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6章 穢れた参道
90 甜きを丐う
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◯神社_本殿
「世界が昏山羊の病に侵された時、私も例に漏れず夢心地に甘美な空想の世界に浸っていた1人の子供に過ぎなかった。もう、何十年も前のことだ。思い出そうにも、随分と記憶が曖昧になってしまった。
覚えているのは、私がこの世界に”夢の骨”という概念を生み出すまでは、この世界は平和だったということだな。
誰もが己の欲望のままに力や愛、或いは金や建造物に至るまでを享受した世界。それはあくまでも、個々人が床についた末に広がる単一の褥の中にのみ在ったものだ。言ってしまえば、貴様の宣う"楽園"のような場所を誰もが他者に侵害されることのない領域として享受していたんだ。
それも、確か一週間と持たない現象だったがな。
私がやらなくても、きっと誰かがやったことだろう。それこそ、子供心に抱く夢というのは人間を無敵の境地に誘う。当時の私が一体なにを手にしたのかはもう忘れてしまったが、おそらくは当時手に入れた掛け替えのない宝物を自慢したいがばかりに、私は他者との交流を願った。当時でさえ、私を超える力を持つ人間は存在しなかったから、私は己の持つ宝物を自慢したいがばかりに……もっと広大で楽しい世界を願った。
そして生まれたのが今日まで存続してきた"夢想世界"。夢想世界が現実世界の座標をベースとしていつつも、その規模感や空間設定に著しい数多の欠陥は、一重に創造主たる私の未熟さに所以しているのだろうな。しかし、無法のままに急遽爆誕した世界に誘致された人類は、昏山羊が願ったように適応進化への道程を自ずと歩み始めた。顕著な例を出せば、自身の獲得した能力の効能を夢の骨を通して設計図と化し、恣意的な呼び出し可能なローカル変数と化した"固有冠域"という技の発明だったな。まぁ、私は物心つく前からできていたことだが、この名前がついてからはこちらを利用してきた。それも昏山羊の本懐を達成するためのものだがな。少しでも象徴染みた役割を全うしようとした時、より強い存在が技名を叫んだ方が認知度も桁違いだ。
……。
えぇと。何だったか。ああ、そうだそうだ。
大事なのは私が何者であるかではないな。私が何者であろうと、ここで私の物語は終わりだ。
こちらをわざわざ狙って殺し、新たに夢想世界の神となるからには私の役割を継承してもらわねばな。
と言っても、大して難しいことじゃあない。カテゴリー5の悪魔の主君らの調整と場合に応じての削除だ。
その雰囲気を見ればなんとなく察しが付くが、恐らくはライカはもう殺してきたのだろう?貴様が楽園とやらに到達するために世界を滅ぼす必要があるのかは知らないが、その過程がニーズランドの制圧にあるのなら、貴様の辿る道も私のそれと大して変わらないはずだ。楽園への道中にサクッと悪魔の主君らの首を獲ってくれればそれでいい」
「……………」
マーリンは正座の姿勢を崩し、膝と肘を立てて重ね、疑問を滲ませた表情を貌に浮かばせた。
「まぁ、貴方に比べたら産まれて一年ちょっとの若造の私が解せないのもの無理はないでしょうが、未だに把握できていないこの世界の人間たちの行動原理です。第三圏の筐艦内で東郷有正が長々と語った言葉から、悪魔の僕たちは人類が暴走する技術力に対抗するために果たす生物的なアップデートの一種であり、悪魔の主君らはそれらの存在の中でも特に明確な目的意識を以て人類の脅威としての旗振り役となって人類の適応進化を促進させる役割があることは何となく理解しています。
クラウンは悪魔の僕ではなくとも、そんな悪魔の主君らと同様の思想に染まった別解犯罪者であり、このニーズランドの役割も人類への挑戦と選民のために存在するということも察してはいます。今回は大討伐軍が先だって攻勢を仕掛けたという背景がある。だからこそ、ニーズランドが真に本来の機能を発揮することなく、圏域統治者である王たちと大討伐軍の戦争状態へと突入してしまいました。しかし、"海賊王"にせよ、"怪獣王"にせよ、どこかテーマパーク染みた目的意識のある人類に対する脅威の機構が成立していました。まぁ、彼らが大討伐軍にとっては取るに足らない対戦者であったのは、彼らが本来であれば人類に対する脅威として配置された役者であり、大討伐軍との単独での邀撃を想定して配置されていたわけではないからでしょうが。
この構図は言ってしまえば、昏山羊の本懐たる人類の進化の促進を主体的に計画し推し進めるクラウンとそれを排除するために発起された大討伐軍の衝突です。しかし、妙なのは同じく悪魔の主君である"叢雨禍神"と"青い本"が大討伐軍の側に立って戦うことには強い違和感を覚えます。先程貴方が継承して欲しいといった叢雨禍神の役割の話にもこれは通じますが、何故昏山羊の本懐を成すために暗躍する彼らに敵意を向ける必要があるのでしょうか?」
「どいつもこいつも腹心塗れで私がその全てを知っているわけではない。特にクラウンに関しては、私の目線で予想できることもあるが、理解できない動きも多々ある。有正もそうだな。奴は元々は叢雨の一族の系譜の端くれに位置していた一般人だが、私が叢雨の会の実権を握るようになってから軍に仕込むまでの間に"青い本"としてカテゴリー5にランクされる程に覚醒した鬼才だ。奴はこの大討伐でクラウンの対人類のテーマパークたるニーズランドの性能を引き出すために軍を派遣したという最低な行動理由もあるが、その他に私と有正には共通した別の目的がある」
「…………」
「そもそもの原点に立ち返り、前提を整理した時、私も有正もこのニーズランドの持つ役割自体には肯定的だ。形はどうあれ、貴様の云った通りニーズランドに含有された人類への脅威という建付けと効能は圏域を統治する王たちの元で効率的に機能する。そのため、"ニーズランドを滅ぼす"であったり、"クラウンを懲罰する"というのは私や有正の思惑とは異なる。我々の目的はあくまでもクラウンが佐呑から連れ去った人口悪魔の鯵ヶ沢露樹の抹殺だった。鯵ヶ沢露樹がクラウンの庇護の元でニーズランドの最終圏域に匿われている以上、大討伐軍を運用してニーズランドを適切に攻略するというのは手段として適切であったと考えるからこそ、私は有正の誘いに乗り大討伐軍の一員として此度の攻勢に参加した」
「鯵ヶ沢露樹の抹殺……ですか。しかし、彼女は"人造悪魔"という特殊な存在格であって、悪魔の主君とはまた違いますよね?それでも彼女に対しても悪魔の主君と同様の調整と削除の必要性があるとのことですか?」
「まぁ、目的意識と問題意識の差異だな。私が悪魔の主君に対するある種の管理人として奴らを殺すのは、叢雨禍神としての役割が最終的に『真航海者による人類への最終通告』を達成するためのものであったからだ。これは人類の適応進化を強制的に発動させるために私が真航海者と結託して仕組んだ人類史の終着点へのシナリオだが、これを良く思わなかったクラウンは己の信じるやり方で先に人類の適応進化のシナリオを書き上げることを選んだ。
だから、私とクラウンは最終的な到達地点として人類の進化を望んでいる。しかし、そこに辿り着くまでの手法に差異が生じ、半ば背反する役割意識の中で衝突が自然発生したのだ。悪魔の主君としての私の役割としては、クラウンやその他悪魔の主君たちのやり方や存在を否定する必要はない。というより、私が望んで生み出してきた進化の促進機構が悪魔の僕や悪魔の主君であり、彼らはそれなりに役割を全うしてきてくれていた。…しかし、叢雨禍神としての視点に立った時、私は真航海者を使った人類への攻撃のために、その計画の障害と成り得る悪魔の僕や悪魔の主君を適切に間引かなければならない。…貴様に引き継いでもらう役割というのも、要は悪魔の主君としての視点ではなく、叢雨禍神としての視点に準じたものである都合上、この後に控える全ての悪魔の主君を抹消してくれると助かるわけだ。だが、もっとも重要なのは言わずもがな鯵ヶ沢露樹の抹殺だ。これは貴様が云ったように悪魔の主君とは異なる存在格だが、私の計画上最も邪魔となるのは奴であることは明確だからな」
「『真航海者による人類への最終通告』とやらの詳細は?
結局の所、貴方の目的はそれであって、私に引き継いでもらう役割というのもそれを達成するためのものなんでしょう?」
「ああ。その通りだ。真航海者という悪魔の主君について知っているか?」
「知悉しているとは言い難いですね。名前くらいは知っていますよ」
「そうか。そいつは今、地球に居ない」
「…………」
「奴は"宇宙周遊の夢"を持った悪魔の僕だ。……いや、フリークス・ハウスで人体実験を受けていたボイジャー予備軍の失敗作だな。生い立ちとしてはクラウンに近い。
私は奴に究極反転のプロセスを与え、奴が夢の世界で実現していた宇宙周遊の夢を現実世界で実現可能なようにした。奴を叢雨の会の一員として力を蓄えるまで匿い、十分に力を付けたタイミングで我々は奴を銀河へと解き放った。最終的に奴は地球に帰還するが、そのタイミングで一つの役割を担ってもらうための約束事をした」
「……まさか」
「ああ。そのまさかだな。結局、生態系の頂点に立つ人類の進化を強制するには、分かり易い終末論が必要だったのだ。……私が神として世界に君臨しつつ、人類をこの手で直接滅ぼそうとしなかったことも、真航海者のプランを優先したからに過ぎない。私はこの地球上でもっとも権威ある宗教的な存在となり、人類の意識を地球の外的な脅威に向けさせることを選んだ。この世で最も強大な存在が自ら手も足も出ないと進化を冀うスピーカーになるのが効率が良いと考えからな。
真航海者の役割は一つ。宇宙空間で蒐集、蓄積した膨大なエネルギーを引っ提げて地球に到達し、その身を彗星を化して現生の文明の悉くを撃ち砕く"禍星"となることだ。私は奴が帰還するまでの間に独自の宗教形態を確立し、最終的には大いなる破滅を謡いながら真航海者の帰還を受け入れ、終末論に背を押された人類の進化を強制することだったわけだ」
「なるほど。やってることは人類に対する脅威の確立として共通項のある悪魔の主君たちであっても、貴方の採るプランが人類の進化を一挙に仕上げに掛かる者である以上、ニーズランドのような独自の支配形態で人類をちまちまと進化に導くやり方は相性が悪いわけですね。
………。ともすると、やはり鯵ヶ沢露樹の打倒には正当性が垣間見えますね。鯵ヶ沢露樹は魔法を使う。その魔法の効果範囲は全人類をニーズランドに強制送致する程のレベルだ。まぁ、全人類をニーズランドに送り込んで来たのがクラウンの意図に沿ったものであるのかはわかりませんが、能力の規模として今回の一芸を個人の能力で成せてしまうのであれば、やはり鯵ヶ沢露樹には力が在り過ぎる。私が貴方の立場なら、ニーズランドを潰してでも彼女を抹殺したくなりますね」
「意外と共感力が高いのだな。結構なことだ」
「んん。……まぁ、事情は概ね察しました。しかし、私がわざわざ貴方がたの意図を汲んで、真航海者を迎えるための儀式染みた作業を引き継ぐつもりはありませんよ」
「まぁ……そうだろうな」
「第一、私にとって人類の進化なんての心底。本当に天地が引っ繰り返っても興味がないような、クッソどうでも良いことなんですよ。それ以前に、私はその人類が進化しなくてはいけないとされる原因である"技術的特異点"そのものなんですよ。暴走した技術云々に対抗するために人類は進化しなくてはいけない、っていう昏山羊の病が懼れた暴走した技術の塊、アーカマクナ:マーリン号なわけです。
私は私にとっての楽園に辿りつくため、いみじくも人類を鏖殺にしてやろうと思ってます。でもそれは、見掛け倒しの脅威となって人類の進化を助長するためではなく、真に私のためだけの世界を生み出すための能動的な働きかけです。
なんで私が、私への対抗手段として発生した昏山羊の齎したしがらみやルールを慮って行動しなきゃいけないんですか。そんなの真っ平御免ですよ」
「……そうか。まぁ、そうだろうな。
貴様が其れであることは理解したつもりでいたが、現に実物を見るとこうも……」
「話は終わりです。私はニーズランドをぶっ壊して、欲しい物を全部手に入れて、私だけの神になります」
「まぁ、それも良いだろう。どのみち、貴様は人類にとっていい気付になるだろう」
「………なんだか、よくわからない人ですね。貴方は」
「ふふっ。そうか?
私なんて単純なものだぞ。
まぁ、それはそれとして、最期に質問してもいいか?」
「なんですか、藪から棒に」
「貴様の中で小春はまだ生きているのか?」
「……小春?………あぁ。反英雄ですか」
「そうだ」
「まぁ、骨の一部は握ってますよ。遺骨みたいなもんでしょうが」
「そうか。……どうか、小春を貴様の云う楽園とやらに連れて行ってやってくれ」
「……本当に、人任せな神様ですね」
「ああ。悪いな。……小春は地獄行きを案じていたからな、せめて、あの子だけでもと思ってな」
「ハァ。ま、良いですよ」
「助かる」
マーリンは澐仙に背を向けて本殿から拝殿までの道を引き返した。
「そういえば、知ってるか?」
背に刺さるような澐仙からの問いかけに、マーリンは耳だけ傾けた。
「参道が荒れていれば荒れている程、その先に祀られている神の気性は荒いらしい」
「…………」
マーリンは言葉を返さず、歩み続けた。
澐仙は徐々に小さくなっていく彼の背中を見つめ、道なき道と思える程に荒れ果てた参道に吸い込まれていく彼の姿を最期まで見届けた。
「甜きを丐うなよ。産まれたての特異点。その歩みの先に本当に楽園が存在するのなら、今際の際にて私に見せてみろ」
「世界が昏山羊の病に侵された時、私も例に漏れず夢心地に甘美な空想の世界に浸っていた1人の子供に過ぎなかった。もう、何十年も前のことだ。思い出そうにも、随分と記憶が曖昧になってしまった。
覚えているのは、私がこの世界に”夢の骨”という概念を生み出すまでは、この世界は平和だったということだな。
誰もが己の欲望のままに力や愛、或いは金や建造物に至るまでを享受した世界。それはあくまでも、個々人が床についた末に広がる単一の褥の中にのみ在ったものだ。言ってしまえば、貴様の宣う"楽園"のような場所を誰もが他者に侵害されることのない領域として享受していたんだ。
それも、確か一週間と持たない現象だったがな。
私がやらなくても、きっと誰かがやったことだろう。それこそ、子供心に抱く夢というのは人間を無敵の境地に誘う。当時の私が一体なにを手にしたのかはもう忘れてしまったが、おそらくは当時手に入れた掛け替えのない宝物を自慢したいがばかりに、私は他者との交流を願った。当時でさえ、私を超える力を持つ人間は存在しなかったから、私は己の持つ宝物を自慢したいがばかりに……もっと広大で楽しい世界を願った。
そして生まれたのが今日まで存続してきた"夢想世界"。夢想世界が現実世界の座標をベースとしていつつも、その規模感や空間設定に著しい数多の欠陥は、一重に創造主たる私の未熟さに所以しているのだろうな。しかし、無法のままに急遽爆誕した世界に誘致された人類は、昏山羊が願ったように適応進化への道程を自ずと歩み始めた。顕著な例を出せば、自身の獲得した能力の効能を夢の骨を通して設計図と化し、恣意的な呼び出し可能なローカル変数と化した"固有冠域"という技の発明だったな。まぁ、私は物心つく前からできていたことだが、この名前がついてからはこちらを利用してきた。それも昏山羊の本懐を達成するためのものだがな。少しでも象徴染みた役割を全うしようとした時、より強い存在が技名を叫んだ方が認知度も桁違いだ。
……。
えぇと。何だったか。ああ、そうだそうだ。
大事なのは私が何者であるかではないな。私が何者であろうと、ここで私の物語は終わりだ。
こちらをわざわざ狙って殺し、新たに夢想世界の神となるからには私の役割を継承してもらわねばな。
と言っても、大して難しいことじゃあない。カテゴリー5の悪魔の主君らの調整と場合に応じての削除だ。
その雰囲気を見ればなんとなく察しが付くが、恐らくはライカはもう殺してきたのだろう?貴様が楽園とやらに到達するために世界を滅ぼす必要があるのかは知らないが、その過程がニーズランドの制圧にあるのなら、貴様の辿る道も私のそれと大して変わらないはずだ。楽園への道中にサクッと悪魔の主君らの首を獲ってくれればそれでいい」
「……………」
マーリンは正座の姿勢を崩し、膝と肘を立てて重ね、疑問を滲ませた表情を貌に浮かばせた。
「まぁ、貴方に比べたら産まれて一年ちょっとの若造の私が解せないのもの無理はないでしょうが、未だに把握できていないこの世界の人間たちの行動原理です。第三圏の筐艦内で東郷有正が長々と語った言葉から、悪魔の僕たちは人類が暴走する技術力に対抗するために果たす生物的なアップデートの一種であり、悪魔の主君らはそれらの存在の中でも特に明確な目的意識を以て人類の脅威としての旗振り役となって人類の適応進化を促進させる役割があることは何となく理解しています。
クラウンは悪魔の僕ではなくとも、そんな悪魔の主君らと同様の思想に染まった別解犯罪者であり、このニーズランドの役割も人類への挑戦と選民のために存在するということも察してはいます。今回は大討伐軍が先だって攻勢を仕掛けたという背景がある。だからこそ、ニーズランドが真に本来の機能を発揮することなく、圏域統治者である王たちと大討伐軍の戦争状態へと突入してしまいました。しかし、"海賊王"にせよ、"怪獣王"にせよ、どこかテーマパーク染みた目的意識のある人類に対する脅威の機構が成立していました。まぁ、彼らが大討伐軍にとっては取るに足らない対戦者であったのは、彼らが本来であれば人類に対する脅威として配置された役者であり、大討伐軍との単独での邀撃を想定して配置されていたわけではないからでしょうが。
この構図は言ってしまえば、昏山羊の本懐たる人類の進化の促進を主体的に計画し推し進めるクラウンとそれを排除するために発起された大討伐軍の衝突です。しかし、妙なのは同じく悪魔の主君である"叢雨禍神"と"青い本"が大討伐軍の側に立って戦うことには強い違和感を覚えます。先程貴方が継承して欲しいといった叢雨禍神の役割の話にもこれは通じますが、何故昏山羊の本懐を成すために暗躍する彼らに敵意を向ける必要があるのでしょうか?」
「どいつもこいつも腹心塗れで私がその全てを知っているわけではない。特にクラウンに関しては、私の目線で予想できることもあるが、理解できない動きも多々ある。有正もそうだな。奴は元々は叢雨の一族の系譜の端くれに位置していた一般人だが、私が叢雨の会の実権を握るようになってから軍に仕込むまでの間に"青い本"としてカテゴリー5にランクされる程に覚醒した鬼才だ。奴はこの大討伐でクラウンの対人類のテーマパークたるニーズランドの性能を引き出すために軍を派遣したという最低な行動理由もあるが、その他に私と有正には共通した別の目的がある」
「…………」
「そもそもの原点に立ち返り、前提を整理した時、私も有正もこのニーズランドの持つ役割自体には肯定的だ。形はどうあれ、貴様の云った通りニーズランドに含有された人類への脅威という建付けと効能は圏域を統治する王たちの元で効率的に機能する。そのため、"ニーズランドを滅ぼす"であったり、"クラウンを懲罰する"というのは私や有正の思惑とは異なる。我々の目的はあくまでもクラウンが佐呑から連れ去った人口悪魔の鯵ヶ沢露樹の抹殺だった。鯵ヶ沢露樹がクラウンの庇護の元でニーズランドの最終圏域に匿われている以上、大討伐軍を運用してニーズランドを適切に攻略するというのは手段として適切であったと考えるからこそ、私は有正の誘いに乗り大討伐軍の一員として此度の攻勢に参加した」
「鯵ヶ沢露樹の抹殺……ですか。しかし、彼女は"人造悪魔"という特殊な存在格であって、悪魔の主君とはまた違いますよね?それでも彼女に対しても悪魔の主君と同様の調整と削除の必要性があるとのことですか?」
「まぁ、目的意識と問題意識の差異だな。私が悪魔の主君に対するある種の管理人として奴らを殺すのは、叢雨禍神としての役割が最終的に『真航海者による人類への最終通告』を達成するためのものであったからだ。これは人類の適応進化を強制的に発動させるために私が真航海者と結託して仕組んだ人類史の終着点へのシナリオだが、これを良く思わなかったクラウンは己の信じるやり方で先に人類の適応進化のシナリオを書き上げることを選んだ。
だから、私とクラウンは最終的な到達地点として人類の進化を望んでいる。しかし、そこに辿り着くまでの手法に差異が生じ、半ば背反する役割意識の中で衝突が自然発生したのだ。悪魔の主君としての私の役割としては、クラウンやその他悪魔の主君たちのやり方や存在を否定する必要はない。というより、私が望んで生み出してきた進化の促進機構が悪魔の僕や悪魔の主君であり、彼らはそれなりに役割を全うしてきてくれていた。…しかし、叢雨禍神としての視点に立った時、私は真航海者を使った人類への攻撃のために、その計画の障害と成り得る悪魔の僕や悪魔の主君を適切に間引かなければならない。…貴様に引き継いでもらう役割というのも、要は悪魔の主君としての視点ではなく、叢雨禍神としての視点に準じたものである都合上、この後に控える全ての悪魔の主君を抹消してくれると助かるわけだ。だが、もっとも重要なのは言わずもがな鯵ヶ沢露樹の抹殺だ。これは貴様が云ったように悪魔の主君とは異なる存在格だが、私の計画上最も邪魔となるのは奴であることは明確だからな」
「『真航海者による人類への最終通告』とやらの詳細は?
結局の所、貴方の目的はそれであって、私に引き継いでもらう役割というのもそれを達成するためのものなんでしょう?」
「ああ。その通りだ。真航海者という悪魔の主君について知っているか?」
「知悉しているとは言い難いですね。名前くらいは知っていますよ」
「そうか。そいつは今、地球に居ない」
「…………」
「奴は"宇宙周遊の夢"を持った悪魔の僕だ。……いや、フリークス・ハウスで人体実験を受けていたボイジャー予備軍の失敗作だな。生い立ちとしてはクラウンに近い。
私は奴に究極反転のプロセスを与え、奴が夢の世界で実現していた宇宙周遊の夢を現実世界で実現可能なようにした。奴を叢雨の会の一員として力を蓄えるまで匿い、十分に力を付けたタイミングで我々は奴を銀河へと解き放った。最終的に奴は地球に帰還するが、そのタイミングで一つの役割を担ってもらうための約束事をした」
「……まさか」
「ああ。そのまさかだな。結局、生態系の頂点に立つ人類の進化を強制するには、分かり易い終末論が必要だったのだ。……私が神として世界に君臨しつつ、人類をこの手で直接滅ぼそうとしなかったことも、真航海者のプランを優先したからに過ぎない。私はこの地球上でもっとも権威ある宗教的な存在となり、人類の意識を地球の外的な脅威に向けさせることを選んだ。この世で最も強大な存在が自ら手も足も出ないと進化を冀うスピーカーになるのが効率が良いと考えからな。
真航海者の役割は一つ。宇宙空間で蒐集、蓄積した膨大なエネルギーを引っ提げて地球に到達し、その身を彗星を化して現生の文明の悉くを撃ち砕く"禍星"となることだ。私は奴が帰還するまでの間に独自の宗教形態を確立し、最終的には大いなる破滅を謡いながら真航海者の帰還を受け入れ、終末論に背を押された人類の進化を強制することだったわけだ」
「なるほど。やってることは人類に対する脅威の確立として共通項のある悪魔の主君たちであっても、貴方の採るプランが人類の進化を一挙に仕上げに掛かる者である以上、ニーズランドのような独自の支配形態で人類をちまちまと進化に導くやり方は相性が悪いわけですね。
………。ともすると、やはり鯵ヶ沢露樹の打倒には正当性が垣間見えますね。鯵ヶ沢露樹は魔法を使う。その魔法の効果範囲は全人類をニーズランドに強制送致する程のレベルだ。まぁ、全人類をニーズランドに送り込んで来たのがクラウンの意図に沿ったものであるのかはわかりませんが、能力の規模として今回の一芸を個人の能力で成せてしまうのであれば、やはり鯵ヶ沢露樹には力が在り過ぎる。私が貴方の立場なら、ニーズランドを潰してでも彼女を抹殺したくなりますね」
「意外と共感力が高いのだな。結構なことだ」
「んん。……まぁ、事情は概ね察しました。しかし、私がわざわざ貴方がたの意図を汲んで、真航海者を迎えるための儀式染みた作業を引き継ぐつもりはありませんよ」
「まぁ……そうだろうな」
「第一、私にとって人類の進化なんての心底。本当に天地が引っ繰り返っても興味がないような、クッソどうでも良いことなんですよ。それ以前に、私はその人類が進化しなくてはいけないとされる原因である"技術的特異点"そのものなんですよ。暴走した技術云々に対抗するために人類は進化しなくてはいけない、っていう昏山羊の病が懼れた暴走した技術の塊、アーカマクナ:マーリン号なわけです。
私は私にとっての楽園に辿りつくため、いみじくも人類を鏖殺にしてやろうと思ってます。でもそれは、見掛け倒しの脅威となって人類の進化を助長するためではなく、真に私のためだけの世界を生み出すための能動的な働きかけです。
なんで私が、私への対抗手段として発生した昏山羊の齎したしがらみやルールを慮って行動しなきゃいけないんですか。そんなの真っ平御免ですよ」
「……そうか。まぁ、そうだろうな。
貴様が其れであることは理解したつもりでいたが、現に実物を見るとこうも……」
「話は終わりです。私はニーズランドをぶっ壊して、欲しい物を全部手に入れて、私だけの神になります」
「まぁ、それも良いだろう。どのみち、貴様は人類にとっていい気付になるだろう」
「………なんだか、よくわからない人ですね。貴方は」
「ふふっ。そうか?
私なんて単純なものだぞ。
まぁ、それはそれとして、最期に質問してもいいか?」
「なんですか、藪から棒に」
「貴様の中で小春はまだ生きているのか?」
「……小春?………あぁ。反英雄ですか」
「そうだ」
「まぁ、骨の一部は握ってますよ。遺骨みたいなもんでしょうが」
「そうか。……どうか、小春を貴様の云う楽園とやらに連れて行ってやってくれ」
「……本当に、人任せな神様ですね」
「ああ。悪いな。……小春は地獄行きを案じていたからな、せめて、あの子だけでもと思ってな」
「ハァ。ま、良いですよ」
「助かる」
マーリンは澐仙に背を向けて本殿から拝殿までの道を引き返した。
「そういえば、知ってるか?」
背に刺さるような澐仙からの問いかけに、マーリンは耳だけ傾けた。
「参道が荒れていれば荒れている程、その先に祀られている神の気性は荒いらしい」
「…………」
マーリンは言葉を返さず、歩み続けた。
澐仙は徐々に小さくなっていく彼の背中を見つめ、道なき道と思える程に荒れ果てた参道に吸い込まれていく彼の姿を最期まで見届けた。
「甜きを丐うなよ。産まれたての特異点。その歩みの先に本当に楽園が存在するのなら、今際の際にて私に見せてみろ」
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高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
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