夢の骨

戸禮

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3章 望まれた王国

41 剣輝

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「日本刀か。あれから一年も経つのだから、君なりの色が出てくるのも当然だろうな」

 飄々とした口調。息を飲むような冷ややかな視線となおも軍人然とした規律を感じるに十分な体に一本筋が通っているような威風堂々たる風格。一年の歳月を経て身長が4センチ伸びた育ち盛りの彼から見ても、さらに一つ視線が高い精悍なシルエットはもはや他の何者とも見紛うはずはなかった。
 軍服を着こなしていた頃からは想像がつかない黒を基調とした独特の祭礼服のような韓国風の衣装を身に纏っているが、見た目の動きずらさからは乖離した尋常でない身体運動は今まさに彼が体感したところだった。手にしたアジア質な片手剣には以前からの変わりはなく、その剣の腕は一年の修練を積んだアンブロシアでも決して楽観視できない実力だということは身に染みて理解していた。

「…白英淑ベク・ヨンスク元上官。貴方には全世界規模の指名手配が掛けられています。……佐呑島で行ったTD2P援軍に対する妨害行為。及び、最重要級捕縛対象であるクラウンの脱獄幇助は世界の平和を脅かす極めて悪質な犯罪行為でした」
 アンブロシアは手にしていた太刀を鞘にゆっくりと納めていく。
「しかし、極めて特異的な状況下における精神の攪乱や夢想世界の戦闘に比例して現実で生じた精神汚染要素の膨大さを考慮すれば、貴方の起こした行為も次第によっては情状酌量の余地はあります。
 俺は、貴方と戦いたくはありません。どうか、こちらの心情も察して投降してはくれませんか?」

「自分の行為の影響の大きさについては十分に理解している。今更どの面を下げてTD2Pに戻るというのか。
 それに私も君を殺すのは嫌だ。唐土君、私は君に会いたかったんだ」
 アンブロシアの視線が落ちる。
「それは、どういう」
「君も私と一緒に来るんだ。TD2Pに居れば居るほど、君は自分の本当の姿から遠ざかっていくだろう。私は君の記憶を戻し、自分の夢を探求する手伝いをしたい。君に降りかかる艱難辛苦も、私が振り払ってやろう」
「それは、どうして?」
 アンブロシアの声が沈む。

「悪魔の僕を淘汰することが、君の本当の望みなのか?闘争の中に身を置き、目的すら見失って盲目的になってしまっては己を失うばかりだ。ここで敢えて自分語りをさせて貰うとすれば、私は自分が行った犯罪行為を反省こそすれど、後悔はしていない。……私はあちらで自分なりの夢の形を想い抱くことができた。君にも自由を味わってもらいたい」

「……TD2Pきっての情報網を持つ捜査部であってもこれまでの貴方の所在は掴めずにいた。あくまでもクラウン一派に匿われていると思われる、程度のものでした。ですが、今の貴方の発言はまさに貴方が反社会的な組織構造体の中に身を置いていると示すものだ」
「そうだ。私は普段クラウンの側近として度々TD2Pの人間を刻んでいる」
「貴方ほどの規律正しい人がっ、どうしてそんな真似を」
「……そうだな」

 英淑の手に拳銃が生成される。
「強いて言えば、今の方が寝起きが爽快だから。かな」

 トリガーを引く動きに反応し、アンブロシアは身を動かす。納刀状態の鞘を支え、腰を捻りながら距離を詰めて居合抜刀を仕掛けた。
 だが、抜刀段階で彼の意識は別の事に割かれる。単純な話、抜刀を英淑に完璧に併せられてることによる恐怖が直感的に動きを鈍らせた。
 英淑の剣線がアンブロシアの首筋を掠め、身を退かせた後の彼の首を赤く染めさせる。

「ものは試しと思って、こちら側に来てくれ」
「断る」
「なら」

 アンブロシアの動体視力を凌駕する高速の突きが彼の右目を穿った。
「多少強引にでも招待しよう。君は特別なゲストだ」
「……わかったよ。そっちがそのつもりなら」

 彼の左目から強い赤い靄が溢れ出る。
「四肢を捥いででも更迭する」
 




夢想解像むそうかいぞうか。君は蜂に成りたかったのか?」

「ヴウウゥゥンンッ!!」

 裂帛するような羽音に合わせ剣の軌跡が飛び交う。蜂に憑りつかれたような姿に変化したアンブロシアが持ち合わせる独特な間合いで容姿に似合わぬ日本刀を振り捌く。英淑は揺らぎを帯びたようなステップで怒涛の連撃を受け流しつつ、彼の一瞬の死角を捉える形でえげつない角度からの斬撃を仕掛けてくる。
 剣戟による力技に持ち込もうにも単純な競り合いでさえ、夢想世界の身体バフに加えて剣に体重を乗せることに長けた英淑の斬撃によって、かえって押し返されてしまう。

「ふっ」
 上体を沈めた状態から得意とする回転技を仕掛けるも、初見であるにも関わらず英淑は異形の体を成すアンブロシアの攻撃を見切ってしまった。彼の回転に逆行する形で反対方向の回転斬りを放ち、お互いの剣を毎回弾き合うことで攻撃を無力化してしまった。

「強くなったな。唐土君」
「貴方が帰ってきさえすればいずれまた一緒に鍛錬を積むことも出来るでしょう。俺の地位も一年を経て大きく飛躍しました。今なら、貴方への免責を最小限にできるように働きかけることも出来る」
「優しいな。君は」

 英淑は蹴りで彼の斬撃を受け流すと崩れた姿勢の彼に鋭い剣線を叩き込む。

「しかし、どうだろう?……世間や組織というものは、君ほど私を甘やかしてはくれないものだ」
 バク転しながら彼女はアンブロシアの右腕を斬り上げた。
 高硬度な蜂部分の体表を傷つけることこそできなかったが、僅かに捉えた人間部分の肉からは勢いよく血が噴き出す。
 僅かに怯んだ彼の隙を見逃すことはなく、剣を宙に放り投げたうえで、彼女の腕は拳法の崩拳の形を成してアンブロシアの腹部を弾丸のように打ち付けた。

「オぉ…っ」

(強い。単純な剣術や身体パフォーマンスではお話にならない)
 彼の意識に危機感が奔る。
 人蜂の体躯を沈め、四股の型を採る。四本二対の翅を振動させ、空気を絡め取りながら攻撃に備える。
 溜め込んだエネルギーを一挙に放出するようにして、翅によるブーストを駆けた彼の全身が超速で英淑に突撃した。悪魔の僕の上位固体にも通じるレベルの突進攻撃であり、モーションが発生してからこれを受けるのは不可能だと彼は判断しての攻撃選択だった。

 英淑は剣を大上段に構え、振り下ろす。視界に捉えることすら困難な超速突進を完璧に見切り、アンブロシアの左側面の大部分の肉を削ぎ落して見せた。
 血が塊となって地面に飛び掛かった。翅もろとも掻っ捌かれたアンブロシアはバランスを崩して派手に転倒する。

「これは凄い……。初動の分かりやすさはあるが、単純な速度で言えば冠域使用状態のスカンダ号と遜色ない。むしろ、瞬間的な動きの突破力には君に分があるだろう」
「うぐぅぁ!」

「わかっているとは思うが、私は超が付くほどの反撃特化型カウンタータイプだ。短い時間ではあるが、私を師事していた君の剣術にもその嫌いは移ってしまっている。同じくカウンターを得意とする者どうしの競り合いであれば、先に仕掛けた方に不利が付くのは明白だろうに」

 アンブロシアの身が跳ねる。宙に身を置いた状態で受けた傷口を瞬間的に修復し、英淑に襲い掛かる。
 動きをピンポイントに併せてきた英淑は、最小限の動きで剣を弾き放ち、間合いに迫った彼の心臓を突き刺した。

「突きも得意だ」
「…ぶっ……」
 英淑の回し蹴りによって彼の頭が地面でワンバウンドする。

「君が強くなるのを躊躇わないように、私も私でそれなりに強くなっている」

「………。室長」

[アンブロシア。その勝負はやや不利だ。相手の戦闘理由が君の拉致にあるのであれば、ここは一旦退くのが英断だろう]
「いいえ。…冠域の使用許可を願います」
[…許可できない。君の収斂冠域しゅうれんかんいきにはまだまだ解明できていない不確定な要素が多分に含まれている上、この佐呑の不安定な空間バランスの崩壊に拍車をかけることは明白だ]
「白英淑はここで決着をつけないと、TD2Pにとって強大な敵になります!」

「ふふっ。身内割れをしていては、勝てる戦いも取りこぼすことになるぞ?」
 英淑が剣を曳く。瞬間的な突きを五発ほど打ち込まれ、最期の一撃の衝撃によってアンブロシアの上体が後方に押し出された。

「ぐっ」

[白英淑がクラウンの側近的な立場にあるのだとすれば、後の大討伐の際に接敵する可能性は十分にある。何もここで必ず決着をつける必要はない]

「それはどうだろうな。声の人」
[……。まさか、専用通信を傍受しているのか?]
「何事にもコツはある。こうしてボイジャーへの指令が漏れ放題だというのに、大討伐が順調に進んで私の元まで軍が到達する可能性は限りなくゼロに近いだろう。そもそも、TD2Pが性懲りもなく大討伐などという負の歴史を繰り返すという暴挙に対し、私は非常に感嘆の念を抱いている。
 唐土君が大討伐の駒として使われて、私と邂逅する前に命を落としてしまってはあまりに不憫だ。彼は彼なりに、冠域さえ使えれば私に勝てると思っているようだし、ここは我々の顔を立てると思って口を出さないでいてもらえないだろうか?」

[悪魔の僕の手先に成り下がった軍人の発言など、真に受けて堪るか]

「正論だな。だが、まぁ、このいかれた深度の空間で冠域を発動するリスクへの懸念はお察しする。司令官としては唐土君に退かせるのが正しいのだろうが……。こうしてしまえば否応なしだろう」
 英淑は人差し指を地面に突き立てた。
[まさか…貴様ッ]

「冠域展開。鶴唳島嶼かくれいとうしょ

 通信室で観測されている夢想世界の空間深度が急激に上昇する。そして、それに比例するように佐呑全域の空間の安定度が著しく悪化していった。

 夢想世界では彼女の展開した冠域による空間浸食が生じ始める。指先を置いた地面が屹立する岩石へと変化し、周囲のランダムな座標が天まで迫り上げる石柱のような構造物へと変化していく。アンブロシアが蹲っていた辺りもまた足場が大きな石柱へと変化し、みるみるうちに高度を上げて上昇していく。
 やがては両手で数えらえるほどの数の石柱が雲海のような天を突き抜けて固定され、元の座標すら視認できない高所へと両者は誘われた。

「…こんな高くなっただけのステージが貴方の夢なんですか?」

「さぁ。だが、希望はある程度叶っている。……君たちの先程の会話の中で収斂冠域という耳馴染のない単語を出していたが、せっかくだから見せてくれないか?」

「…室長」
[お前が冠域を発動させればまず間違いなく決定的な空間の崩壊が引き起こされる。…だが、仕方ない!ボイジャー:アンブロシア号の冠域使用を許可する。徹底的に深度を解放し、一撃で打破せよ]
「了解」

 
 夢想解像の肉体生成効果によって、無理やり身体修復を行ったアンブロシア。
 彼の周辺の空間にノイズが奔る。

収斂しゅうれん冠域:陽の沈む町サン・ゴーズ・タウン
 天に競りあがった石柱には馴染まない、夕暮れ時の町が周囲に構築されていく。
 最初は張り付けたような町の背景。次に少し遠くの辺りに姿を現す信号機。最終的には彼らの足元がアスファルトと石柱の混交した奇妙な舞台へと移り変わっていく。

「これは、信号鬼の冠域。……なるほど。収斂冠域とは収斂進化に擬えられた造語だな。どういう理屈か知らないが、君は他人が固有的に保有しているはずの独自環境をこうして自分の意思で構築してしまえるのか」
 英淑の剣が水色の光を放つ。
「惜しむらくはそのチョイスセンスだろうか。共に戦い、打倒した信号鬼の力をひけらかすとは、随分皮肉めいているじゃないか」

「冠域延長:#陽が没した町_ナイト・カルナヴァル__#」
 周囲が昏く変遷する。信号鬼が扱った冠域強化手法である夜の顕現そのままだった。
 闇に包まれる空間の中で、英淑の剣ばかりが煌々を光を帯びている。

 そして英淑の耳に届く太刀の鯉口の音。
「日本刀を用いた君なりのカウンター。……居合で受ける気か。私が攻めなければ何も始まらなそうだな」

「……コルデロさんの死を受けて、貴方がTD2Pに絶望した心境はよくわかります。俺だって悲しかった。…貴方がクラウンの解き放ったと聞いた時も胸が締め付けられる想いだった」

「そうか」

「もうTD2Pにキンコルはいません。だからといって、貴方の中にあるTD2Pへの猜疑と怒りが消えるとは思いませんが、それでもやっぱり貴方には清く正しい立場でいて欲しい!」

「買い被りすぎだよ。私は昔からこうなんだ。聞き分けが悪くて、暴力的で、不愛想で。…とんと人に褒められることもなかった。だが、認められたいなんて最初から思っていなかったのさ。どこか意識の遠くにある殺人的な衝動でさえ、しっかりと向き合ってみれば実に自分らしいアイデンティティだと気づけた」

「そんなに…社会が憎いですか」

「私に復讐心なんてないよ。元から、この程度の女だったというだけの話だ。コルデロも言ってたじゃないか、私はサイコパスだって」

「違う、貴方は優しい人なんだ!」

「もういいよ。お話ならに連れ帰ってからいくらでもできるさ。君と語り合うのは楽しい。どうか敵にならないで欲しい」

 英淑が闇の中で加速する。

「冠域延長:鶴唳慙首かくれいざんしゅ
 剣に眩い光が灯る。周囲を焼くような高温が宿り、空間そのものを斬り裂きながら、大振りの横薙ぎを振り抜く。
 
 そこで英淑の眼に赤いライトが飛び込んでくる。英淑とアンブロシアの間合いを見守るように、十本以上の信号機が乱立し、それぞれが赤信号を点灯して両者を闇の中に照らし出す。
 赤信号を受けることで英淑には途轍もない負荷がかかり、動きが目に見えてスローダウンする。そこに生まれた隙を潜るように、アンブロシアは太刀の柄を力強く曳いて居合抜刀へと繋げる。
 鞘の中で刀身が加速し、腰から腕へと繋がる回転運動によってさらに腕先に加速が齎される。彼の首を跳ね飛ばそうと振られた英淑の剣もその居合の動きを捉えて軌道を修正し、二つの刃が両者の肉を捉える紙一重のタイミングで克ち合う。

 息を飲むのも忘れるような激しいエネルギーの衝突が生じた。刃に込められた力の方向を適切にコントロールせねば、即座にバランスを奪われてどちらかの首が飛ぶのがお互いにひしひしと伝わってくる。
 アンブロシアは苦渋を舐めるように表情を歪め、次第に歯を思い切り噛みしめて踏ん張り抜く。
 英淑は少し満足げな柔らかな表情を浮かべつつも、野性的で攻撃的な笑みを零していた。

「ウォオオオオぉぉぉおおおおおおお!!!!!!」
「はぁああああああああああああああ!!!!!!」

 両者の姿勢が変わり、鍔迫り合いへと持ち込まれる。
 拮抗していたエネルギーはやがて英淑へ軍配があがり始め、アンブロシアの首元に刃が迫る。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 再び信号機の一斉点灯が起こった。眩いレッドランプが英淑を光の中に取り込み、そこで彼女の力が弱まった。
 次の瞬間には勝負はついた。剣を押し返しつつ大胆に振り抜いた彼の剣線により、英淑の首が飛ぶ。

―――
―――
―――


[まずいぞ。すぐに退去しなくては佐呑はもう持たない!部分的な崩壊が爆発的な連鎖反応を引き起こしている。あと一分も経たないうちに小惑星爆発並みのカオスが引き起こされるぞ!]

「ハァ…ハァ……」
 アンブロシアは顔を腕に埋め、消沈していた。

「こんな形で幕引きなのは残念だが……いずれランドの方で本気の君と手合わせできるかもしれないと考えれば、それも悪くはないかもな」

 両者の冠域は崩壊し、元の荒地へと舞台は戻っている。
 膝から崩れているアンブロシアに対し、白英淑は自分の斬り落とされた頭部を腕に抱えた後、大胆にも自身の首へと繋ぎなおしてしまっていた。

「ランドって…なんですか……?」

「なんだ。大討伐をするというのに、そんなことも知らないのか?」

 首から血をふんだんに滴らせながら、英淑は微笑んだ。

「キンコルが創世した夢の国さ。その名も"望まれた王国ニーズランド"。君たちが抗うにはあまりに強大な壁だろうが、どうか再び私に会いに来て欲しい。その時にはお互い気遣いなしで本気でやり合おう。それにもし、君がランドのキャストとして私と共に歩んでくれるというのなら、私たちは喜んで君を迎え入れる」

「ニーズ…ランド?」

「名残惜しいが、流石に佐呑の空間爆発に巻き込まれて終わりというのは味気ない。…この戦いに勝敗はつかず、相打ちの痛み分けということにしよう。それでは、待っているぞ。誰もが幸福を享受できる夢の国の第六圏に私は居る」

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