クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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Ⅱ.王位継承者

青空

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 からっとよく晴れた夏日が現れた。
 自室の窓から青々とする空を眺めると、今日は書斎には一歩たりとも踏み入れんと誓う。
 気持ちが沈めばあとは上がるだけである。
 この日は何かを始めるには良さそうだなと俺は直感で感じ、勇ましく自室の扉を開け放った。
「わあ!?」
 驚いて声を上げたのはカイセイであった。
 俺も少しは驚いた。まさか扉の裏に人がいるなんて思いもしない。俺はカイセイに「こんなところで何をしている」と言いかけて、いや待てよと考える。
「危ないだろう」
 その言葉に変えて俺はスタスタと歩いて行った。
 今日は面倒事に巻き込まれたくない日であったのもあるが、兄上のいる場所でカイセイと関わっていたくないとも思ったからだ。
「ちょっと待ってください。どこへ行くんです」
 だがカイセイは俺の後を追いかけて来た。「そちらは書斎ではありません」などとも言う。
「早く兄上のところへ戻れ」
「……」
 カイセイは押し黙ったが、それでも俺の後から離れずに早歩きしてきた。
 渡り廊下で常駐の兵士に軽く挨拶をし、薬品臭の漂う研究者たちの館へ渡っても懲りずに付いて来た。
 このままでは今日という日が台無しなので俺は歩幅を小さくする。
「どうしてそう俺に関わってくるのだ。兄上の好きなようにやらせれば良いだろう」
 カイセイの言わんとすることを察して俺は背中越しに告げている。
 早足でカイセイが俺の隣に追いついてきた。
「先日の会談、お聞きになってどう思われました?」
 カイセイは俺への返答を置き去りにして、自分の言いたいことを優先した。
 わざわざ声をひそめてまでして兄上と敵対したいのかと呆れている。
「どうって。心底から俺は忌み嫌われているなと思った次第だが」
 適当に答えるとカイセイからは「違いますよ!」と強く否定されてしまった。
「エセル様の話が出たでしょう。アレン様が陰謀を図って政略結婚まで取り付けていたんです。このまま王位に付かれてしまえば手遅れになるかもしれません。国の危機的状況です。どうも思われないのですか!」
 怒り口調のまま告げられた。
 その勢いには驚いたが、話の内容には俺は冷静である。
「俺をあてにするな。なんとかしたいなら母上に直談判してみれば良い」
 向かった先はエーデンの部屋だ。扉を数回ノックしても返事がないのと、扉の鍵が閉まっているので俺は引き返した。
 カイセイとの話は切り上げたと心では勝手に思っていたが、カイセイもまだ付いて来た。
「それならもうしました」
 優等生の正義感を振りかざすように答える。
 別に馬鹿な奴だなとは思わん。カイセイならそうするだろうと最初から思って言っていた。
「母上は俺のことを殺せなど命じたか? お前もその会談の部屋に居たなら聞いていたはずだろう。母上も兄上と同じ考え方だという話だ」
「……はい。王妃様はその考え方については否定されませんでした。しかし仰っていたのは、民のことが心配であると」
 俺はついおかしくなりフンと鼻で笑う。
「心配しているだけで世の中が明るくなるなら万々歳だな」
「バル様!」
 注意など喰らうものかと舌を出し、俺は中庭へと駆け出した。
 花壇のどの花も美しく咲き誇っており、数匹の蝶が選びたい放題に飛び交っていた。
 花も虫も鳥も風も、この季節の訪れを喜んでいるようである。
「そのうち俺も出て行ってやる。そうすれば人生はバラ色だ。自由気ままに旅人にでも再就職してな」
 自分の役割が無くなるのは憂うべきことなのか。いや、逆を返せば自由にやれるではないか。
 エセルも可能なら旅を共にすれば良い。
 国と季節を渡り歩いて、美しいものを見て、旨いものを食べる。
 そんな自由に憧れて青空を見上げた。現実から逃避するのには絶好な鮮やかさであった。

「羽振りがいいんだね」
 そんな空想を黒で塗りたくるような声が背後からする。
「人ってうまくいっている時、自分は何にでもなれるような気分になるもんだ」
 だんだんと近くなる話し声は、中庭の芝生までも踏んで来た。
 振り返ればやはり兄上である。
 兄上の伸びた髪が夏の風になびいていた。
 ふと違う方向を見れば「カイセイ、ここにいたの?」などとわざとらしく言っている。
「二人で庭の散策か。昔からそんなに仲良しだったっけ? ……ちょっとちょっと、そんなにしょんぼりしないでよ。これじゃまるで僕が水を差しちゃったみたいじゃないか」
 俺もカイセイもパッタリ喋らなくなることで兄上が気にした。
「公務の隙間ですか?」
 何か喋らないとと思い俺から聞いている。
「うん。ちょっと気晴らしに。ずっと部屋に閉じこもっていると腐ってしまいそうだよ。よくもお前もカイセイもずーっと席について作業していられるね。僕には厳しそうかも」
 兄上は、晴天に腕を伸ばしてみたり、ぐるぐると首や肩を回して凝りをほぐしていた。
「……そうですか」
 話の広げ方が分からない。
 しかし今日の兄上はいつになくよく喋った。
「それにしても今日はなんて良い天気なんだろう。こんな日は何か新しいことでも始めたくならない?」
 兄弟として似ている部分はあるようだ。
 清々しい風を受けながら俺と同じことを口にした兄上であったが、ひとりで「例えば」と挙げたものは爽やかなものではなかった。
「連日雨続きだったから戦いは延期だっただろうに。こんな晴れた日には火薬にも火がちゃんと着くね」
 護衛兵士として微笑み程度の明るい表情を保っていたカイセイであっても、兄上の物騒な物言いにはだんだん表情を曇らせている。
 たぶん俺の顔も同様だろう。
「身近な場所で戦いでも?」
「あれ。知らない? リュンヒン殿がベンブルクに宣戦布告を出している事」
 知らないわけが無い。
 九カ国首脳会議の時点で互いに戦意を剥き出しにしていた。
 それにネザリアに向かった数日前には実際に戦争が起こっていたらしい。あれはやはり大雨のせいで延期になっていたのか。
「両国の国境での応戦だよ。気になるなら見に行ってみれば」
 近くでサーカスでもやっているかのように軽々しく言う。
 兄上はカイセイの方にも目を向けて「一緒に行ってくる?」と聞いていた。休暇扱いにしてやるなどと言及し、まるで観光の一部か何かと履き違えている。
「いや。俺だけ見てくる」
 俺はそのまま兄上の視線を横切って城門の方へ向かった。
 少し離れたところで兄上が張り上げた声で俺に言ってくる。
「向かうなら多少急いだ方がいいよ! もしかしたらもう終わっているかもしれない!」
 俺はチラッと振り返り、横目で兄上を見る。
 兄上は片手をラッパの一部のよう口元に添えたまま、反対側の手では俺に大きく振っていた。
「気をつけてねー!」とも言っていた。
 心配そうにこちらを見るカイセイのことも少しは見た。
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