女髪結い唄の恋物語

恵美須 一二三

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春の三

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「今日も素敵な仕上がりね!
それに話しを聞いてくれてありがとう、唄」

「どういたしまして。
緊張も解れたみたいでなによりです」

 仕上がりの確認も無事に終わり、髪結いの道具の片付けを始める。

「ねぇ唄、顔合わせが終わった次の日に少し会えないかしら?
お茶とお菓子をご馳走するから。
早速、顔合わせの話しを聞いて欲しいのよ」

 私も顔合わせがどうなったのか絶対気になってしまうと思うから、ぜひ話しが聞きたい。

 だから、このお誘いは願ったり叶ったりだわ。

 でも、三日後の予定はどうだったかしら?

 三日後は確か……
 
「その日は仕事が一件あるので、昼八つからでいいなら会えますよ。」

「ありがとう!仕事もあるのにごめんなさいね。
昼八つにお茶とお菓子を用意して待ってるわ」

「それでは、また三日後に。
良い報告を期待してます。」

「お唄さん、入り口までご案内します」

 風呂敷に包んだ仕事道具を持ち、お花さんに別れを告げて部屋を出て、お雪さんに入り口まで案内してもらう。

「お唄さん、お花様を元気づけて下さったことお礼申し上げます。
顔合わせが近づくにつれ、どんどん元気がなくなってしまっていたので心配していたんです」

「ふふ、私は髪結いとして一人の友人として、当然のことをしただけです。
だから、お礼なんていいんですよ」

「お唄さんのようなご友人がお花様にいて下さって良かったです」

「もう、急になんですか?
改まってそんな風に言われると照れちゃいます」

 そう言ってお雪さんと笑い合いながら歩くと、そろそろ入り口が近づいて来た。

 すると、見知った男が現れた。

「やぁ、唄。
今日は姉さんの髪結いで来てたのかい?」

「そう。ちょうど、終わって帰るところ。
千太は今日も忙しそうだね」

 お花さんの弟で、白木屋の長男の千太だ。

 同じ寺子屋で仲良くなったので、千太もお花さんと同じく友人だ。

 ……いや、同じくと言ったら少し違うかも。

 千太とは歳が同じということもあって、お花さんよりも実は仲が良い。

 私は気が強いと人から言われることがあるけど、それも嫌がらないし。

 私は自分を気が強いなんて思ったことはないけど、世の男性から言わせると、私は『勝ち気で生意気な女』で煙たがる対象らしい。

 それを気にして、一時期は私も変わろうと色々頑張ったこともあった。
  
 でも千太は、

「変わる必要なんてない。
そのままの唄でいいんだ」

 と言ってずっと私と友人でいてくれている。

 今では、千太とはお互いなんでも遠慮せずに言い合える仲だ。

「もうすぐお昼時だから一旦休憩なんだ。
よかったら一緒に何か食べに行かないかい?
今日は僕のおごりで」

「あら、いいわね。
一緒に行きましょう」

 私もお昼をどこかで食べてから帰ろうと思っていたらちょうどよかった。

「唄、何か食べたいものある?」

「……一つあるわ。千太は?」

「実は僕もあるんだ。同時に言ってみない?」

「いいわよ。せーのっ、」

「「蕎麦っ!!」」
 
「「あははははっ」」

 同じものを食べたいと思っていたなんておかしくて、思わず二人で肩を揺らして笑ってしまった。

 千太とは食べ物の好みが昔から結構似ている。

「ははっ、まさか食べたいものが同じとは思わなかったよ。
それじゃあ、蕎麦にしようか」

「ふふっ、本当おかしい。
でも、食べたいものが一緒でよかったわ。
お雪さん、ここまで案内ありがとうございました」

「いえいえ。お二人は本当に仲がよろしいですね。
若旦那様も、お唄さんもお気をつけて行ってらっしゃいませ」

「ありがとう、それじゃあ少し行ってくるよ」

 お雪さんに別れの挨拶をして、私と千太は白木屋を出た。



 ーー二人で話しながら通りを歩くと、あっという間に蕎麦屋に着いた。

 暖簾(のれん)をくぐって中に入ると、店主が元気に声をかけてきた。

「へい!らっしゃい!!」

「蕎麦二つお願いします」

「蕎麦二つだね?  
ちょいと、待ってておくれよ!」

 注文を聞いて店主が蕎麦を作りに行ったのを見届けて、私たちは席に座った。

 そういえば、今朝のことを千太になら話してもいいかも知れない。お花さんは自分のことで手一杯の様子だったから話せなかったし。

「ねぇ千太、今日の朝に私とんでもない話しを聞いちゃったのよ」

「なんだい?とんでもない話しって?」

 千太は興味深そうに少し身を乗り出した。

「母さんから聞いたんだけどね、私に許嫁がいるらしいのよ。詳しくは聞けなかったけど、父さんも知ってたみたいだから少なくとも二年以上前から」
 
「っっ!そう、なのかい?
それは……驚きだね」

「そうなのよ!
お花さんの話しをしてる時に、母さんがたまたま口を滑らせてそれで知ったの」

 お花さんの話しがなかったら、私は許嫁の話しを今もまだ知らないままだったかも知れない。

「他には何か聞いてないの?」

「それが全然なの。
相手に詳しく言わないで欲しいって言われてるみたいで、母さんも教えてくれなかったわ」

「そうなんだ。
今度どこかで会ったら、僕からも聞いてみるよ」

「ありがとう。そうしてちょうだい。
全く、どうして詳しく言えないのかしら?」

 思わず、また溜め息が出る。

 私の許嫁の話しを私が教えてもらえないなんて、本当におかしな話しだ。

「へいっ!お待ち!」

 そんな話しをしているうちに、店主が蕎麦を運んで来た。

「教えてもらえないなら、今は考えてもしょうがないんじゃない?
とりあえず蕎麦が来たから食べよう」

「それもそうね。
それじゃあ、」

「「いただきます」」

 許嫁のことは気になるけど、千太と食べた蕎麦はとても美味しかった。




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