魔法少女は夢を見ない

水瀬瑠奈

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一章

泡沫人魚の願いごと 2

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 言うまでもなく、全てが始まったのはこのときだった。

「ヘビ、ですか?」
『そ、ヘビ。まーそんな強くなさそうだったしとりあえず代わりに行ってきてよ』
「今夏休みだって知ってます? それともまともじゃない暮らしをしすぎてとうとう季節感すら分からなくなりました?」

先生はいつも勝手だ。そろそろ来るだろうとは思っていた。けれど抑えきれないため息が口から漏れる。あまりに酷すぎやしないか。時は夏休み真っ只中。外の基本は優に35度を超えている、いわゆる猛暑日だ。そんな中外に出る仕事をしろだなんてとんでもない、本当に。

『ごめんって、今海外にいるからちょーっとそっちには行けなくってさ。てかそもそも結奈にとったら年中夏休みみたいなもんだろ、ろくに外出てないんだから』
「……それは否定しませんけど。というか、今海外にいるってことはそもそもこの仕事私に押し付けるつもりで受けましたよね!?」
『あはは、そんなことないとは言えないけども。緊急性が高そうな依頼だったもんでね。まぁ結奈なら目をつぶってでも簡単にこなせる程度だと思ったからつい』

ね、お願い、とアラサーには似合わぬ猫撫で声を出す先生。……もはや断るのは無理だろう。ちなみに今どこの国にいるのかと尋ねれば、ルワンダだと返された。このあとはタンザニアに飛ぶ予定だとか。呪具保管庫に封印されていたハーメルンの笛が盗まれたので取り戻さないと、などとも。……このことから考えるに本当に日本に帰ってくる気もなさそうだし、かといって私もそんな緊急と銘打たれた依頼に完全無視を決め込めるほど肝っ玉が据わっていない。本っ当に腹立たしい、断らないだろうと思ってこうやって声をかけてくる計算高いところと、それを遠慮なくやってしまう自由奔放なところがっ……!

「……報酬はいただけるんでしょうね」
『もちろんさ、取り分10割だから安心してよ』
「それは当たり前です、私が受けるんですから」
『おーおーいつもながらにキレッキレだこと。お前それで友達いる? 大丈夫?』
「……余計なお世話です、プライベートはほっといてください」
『ふーんいないんだ、かわいそー』

……こういうところも苦手、というか嫌いだ。面倒見がいいのでそこにはもちろん感謝している、しているけれど。そのたった一つの良さをいとも簡単に打ち消してしまうほどのこの無遠慮さを直すことは出来ないのだろうか。全く、ほんとにどうしようもない。

「ともかくっ!」
『あ、話そらした』
「最初に逸らしたのは先生の方です。ともかく時給はいくらなんですか? さすがに夏休み特別出張を学生にやらせるんですからそれなりに出るんですよね?」
『守銭奴だねぇ』
「黙れください。苦学生にはお金が必要なんですー」
『はいはい、分かったから怒らないの。えっーとね、どうだったかな。……お、あった。日給が1日の終わりに支給されるってよ。1日3万、んでもって交通費全額負担、宿泊先は向こうが用意してくれるって。必要経費も向こう持ち。太っ腹だね、今回の依頼人』

日給3万……で、泊まりがけの仕事なら大抵が4日程度かかるのが定石だからだいたい12万。

「喜んでこの仕事お受けします、心置きなくルワンダで彷徨っておいてください」
『わぁーお、最早清々しいまでの手のひら返し』
「当たり前でしょう、苦学生なので」
『ま、これで安心して俺も好きに彷徨ってられるわ。んじゃ、頑張って。後で詳細送るわ』
「はぁい、了解でーす」

プチリと切れた音とともに画面上で通話終了が宣告された。しばらく待っていると添付ファイル付きでメールが先生から送られてきた。これが資料だろう。ファイルを開けたら、10枚に渡る超大作の依頼書が現れる。……どうも読む気がしない。まぁ依頼に向かうのは明後日という旨は読み取れたのでそれまでに読めばいい。ということでスマホの電源を落としてから布団の上に寝っ転がった。





 都心から電車で3時間。そしてバスで1時間、そこからさらに徒歩で30分。依頼人のいる魚住村はそんな辺境に位置していた。ちなみにあまりに遠いうえに山道だったので途中で何度も諦めかけた。そしてそんな私を嘲笑うかのように今日は雲一つない快晴で予想最高気温は38度。もはや殺意すら湧いてくる。

 しばらく村を彷徨いつつ、依頼人の自宅であるという神社を探していると、気前の良さそうな恰幅のいいおじいさんが現れた。さながら七福神の一柱のような人だ。宮司服を身にまとっているから余計に。

「えっ……と、あなたは……」
「片岡宗次郎と申します、あなたが一條先生のお弟子さんという……! お話はお聞きしています、遠方からようこそいらしてくださいました、本当にどうしようかと思っていたところで……!」

依頼人だ。体自体は大きいものの、よく見たら隈がひどくてやつれている。なるほど随分と憔悴しきっているらしい。当たり前だ、怪異などという脅威に晒されるなんて普通の人間に耐えられる負荷ではない。これ以上不安にさせないよう、なるべくにこやかにすることを心がけて返答をする。

「はい。先生の代理で依頼を承りました、早乙女結奈と申します。ご安心ください、見た目がこんななので不安に思われるかもしれませんがこれでも怪異の専門家ですので、必ずや依頼を完遂させてみせましょう」
「ありがたい……! では早速、依頼を詳しくお話しても大丈夫でしょうか……?」

あちらが本殿ですのでその中でお聞きください、と神社の中に連れられる。……村の大きさに対して中々豪華な神社だ。それはもう、不自然なほどに。朱塗りの美しい鳥居が何本も連なっていて、その周りに若々しいイロハモミジの木が生い茂っている。秋には壮観なこと間違いないだろう。その木々の奥にひっそりと、彼の言う本殿が鎮座していた。

「こちらです、どうぞ」
「ありがとうございます」

畳張りのいわゆる和室といった部屋に、彼の先導で到着すると中には先客がひとり。大学生くらいの男の人だ。線の細い、青白い顔が印象的な人だった。どことなく顔立ちが宗次郎さんに似ている。血族だろう。

「こちら、隼人です。わたくしの孫でして…… 実は今回、依頼したのは孫に起こった怪異を

解決してほしくてのことなのです」

「なるほど、分かりました。では隼人さん。事情をお聞きしても?」

隼人さんはそれを聞いてから10数秒ほど経ったころだろうか、ゆっくりと彼に起こったという怪奇現象――怪異について話し始めた。

 ことのはじまりは2年ほど前だという。「夢」を見たそうだ。白い大蛇の夢。目が血のように赤く、こちらをじっと見つめていて、そしてその蛇が口を開けて牙を剥いたところでちょうど目が覚めた、と。

「起きてもはっきりと内容を覚えていたから印象に残っていて。ひどく汗をかいていて、心拍が早くなっていました」

それから数日間、似た夢を毎日見続けて次第に不眠になっていったらしい。そしてそろそろ周りに相談しようか、と悩んでいたあたりでぱたり、と夢が止んだらしい。

「それから今年のはじめまではなにもなかったんです。なんならあの蛇の夢なんて存在すら忘れかけていました」

たしか、1月15日くらいだったと思います、と彼は言った。また「夢」を見たのだという。今度は蛇がさらに近くにいて、腕に巻きついてきたのだという。

「これを見てください」

隼人さんはそう言って、にわかに自身のハイネックの袖を捲った。

「っ、これは……っ」

それは、紛れもなく蛇の鱗の痕だった。ぐるぐると上に螺旋状に伸びている。青白い肌に、あまりにはっきりと浮かぶ赤い痕。……なるほど、これは怪異だ。彼は何かに憑かれるか、呪われている。蛇の形をした何かに。

「だんだんと、巻き付かれる範囲が増えていっているんです。上へ上へと向かっていっていて、首の方へ近づいている気が、するんです」
「……なるほど。上半身だけで構いません、脱いで見せてもらえますか?」
「はい、もちろんです」

右手、右腕、右肩……そして首へと。その痕は彼の言う通り続いていた。

「触りますね」

試しに痕のある腕に触れるが、凸凹とはしていない。今はあくまで精神的干渉らしい、が、これが万一首に達すれば見た目だけではすまないだろう。殺された、死んでしまう、そういった意識を抱いた時点で、怪異への耐性がないたいていの常人はショック死する。

「今の時点で痛みは?」
「ありません、見た目だけです。ただ、夢の中では締められた感触がして、その、苦しいです」
「分かりました、では原因を探ってみます。確実に原因は怪異ですので。大丈夫です、必ず原因を見つけるので気を強く持ってください」
「本当ですか、ありがとうございます……っ!」

ほっとしたような宗次郎さんと隼人さんに、明日の朝から調査をしてみると告げる。今日はもう日も落ちているから、聞き込みをしようにも無理がある。

「気休め程度かもしれませんが、寝室の四隅にこれらの塩をお置きください。結界を作れば少しは怪異が遠ざかるかもしれないので」

猶予は約1週間。今はまだ解決に糸目は全く見えないけれどやれるだけやるしかない。

「では早乙女さん、宿泊先にご案内いたしましょう」
「ありがとうございます、では隼人さん。また明日の朝様子を見に来ます。少しでもその痕の進行を食い止める措置も取りたいのでご協力ください」
「分かりました、ではまた明日」
「はい、また明日」

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