クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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lll.ロンド小国、旧ネザリア

ロンド入国

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 一行はベンブルクの街の中にいる。俺とアルバートとルイス、ジギルス率いる騎兵隊の皆も無事に生きて出発したのだ。
 朝になってからとりあえずルイスには軽くだが礼を告げておいた。
 当人は「滅相もございません」と言いながら真顔で、実に褒めごたえの無い男であるとつくづく感じた。
 馬車はガラガラと音を立てて変わらぬ景色を小窓に映して行く。
 この国を抜ければロンドになるのかと俺はぼんやり思うのと、ここより危険が付き纏うだろうなと少し気を引き締めたりしているのだ。
 だが突然、馬車は速度を落とす。
 何かとすれ違うのかと思いきやその場に停車した。
 コンコンと扉がノックされて外から開かれる。
「バル様。関所のチェックを」
 すでに馬を降りていたジギルスがそう言った。俺は、はて? と思う。
 扉の隙間から見える景色はベンブルクの街中で変わらない。それもこの道の先へ同系色の建物が連なっているようであるし。
 何をおかしなことを言っているのかと思いながら、しかし馬車を降りてみればそこは本当に関所であった。
「身の回りの検査を行いますのでこちらへどうぞ」
 暗殺などとは程遠い感じの良いベンブルク兵士が俺達を別室に案内している。
 いかにも敵を寄せ付けないような頑丈な鉄柵に沿って歩き、よくある関所の調査室に一人ずつ入った。
「この先がロンドの私有地か?」
 書類を書きながらベンブルクの兵士に問うた。
「はい。くれぐれもお気をつけください」
 そう答えていた。間違いはないようだ。

 出発の準備を待っている間、俺は怪しまれん程度に柵の近くをふらふら歩き、隙間から向こう側を覗き見ていた。
 鉄柵を越えても続くベンブルクの街並みが異様だ。
 ロンド側の敷地でも同様に人の往来もあり、荷車で物を運んでいたりして働いているようである。
 しかしどちらの国の民も関所に近付こうとはしない。あくまでも自身の日常を送っているだけのようだ。
 物珍しさに見ふけっていると、真後ろから足音が近づき真面目な声がかけられた。
「バル様。ここからは徒歩で参ります」
「ああ、わかっている」
 ここでジロジロ見ていなくても、これから中に入って見物するのだ。
 俺は踏ん切りを付けて振り返った。真後ろにいるのは兵士かルイスだと思ったらアルバートであった。
 あまりに驚いてしまったために「おお……」と中途半端な声を出している。
「今、僕だって分からなかったでしょう?」
 ニヤニヤと目を細めているアルバートだ。
 それが無ければ、ようやくコイツも出来る男を演じ始めたかと好印象であったのに。
「お前は本当に学習しないな」
 するとアルバートは両手をポケットに詰めてそっぽを向く。
「だって師匠は師匠です。僕は僕ですよ」
 そのまま皆が集まるところへ行くようだ。
 俺も後から付いて行っている。
 アルバートがもっともな事を口にするなど生意気だ。などと思いながら。

 鉄柵の一部が門になっており、そこを俺たちが越えるとすぐに門は閉められた。
 その場でガチャガチャと鍵まで掛けられてしまえば、まるで獣を放った檻に入れられた餌のような心地である。
「馬ぐらい別に良くないですかぁ?」
 僕は僕です。の、アルバートが歩きながら言った。靴底を地べたに擦っていて、さぞ嫌そうな雰囲気を醸し出している。
 同じ徒歩でもジギルスは乱れぬ歩幅で背筋も伸びていた。
「ロンド小国における協定は厳しく、物の輸出には数々の審査が必要です。馬や馬車のような大きな物体を運べる物は規定外。もちろん人材の派遣も認められていません。なので今回我々が出入りするのは特例なのです」
 俺が宿でアルバートに何度も言い聞かせたことを丸々説明してくれて助かる。
 ロンドに隣国するベンブルク、カイロニア、旧ネザリア、そしてもうひとつの国は、どうしてもこの小国を最小限に留めておきたいらしい。
 集団でよっぽど嫌っている。傍観している分には面白いがな。
「……そうか」
 俺は思い出した。
 ロンドといえば、王が領地を手放すことで出来た国なのだった。
 過激な集団の暴走行為を抑え込めなかった結果、国という形でまとまってもらい規定で縛りあげているわけだ。
 だとすれば他の国の街並みも現れるかもしれん。
 そして思った通りに、ベンブルクの街並みはだんだんと田舎風景に変わる。元々の国境らしきレンガ低壁の残骸を越えれば、また違う風貌の街並みが見えてきた。
 昔ながらの設計を尊重した新しめの建物が目立つ。カイロニア王国の元領地に入ったのである。
「面白いな」
 素直にそう感じて俺は口に出した。まるで敷地の中に小さな国があるようだ。 
「そうだろ。気に入ったかい?」
 俺に返事をするような声が聞こえて一行は立ち止まる。
 前方ではなく、すでに通り過ぎたところの店前に座り込む男が話しかけていた。
「そこの一行。うちのお頭に会いに来たんでしょう? 案内しますぜ」
 若めの男である。細身の体は日によく焼けて筋肉質だ。俺はすぐにセルジオの最南端、関所モドキで出会った民らに似ていると感じた。 
 若者はその場を立ち上がると後ろ方向へとひとり歩いて行く。
 自然と俺たちの間では、着いて行くか、やめるかの選択肢を迫られる。
「行こう」と言うのは俺であり、それをルイスは阻止するに当たった。
「おーい旦那。ここを曲がりますぜー」
 見えなくなる手前で若者は俺たちに手を上げている。
「俺の決定だ。あれに着いて行く」
「認められません。危険過ぎます」
 危険を察知するのがいくら上手と言っても、俺の決める事に従わんのは手下として困ってしまった。
 ルイスと睨み合っている間に若者は姿を消した。彼の言う通りであれば、そこの角を曲がって進んでいると思われる。
 そこでアルバートが手を叩く。
「行きましょう。多数決で勝ちです。急がないと行っちゃいますよ」
 奇しくもここはアルバートに救われ、俺たちはあの若者を急いで追った。
 彼は角を曲がったところで待っていた。俺たちが追いつくとまた背中を向けてどこかへ歩き始める。

「すみません……やっぱ選択肢間違えました……」
 アルバートは俺の後ろに隠れて声を震わせている。
「いや。間違っていないぞ」
 だがそう言う俺も誰かの後ろに隠れたい気持ちである。
 ベンブルクでもカイロニアの街並みでも無い砂地の場所に複数のテントが張られていた。
 軍人の駐屯地。キャンプと呼ばれる場所に近い。
 清潔感とはまるでかけ離れた砂をかぶる場所で、厳ついゴロツキ達が輪になって昼間から酒を飲んでいる。
 若者も到着するなりその輪に吸い込まれて行った。
「お頭ならあそこですんで」
 小ぶりな酒瓶で指したのは一番奥に位置する大きなテントである。その後は陽気な歌を歌いながら酒に飲まれていった。
 ここで立ち尽くしているのもジロジロと見られている。
「ロンド小国代表エレンガバラはあそこに居る。必ず話をつけて帰らねばならない」
 俺が言うのは自分に言い聞かせるためだ。
 アルバートがしがみ付く手を振り払い、潔く大きなテントへと歩き出した。
 凝視される視線は構わず、目当ての大きなテントの前にたどり着くと門番である大男が俺を見下ろした。
「何か用か」
「エレンガバラ殿に御目通り願いたい」
 するとすぐにテント内から「誰が来た?」と声が聞こえてきた。
 大男はその者に俺たちの到着を告げた。
 門前払いだろうか、と案じていると、テントの入り口が内側からめくられて最近見た顔がこちらを覗いた。
 血走る野獣のような目つきで俺のことを睨む。
「誰だァ? お前」
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