れ去れでもしたら今からでは間に合わない。だが行くしか他にない。手綱を強くしごきその地へ急いだ。

 港に近付くにつれ騒ぎが大きくなっていく。すれ違う人の流れは港付近から逃げ出してきた住民によるもので、その先の広場でたむろになっており怪我人の手当などがされていた。子供の泣き声などが響いていて皆の不安が心配だ。俺は一旦そこで馬を止めて周囲に告げる。
「あとでカイセイが来る! 皆はここで待っていてくれ!」
 すると町民の顔が少しばかり晴れていくのが確認できた。大丈夫だ。大きな被害も無さそうだ。俺は再び人の波に逆らい港へと馬を進めた。
 港に入ると荒らされた跡だけがそこにあった。海岸線に黒く大きな船が走っているのが見える。あれがきっと例の船舶だったのだろう。
 馬を降り、周りを警戒しながら辺りを見回した。
「エセル! いるか! どこだ!」
 切り裂かれた麻袋がいくつも地べたに伏し、海風に粉を撒かれている。特に悲惨な状況ではなく人間同士で争いがあった痕跡は見られない。午前の便の貨物が幾つか失くなっていることから、きっと物資を狙って奇襲をかけた盗賊なのではないかと思う。
 関所の者も逃げられたようだ。人ひとり見かけない港で、エセルの姿を探し回ったが見つからない。あの船舶に連れて行かれたのか。と、諦めかけていた頃、どこかで助けを呼ぶ声が聞こえた。それは海から離れた森の近くからだ。
 そこへ向かうと声だけでその人物がすぐに分かる。茂みの影で、エセルが人を抱えて助けを呼んでいた。俺が来たのに気付くと、真っ先に抱えた人物のことを訴えている。
「どうした! 生きているのか!」
「先ほど打たれたのです! どうしたら良いですか!」
 エセルが抱えていた男は胸に矢を刺さして顔色を悪くしてた。そっと地べたに下ろし口元で呼吸を確認すると、大丈夫。息はしているようである。矢は体を貫いておらず防弾チョッキのおかげで心臓には届いていないようだ。しかしそれにしても出血が止まらず、男は痛がるよりも苦しそうにもがいていた。
 俺はすぐに察しが付き、エセルを男から引き離す。
「毒だ。触れないほうが良い」
 言うとエセルは目を開けたまま息を呑んだ。俺はその間にこの男に放たれた矢を注意深く見ている。自国で扱うものではないし、非常に繊細で曲がりのない高価な矢であった。
「何なんだこの男」
 見たことの無い顔だ。防弾チョッキを着ているということは、あらかじめ戦闘に備えていたというわけか。
 馬蹄の音が耳に入ってくる。すぐにその兵を呼び寄せて、この男は慎重に城に運ばれた。あとの兵は辺りの被害状況を確認しに回っている。この場所に残されたのは俺とエセルの二人だけだ。
「あの方、私をかばって撃たれたんです」
「なるほど。お前があの男を心配するのは構わんが、俺がお前をどれほど心配したと思っている」
 口にしてみて、初めて自分が怒っているのだと自覚した。あの男のことも生きていて欲しいとは思うが、今はそれどころでは無いだろうとエセルには言いたい。
「……すみませんでした」
 俺の強い口調にエセルは肩をすぼめた。呆れなのか安心なのか俺はため息が出る。
 だがこんな場所でのうのうと説教なんかをしている暇は無い。俺はポケットから中庭で拾った紙のメモを取り出し、エセルの目の前に突き出した。単刀直入に話を聞く。
「これは何なんだ。お前がこんな場所にいるのと関係があるだろう」
 エセルは驚いてそれを見ているが、すぐには口を開かない。ならば加えて言う。
「リトゥの手から落ちたのを拾ったのだ。お前が話さないならリトゥから聞こうか」
 黙っていたエセルであったが、場所を変えたいと申し出た。俺は移動を許可し、徒歩で少し行ったところの海岸に来た。せっかく二人で晴れた海を眺められるというのに、今は全くそういう気分にはなれないな。
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