夢の骨

戸禮

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3章 望まれた王国

53 記憶の淵源

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〇筐艦_第三層

 十四系の扉が出現した筐艦第三層に配置されたVeak隊員の唐土己ことボイジャー:アンブロシア号。 
 
 彼は所属するVeakの室長である纐纈の指示の下で第三層の早急な調査を行い、準ボイジャーが設計した都市部の中でもとりわけ目立たない小路に十四系の扉が設置されていることを判明させた。必然的に扉付近にて侵入者たちとの邂逅があるが、彼には今回の筐艦内部の討伐任務の中で冠域の行使が許可されていた。

 第二層にて同部隊に所属する赤穂ら三名が敢闘の末にカテゴリー3の強肩男の暴坊を撃破した頃には、アンブロシアは自身の冠域の内側にて6名に及ぶカテゴリー3の悪魔の僕に加えて個体情報不明アンノウンの侵入者は倍の数ほどを仕留めていた。
 
「ガキが調子乗ってんじゃねぇぞゴラァ‼」
 躍動感溢れる蛮人がアンブロシアに迫る。対する彼は腰に佩いた大太刀の鞘に抜き身の刀身を納めていく。ゆっくりと刃を閉じた大太刀の鍔は軽快に鯉口の音を鳴らし、それを合図に彼は姿勢を落として居合の構えを採る。
「ウッラァ‼」
 蛮人とアンブロシアの姿が交錯する。蛮人は彼が居合のカウンターを得意としている様子を先の戦闘を垣間見ることで察していたため、フェイントとして動きに緩急をつけてこれに対応しようとした。試みが功を奏してアンブロシアの大太刀の広い間合いを脱して自分の攻撃を与えることに成功した。
「来るとわかってる反撃なんざ喰らうかよ‼」
「反撃が来るとわかっててなんで攻めてくるんだよ間抜け」
 アンブロシアの重瞳から紫色の靄が降る。
楽園双眼鏡アバロン・ツイン・ホール茜眺望稜線あかねちょうぼうりょうせん
 
 彼の愛刀である"茜皿"の元に冠域展開によって前もって発生させていた黒い太陽から炎が延びてくる。大太刀に達した炎は瞬間的に茜色の強烈な光を発し、居合の間合いであった地点から放射状に迸った。

 蛮人が次に自己を認識した時。全身を包みこむ激しい火炎と与えられたはずのない深手に困惑した。熱による痛みと切傷による痛みがわけもわからずに襲来する。身悶えしながらその苦しみの憂さを晴らすように唐土に突っ込んでいくが、今度は居合の正当な間合いに捕らわれて首が撥ね飛ばされてしまった。

「今のは不明個体アンノウン。重瞳じゃないから単なる別解犯罪者のあぶれ者か」
 鬱屈しながら彼は呟くと、手拭いを生成して茜皿に付いた血と油を拭き取った。

「あぽらぶんぶんぉういぇんどどどどっ☆」

 変声機にかけたような不気味な音程の奇声がアンブロシアに届く。声の方向から彼に飛び掛かってくる存在に対し、慣れた手つきで大太刀を振り抜いて容易に腕を落として見せる。

「またか。人の周りをウロチョロと」
「どちゃ‼」
 腕を失った敵が人間離れした異形の姿をアンブロシアの前に晒す。

 その存在は全身がくすんだ青色の皮膚に覆われていて、質感は燃え尽きた薪のようだった。魚の骨を想起させる角ばった手足は妙に長く、胴体は肉や脂肪を削ぎ落したように病的な痩身。包帯が不格好に巻き付いた姿は直感的にミイラを連想させるが、妙に質感の良い肌と同じ色のマントがその存在の様相とのミスマッチを感じさせる。
 おまけにそのマントは効果こそわからないが、ただものでない雰囲気がマシマシだった。マントの柄は宇宙を切り取ったような美しい漆黒の夜空と星屑があしらわれているが、マントの質感はまさに本当にその先に宇宙があるかのような奇妙な奥行きを有している。マントがはためくたびに描かれた宇宙の見え方が変わり、粗いその異形の動きに併せてマントの主張も増しているようだった。

「どんぽん☆ちちち☆」
 
 それは既にTD2Pが個体登録済みのカテゴリー1の悪魔の僕、通称"クレイジー・ナップ"という名のお尋ね者だった。狂人さながらの奇行に走るこの詳細不明の無法人は全世界に度々出現しては別解犯罪者まがいの軽犯罪やTD2Pへの挑発行為を繰り返している。
 名の知れた大物の強力な冠域にも姿を現すことがあり、上位個体同士の縄張り争いの中にも紛れ込んでは傍観から妨害までの何でもありのスタンスで存在感を放っている。行動原理や出自は謎に包まれており、初めて個体情報が確認された時期は大陸軍の到来よりもさらに以前のというかなりの古参個体であることも注目されてはいた。 

「きょんびょんほんってぃな‼‼」
 狂人ナップが加速する。妙な不気味さを放つ長い手脚は二足歩行と四足歩行の一貫性が無くしている。全力疾走すればそれなりのスピードが出せそうなものだが、あちこちにバランスを崩しながら突っ込んでくる様はどこかホラー染みた恐怖の印象を与えてくる。
「いい加減に……しろっ!」
 溜め込んた鬱憤をバネにして、五行の構えから大太刀を頭上まで斬り上げる。重量感のある刀の一撃は斬撃と同時に強いショックをぶつけ、ナップの身体が血まみれになりながら転倒する。
「うぉん♪うぉん♪うぉん♪うぉん♪」
 歪な頭部がパックリと割られたナップだが、その傷口は彼のテンションが高まるのに比例して治癒していった。

(付き合ってられるか!)

 クレイジー・ナップは先程から執拗にアンブロシアに奇襲を仕掛けてはその度に返り討ちにされている。それでいてアンブロシアが別の侵入者と対峙している時は律儀にも傍観を貫き、侵入者との闘いが終わるとほぼ同時に奇声を上げるのを合図にして再び襲撃してくる。

(勝算があって攻撃してきてるんじゃない。これだけ行動原理が掴めない奴は初めてだな。
 ……嫌がらせ以上の実害があるわけじゃないにしろ、とにかくウザイ。でもこんな奴に冠域使って体力消耗するのも馬鹿げてる)

「ぢゃぢゃぢゃぷんかぼぎーに☆」

(さっき通達があったクリルタイの見立てじゃあ、筐艦の外側の空間に発生したホールは現実世界に出現したと思われる鯵ヶ沢露樹の魔法による効果でニーズランドと接続して、向こうの人類を無差別にこっち側に送り込んでる。今のニーズランドで死んだ場合、現実世界で命を引き留めたとしても再び魔法に掛かって圏域のいずれかに落される。筋の通った考察だけに今のニーズランドで不用意に身体を損壊するリスクは間違っても取れない。下手に命を落としたら、割とその時点で詰んでるようなもんだ…)

「ぽんす☆」
 
(それはニーズランド陣営も同じなはず。まぁ、俺なんかはともかくとして叢雨禍神やクロノシア号が乗ってる筐艦内部に直で送り込まれてる時点でそこまで重要な存在でない捨て駒っていう見方はできる。他の連中も死を怖がってる様子はなかったが、それでもちゃんと殺すことはできた。こいつは死を怖がらない上に死なない。冠域込みの大技なら確実に仕留められるが、それでまた再生されたら溜まったもんじゃない)
 次の突撃のアクションの際、カウンターで居合を決めたことによりナップの首が奇声を発しながら飛んで行った。

(アブー・アル・アッバースのように冠域の効果で無限再生でも行わない限りは基本的に欠損した身体機能の補完は精神リソースを消耗しての有償回復。こいつの修復だっていつかは必ず限界がある。考えられるとしたら赤穂君のように天才的な出力の"夢想解像"による本体以外の肉体の構築だけど……。赤穂君がオカシイだけで自分の複製を作ることなんて再現性が無さ過ぎる技術だ。第一、そのケースだとコイツが単身で突っ込んで来続けるのが理屈に合わない。本体そのものを夢想解像として複製しているというより、無限の再生力を持つ操り人形で遊んでいると見るべきか…?)

「ちぇきどっちゃんぽん☆」
 長い手足が勢いよく振り回される。拳法や格闘技を通ってきているとは思えない姿だが、なかなかどうして稀に嫌な位置に攻撃を向けてくる。嫌がらせという意味では一貫しているが、戦闘を引き延ばすほどに簡単な対処法であるカウンターをしっかりと学習しているといった風体だった。
(しかし、夢想解像の用途そのもので言えばアブー・アル・アッバースのように変身を目的とするのが王道だ。夢想解像だけで見ても馬鹿みたいに体力使うのに、それに加えて再生し続けるのは通常で見れば自殺行為。…それができる奴がニーズランドにはゴロゴロいるとでも見るべきか?いや、妙な考えを起こすことは良そう。対処はこれまでと大きく変えずに仕掛けくるたびに最小限の労力で潰していく。とはいえ、それも侵入者のペースに依存するか……)

「んんんんにゃ」

 攻めに偏向していたクレイジー・ナップが様子見するように制止する。その様子だけでアンブロシアは次の侵入者が接近していることに勘づくまでに定番のムーブと化していた。

 
 アンブロシアは素早く周囲を索敵する。都市型の階層とはいえ、その構造物は配置はそこまでバリエーションに富んでいるわけではない。獏のシステムの接続を補助するための管制室的な6、7メートルの立方体的な建物が基本的に連なっており、その他には大討伐軍の兵站を担うための宿舎や移動経路を直接つながる高速移動路、部隊の編成や整列を行うための開けた広場などが一定間隔で点在し、それ以外には準ボイジャーが意匠をこらして作った特定の目的に供する冠域施設が存在する。
 第三層に設置された十四系の扉は獏システム補助の建造物の合間の路地に隠されて設置されていたが、生憎なことにその小路は兵士の編成に供するための大広間に通じている。アンブロシアはこの広間で冠域を展開することで流入してくる侵入者の討伐を試みていたが、それでも侵入者の全てを対処することは出来ない。通路を逆走していく侵入者はなんらかの方法で他の階層に移動する術も持っていると思われたため、根本的な解決としては件の十四系の扉の破壊を行うことだったが、冠域内部で彼に挑んでくる侵入者が想定よりも多いために着手できずにいた。

「こちらV-02-唐土。筐艦第三層からヴィークコントロールへ。
 纐纈室長。やはり自分だけでは十四系の扉を直接破壊する目途が立ちません。他の階層に分けた予備戦力をこっちに回すか、いっそクリルタイに大規模な援軍の投入を提案して頂けませんか?」

[こちらV-00-纐纈。通信を繋いだぞアンブロシア。やはり十四系の扉を直接叩くには火力不足か?]
「いえ。獏による都市管制機能の維持を度外視すればゲート自体の破壊は容易です。その場合、これからの大討伐で必須となる獏の制御系統に支障が出ることは忌避しなくてはいけない大前提からして投機的な対処と陥り軍全体の危殆化を招く恐れがあります。自分が風除けとしてのボイジャーの機能を果たしているうちは中隊規模の戦闘員投入で片が付くと思います。…欲をかくならばクレイジー・ナップの対処の為にボイジャーを一機投入して頂ければ幸いなのですが」
[こちらから再度掛け合ってみるが、こちらも想定より十四系の扉の破壊に時間を要すると判断して既に援軍は要請している。クリルタイの反応はかなりでシビアだ。まもなく筐艦は第二圏へ突入する。第二圏の"王"の打倒には新生テンプル騎士団が先陣を切るようだが、クリルタイは何故だか手隙のボイジャーを駆り出すことすら躊躇している」

(は?)

「実際に筐艦内部が襲撃を受けているのに、予備戦力を頑なに待機させる理屈なんて許容できませんよ。Veakが侵入者を対応できているのは事実ですが、それも海賊王向けに実動準備が整っていたために初期段階の対処が功を奏しただけの話。単純な戦力比で劣っているVeakでは確実に戦線が肥大化して押し込まれていきます。さっさと一石投じないと第二圏の王と戦うよりヤバいことになります」

[その気持ちは痛い程わかる。だが、クリルタイは侵入者よりさらに別の存在を脅威として見ているように思える。叢雨禍神が第一圏の筐艦外に出払った今、その謎の脅威を食い止めるためにスカンダ号やロンズデー号を待機させているように思われる]
「……別の脅威?」

 苦虫を嚙み潰すような表情を浮かべるアンブロシアはとうとう射程圏内に入った侵入者の次の一派との対面を果たす。高度なイメージセンスが要求される重火器の生成を実現させている侵入者たちが発砲してくる。瞬時にその総数を把握するために気を張り詰め、発砲音から軌道を呼んで回避と観測に徹する。

(4……5、いや6人か。同じタイミングにしては立ち位置がバラけているが……)

 集中していたアンブロシアを正確に狙い撃つようにして、多数の弾丸が彼の胴体に被弾する。一気に張り詰めていた感覚が緩まったことにより冠域が部分崩壊を始め、彼が激痛に悶えるうちに展開された冠域が完全に消滅した。

「…お前」

 完全に不意を突かれて地に身を転がす事態に陥ったアンブロシアだが、その貌はどこか希望を宿したように紅潮していた。

―――
―――
―――

 アンブロシアの行動理念。
 
 彼がTD2Pに管理された戦闘兵器であるという運命を背負う中で望むことは、大討伐での敢闘の末に得る栄光でもなければ、ニーズランド陣営に与する白英淑に正道を再び歩ませようと試みることでもない。

 そもそも彼にとってはニーズランドの打倒だろうが、クラウンの討伐だろうが、人類共通の脅威とされる鯵ヶ沢露樹をこの世界から葬り去ることでさえも興味がない。それらの仮想敵はあくまでも自分が置かれた状況下で必然的に邂逅してしまう与えられた課題に過ぎないのだ。

 では、彼にとっての命題とは何か。
 
 彼が興味のない戦いを盲目的にこなすことが出来るための能動的な事由。
 それは一言で言えば"自己同一性アイデンティティの確立"という根源的な自己実現だった。
 
 その道程が記憶を取り戻すことでも良し。
 過去を振り返る必要がないまでの強大な夢を持つことも良し。

 客観視を用いるのであれば、それは自分の夢を知るという意味でもあるのかもしれない。

 楽園という歪なイメージを冠域に落し込むことが出来る彼にしてみても、自分が抱くその楽園のイメージが何により抽出され、醸成され、具現化を辿るものなのかの蓋然性を証明できない。

 力の証明。夢の肯定。自己の発見。
 彼はどう足掻いても抜け出すことの出来ない闘争という運命の中で本当の自分を見つけたいと願った。
 それが陳腐な夢であっても構わない。
 尊大な暴論を掲げることでも厭わない。

 
 
 唐土己は命あるものは等しく闘争の中にあると説いた不死腐狼との死闘を経て、彼から逃れられぬ闘争に向かうための揺るぎない精神性というものを期せずして継承した。
 
 
「固有冠域展開:楽園双眼鏡アバロン・ツイン・ホール

 輝く影と燃える闇で出来た暗黒の太陽が宙に浮かぶ。
 周囲が判然としない色の乖離した白と黒の稜線に染まる。

 少し赤色の靄を交えた紫色の光を噴き上げるボイジャー:アンブロシア号の炯眼。
 その視線の先に映る少年の姿は、彼の中の自分探しの命題を大いに刺激した。
 
 アンブロシアは二つのホールを利用した効果力の攻撃にて5名の侵入者を瞬殺した。用事があるのは只一人だけと言わんばかりに残る一人に向けて猪突猛進の勢いで突っ込んでいく。

「久しぶりだな!君に会いたかったッ」

 その存在はアンブロシアが一年前の佐呑で相まみえた敵だった。

 アンブロシアに向けて、全てを奪ったお前を許さないと怒号を吐いた佐呑の事件の嚆矢。事件の後も謎の侵入者として話題に上がり行方が捜索が続けられていた、アンブロシアにナイフで襲撃した末に絶命した少年だった。

 





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