クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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lll.ニューリアン王国、セルジオ王国

護衛の悩み

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 この席は二人掛けだが、ルイスにはヤツの近くにあるベンチに座ったらと提案した。
 すると俺の言うことを聞いてベンチに座ったのだ。それだけでこっちは驚くのである。
 ルイスはしっかりと両足を揃えて静かにしていた。
 まさか座ると言葉が話せなくなるのかと二度驚いた。いいや、沈黙はすぐに破られる。
「私のことが信用なりませんか」
 ルイスは俺に届くように言ったのだ。
 水の流れる音であったり、小鳥のさえずりなどの癒し効果のある物たちを無視して、緊張感のある面持ちでこっちを見ている。
「ああ、信用ならん。今でもレッセルに使われているのだと思っているが」
「私はベンブルクを離れました」
「それもどうだか。俺がお前を信じる理由がまず無いだろう」
 ふと流れた風でやってきた飛沫を片手に受ける。
 手のひらを空中でヒラヒラさせて冷んやりする感覚を何となく味わった。
「人は機械では無い……」
 それも何となく口にしたのだ。
 ルイスは何のことか理解できないと反応して来ない。
 しんみりしていると急に風が強まって飛沫が顔にまで迫った。戯れるかのごとく俺は逃げ惑った。
 思ったよりも濡れてしまったと服を叩いていても、ルイスは一緒になって笑ったりなど出来ないのである。
「祖国が嫌いな兵士など聞いたことがありますか?」
「え?」
 何か言われて聞き返せば、ルイスはもう一度言うのではなく続きを告げた。
「疑問を抱いたまま王に仕えるのはこの身が千切れる思いです。いったい私は何のために動くのかと。いったい誰に問えば掬い上げられるのだろうと、考え、絶望し、この世を恨むしかありません。分かりますか?」
 道案を尋ねるのと同じように淡々と言われるが中身の密度は存分に濃い。
「……ま、まあ。分からんこともない」
 たじたじで答えてしまった。
 もちろんルイスは「どういうところが」と聞いてくる。
 俺は唸りながら言葉を捻り出した。
「産まれたからその国が好きになるのは違うだろう。俺も別に祖国が好きだったわけではないし、兄上は昔から嫌っているからな」
「しかしバル殿はクランクビストをアレン殿から取り戻したいのですよね?」
 またコイツは。俺から直接話していない内容を知っている。
「どうしてその考えに至るのですか?」
「どうしてと言われてもな」
「私なら、手放してしまいそうです。バル殿とアレン殿では何が違うのですか? 長男次男の差ですか? それとも国に対する思想の違いですか?」
 真面目な顔で質問攻めに遭い、こちらはイライラしてきた。
「あのなぁ!」
 デカめの声を出したら無表情のままだが黙ってはくれた。
「嫌いだからと言って捨てまくっていたら何も無くなってしまうだろうが」
「何も……しかし滅殺などされません限り国が滅ぶということは」
「そうでは無い。己の道理だ。筋道だ。嫌いと分かったなら何が嫌いなのか考えてみろ。切り捨てるだけで解決したのでは間違いなんだぞ」
 ふんと鼻を鳴らしてやれば、ルイスは両膝に手を置いたまま組まずに足元を見落としてしまう。
 強気で言ったことに後悔は無いが、必要以上に傷付けたかと心配になってしまう。「間違いですか」など呟くから余計にだった。
「間違うことは誰にもあるし、それに他人では間違いだとは言い切れん」
 自分でも分からんフォローになった。良いことを言ったつもりが台無しだ。
 とにかくだ。疑問があるならその疑問を訴えてみれば良い。世の中を恨む前にお前にしか出来んことが山のようにあるのだ。……と、なぜかヤツを励ましている。
 しかしそれは不本意だろうと俺は気付いた。
「見習えとは言わんがあの犬は才能の塊だ。お前がいくら優秀だっとしても命を預けるなら犬の方にしておく」
「……犬?」
 気にせず続ける。
「悔しいなら落とし穴の掘り方ぐらい教えてもらうと良い」
「落とし穴……」
 補足する気は無かったが、ちょうどよくこの庭に別の来客が来たようである。
 それはエセルとメイドであった。「あの噴水です!」とか言う嬉しそうな声が聞こえてくるから連れてきてもらったのだと思う。
 俺はエセルに見つかる前にこのベンチから去っていた。
 ルイスには散るようにと命令した。ヤツはスクッと立って垣根の隙間を縫う小道へと消えて行った。
 飛沫に紛れて噴水の裏側へまわり、建物の影に入ってからは一度だけ彼女を振り返る。あとは執務室へとまっすぐに帰っていくだけだ。

 月の明かりが照らしているだけの暗い部屋で、カチカチと音が立っている。
 この場をもし誰かに見られたならば泥棒だと確定されるが、俺の自室なので気にしていない。
 ダイヤルをカチカチと回し、四桁の数字の最後を揃え終わった。すると若干だが奥の方で仕掛けが動くような振動をこの手に感じる。
 本当なのかと疑いをかけながらも取っ手を引くと、この引き出しは無事に開かれたのである。
 四桁の数字は、あの噴水の裏に刻まれていた知らぬ日付で合致したのだ。
 その引き出しが完全に開き切る前に、中身の物が俺を出迎えるように転がってこちらに来た。当初からゴトゴト音を鳴らして動いていた物がこれだったのだ。
 俺はそれを拾い上げる。勲章にしては大ぶりのものだった。
 膝を伸ばして立ち、月明かりに照らしてその勲章をよく見た。
 メルチ王国の国旗模様をあしらった金色のブローチである。これを身に付けられるのはこの国の王族のみだ。
 他には何があるのかと引き出しの中身を机に出すのだが、あとは雇用にまつわる重要書類ぐらいしか無かった。
 期待外れであるとため息をついた後、取り出した物は元の場所へ戻しておいた。王家の勲章も紙類の上にそっと乗せて再び鍵を閉めておく。
 眠る前にぼーっと窓から街を見納めていた。
 メルチの街は明るく夜寝るのが遅い。朝も早いのによく働く国民だと、俺はまだ他人事のように思う。
 そういえばリュンヒンもオルバノ元王も、あんな勲章を胸に掲げてなどいなかった。
 それを俺が付けるというのは、だいぶ門違いだと思うばかりだ。
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