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Ⅰ.最後の宴
出来の良いボディーガード
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さっそく俺はエセルを探していた。ざあざあと雨が降っているから中庭では無い。部屋にも居ないし書物庫にも居ないとなると、エーデンのところであるなと思い向かっていた。
軽い足取りで颯爽と歩いていると、正面からカイセイがやってくるのに気がついた。向こうも俺のことに気がついたようだ。すぐに早足でやって来た。
「バル様。シャーロット様のご来城の件、日程が整いました。雪が降る前にお越し頂くのがよろしいかと思いますので、すぐに出発されるとのことです。一週間程で到着するかと思います」
「ああ。わかった。ありがとう」
それよりも、カイセイがやけに早口でまくし立てるように言うのが気になる。辺りもキョロキョロ見回しているし、落ち着きがないようだった。
「では、私はこれで失礼いたします」
尋ねる間もなくカイセイは早足で行ってしまった。廊下は走るものではないと心得ているカイセイである。律儀だなと思いながら俺はその背中を見送っていた。すると、今度はその背後から声がする。
「師匠~!!」
何だと振り返って見るとアルバートが俺のもとに走って来ていた。
「お、お前! どうやってここに!? この場所は関係者意外立ち入り禁止なはずだぞ」
「僕はエセル様のボディーガードだから関係者だ!」
その言葉を言い残してアルバートは俺の目の前を駆け抜けて行った。師匠呼ばわりなのは俺でなくカイセイのことだ。その師匠を追って行ったアルバートであるが、そういえば早足だったカイセイの背中は既に見えなくなっていた。
まったく。扉の兵士にも伝えておかなければならん。館と繋がる廊下で常駐する兵士に「あれは通さなくて良い」と言い聞かせておいた。
「アルバート……」
エーデン部屋の入口に佇んで俺は固まっている。まるでちょっとした超常現象と出くわしたみたいに身の毛がよだつ。
廊下でカイセを追いかけて後ろ方向に走って行ったはずなのに何故かここに居た。エセルと一緒に机に向かって書き物の手伝いをしていたのだ。
「王子、どうされました? あっ、私に用でしょうか?」
「あ、ああ……そうだ。ちょっと話したいことが」
たじたじで言いながら、顔を伏せて手を動かしているそこの男からどうしても目が離せないでいた。
そこへ不意に背後から肩を叩かれ、俺は間抜けな悲鳴を上げてしまう。後ろに居たのは幽霊だ。気前のいい幽霊に「ごきげんよう」と挨拶をされた。
ここはお化け屋敷なのか。と思っていたら、なんだただの白衣を着たエーデンではないか。エセルに手伝わせてから規則正しい生活が出来ているようだ。いつもりよ顔色がほんの少しだけ良い。
「エセルさんに頼みたい事があったのですが、いま先約が入りましたか」
エーデンが顔を綻ばせながら言った。
「なんで”あれ”がここにいる?」
話を無視して俺は、作業に没頭しているアルバートの頭部を指さした。エーデンは眠そうな目でアルバートを見ると、何が可笑しいのかゆらゆら微笑した。
「彼はよく働いてくれますよ。力仕事も進んでしてくれるから助かっています」
「お前の手伝いのために置いたわけじゃないんだがな」
これではエーデンがますます仕事をしなくなると案じている。そのとおりにエーデンはアルバートの名を呼んで近くに来させると、頼みたい仕事とやらを伝え始めた。
アルバートは従順な態度で良い返事を返していた。
「エセル様、行きましょう」
「え?」
アルバートはエーデンの仕事を受けると、エセルにそう言うのである。今までの話を聞いていれば、エセルには用が出来ていたと分かると思うのだが。
俺とエーデンが目をぱちくりさせている間に、この男はエセルの手を取って部屋の外へ出ていってしまった。
「あれあれ、連れて行ってしまわれた……」
置いていかれた俺は呆然と立ち尽くし、エーデンがそうポツリ呟く。
「……つ、連れて行ってしまわれたではない! あの男、手を!」
生かしておくものかと追いかけたが、俺を撒くよう回り道でもしているのか二人の行方は分からなくなってしまった。
また違う時である。
片廊下を歩いていた。窓の下には芝生の庭が広がっており、下を覗き見ると二つの頭部が動いていた。アルバートとカイセイが剣の練習をしているのだ。いや実際には、アルバートが剣の稽古にカイセイを離さない。と言ったほうが正しいのか。
そのまま行き過ぎて書斎に戻ろうと思ったが、俺はピタリと足を止めた。今なら行けるのではと考えたからだ。
その足で早々と書物庫へ向かうと、エセルが居た。
「こんにちは、王子」
いつものように明るい笑顔で迎えられる。
「すまん。ちょっと話したいことがあって」
言いながら書物庫に足を踏み入れると、そんなエセルの背後で本に顔を埋める男が座っているのにハッとした。その男は一度ちらっと目線を俺に向けただけで、また本の中へ目線を落としていた。
「お、お前は何で! 庭に居たはずだろう?」
これにはエセルが答えた。
「アルバートさんも本に興味があるのだそうで」
「そういう事を言っているんじゃない!」
思わずエセル相手にも声を荒らげてしまう。俺はすぐさまその場で謝った。
「それで、お話とは何でしょうか」
エセルは読んでいた本を畳んでこちらに向き直った。奥ではアルバートが何を思っているのか読書のフリだ。こんな場で元婚約者が近いうちに城に来るなど言えるはずが無い。
「……また次の機会にする」
「あら、そうなのですか」
アルバートには色々言ってやりたいことがあるが、ここはぐっと堪えて俺は書物庫を後にする。いいや、やっぱり言うべき事ははっきり言った方が良いと思い、再び書物庫の前までやってきたのだが、扉越しに楽しげな会話と笑い声が聞こえてきて意気消沈した。
ノックをしようとした手を仕舞い、俺は仕方なく書斎へ戻って行く。
書斎にはまた別の男の姿があった。自身の机に突っ伏しているカイセイである。この男が居眠りするなどたぶん初めてだと思う。起こさないようそっと側を通ると、カイセイは小さい声で唸リ声を発していた。それに怪訝な眉がピクピクと動いていた。
軽い足取りで颯爽と歩いていると、正面からカイセイがやってくるのに気がついた。向こうも俺のことに気がついたようだ。すぐに早足でやって来た。
「バル様。シャーロット様のご来城の件、日程が整いました。雪が降る前にお越し頂くのがよろしいかと思いますので、すぐに出発されるとのことです。一週間程で到着するかと思います」
「ああ。わかった。ありがとう」
それよりも、カイセイがやけに早口でまくし立てるように言うのが気になる。辺りもキョロキョロ見回しているし、落ち着きがないようだった。
「では、私はこれで失礼いたします」
尋ねる間もなくカイセイは早足で行ってしまった。廊下は走るものではないと心得ているカイセイである。律儀だなと思いながら俺はその背中を見送っていた。すると、今度はその背後から声がする。
「師匠~!!」
何だと振り返って見るとアルバートが俺のもとに走って来ていた。
「お、お前! どうやってここに!? この場所は関係者意外立ち入り禁止なはずだぞ」
「僕はエセル様のボディーガードだから関係者だ!」
その言葉を言い残してアルバートは俺の目の前を駆け抜けて行った。師匠呼ばわりなのは俺でなくカイセイのことだ。その師匠を追って行ったアルバートであるが、そういえば早足だったカイセイの背中は既に見えなくなっていた。
まったく。扉の兵士にも伝えておかなければならん。館と繋がる廊下で常駐する兵士に「あれは通さなくて良い」と言い聞かせておいた。
「アルバート……」
エーデン部屋の入口に佇んで俺は固まっている。まるでちょっとした超常現象と出くわしたみたいに身の毛がよだつ。
廊下でカイセを追いかけて後ろ方向に走って行ったはずなのに何故かここに居た。エセルと一緒に机に向かって書き物の手伝いをしていたのだ。
「王子、どうされました? あっ、私に用でしょうか?」
「あ、ああ……そうだ。ちょっと話したいことが」
たじたじで言いながら、顔を伏せて手を動かしているそこの男からどうしても目が離せないでいた。
そこへ不意に背後から肩を叩かれ、俺は間抜けな悲鳴を上げてしまう。後ろに居たのは幽霊だ。気前のいい幽霊に「ごきげんよう」と挨拶をされた。
ここはお化け屋敷なのか。と思っていたら、なんだただの白衣を着たエーデンではないか。エセルに手伝わせてから規則正しい生活が出来ているようだ。いつもりよ顔色がほんの少しだけ良い。
「エセルさんに頼みたい事があったのですが、いま先約が入りましたか」
エーデンが顔を綻ばせながら言った。
「なんで”あれ”がここにいる?」
話を無視して俺は、作業に没頭しているアルバートの頭部を指さした。エーデンは眠そうな目でアルバートを見ると、何が可笑しいのかゆらゆら微笑した。
「彼はよく働いてくれますよ。力仕事も進んでしてくれるから助かっています」
「お前の手伝いのために置いたわけじゃないんだがな」
これではエーデンがますます仕事をしなくなると案じている。そのとおりにエーデンはアルバートの名を呼んで近くに来させると、頼みたい仕事とやらを伝え始めた。
アルバートは従順な態度で良い返事を返していた。
「エセル様、行きましょう」
「え?」
アルバートはエーデンの仕事を受けると、エセルにそう言うのである。今までの話を聞いていれば、エセルには用が出来ていたと分かると思うのだが。
俺とエーデンが目をぱちくりさせている間に、この男はエセルの手を取って部屋の外へ出ていってしまった。
「あれあれ、連れて行ってしまわれた……」
置いていかれた俺は呆然と立ち尽くし、エーデンがそうポツリ呟く。
「……つ、連れて行ってしまわれたではない! あの男、手を!」
生かしておくものかと追いかけたが、俺を撒くよう回り道でもしているのか二人の行方は分からなくなってしまった。
また違う時である。
片廊下を歩いていた。窓の下には芝生の庭が広がっており、下を覗き見ると二つの頭部が動いていた。アルバートとカイセイが剣の練習をしているのだ。いや実際には、アルバートが剣の稽古にカイセイを離さない。と言ったほうが正しいのか。
そのまま行き過ぎて書斎に戻ろうと思ったが、俺はピタリと足を止めた。今なら行けるのではと考えたからだ。
その足で早々と書物庫へ向かうと、エセルが居た。
「こんにちは、王子」
いつものように明るい笑顔で迎えられる。
「すまん。ちょっと話したいことがあって」
言いながら書物庫に足を踏み入れると、そんなエセルの背後で本に顔を埋める男が座っているのにハッとした。その男は一度ちらっと目線を俺に向けただけで、また本の中へ目線を落としていた。
「お、お前は何で! 庭に居たはずだろう?」
これにはエセルが答えた。
「アルバートさんも本に興味があるのだそうで」
「そういう事を言っているんじゃない!」
思わずエセル相手にも声を荒らげてしまう。俺はすぐさまその場で謝った。
「それで、お話とは何でしょうか」
エセルは読んでいた本を畳んでこちらに向き直った。奥ではアルバートが何を思っているのか読書のフリだ。こんな場で元婚約者が近いうちに城に来るなど言えるはずが無い。
「……また次の機会にする」
「あら、そうなのですか」
アルバートには色々言ってやりたいことがあるが、ここはぐっと堪えて俺は書物庫を後にする。いいや、やっぱり言うべき事ははっきり言った方が良いと思い、再び書物庫の前までやってきたのだが、扉越しに楽しげな会話と笑い声が聞こえてきて意気消沈した。
ノックをしようとした手を仕舞い、俺は仕方なく書斎へ戻って行く。
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