91 / 172
Ⅱ.拓かれる秘境国
我が国の未来、過去
しおりを挟む
作業の進む山岳には、俺の知らん人間がうようよといた。カイロニア王国から派遣された労働者である。
トンネル工事はその国がかなりを負担すると言ったから、送り込んできた人間の数にもそうとう気合が入っているようであった。
山の一部に穴を開けるという作業はすでに始まっていた。
何やら物々しい巨大な機械がゴウゴウと地響きを鳴らしながら稼働している。
うちの兵士たちは普段見かけることの出来ないこの物騒な鉄の塊に、若干引き気味のようであった。
発展場には誰も近寄ろうとせずに、作業を全てカイロニアの派遣者によって進められている。
「仲良くやってるのか?」
俺は一番遠い場所からじっと佇んだままの警備兵に声を掛けた。
彼の軍服はうちのものであるから間違えることもない。
警備兵は振り返ってそこにいるのが俺だと分かり、急いで敬礼を構えている。
「はっ! 開始したところですが、今のところ何の問題もありません」
「作業はそのようだな」
人間関係はこれから良くなっていけば良いが。
機械の動きが止まると一瞬にして静かになった。
そしてトロッコに積んで運んできた石炭を機械の中に入れる作業が始まった。
「ああして燃料をいれるようです。石炭はカイロニアがメルチで買った物を運んでいます」
解説を聞き、しばらくその動きを見守っている。
石炭を詰め終わるとまた機械が動き出す。だが開始直後は非常に調子悪そうな音を立てていた。
「爆発しそうな音だ」
「ええ。正直少し恐ろしいです……」
うちの兵士たちがその音に怯えてワラワラ離れて行くのが、ある意味見ものであった。
なにせカイロニアの派遣者たちも、そんな弱気の兵士を眺めてケラケラ笑っている。
屈辱などには感じない。圧倒的な技術の差である。仕方が無い。
「完成はいつ頃になると言っていた?」
「四年後だそうです」
「四年後か……結構長いな」
まだ穴というようなものも出来ていない山肌をぼんやり眺めた。
トンネルを開通させた後はおおよそ汽車でも走らせたがりそうだ。それも負担してくれるのだろうか。
少し先の事を考えてみたが、機械音に邪魔されてすぐにかき消されてしまう。
「順調であること、カイセイに伝えておいてくれ。それから俺はもうひとつ寄るところがあるから、よろしくとも言っておけ」
「はっ! 了解しました!」
俺は待たせてあった馬車に再び乗ってあるところを目指す。
* * *
「……で。なんで君が僕のところに来るんだ」
そう言うのはリュンヒンである。
彼は自室の机にまで仕事を持ち込んでいて忙しそうであった。声にもその苛立たしさが出ている。
言わずともここはメルチ城だ。もちろん関所の人間には俺がのこのこやってきて驚かれたが、なんとか通してもらえた。
リュンヒンのもとへもさすがに連絡は回り、国土をうろうろして欲しくないとのことで城でのお目通りも叶う。
「なんでって暇だったからに決まってる。それ以外の理由なんかあるものか」
口だけで返事をし、俺は新王リュンヒンの豪華絢爛な部屋の隅っこで物色を図っていた。
急な来客にも関わらず丁重に出してくれたメルチ特産の茶は手つかずで、もうとっくに冷めきっていると思う。
「カイセイはどうしたんだい?」
机の上と睨み合ったままのリュンヒンは俺の奇行を見ていない。
「カイセイなら君のことを縛ってでも今こんな場所に来させたりしないはずだけど」
「そうだろうな。あいつには相談もなしに抜けてきた」
「まったく……苦労が絶えないね、彼は」
手元のことに集中しているためか、あまり心のこもっていない声である。
するとこちらは本棚からいいものを見つけた。
俺が勝手に取り出したのは木のフレームに入った写真である。本と同等の扱いを受けており、縦にされて仕舞われていたのだ。
俺はそれを持って近くのソファーに寝転がる。
高価な写真は記念に撮られたもののようだ。メルチ城の大きな門を背に、皆かしこまった顔つきで二列に並んでいた。
そこには若かりしオルバノが立っていた。リュンヒンやテダムの父でメルチ王国の元王だ。
彼の近くに今は亡き俺の父親の姿もある。
二人とも少年姿であり、まだ国王のなんたるかは考えていなさそうな、あどけない顔だ。
「堂々と泥棒かい?」
視界が陰ったかと思ったら、頭上から写真を覗いてくるリュンヒンが現れた。
「仕事は済んだのか?」
「君がいるのに進められるような案件じゃ無いんだよ」
机の方で書類一式をどこかに運んでいくメルチ兵の背中が見えた。
それから別の角度にはベンブルクから派遣されてきた監視役の兵士もいた。
「俺は邪魔者で、そこの監視兵は良いのか」
「ああ。あれはもう見えないことにしているよ」
リュンヒンも近くに座ってきた。
「昔の写真だね。失くしたっきりだったんだ。見つけてくれてありがとう」
せっかく出してきた写真をリュンヒンは取り上げようとする。そうはさせるかと俺は背中を向けて阻止した。
大事なものなのかと思ったら「そんなに欲しいならあげるけど」などとリュンヒンは言っている。
「写真のこの時、ひとつの国が割れる話はもうしていたんだろうか……」
俺から知らずに声が出ていたらしい。
少し遅れてからリュンヒンが言う。
「街が独立するなんて日常的にあることじゃないか」
「……」
俺はそれを聞いてはいたが、自分の頭で考える方に集中していた。
写真の中にいる歳の近そうな老人ふたりは、片方がメルチの王で、片方は役員で彼の親友であったと聞く。
二人は仲違いして国を割った。それがメルチから独立したクランクビストの誕生である。
大きな戦いがあったのかと思えばそうでは無く、チェスの勝敗によるものだったと俺は聞かされたが。
果たしてそんなゲームの勝敗だけでこんなデカい話が動くのかどうかは謎だ。
「君はほんと何しに来たんだか……」
後ろからリュンヒンの溜息が聞こえた。
トンネル工事はその国がかなりを負担すると言ったから、送り込んできた人間の数にもそうとう気合が入っているようであった。
山の一部に穴を開けるという作業はすでに始まっていた。
何やら物々しい巨大な機械がゴウゴウと地響きを鳴らしながら稼働している。
うちの兵士たちは普段見かけることの出来ないこの物騒な鉄の塊に、若干引き気味のようであった。
発展場には誰も近寄ろうとせずに、作業を全てカイロニアの派遣者によって進められている。
「仲良くやってるのか?」
俺は一番遠い場所からじっと佇んだままの警備兵に声を掛けた。
彼の軍服はうちのものであるから間違えることもない。
警備兵は振り返ってそこにいるのが俺だと分かり、急いで敬礼を構えている。
「はっ! 開始したところですが、今のところ何の問題もありません」
「作業はそのようだな」
人間関係はこれから良くなっていけば良いが。
機械の動きが止まると一瞬にして静かになった。
そしてトロッコに積んで運んできた石炭を機械の中に入れる作業が始まった。
「ああして燃料をいれるようです。石炭はカイロニアがメルチで買った物を運んでいます」
解説を聞き、しばらくその動きを見守っている。
石炭を詰め終わるとまた機械が動き出す。だが開始直後は非常に調子悪そうな音を立てていた。
「爆発しそうな音だ」
「ええ。正直少し恐ろしいです……」
うちの兵士たちがその音に怯えてワラワラ離れて行くのが、ある意味見ものであった。
なにせカイロニアの派遣者たちも、そんな弱気の兵士を眺めてケラケラ笑っている。
屈辱などには感じない。圧倒的な技術の差である。仕方が無い。
「完成はいつ頃になると言っていた?」
「四年後だそうです」
「四年後か……結構長いな」
まだ穴というようなものも出来ていない山肌をぼんやり眺めた。
トンネルを開通させた後はおおよそ汽車でも走らせたがりそうだ。それも負担してくれるのだろうか。
少し先の事を考えてみたが、機械音に邪魔されてすぐにかき消されてしまう。
「順調であること、カイセイに伝えておいてくれ。それから俺はもうひとつ寄るところがあるから、よろしくとも言っておけ」
「はっ! 了解しました!」
俺は待たせてあった馬車に再び乗ってあるところを目指す。
* * *
「……で。なんで君が僕のところに来るんだ」
そう言うのはリュンヒンである。
彼は自室の机にまで仕事を持ち込んでいて忙しそうであった。声にもその苛立たしさが出ている。
言わずともここはメルチ城だ。もちろん関所の人間には俺がのこのこやってきて驚かれたが、なんとか通してもらえた。
リュンヒンのもとへもさすがに連絡は回り、国土をうろうろして欲しくないとのことで城でのお目通りも叶う。
「なんでって暇だったからに決まってる。それ以外の理由なんかあるものか」
口だけで返事をし、俺は新王リュンヒンの豪華絢爛な部屋の隅っこで物色を図っていた。
急な来客にも関わらず丁重に出してくれたメルチ特産の茶は手つかずで、もうとっくに冷めきっていると思う。
「カイセイはどうしたんだい?」
机の上と睨み合ったままのリュンヒンは俺の奇行を見ていない。
「カイセイなら君のことを縛ってでも今こんな場所に来させたりしないはずだけど」
「そうだろうな。あいつには相談もなしに抜けてきた」
「まったく……苦労が絶えないね、彼は」
手元のことに集中しているためか、あまり心のこもっていない声である。
するとこちらは本棚からいいものを見つけた。
俺が勝手に取り出したのは木のフレームに入った写真である。本と同等の扱いを受けており、縦にされて仕舞われていたのだ。
俺はそれを持って近くのソファーに寝転がる。
高価な写真は記念に撮られたもののようだ。メルチ城の大きな門を背に、皆かしこまった顔つきで二列に並んでいた。
そこには若かりしオルバノが立っていた。リュンヒンやテダムの父でメルチ王国の元王だ。
彼の近くに今は亡き俺の父親の姿もある。
二人とも少年姿であり、まだ国王のなんたるかは考えていなさそうな、あどけない顔だ。
「堂々と泥棒かい?」
視界が陰ったかと思ったら、頭上から写真を覗いてくるリュンヒンが現れた。
「仕事は済んだのか?」
「君がいるのに進められるような案件じゃ無いんだよ」
机の方で書類一式をどこかに運んでいくメルチ兵の背中が見えた。
それから別の角度にはベンブルクから派遣されてきた監視役の兵士もいた。
「俺は邪魔者で、そこの監視兵は良いのか」
「ああ。あれはもう見えないことにしているよ」
リュンヒンも近くに座ってきた。
「昔の写真だね。失くしたっきりだったんだ。見つけてくれてありがとう」
せっかく出してきた写真をリュンヒンは取り上げようとする。そうはさせるかと俺は背中を向けて阻止した。
大事なものなのかと思ったら「そんなに欲しいならあげるけど」などとリュンヒンは言っている。
「写真のこの時、ひとつの国が割れる話はもうしていたんだろうか……」
俺から知らずに声が出ていたらしい。
少し遅れてからリュンヒンが言う。
「街が独立するなんて日常的にあることじゃないか」
「……」
俺はそれを聞いてはいたが、自分の頭で考える方に集中していた。
写真の中にいる歳の近そうな老人ふたりは、片方がメルチの王で、片方は役員で彼の親友であったと聞く。
二人は仲違いして国を割った。それがメルチから独立したクランクビストの誕生である。
大きな戦いがあったのかと思えばそうでは無く、チェスの勝敗によるものだったと俺は聞かされたが。
果たしてそんなゲームの勝敗だけでこんなデカい話が動くのかどうかは謎だ。
「君はほんと何しに来たんだか……」
後ろからリュンヒンの溜息が聞こえた。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる