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戻って来るなら一向に構いません
しおりを挟む女将さんに怒られたおかげで、いっきに頭が冷えた。夜に宿屋で大騒ぎするなんて、恥ずかしいことをしてしまったわね。
「改めて、色々申し訳ありませんでした。舞い上がってしまいましたが、俺の頬を打ちつけた時、手が痛かったでしょう?俺のせいで、すみません。それなのに、また頬を打ちつけて欲しいと浅ましく強請るなんて……リヴに隠し事をするという大罪を犯したのに、図々しいですよね?本当に、大変失礼しました。ああ!俺はなんてことを……」
一方ルベルは、冷静になったことで怒涛の勢いで自己嫌悪が湧き出し、涙ぐんでいる。
「かなりヒヤヒヤしたけど、とりあえずお前が正気に戻って良かったぜ。もう遅いし、俺は寝るぞ。じゃあな!」
ひらひら手を振り、あくびをしながらティグレは部屋を出て行った。
「リヴ、本当にすみませんでした」
とっくに私の怒りは落ち着いているのに。二人きりになっても、まだルベルは反省と謝罪を繰り返している。
大きな体が、いつもより頼りなさげに小さく見えて可愛らしい。
「ふふっ、私はもう怒っていないわよ」
抱きしめて背中を優しくさすると、ルベルは安心したように吐息をもらした。
「これからも、あなたの隣に居させていただけますか?」
「ええ、もちろん。むしろ、私から離れるだなんて言ったら、また頬を打ちつけてしまうかも」
だから、ずっと一緒にいてちょうだい。
「くすくす」
「うふふっ」
笑い合い、お互いの気持ちを確かめるように何度も口づけを交わす。これで、完全に仲直りね。
ーー次の日。
三人で女将さんに昨日のことを謝罪してから、宿屋を出発した。
『どっちが本命か知らないけど罪な娘だねぇ』と、私が女将さんに笑われていたら。青い顔をしたティグレが慌てて否定し始めて、面白かったわ。私の本命はルベルだけだと、知っているくせに。ルベルったら、凄い顔でティグレを睨むんですもの。
「あとちょっとで、聖地アドラディオに着くのか。いやぁ、長かったような短かったような……」
遠くに聖地アドラディオが見え始めた頃。歩きながら、ティグレは感慨深そうな表情を浮かべた。
「そうね、色々あったけど楽しかったわ。あなたとも出会えたし」
「へへっ、照れるぜ」
ティグレは照れくさそうに、オレンジ色の髪に触れた。
あら?普段なら、そろそろルベルがヤキモチを焼きそうなのに。
「ルベル?どうかしたの?」
いつもは私の先を歩くルベルが、珍しく遅れていることに気づいた。
「何故か、さっきから足が急に動かしづらくなって……」
困惑した顔で、ルベルは自分の足を見つめている。
「おいおい、大丈夫かぁ?」
ティグレが心配そうに近づくと。
突然、ルベルの足元が光り輝き始めた。
「「「!!」」」
何が起きているの!?
「これは……魔方陣、か?」
ルベルが呟いた通り、まばゆく光りを放つ地面には、魔法陣の様な模様が浮かび上がっていた。
「嘘!?足先から少しずつ吸い込まれているわ!」
「危険です!近づかないで!!」
慌てて駆け寄ろうとした私を、ルベルは厳しい表情で強く止めた。
一体どうしたらいいの?こうしている間にも、どんどんルベルの体は魔法陣に吸い込まれているのに。
「どうなってんだよ!?」
ティグレも、なんとか出来ないのかと焦っている。
「召喚系の魔法陣のように見えるが、詳しくはわからない。どうやら、時間は無いみたいだな。ティグレ、荷物をお前に渡す。リヴを頼んだ。俺が戻るまで、絶対に守り抜け」
すでに腰のあたりまで吸い込まれているルベルは、急いで荷物を影から取り出し、ティグレの方へ放り投げた。
「……わかった!ちゃんと無事に戻って来ないと許さないからな!!」
覚悟を決めた強い瞳で、ティグレはそう叫んだ。
「リヴ。すぐに戻りますから、聖地アドラディオで待っていて下さい」
「いや!ルベル!ルベルーッ!!」
「近づいちゃダメだっ!」
ルベルに近づこうとする私を、ティグレが羽交い締めして止める。
「俺を信じて」
そう言い残すと、ついに全身を魔法陣へ吸い込まれ、ルベルは消えてしまった。
「いやあぁぁぁっ!!」
こんなの嘘よ……きっと、悪い夢だわ。早く覚めて。
「なんにもしてやれなくて、ごめんな」
私はただ、しばらく呆然と涙を流し続けた。
「ルベル……どこへ行ってしまったの?」
あなたがいない人生なんて、嫌よ。
「あいつなら、必ず戻って来る。どれだけ強いか、知ってるだろ?きっと今頃、自分を召喚した奴をボッコボコにしてるぞ。辛いかも知れないけどさ、今はあいつを信じよう」
ティグレにそう言われて、最後にルベルが言った『俺を信じて』という言葉を思い出す。そうよね。信じてと言われたのに、立ち止まって泣いている場合じゃないわ。
「ありがとう、ティグレ。聖地アドラディオに行きましょう!」
そこで、ルベルを信じて待つわ。
「おう!行こうぜ!」
涙を拭って前を向き、私はティグレと聖地アドラディオを目指して歩き出した。
早く戻って来てね、ルベル……。
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