1 / 1
視点
しおりを挟む
五月九日 (日) 天気 晴れ
決意と覚悟と日常を、今日もこの日記に書き留めておこう。
少し憂鬱な雰囲気が漂う日曜の夜は、誰もが下を向いている。そんな中、明日に向けての楽しさに胸を躍らせていた。
なぜ皆が負のオーラを醸し出すなか、こんなにも上機嫌なのか。それは、週末の休みが明ければ平日が始まり、学生は学校に行くことになり、学校に行けば、『あの人』に会えるから。人間の機嫌が良い理由など単純なものだ。
そんな『あの人』を特別な人として意識するようになってから約半年経った今、大勝負に出ようとしていた。
「一緒に、映画を見に行きませんか?」
この、文字にすれば二十字にも満たない一文。これが言えずに二週間は悩んでいる。
これがただの友人への言葉なら、なんの葛藤もなく言えるだろう。それは友人に失礼か。別にいいか。
別に、あの人と気兼ねなく喋ることができないわけではない。なんなら、一緒に帰るのが日課だったりする。幸せな人生を生きている。何度そう思ったことか。
今までも、何度もお誘いの挑戦はしてきた。だが、ただの日常会話と、デートまがいのお誘いとでは、交える言葉の重みが違う。なかなか緊張を克服できないのだ。
できれば、今週末にでも行きたい。だが、まだ誘えてすらいない状況で、そんな望みが叶うだろうか。いや、こんなことで立ち止まってはいけない。ここで誘わなければ、また先延ばしになるだけだろう。
この思考を、もう何度も繰り返している。もう、考えてもきっと無駄だ。明日からの平日に備えて、もう寝る。大丈夫。なんとかなる。いや、なんとかする。の方が正しいか。
週の始まり月曜日、僕らは一日の学業を終え、いつものように意中のあの子と通学路を歩いていた。
「あーした天気になーれっ!」
今日のような稲妻が走る悪天候の日に、決まって彼女が言う言葉だ。
『君がそばにいるだけで毎日が晴れと同義。もはや天気の良し悪しなぞ関係ないよ。』と言いたいところだが、流石に嫌われる気がするのでやめておこう。こんな文章が瞬時に頭の中で構築される僕は、気色の悪い人間だと思う。
いや、自己評価をしている場合ではない。あの話をしなければ。彼女と映画デートをするのだ。そう、絶対に。
「それ。いっつも言ってるな。」
「そう、だね。ほとんど無意識なんだよね。でも、いい言葉でしょ?元気でるし。」
この会話から推測できると思うが、彼女は少し天然だ。よく一人称が抜けたり、的の外れた発言が見られる。
ただ、全てにおいて天然というわけではなく、しっかりしているところはしっかりしているし、成績もよかったりする。彼女の頭脳に助けられる場面も少なくはない。まったく、なんて完璧な人物なのか。教祖とかになった方がいいと思う。いやいや、他己評価をしている場合でもない。映画の、映画の話をしなければ。
「あ、あのさ。」「あのさ!・・」
「あ、被った。すごいね。」
そう言いながら、彼女は満面の笑みをこちらに向ける。これは、この破壊力は計り知れない。僕には抜群に効く。
「で、なに?」
「い、いやなんでもない。そっちのは、なんだった?」
うん。やってしまった。彼女の笑顔があまりにも眩しすぎて、ついつい話をなかったことにしてしまった。いや、彼女のせいにするのはよくない。危ない危ない。
「・・・。」
会話が途切れた。彼女に「そっちのはなんだった?」とでも聞けば良かったのだが、不思議と言葉が出てこなかった。それどころか、胸がざわめきだし、焦りと後悔が渦を巻いて僕の心の中を荒らしだした。
また、この感覚だ。不安なのか。焦燥なのか。言葉で形容し難いこの感情。これに陥ったときは、うまく喋れなくなってしまう。この流れは、また彼女を誘えないまま彼女の家に帰り着くオチだ。
なぜ、こんなにも難しいのか。彼女が隣にいる天国のような状況だというのに、少々の絶望を感じてしまっている。普通の会話ができるようになったのも最近のこと、仕方のないことなのだろうか。いや、いやいやいや。仕方がないなんかじゃない。
僕は決めたじゃないか。なんとしても彼女と映画を見るんだ。弱気になっている暇はない。
「いやぁ。今日は曇だから寒いね。」
しばしの無言が、彼女の一言で打ち破られた。先程までと雰囲気が変わった。これは、好機。
「あ、あのさ。さっきのやっぱなんでもなくない。」
「ん?」
彼女が、驚いたようにこちらに目線を向けた。そこまで驚くことでもないだろう。
「僕と、映画を見に行きませんか!?」
言えた。ずっと喉の奥で胎動を繰り返していた言葉が、やっと僕の口から外に出た。普通に会話するときと比べ、二倍ほどの音量になった。周りにいた人がこっちを見ているように感じる。なんの脈絡もない、いきなりのお願い。不格好もいいとこだ。こんな形のお誘いを、彼女は受け入れてくれるのだろうか。
「わ、わたしでよければ。」
僕の心配をよそに、彼女はまるで待っていたかのようにすんなりと、僕の誘いを受け入れた。
半端で、格好の全くつかない努力が、実った瞬間だった。
五月十日 (月) 天気 曇ときどき雷
昨日設定した目標は、思わぬ形で完遂できた。
水曜や木曜、最悪金曜日までなんだかんだで誘えないのではないかとも思っていたが、まさか月曜に決着がつくとは。やはり幸せな人生を生きているな。
いけない。また一人称が抜けていた。やはり『わたしは、』幸せな人生を生きているな。これが正しい。
昨日書いた日記には、一人称が一つもないことにさっき読み返したときに気がついた。まったく、どうやったら国語力というものは身につくのだろうか。これが、みんなに天然だと言われる所以なのだろうな。
その点、あの人の国語力は凄まじい。いつも、わたしが喋りかけてからの返答に少し間があるが、その分的確な答えが返ってくる。きっと頭の中でたくさん考えてから言葉を話しているのだろう。
だが、まさかあちらから誘われるとは。しかも映画。半年も行動をともにすると、思考回路まで似通うようになるのだろうか。
とにかく、安心した。自分から誘えなかった情けなさも少し感じるが、とにかく、嬉しかった。
あの人がそばにいれば、明日の良い天気を願わなくても、毎日が晴れの日となる。そんな気がした。
決意と覚悟と日常を、今日もこの日記に書き留めておこう。
少し憂鬱な雰囲気が漂う日曜の夜は、誰もが下を向いている。そんな中、明日に向けての楽しさに胸を躍らせていた。
なぜ皆が負のオーラを醸し出すなか、こんなにも上機嫌なのか。それは、週末の休みが明ければ平日が始まり、学生は学校に行くことになり、学校に行けば、『あの人』に会えるから。人間の機嫌が良い理由など単純なものだ。
そんな『あの人』を特別な人として意識するようになってから約半年経った今、大勝負に出ようとしていた。
「一緒に、映画を見に行きませんか?」
この、文字にすれば二十字にも満たない一文。これが言えずに二週間は悩んでいる。
これがただの友人への言葉なら、なんの葛藤もなく言えるだろう。それは友人に失礼か。別にいいか。
別に、あの人と気兼ねなく喋ることができないわけではない。なんなら、一緒に帰るのが日課だったりする。幸せな人生を生きている。何度そう思ったことか。
今までも、何度もお誘いの挑戦はしてきた。だが、ただの日常会話と、デートまがいのお誘いとでは、交える言葉の重みが違う。なかなか緊張を克服できないのだ。
できれば、今週末にでも行きたい。だが、まだ誘えてすらいない状況で、そんな望みが叶うだろうか。いや、こんなことで立ち止まってはいけない。ここで誘わなければ、また先延ばしになるだけだろう。
この思考を、もう何度も繰り返している。もう、考えてもきっと無駄だ。明日からの平日に備えて、もう寝る。大丈夫。なんとかなる。いや、なんとかする。の方が正しいか。
週の始まり月曜日、僕らは一日の学業を終え、いつものように意中のあの子と通学路を歩いていた。
「あーした天気になーれっ!」
今日のような稲妻が走る悪天候の日に、決まって彼女が言う言葉だ。
『君がそばにいるだけで毎日が晴れと同義。もはや天気の良し悪しなぞ関係ないよ。』と言いたいところだが、流石に嫌われる気がするのでやめておこう。こんな文章が瞬時に頭の中で構築される僕は、気色の悪い人間だと思う。
いや、自己評価をしている場合ではない。あの話をしなければ。彼女と映画デートをするのだ。そう、絶対に。
「それ。いっつも言ってるな。」
「そう、だね。ほとんど無意識なんだよね。でも、いい言葉でしょ?元気でるし。」
この会話から推測できると思うが、彼女は少し天然だ。よく一人称が抜けたり、的の外れた発言が見られる。
ただ、全てにおいて天然というわけではなく、しっかりしているところはしっかりしているし、成績もよかったりする。彼女の頭脳に助けられる場面も少なくはない。まったく、なんて完璧な人物なのか。教祖とかになった方がいいと思う。いやいや、他己評価をしている場合でもない。映画の、映画の話をしなければ。
「あ、あのさ。」「あのさ!・・」
「あ、被った。すごいね。」
そう言いながら、彼女は満面の笑みをこちらに向ける。これは、この破壊力は計り知れない。僕には抜群に効く。
「で、なに?」
「い、いやなんでもない。そっちのは、なんだった?」
うん。やってしまった。彼女の笑顔があまりにも眩しすぎて、ついつい話をなかったことにしてしまった。いや、彼女のせいにするのはよくない。危ない危ない。
「・・・。」
会話が途切れた。彼女に「そっちのはなんだった?」とでも聞けば良かったのだが、不思議と言葉が出てこなかった。それどころか、胸がざわめきだし、焦りと後悔が渦を巻いて僕の心の中を荒らしだした。
また、この感覚だ。不安なのか。焦燥なのか。言葉で形容し難いこの感情。これに陥ったときは、うまく喋れなくなってしまう。この流れは、また彼女を誘えないまま彼女の家に帰り着くオチだ。
なぜ、こんなにも難しいのか。彼女が隣にいる天国のような状況だというのに、少々の絶望を感じてしまっている。普通の会話ができるようになったのも最近のこと、仕方のないことなのだろうか。いや、いやいやいや。仕方がないなんかじゃない。
僕は決めたじゃないか。なんとしても彼女と映画を見るんだ。弱気になっている暇はない。
「いやぁ。今日は曇だから寒いね。」
しばしの無言が、彼女の一言で打ち破られた。先程までと雰囲気が変わった。これは、好機。
「あ、あのさ。さっきのやっぱなんでもなくない。」
「ん?」
彼女が、驚いたようにこちらに目線を向けた。そこまで驚くことでもないだろう。
「僕と、映画を見に行きませんか!?」
言えた。ずっと喉の奥で胎動を繰り返していた言葉が、やっと僕の口から外に出た。普通に会話するときと比べ、二倍ほどの音量になった。周りにいた人がこっちを見ているように感じる。なんの脈絡もない、いきなりのお願い。不格好もいいとこだ。こんな形のお誘いを、彼女は受け入れてくれるのだろうか。
「わ、わたしでよければ。」
僕の心配をよそに、彼女はまるで待っていたかのようにすんなりと、僕の誘いを受け入れた。
半端で、格好の全くつかない努力が、実った瞬間だった。
五月十日 (月) 天気 曇ときどき雷
昨日設定した目標は、思わぬ形で完遂できた。
水曜や木曜、最悪金曜日までなんだかんだで誘えないのではないかとも思っていたが、まさか月曜に決着がつくとは。やはり幸せな人生を生きているな。
いけない。また一人称が抜けていた。やはり『わたしは、』幸せな人生を生きているな。これが正しい。
昨日書いた日記には、一人称が一つもないことにさっき読み返したときに気がついた。まったく、どうやったら国語力というものは身につくのだろうか。これが、みんなに天然だと言われる所以なのだろうな。
その点、あの人の国語力は凄まじい。いつも、わたしが喋りかけてからの返答に少し間があるが、その分的確な答えが返ってくる。きっと頭の中でたくさん考えてから言葉を話しているのだろう。
だが、まさかあちらから誘われるとは。しかも映画。半年も行動をともにすると、思考回路まで似通うようになるのだろうか。
とにかく、安心した。自分から誘えなかった情けなさも少し感じるが、とにかく、嬉しかった。
あの人がそばにいれば、明日の良い天気を願わなくても、毎日が晴れの日となる。そんな気がした。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
夫に愛想が尽きたので離婚します
しゃーりん
恋愛
次期侯爵のエステルは、3年前に結婚した夫マークとの離婚を決意した。
マークは優しいがお人好しで、度々エステルを困らせたが我慢の限界となった。
このままマークがそばに居れば侯爵家が馬鹿にされる。
夫を捨ててスッキリしたお話です。
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
側妃の愛
まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。
王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。
力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。
Copyright©︎2025-まるねこ
聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした
今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。
二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。
しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。
元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。
そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。
が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。
このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。
※ざまぁというよりは改心系です。
※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。
好きな人ができたなら仕方ない、お別れしましょう
四季
恋愛
フルエリーゼとハインツは婚約者同士。
親同士は知り合いで、年が近いということもあってそこそこ親しくしていた。最初のうちは良かったのだ。
しかし、ハインツが段々、心ここに在らずのような目をするようになって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる