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Ⅰ.最後の宴
祭りの夜
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収穫祭に始まりの時刻など無い。前日から店を閉めているような店主は、昼前から浴びるような酒を飲み始めているし、そこに酒を注ぐ者だって伝染するかのように飲まされるものだ。
石畳の道に沿ってカラフルな蝋燭が置かれた。そこに子どもたちが薪火を持って火を灯していく。揺らめく火は夕闇にぽつぽつと浮かぶようで、実に幻想的なものになった。
この名物を見ないことには済まされないと、家の中にいる人もまばらに外へと出てくる。そして恒例の景色に皆、満足げな唸りを上げた。
こうして、日が沈んだ頃から最も賑わう時間となり、本格的な宴の始まりとされるのだ。
人々が広場に集まる中に俺もいた。カイセイとエセルとアルバートを連れて城から出て来ている。にぎやかに行われる祭は、民も貴族も兵士も関係なく皆で祝う行事だ。子供は菓子を買い、大人は酒で乾杯で、とにかく笑っていればそれで良い。
「バル様、どうぞこちらに。ぬる酒がありますよ」
腕を取られる勢いで引かれて椅子に座らされた。
「カイセイ様も、さあさ」
「いや、私は」
同じようにしてカイセイも座らされる。二人がけの席で対面することとなった。
俺達が通りかかるのを前々から監視していたのだろうか。ずいぶん手際よく金属ジョッキが二人分運ばれてくる。中にはもちろん琥珀色の液がたっぷりと入っており、ほのかな湯気が沸いていた。これを断るわけにはいかん。
「よし、カイセイ。ここは男の勝負といこう」
俺はその溢れんばかりのジョッキを月の高さへ持ち上げた。しかしカイセイは嫌がっていた。嫌と言うなら仕方が無いと、ゴリゴリの筋肉を見せつける店主が悪い顔をしてやって来る。筋力に物を言わせてカイセイの手にジョッキを持たせてくれた。
「早飲みは酔いが回りますから。それに私はバル様のようにお酒に強くない……」
カイセイの遠慮は店主を説得できず、むしろガハハと笑われている。
「今日酔っておかないで、次いつ酔えるってんだ!」
「そうだそうだ!」と、周りの民衆も意見が一致していた。知らずに人だかりが俺達を取り囲んでいるのである。皇族の飲みの席が面白そうだと集まってきたようだ。
酒を飲む前に互いの揉め事を解決しておかねばならん。でないと旨い酒も不味くなってしまうからな。
「じゃあまずは、カイセイの文句を聞いてやろう」
「そんな文句なんてありませんよ」
何を言うか。毎日毎日愚痴が溜まって仕方ないだろう? というのは、俺からでは無く、店主と奥さんの方からされた。カイセイは心当たりが見つかったようでやる気が出たようだ。
……分かりきってはいたが、カイセイの俺に対する文句、不満、愚痴はひとつふたつの程度では無かった。ここでは一度の酒の席でひとつの揉め事しか飲み干せん。カイセイは俺への鬱憤を晴らすための酒を探しに、延々俺のことをひきずり回していた。
もう飲めないとなり、俺とカイセイは広場のベンチで一旦休憩をとることに意見が一致した。店の者に捕まらないよう、店側の通りと反対を向くベンチをわざわざ探して腰掛けた。
夜でこんなに寒いのに、頬から熱が発されて体中が熱い。しかしこの寒さのおかげで頭がスッとなり、いくら飲んでも潰れそうにないのが怖いところだ。
「そういえば、エセル様とボディーガードはどこにいるのでしょう」
「いい加減名前で呼んでやれ。アルバートだ。忘れてやるな」
俺はひょいと手首だけを動かして、二箇所に指をさし示した。エセルはいつかのように、大人や子供たちに囲まれている。アルバートは舞台の方で踊り子を口説いている。この国の王子が把握していないわけがない。
「さすがです!」
「だろ?」
俺もカイセイも同じ量の酒を腹に入れて酔ったせいで、お互いらしくないことを言っていても会話が成り立つ。
「エセル様と出会われて、バル様は変わったと思いますよ」
「変わった? 別にそうでも無いと思うが」
「いえいえ、変わりましたよ。前よりも前向きになったと思います」
隣のカイセイを見ると、頭上の空を見上げていた。俺も真似して上を見上げてみる。たくさんの星が散らばっており、どれもキラキラと輝いていた。
「ネザリアでもこんな空が見られるのだろうか」
呟いていると、暗がりのせいか酔いのせいか無性に恋しい気持ちに駆られる。
「エセルに聞いてみよう!」
「ああっ、ちょっと待って下さい!」
跳ねるように掛けていく俺の後をカイセイが追ってきた。しかしながら俺が指だけで指し当てた人物は休暇中の侍女であり、まるでエセルのようだが人違いだったのだ。
おいおい。となり、舞台の袖口に行ってアルバートの名を呼んだが、ここでも振り返ったのは全くの別人なのである。
広場に呆然と立ち尽くして周りを見回した。
「なんと……俺は酔っ払っているのか」
「いいえ。バル様は酔っ払ってなんかいませんよ。すぐに探しましょう!」
この事態にカイセイも途端に酔いが冷めたようだ。俺たちは手分けして中心部付近で二人を探し回った。
カイセイが飯屋の主人に声を掛ける。
「ご主人、エセル様を見ませんでしたか」
「さっきまで娘と話をしていたけど?」
その娘は今はひとりで、知らないと首を振っている。
俺の方は祭に参加していた侍女や兵士に声を掛けつつ探した。話を聞きつけた町の人が一緒に探してくれると手をあげてくれ、町を上げての大捜索が始まる。
通りや広場だけでなく店の中もくまなく探し、これだけ探しても見つからないということは、考えられることはひとつである。
「いたか?」
「いいえ。アルバートの姿もありません」
この日、エセルとアルバートは姿を消した。いいや、俺から姿を消してくれと二人に言ったようなものだ。いつかこうなることは分かっていたはずである。望んでもいたことでもある。しかし、いざその日になると、後悔の気持ちが徐々に顔を出してきた。
石畳の道に沿ってカラフルな蝋燭が置かれた。そこに子どもたちが薪火を持って火を灯していく。揺らめく火は夕闇にぽつぽつと浮かぶようで、実に幻想的なものになった。
この名物を見ないことには済まされないと、家の中にいる人もまばらに外へと出てくる。そして恒例の景色に皆、満足げな唸りを上げた。
こうして、日が沈んだ頃から最も賑わう時間となり、本格的な宴の始まりとされるのだ。
人々が広場に集まる中に俺もいた。カイセイとエセルとアルバートを連れて城から出て来ている。にぎやかに行われる祭は、民も貴族も兵士も関係なく皆で祝う行事だ。子供は菓子を買い、大人は酒で乾杯で、とにかく笑っていればそれで良い。
「バル様、どうぞこちらに。ぬる酒がありますよ」
腕を取られる勢いで引かれて椅子に座らされた。
「カイセイ様も、さあさ」
「いや、私は」
同じようにしてカイセイも座らされる。二人がけの席で対面することとなった。
俺達が通りかかるのを前々から監視していたのだろうか。ずいぶん手際よく金属ジョッキが二人分運ばれてくる。中にはもちろん琥珀色の液がたっぷりと入っており、ほのかな湯気が沸いていた。これを断るわけにはいかん。
「よし、カイセイ。ここは男の勝負といこう」
俺はその溢れんばかりのジョッキを月の高さへ持ち上げた。しかしカイセイは嫌がっていた。嫌と言うなら仕方が無いと、ゴリゴリの筋肉を見せつける店主が悪い顔をしてやって来る。筋力に物を言わせてカイセイの手にジョッキを持たせてくれた。
「早飲みは酔いが回りますから。それに私はバル様のようにお酒に強くない……」
カイセイの遠慮は店主を説得できず、むしろガハハと笑われている。
「今日酔っておかないで、次いつ酔えるってんだ!」
「そうだそうだ!」と、周りの民衆も意見が一致していた。知らずに人だかりが俺達を取り囲んでいるのである。皇族の飲みの席が面白そうだと集まってきたようだ。
酒を飲む前に互いの揉め事を解決しておかねばならん。でないと旨い酒も不味くなってしまうからな。
「じゃあまずは、カイセイの文句を聞いてやろう」
「そんな文句なんてありませんよ」
何を言うか。毎日毎日愚痴が溜まって仕方ないだろう? というのは、俺からでは無く、店主と奥さんの方からされた。カイセイは心当たりが見つかったようでやる気が出たようだ。
……分かりきってはいたが、カイセイの俺に対する文句、不満、愚痴はひとつふたつの程度では無かった。ここでは一度の酒の席でひとつの揉め事しか飲み干せん。カイセイは俺への鬱憤を晴らすための酒を探しに、延々俺のことをひきずり回していた。
もう飲めないとなり、俺とカイセイは広場のベンチで一旦休憩をとることに意見が一致した。店の者に捕まらないよう、店側の通りと反対を向くベンチをわざわざ探して腰掛けた。
夜でこんなに寒いのに、頬から熱が発されて体中が熱い。しかしこの寒さのおかげで頭がスッとなり、いくら飲んでも潰れそうにないのが怖いところだ。
「そういえば、エセル様とボディーガードはどこにいるのでしょう」
「いい加減名前で呼んでやれ。アルバートだ。忘れてやるな」
俺はひょいと手首だけを動かして、二箇所に指をさし示した。エセルはいつかのように、大人や子供たちに囲まれている。アルバートは舞台の方で踊り子を口説いている。この国の王子が把握していないわけがない。
「さすがです!」
「だろ?」
俺もカイセイも同じ量の酒を腹に入れて酔ったせいで、お互いらしくないことを言っていても会話が成り立つ。
「エセル様と出会われて、バル様は変わったと思いますよ」
「変わった? 別にそうでも無いと思うが」
「いえいえ、変わりましたよ。前よりも前向きになったと思います」
隣のカイセイを見ると、頭上の空を見上げていた。俺も真似して上を見上げてみる。たくさんの星が散らばっており、どれもキラキラと輝いていた。
「ネザリアでもこんな空が見られるのだろうか」
呟いていると、暗がりのせいか酔いのせいか無性に恋しい気持ちに駆られる。
「エセルに聞いてみよう!」
「ああっ、ちょっと待って下さい!」
跳ねるように掛けていく俺の後をカイセイが追ってきた。しかしながら俺が指だけで指し当てた人物は休暇中の侍女であり、まるでエセルのようだが人違いだったのだ。
おいおい。となり、舞台の袖口に行ってアルバートの名を呼んだが、ここでも振り返ったのは全くの別人なのである。
広場に呆然と立ち尽くして周りを見回した。
「なんと……俺は酔っ払っているのか」
「いいえ。バル様は酔っ払ってなんかいませんよ。すぐに探しましょう!」
この事態にカイセイも途端に酔いが冷めたようだ。俺たちは手分けして中心部付近で二人を探し回った。
カイセイが飯屋の主人に声を掛ける。
「ご主人、エセル様を見ませんでしたか」
「さっきまで娘と話をしていたけど?」
その娘は今はひとりで、知らないと首を振っている。
俺の方は祭に参加していた侍女や兵士に声を掛けつつ探した。話を聞きつけた町の人が一緒に探してくれると手をあげてくれ、町を上げての大捜索が始まる。
通りや広場だけでなく店の中もくまなく探し、これだけ探しても見つからないということは、考えられることはひとつである。
「いたか?」
「いいえ。アルバートの姿もありません」
この日、エセルとアルバートは姿を消した。いいや、俺から姿を消してくれと二人に言ったようなものだ。いつかこうなることは分かっていたはずである。望んでもいたことでもある。しかし、いざその日になると、後悔の気持ちが徐々に顔を出してきた。
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