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夏
夏の十二
しおりを挟む「ーーでは、今日はこれで失礼します」
楼主との話しを終えて、私と千太は吉原を出た。
しばらく歩いたところで千太が口を開いた。
「唄、いい加減にやせ我慢するのはやめたら?」
「あら、なんのことかしら?
私、全然やせ我慢なんてしてないわ」
「嘘つけ。
お前、ずっと泣くのを我慢してるじゃないか」
「あははっ!
……嫌だわ。気づいたって知らないふりしててよ」
本当、千太には敵わないわね。
上手く隠せてると思ったのに。
「はぁー、こんなに辛そうな唄を見て知らないふりなんてするわけないだろう。
馬鹿だね、お前は」
ため息を吐いた千太は、優しい目をして私の頭を撫でた。
「やめてよ。
今そんなことされたら泣いちゃうわ」
ずっと我慢してたのに。
だって、蛍さんが死を選ぶほど追い詰められていたことに気づかなかった私には、涙を流す資格なんて無いでしょう。
「唄」
「えっ?」
急に千太が私を抱きしめた。
「長い付き合いだからね、お前が何を考えているかわかるよ。
どうせ、自分を責めてるんだろう?」
「!!」
言い当てられてしまって、何も言い返せない。
「唄、お前が悪いはず無いじゃないか。
みんな、自分の人生の選択肢は自分自身で選んで生きていくんだ。
どんな選択肢を選ぶかは、その人自身の責任だよ」
「千太の言う通りだって、本当は私もわかってる。
でもね、何か出来ることがあったんじゃないかってどうしても、考えちゃって……」
ついに耐えられなくなって、頬を涙が流れていく。
千太は抱きしめながら頭を撫でて、
「ああ、やっと泣けたね。
我慢しないでたくさん泣きな。
唄が泣き止むまで、ずっとそばにいるから」
優しい声でそう言ってくれた。
「ぐすっ、せんたぁっ」
一度流れた涙はせきを切ったように止まらなくなってしまって、私は千太の腕の中でしばらく泣き続けた。
ーー数日後、私と千太はとある寺にいた。
「住職様、二人をよろしくお願いします」
「ええ、もちろんですとも。
しっかりと供養させて頂きますのでご安心を」
「ありがとうございます。
では、私達はこれで」
「はい、お気をつけてお帰り下さい」
住職に見送られて寺を出た私達は、帰り道を歩いた。
「千太、忙しいのに一緒に来てくれてありがとう」
「唄はいつも予測出来ないことをするからね。
心配で放っておけないんだ」
「ふふっ、なによそれ。
私がなんだか問題ばかり起こしてるみたいじゃない」
「問題というか、お前は本当に予想外のことをするだろう?
今回のことだってそうだよ」
「だって、せめて二人を同じお墓に入れてあげたかったんだもの。
それに、ちょうどいい資金源もあったし」
そう。あの日唄は、蛍を権八と同じ墓に入れて欲しいと楼主にお願いしていた。
そんな金のかかることは出来ないと最初は楼主に断られてしまったが、その分のお金は自分が出すからと唄が頼み込んでなんとか許可された。
その後、蛍から貰った帯を売ってその費用に当てて二人を同じ墓に入れることに成功したのだ。
今日は、二人の墓を管理する寺の住職に挨拶をしに来ていた。
「結構な金額だったていうのに、お前はどうしようもないほどお人好しだね」
「あれはもともと蛍さんの物だったんだから、それを売ったお金は蛍さんの為に使うのが道理ってものでしょう?」
「ははっ、唄のそういうまっすぐなところ僕は好きだよ」
「ふふふっ、私も千太のこと好きよ。
いつもありがとう」
千太には本当に感謝している。
あの日も私が泣き止むまでずっとそばにいてくれたし、今日だって心配してついて来てくれた。
私にとって、千太は一番大切な友人だわ。
「!!
なっ、なんだい急に?
別に僕はっ……あー、こっちを見ないでくれ!」
首まで真っ赤になって千太は照れていた。
「うふふっ、感謝されるのがそんなに恥ずかしかったの?変な千太」
「うぐっ、放っといてくれ……」
赤くなって顔を隠す千太を、しばらくからかいながら歩いた。
ーー二日後の休日、唄は長屋で許嫁からの文を読んでいた。
「うーん、母さんから私のことを何か聞いたのかしら?」
文にはいつもの甘ったるい言葉ではなく、唄の体調を気づかったり心配するような言葉が書かれていて、和歌もいつもとは様子が違った。
『世の中は常にもがもな渚漕ぐあまの小舟の綱手かなしも』
恋愛とは全く関係無い和歌は初めてだった。
『世の中がいつも変わらずあってほしい。波打ち際を漕いで行く漁師の小舟が舳先にくくった綱で陸から引かれている、ごく普通の景色が切なくいとしい』だなんて、もしかしたら私を気づかってこの和歌を送ってくれたのかも?
「意外と私のことを思ってくれていたのね」
執拗に愛をささやいてくる割には正体も明かさないような相手なので、実はあまり信用していなかった。
愛の言葉だってそこまで信じていなかった。
でも、これからは少し認識を改めた方がいいのかも知れない。
私を案じる程度には思ってくれているのだから、今までの文もふざけていた訳ではないのかも。
まさか、今までの和歌で伝えてきていた思いは案外本気だったのかしら……。
「まあ、まだ完全には信用しないからね!」
唄の許嫁への評価が少しだけ改まった瞬間だった。
「あっ、もうこんな時間!
これから千太と鰻を食べに行く約束をしてるから、早く行かないと」
唄は慌ただしく長屋を飛び出して行った。
辛く悲しい別れを乗り越えて、こうして唄はまた日常を取り戻していったのだった……。
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