クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
26 / 172
Ⅰ.進む国/留まる国

街‐進んでいる‐

しおりを挟む
「甘いものを食って買い物したらもう良いだろう」
「だめだめ。最後にどうしても見てもらわないといけないものがある」
 そう言って最後に連れてこられたのは切り開かれた山であった。馬車から降ろされた俺達は、ただの山道の真ん中に立たされて呆然とする。
「ここからは少し歩くよ」
「歩く?!」
 目の前には上り坂がそびえ立っている。それを意気揚々と足を上げて歩き出すリュンヒンだ。ここは仕方ないと諦めて付いて行くしかない。しかしエセルだってそろそろ疲れているだろうと思う。時々石ころで足を滑らせる時だってあった。
「エセル、大丈夫か?」
 よろける体に手を差し伸べたが、エセルはプイッとそっぽを向いた。それどころか早足で上り坂をずんずん駆け上っていったのだ。俺は溜息をつくしか無い。
 このまま山頂まで歩かされるのかと思っていたが、意外と目的地は横道に逸れたところにあった。俺達は息をはあはあ荒くしていたが、リュンヒンはどこにそんな体力があるのだろう元気にジャンプだって出来る。
 到着した場所は炭鉱の採掘場であった。
「やっぱりこの国に来たなら現場も見ておいて貰わないとね」
 リュンヒンは最後の最後に統治者っぽいことを言い出した。
 もう時間も夕方であるし労働者は皆家に帰ったと思われる。ベルトコンベアーも止まっている。横向きに開いた洞窟のような形の炭鉱は、夕日に照らされ途中までは中が見えた。しかしそのずっとずっと奥は暗闇であり、あんまりじっと見ていると闇の方から迫ってきて飲み込まれてしまいそうだ。
 エセルも興味津々であったが、実は俺も少し興味深く色々見て回った。幼い頃にもこのような炭鉱はあったはずであるが、大人になってから見るとまた違うものを感じるものだ。
 平面にならした地面が横方向に伸び、等間隔で洞窟が開いている。よくも器用にコンパスで描いたみたいな丸に掘れるものだな、と思って見ていた。そういえば昔はもっと歪な形の洞窟だったと思い出す。
「バル殿、バル殿。ちょっとこっちに来たまえよ」
「なんだその言い方は。気持ちが悪いな……」
 変な調子のリュンヒンに付いて行くと、砂地の上に置かれた四角に無数のボタンやレバーが装着された何かごっつい物を見せられた。
「な、なんだこれは!」
 リュンヒンが怪しく含み笑いをする。
「なんだってこれは機械だよ!!」
 盛大に両腕を掲げて言われたが、機械であることぐらいは分かっているのだ。俺の反応がイマイチなのに拍子抜けし、そのうちちゃんと説明を始めた。
「穴を掘るすごい機械だよ。ここの丸いところがグルグル回って土や石をこう……モグラみたいにね。しかもすごいのはこの青い部分があるだろう? ここから水を……そう、噴水みたいに。もうとにかくすごい機械なんだよ。分かったかい?」
「……」
 勢いだけに圧倒される。というか、いつの間にか話が終わっていて置いてけぼりを食らった感じだ。
 ジェスチャーを駆使しながら彼が語ったのは機械の良さであった。思いがけない発見として、彼が機械についてかなり疎いことも初めて分かった。試しに少し踏み込んだことを質問してみるとリュンヒンは途端に固まる。
「うーん。今度テダムに会ったら聞いておくよ」
 完璧そうな彼にも意外な弱点があるものだ。

 この一見物騒にも見える重厚な機械の前で、俺とリュンヒンの話題はエセルのことになった。眩しい夕日を背に受けながら、古き馴染みの友として俺の妻の秘密を打ち明ける。
 確かにそれは驚くばかりの話になった。それでもリュンヒンは決しておどけず真摯に受け止め、俺やエセルのことを心配してくれたのだ。そして全てを話し終えると、俺は静かにリュンヒンに言う。
「エセルのこと、テダムには言わないでくれるか。メルチとネザリアは交渉中であるのに、こちらがネザリアの姫を娶ったっと知れば、互いの関係がまずくなるだろう」
 リュンヒンは低く唸って頷く。
「うん……そうだね。分かった、言わないでおく」
 事の重大さを加味してその後も何度も頷いてくれた。ふとこの機械を見上げてリュンヒンは言う。
「機械って僕はよく分からないけど、人の代わりに動くなんて割と良いもんだよ。事故も減ったしさ。君も隠居なんて決め込んでいないで、少しだけ前進してみたらどうだろう」
 前進か……。考えたがあまり上手に未来が描けない。
「機械を導入したい場所も無いし金も無い。俺にはまだまだ先の話だな」
 言うとリュンヒンは「だろうね」と微笑した。

 夕方を知らせる鐘がどこか遠くで鳴り出した。暗い話はここでおしまいだと言っているようである。少し明るさを取り戻したリュンヒンの声が俺に言う。
「エセルさんはその博士の本が好きなんだね。ということは彼女は医療に通じているのかい?」
「さあ。知らない」
 これにリュンヒンは大げさに項垂れた。
「はあ……コミュニケーション不足だね。もっと彼女のことを知るべきだよ。政治的にじゃなくてさ」
 俺はその意味がよく分からずにいた。それにもリュンヒンは不満を言いたげであった。エセルが俺達に気付いて掛けて来ようとしている。そろそろ本気で帰ろうと俺からリュンヒンに言おうとした。
「ちなみに僕は今日エセルさんを見ていて知ったことがあるよ」
 急にリュンヒンが言い出す。
「彼女いつも君が見えるところにいるよね。彼女は君といる時ずっと君のことを見ている」
 誰かの名言じみたことを口にしながら、リュンヒンがエセルに手を振っていた。振り返るとエセルも遠慮がちに手を振っている。もう一度リュンヒンに向き直り言う。
「お前を見ているの間違いじゃないのか?」
「今回はそうだったかも」
 手を振りながら肩をすくめた。
「エセルさんはちゃんと君のことが好きなんだと思うよ。だから早く仲直りしちゃいなよ」
「はあ? どこから何でそういう話になるんだ?!」
 俺が驚いているのにリュンヒンの方も驚かれる。
「だって君、今日一日中、愛が分からない……みたいな苦渋の顔をしていたじゃないか!」
 何故か当然みたいに言い切られた。俺的に今日一日の苦渋の顔といえば、ドデカいプリンで胃もたれしていたのと、頭痛の中で欲しくもないアクセサリーを手に入れたのと、体力を使い切って登山したくらいなんだが。
 愛が分からない? はあ? 意味不明である。愛ぐらい分かるも分からんも無いだろう。人間誰しも愛を持って生まれて来るものじゃないのか。
 そんな間にエセルが到着した。相変わらず俺と目が合うとすぐに背けられた。仲直りしろと言うが何も喧嘩をしたわけでもあるまい。勝手に怒って無視するあいつに俺からどうこうしなくても、こういうものは時間が解決してくれるものなのだ。
 俺は自分自身の信念のようなものにしがみついて、絶対に離れようとしなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

処理中です...