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「面白い嬢ちゃんだなぁ。ウチの嫁に来る女は」
親父はあのよくわからん騒動のあと、橙子を休ませるために別の部屋に移して俺と伊崎は部屋に残した。
「足が痺れて転んだら自分のスマホを壊すたぁ、なんとも不運だな」
「そうですね。とはいえあいつの不運は今に始まったことじゃありませんので……」
スマホが壊れた橙子はしばらくは呆然としていたものの、やがて諦めたようにため息をついてスマホを鞄にしまっていた。ショックはあったんだろうが、スマホの大破を仕方ないと受け入れるまでの速さは、これまでの不運の積み重ねがあるからだろう。
「だがそのおかげで見ろ、茶柱だ」
淹れ直させた親父の茶には、見事な茶柱が立っていた。
わざとではない。これは先ほど目の前で淹れた茶だからだ。
とはいえ茶柱……まあ、吉兆ではあるか……
「まあ今どきの流されやすそうな若い娘って感じだが、裏表も無さそうだ。何よりお前ぇが気に入ったんなら間違いあるめぇよ」
親父が軽く右手を上げる。隣の部屋の障子が開いて、神主らしい格好の男が2人ほど部屋にやってきた。
「感想は?」
「以前にも少し調べさせていただきましたが、あの女性からはやはり強い力を感じました」
「実際に間近でお会いすると、独特な圧のようなものを感じますね。ただ、まだ制御ができていないように見受けられます」
ああ、こいつらが橙子のことをオカルト的な視点で調べた神職か。
正直神だの霊だのは信じちゃいねぇが、かといってこの2人が全くの出鱈目を言っているようにも見えない。
「しかし間違いなく彼女は逸材です。許されるなら巫女として招きたいのですが……いえ、やめておきます」
親父は意味深な笑みを浮かべて神主たちを見る。
僅かに顔を青くした2人は、丁寧な物腰は崩さないまでも、足早に部屋から出ていった。
その後ろ姿が閉じた障子で見えなくなってから、俺は再び親父を見る。親父が橙子を気に入る理由としてはこのお墨付きは申し分ないだろう。
「ですが本気ですか。親父が式を仕切るってのは……」
「新郎の意見なら聞いてやるから安心しろ。余興は何がいいか、嬢ちゃんの話も聞いてやらねぇとな。今どきの話にゃ弱いからな」
そういう意味ではないんだが。
いや、親父のことだ。わざとこういった言い方をしているんだろう。
意志を変える気はない、と。
だが確認はしておかなければならない。
蓮有楽にとって完全に部外者である橙子と俺の結婚の世話を親父が自ら進んで行うということは、親父が橙子を認めた……つまり、橙子の後見に親父が付くことになる。
蓮有楽会の会長の娘を嫁に迎えるようなもんだ。
既に幹部連中の予定を開けさせる根回しまでしているくらいだから、いかに親父が乗り気かが伺える。
橙子を手に入れたやつが次期会長、なんて噂が立つわけだ。
俺だって出世欲がないわけじゃない、元々親父には目をかけられてる自負もある……が、このやり方じゃ罪悪感が生まれる。ひとりの女の人生を奪って自分の出世を得たという罪悪感。
「念のため確認させていただきたいんですが、蓮有楽会の次期会長は小浦の叔父貴か、森の叔父貴か……少なくとも蓮有楽会の幹部以上から選ばれると考えていいんですか」
現状での最有力候補の2人の叔父貴。俺が幹部に片足突っ込んだくらいじゃその基盤は揺るがないはずだ。
俺が会長になるなんて、噂でもあってはならねぇ。
だから俺は、現会長に対して俺ごときの立場で聞いていい内容でないのは承知の上で尋ねた。
親父は表情を変えなかった。
「俺が生きてる間に幹部以上なら、可能性はあるだろうよ」
その幹部の席はここ10年近く変化はない。何事もなければ、今後もそのままだろう。
そう、何事もなければ。
親父はあのよくわからん騒動のあと、橙子を休ませるために別の部屋に移して俺と伊崎は部屋に残した。
「足が痺れて転んだら自分のスマホを壊すたぁ、なんとも不運だな」
「そうですね。とはいえあいつの不運は今に始まったことじゃありませんので……」
スマホが壊れた橙子はしばらくは呆然としていたものの、やがて諦めたようにため息をついてスマホを鞄にしまっていた。ショックはあったんだろうが、スマホの大破を仕方ないと受け入れるまでの速さは、これまでの不運の積み重ねがあるからだろう。
「だがそのおかげで見ろ、茶柱だ」
淹れ直させた親父の茶には、見事な茶柱が立っていた。
わざとではない。これは先ほど目の前で淹れた茶だからだ。
とはいえ茶柱……まあ、吉兆ではあるか……
「まあ今どきの流されやすそうな若い娘って感じだが、裏表も無さそうだ。何よりお前ぇが気に入ったんなら間違いあるめぇよ」
親父が軽く右手を上げる。隣の部屋の障子が開いて、神主らしい格好の男が2人ほど部屋にやってきた。
「感想は?」
「以前にも少し調べさせていただきましたが、あの女性からはやはり強い力を感じました」
「実際に間近でお会いすると、独特な圧のようなものを感じますね。ただ、まだ制御ができていないように見受けられます」
ああ、こいつらが橙子のことをオカルト的な視点で調べた神職か。
正直神だの霊だのは信じちゃいねぇが、かといってこの2人が全くの出鱈目を言っているようにも見えない。
「しかし間違いなく彼女は逸材です。許されるなら巫女として招きたいのですが……いえ、やめておきます」
親父は意味深な笑みを浮かべて神主たちを見る。
僅かに顔を青くした2人は、丁寧な物腰は崩さないまでも、足早に部屋から出ていった。
その後ろ姿が閉じた障子で見えなくなってから、俺は再び親父を見る。親父が橙子を気に入る理由としてはこのお墨付きは申し分ないだろう。
「ですが本気ですか。親父が式を仕切るってのは……」
「新郎の意見なら聞いてやるから安心しろ。余興は何がいいか、嬢ちゃんの話も聞いてやらねぇとな。今どきの話にゃ弱いからな」
そういう意味ではないんだが。
いや、親父のことだ。わざとこういった言い方をしているんだろう。
意志を変える気はない、と。
だが確認はしておかなければならない。
蓮有楽にとって完全に部外者である橙子と俺の結婚の世話を親父が自ら進んで行うということは、親父が橙子を認めた……つまり、橙子の後見に親父が付くことになる。
蓮有楽会の会長の娘を嫁に迎えるようなもんだ。
既に幹部連中の予定を開けさせる根回しまでしているくらいだから、いかに親父が乗り気かが伺える。
橙子を手に入れたやつが次期会長、なんて噂が立つわけだ。
俺だって出世欲がないわけじゃない、元々親父には目をかけられてる自負もある……が、このやり方じゃ罪悪感が生まれる。ひとりの女の人生を奪って自分の出世を得たという罪悪感。
「念のため確認させていただきたいんですが、蓮有楽会の次期会長は小浦の叔父貴か、森の叔父貴か……少なくとも蓮有楽会の幹部以上から選ばれると考えていいんですか」
現状での最有力候補の2人の叔父貴。俺が幹部に片足突っ込んだくらいじゃその基盤は揺るがないはずだ。
俺が会長になるなんて、噂でもあってはならねぇ。
だから俺は、現会長に対して俺ごときの立場で聞いていい内容でないのは承知の上で尋ねた。
親父は表情を変えなかった。
「俺が生きてる間に幹部以上なら、可能性はあるだろうよ」
その幹部の席はここ10年近く変化はない。何事もなければ、今後もそのままだろう。
そう、何事もなければ。
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