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Ⅰ.進む国/留まる国
峠‐モヤモヤ‐
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五人ほどの騎馬隊とカイセイと俺と、馬が引く車にはエセルが乗っている。一行はゆるやかな峠の道を上っていた。
暖かな気候に恵まれて野の花が心地よさそうに頭を揺らしていた。頭上では縄張りを主張する大型の鳥が旋回しながら飛んでいる。
予期せぬ事件ですっかり後になってしまったが、俺達は西部の隣接地域を避けつつメルチ王国を目指しているのであった。
きっと大いに怒られることだろう。
気軽でいられるのもこの道中までなのかもしれない。
馬車と並走して馬を歩かせている俺と、その馬車を挟んだ反対方向にはカイセイの馬がいる。特に警戒態勢というわけでは無いがこれが自然な形であり不満はない。
ただし、カイセイとエセルとの間で何やらご機嫌な雰囲気が作られているのは気に食わん。さっきから花やら山やら石やら爺臭い話題でえらく盛り上がっている。
それに聞き耳を立てながら俺は鼻を鳴らしていた。しょうもない話題でケラケラ笑えるのだなと呆れ果てているのだ。
「……何を楽しそうに」
でも俺のモヤモヤするところはそこじゃない。
だいたい二時間くらい前に戻る。城を出発する前に各自は最終調整を行っていた頃だ。
俺は既にいつでも出られる状態にしてあり、書斎にて二人のことを待っていた。エセルとカイセイは大事な用で出掛けている。
あまりに暇であった。窓辺で佇んでおり、あの時港から持ち帰っていた矢を弄んでいた。
木枝をナイフか何かで荒く削っただけの矢だ。羽も付いていないから一見ただの木の棒である。凹みに弓糸を引っ掛けて飛ばす仕組みなんだろうが、これではまっすぐ飛ばすだけで難しいだろう。
そうして眺めていると、扉の向こうから常駐衛兵の声が入った。
「バル様、エセル様が戻られました」
「入れてくれ」
その矢は傍のくずかごに捨てた。扉が開いてエセルだけが入ってくる。
「もういいのか?」
「はい、もう大丈夫です。カイセイ様が送って下さいましたので」
エセルをその辺のソファーに座らせた。泣いたのだろうな目鼻が赤くなっている。
ちり紙を渡してやったら大きな音を立てて鼻をかんでいた。そして無遠慮にもう一枚と要求してきた。泣いているのはリトゥと別れた事によるものだ。
過保護かと思うくらい仕えていたリトゥは、本人から話を聞いてもエセルに対する母性のような熱い思いしか語られず、献身的にエセルを支えてくれていたのだと分かった。
そしてあのメモである。リトゥ曰く水差しの下に隠してあったと言う。濡れてよじれた文字で『私は生きます』と書いてあった意味深なメモは、当時一緒に逃げようと計画していたリトゥに別れを告げるものであった。
つまるところリトゥには何の罪もない。罪は無いが、エセルを庇うあまり俺のことを自身で手に掛けるつもりもあったと告白した。それでは城に置いておくことは出来ない。
「リトゥは安全なところで暮らしていけるだろう。俺が保証する」
「……はい。よろしくおねがいします」
エセルは深々と頭を下げながら言った。
時に、そのメモはまだ俺の手元にあった。
「あ、あの。それはもう捨て欲しいのですが」
「ん? これか? そうだな……」
一度はクシャクシャに丸められたメモであるが、若干このシワが味になって見えてきた。サイズも手頃だ。ゴミとしてはもったいない気がする。
「額縁にでも入れて飾ろうか。もうお前が勝手に逃げ出さないよう戒めにしてな」
俺が愉快に笑い、エセルが文句を垂れている。もちろん冗談のつもりであったが、あながちナイスアイディアではないかと思い始めた。
「ハハハ!」
「捨てて下さいってば!」
と、このように元の関係に戻って目出度し目出度し。……と、行きたいところであるが、俺は笑いながらも頭の片隅にどうも引っかかりがありチクチクしているのだ。
俺とエセルの関係は元に戻ったのか? いいや、微々でも前進していないとおかしいのではないか。
何故なら俺は一度エセルの唇を奪っているのだぞ。なのにギクシャクもしないのは喜べることなのかと、まるで俺だけが考えているみたいだ。
「それにしても意外にすっきりした書斎なんですね。本棚があるのに殆ど入っていない……」
物珍しそうに見回しエセルが呟いている。いつもエーデンのところに居るから整理整頓の感覚が麻痺してるんだろう。
そんなことはどうでも良い、と頭の中でだけで俺は思っており、口ではこのようなことを尋ねてみる。
「エセル。一昨日のことは覚えているか」
「え? 一昨日ですか?」
エセルは突然のことに小首を傾げた。
「私が目を覚まして、王子とカイセイ様がお見舞いに来て下さいましたよね」
「そ、それ以外は?」
固唾を呑んで返事を待っていたら、目を細めて唸るエセルが閃く。
「そうだ! 手紙を読まれましたよね、私の目の前で!」
また怒りの針が触れそうだったので慌てて言い直した。それより別のことがあっただろと言うと、エセルはより目を細く細くし眉間に皺を作っていた。
こういうのは前にも同じような事があった気がする。だが今回は是非とも思い出して貰わないと俺が辛い。
そこへノック音が響いた。
「バル様、カイセイ様が戻られました」
カイセイが入ってくる。大事な時であったのに案外早く帰ってきたな。
カイセイが戻ってくるなり急いで出発しようということになり、俺達の個人的なやりとりはここまでだ。
さて、話を峠の道に戻そう。そんな過去のことを考えている間に、いつの間にか下り坂に入っていた。相変わらずのどかな風景で心地よいではないか。傍ら、いち空間だけを除いてな。
「おいお前ら、これから怒られに行くのだぞ。気を引き締めろ」
一声かけるとケラケラ笑う声がぱったり止んだ。俺はひとりでフンと鼻を鳴らす。
のろりのろり行く馬にまたがり、俺は周りの景色とともに表情もとろけさせた。
暖かな気候に恵まれて野の花が心地よさそうに頭を揺らしていた。頭上では縄張りを主張する大型の鳥が旋回しながら飛んでいる。
予期せぬ事件ですっかり後になってしまったが、俺達は西部の隣接地域を避けつつメルチ王国を目指しているのであった。
きっと大いに怒られることだろう。
気軽でいられるのもこの道中までなのかもしれない。
馬車と並走して馬を歩かせている俺と、その馬車を挟んだ反対方向にはカイセイの馬がいる。特に警戒態勢というわけでは無いがこれが自然な形であり不満はない。
ただし、カイセイとエセルとの間で何やらご機嫌な雰囲気が作られているのは気に食わん。さっきから花やら山やら石やら爺臭い話題でえらく盛り上がっている。
それに聞き耳を立てながら俺は鼻を鳴らしていた。しょうもない話題でケラケラ笑えるのだなと呆れ果てているのだ。
「……何を楽しそうに」
でも俺のモヤモヤするところはそこじゃない。
だいたい二時間くらい前に戻る。城を出発する前に各自は最終調整を行っていた頃だ。
俺は既にいつでも出られる状態にしてあり、書斎にて二人のことを待っていた。エセルとカイセイは大事な用で出掛けている。
あまりに暇であった。窓辺で佇んでおり、あの時港から持ち帰っていた矢を弄んでいた。
木枝をナイフか何かで荒く削っただけの矢だ。羽も付いていないから一見ただの木の棒である。凹みに弓糸を引っ掛けて飛ばす仕組みなんだろうが、これではまっすぐ飛ばすだけで難しいだろう。
そうして眺めていると、扉の向こうから常駐衛兵の声が入った。
「バル様、エセル様が戻られました」
「入れてくれ」
その矢は傍のくずかごに捨てた。扉が開いてエセルだけが入ってくる。
「もういいのか?」
「はい、もう大丈夫です。カイセイ様が送って下さいましたので」
エセルをその辺のソファーに座らせた。泣いたのだろうな目鼻が赤くなっている。
ちり紙を渡してやったら大きな音を立てて鼻をかんでいた。そして無遠慮にもう一枚と要求してきた。泣いているのはリトゥと別れた事によるものだ。
過保護かと思うくらい仕えていたリトゥは、本人から話を聞いてもエセルに対する母性のような熱い思いしか語られず、献身的にエセルを支えてくれていたのだと分かった。
そしてあのメモである。リトゥ曰く水差しの下に隠してあったと言う。濡れてよじれた文字で『私は生きます』と書いてあった意味深なメモは、当時一緒に逃げようと計画していたリトゥに別れを告げるものであった。
つまるところリトゥには何の罪もない。罪は無いが、エセルを庇うあまり俺のことを自身で手に掛けるつもりもあったと告白した。それでは城に置いておくことは出来ない。
「リトゥは安全なところで暮らしていけるだろう。俺が保証する」
「……はい。よろしくおねがいします」
エセルは深々と頭を下げながら言った。
時に、そのメモはまだ俺の手元にあった。
「あ、あの。それはもう捨て欲しいのですが」
「ん? これか? そうだな……」
一度はクシャクシャに丸められたメモであるが、若干このシワが味になって見えてきた。サイズも手頃だ。ゴミとしてはもったいない気がする。
「額縁にでも入れて飾ろうか。もうお前が勝手に逃げ出さないよう戒めにしてな」
俺が愉快に笑い、エセルが文句を垂れている。もちろん冗談のつもりであったが、あながちナイスアイディアではないかと思い始めた。
「ハハハ!」
「捨てて下さいってば!」
と、このように元の関係に戻って目出度し目出度し。……と、行きたいところであるが、俺は笑いながらも頭の片隅にどうも引っかかりがありチクチクしているのだ。
俺とエセルの関係は元に戻ったのか? いいや、微々でも前進していないとおかしいのではないか。
何故なら俺は一度エセルの唇を奪っているのだぞ。なのにギクシャクもしないのは喜べることなのかと、まるで俺だけが考えているみたいだ。
「それにしても意外にすっきりした書斎なんですね。本棚があるのに殆ど入っていない……」
物珍しそうに見回しエセルが呟いている。いつもエーデンのところに居るから整理整頓の感覚が麻痺してるんだろう。
そんなことはどうでも良い、と頭の中でだけで俺は思っており、口ではこのようなことを尋ねてみる。
「エセル。一昨日のことは覚えているか」
「え? 一昨日ですか?」
エセルは突然のことに小首を傾げた。
「私が目を覚まして、王子とカイセイ様がお見舞いに来て下さいましたよね」
「そ、それ以外は?」
固唾を呑んで返事を待っていたら、目を細めて唸るエセルが閃く。
「そうだ! 手紙を読まれましたよね、私の目の前で!」
また怒りの針が触れそうだったので慌てて言い直した。それより別のことがあっただろと言うと、エセルはより目を細く細くし眉間に皺を作っていた。
こういうのは前にも同じような事があった気がする。だが今回は是非とも思い出して貰わないと俺が辛い。
そこへノック音が響いた。
「バル様、カイセイ様が戻られました」
カイセイが入ってくる。大事な時であったのに案外早く帰ってきたな。
カイセイが戻ってくるなり急いで出発しようということになり、俺達の個人的なやりとりはここまでだ。
さて、話を峠の道に戻そう。そんな過去のことを考えている間に、いつの間にか下り坂に入っていた。相変わらずのどかな風景で心地よいではないか。傍ら、いち空間だけを除いてな。
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